お花結び

GIANTKILLING二次創作小説同人サイト

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飼い主 2

2は高校時代前半。高校時代に起ったタッツミーの「あの出来事」とその前後の話が中心になります。今回のシーンはジノザキ長編の極初期に思いついたプロットで過去編の一番コアな部分。王子、達海、持田、モブ女、平泉、ジーノ両親、トレセン関係者、部活顧問、部の仲間などセリフない人も含めて大人数。ジノ→タツ、ジノ+モチ。

相克

 以前、ジーノと俺はこんな話をしたことがあった。

「ごちゃごちゃになってしまうんだよ、ボクは自分で何を望むのか。わからないんだ、自分のことなのに。」
「お前の望むこと?サッカーしたいってことだろ?これ以上ないくらい明快だと思うけど。お前さ、親に頭あがんないからそんなことになるんじゃね?一日でも早くプロになって家から出ちゃえばいいじゃん。今度のアジア予選だって迷ってないでちゃんと取り組んで出場すりゃいいんだ。そんだけのことだろ?いい子ちゃんでいたいのか?自分の欲望と天秤かけて悩むような話?それ。」
「…プロなんて…考えたことなかった。」
「意味わかんねぇ。サッカーしたいってのとプロ目指すの、お前なんで繋がってないの?寧ろ。」
「それって繋がるもの?ボク、プロになりたいのかな…?わからないんだ…サッカーは好き。やってると楽しいけれど…。でもそれって我儘じゃない?」
「我儘だぁ?なんだよそれ。サッカー好きならプロになりたいなんて当然のことだろ?自分でわかんねぇの?反対されるのわかってたから親無視して東京トレセン入ったって言ってたじゃん。」
「…それは単に…逃げたんだよ、親から…。」
「お前はちゃんとどうしたいのかくらい自分でわかってるよ。自覚ないかもしんねぇけどな。ったく、なんで選抜への推薦を断る必要あんだよ。ちゃんとしろよ!」

 ジーノはこんな時、苦笑いを浮かべるばかりだった。あの時から、いやずっと前からわかっていた。ジーノは優しすぎる。それも卑怯なほどに。

   *  *  *

 プレイや人間を見通すような目を持っているのは俺達二人よく似ていたけれど、ジーノは他人を見るのに比べてあまりにも自分を見なかった。いや、出来なかったのかもしれない。だから度々こういう極端な自己犠牲にも似たストレスフルな現象がジーノに起こる。あいつの持っている他者の願望と自身の欲求の天秤は常に他者の願望に傾くように出来ていて、ちょっとでも自分の欲求に天秤が触れると激しい苦痛が生じるかのようだった。

 こいつはそもそも、失敗したときや思うようにならなかったときに攻撃を自分に向け自らを責める傾向がある。この臆病であまりにも内罰的なところは要するに一種の悪い逃避癖だ。外罰的な俺と表裏の関係でありながらも全く同じもの。これは心と体を触れ合せるほどに近付いたからわかったことだ。俺達は近づきすぎるとその深い傷をみて自分と相手を誤認する。こいつが俺を自分自身だと錯覚するとき、その叱責する行為はあまりにも苛烈だった。俺の外罰とジーノの内罰。俺達はお互いに叱責する力の大きさまでよく似ている。その力のベクトルがどこに向こうと、どちらにせよ自分を深くえぐるだけの話。だから俺もこいつも自分を抉り続けているから、ちゃんとした夢を見ることが出来ない。見るのは現実のほんの少し向こうだけ。

 ジーノはおそらく今回、本気で憧れの選手の傷を全部自分に引き受けて消し去ろうとしたのだろう。でもそんなことは夢ですらない、あまりにも馬鹿げたチャレンジだ。当たり前だ。ジーノがどれだけ真剣に彼を救おうと考えてもハンプティは元に戻せないのだから。

 繊細過ぎるほどに繊細な神経の男が、夢を見ることが全く出来ないほどに弱いこの男が。あの試合の直後からこんな無茶な取り組みを延々と続けていたのであれば、到底まともな状態でいられるはずがない。その無謀さをジーノ自身が一番よく理解しているであろうから。
 次第に祈りは徐々に変質し、愚かしい自罰的な悪夢のループに陥ってしまうのも当然のこと。なのに祈りは消せず、逃避もやめられず。ならば、こいつは痛烈な葛藤と相克に挟まれて血の海の中で完全に迷子になるより他なかったのかもしれない。想像するだけできつくて吐いてしまいそうだ。

   *  *  *

 しばらくするとジーノは床にへたりこんだまま、再びまた無表情でぼんやりとした状態になった。目を開けながら夢を見ているようだった。祈りが幻を生み、逃避が赤い海を生んで。きっと今、そんな世界に閉じ込められている。

 俺はジーノが震えるのをやめて落ち着いた様子を見せるとともに、たまらない恐怖を感じ始めていた。

 ジーノは明らかに異常な状態だからなんとかしなくてはとは感じたものの。でも、このことを誰に何をどこからどこまで相談すればいいと言うのか見当もつかなかった。こんなデリケートな状態の男に対して不用意にそんなことをすれば傷が深まる一方でとても危険。多分選択肢がそう多くない中で、ジーノは彼女の人肌で自らを癒そうとしたのだろう。けれど、それが失敗に終わったことは明らかだ。では自分が何かをと思っても、合鏡の俺が相手では互いの絶望が増えていくだけ。

「どうすりゃいいんだよ…」
「…どうしたの?モッチー、泣いているの?」

 頭を抱えていた俺に向かって、夢うつつなジーノが返事をしていた。ジーノの見る幻の血は、紛れもなくジーノ自身から噴き出して止まらない血の海だ。ジーノの聞いている悲鳴は、まさしくジーノ自身の叫び。今俺にも見えてしまう。絶叫する血まみれのジーノが。こんなものを見続けていたら俺までやられてしまう。でも本当にどうしていいのかわからない。シーツで抑えるくらいで止まる血ならば、手で塞いで消せる悲鳴ならば、いくらでもそうしてやりたい。

「お前さ、頼むから戻ってきて?」
「え?戻ってきてってどういうこと?ボクはここにいるよ?なぜ?」

 虚ろな視線だけ気にしなければの話だが落ち着いた優しい優しい王子がそこにいた。反射的に行動しているであろう彼自身の作り上げた中身ががらんどうの王子様だ。俺のよく知る、俺の前だけで存在していたあのジーノとは全くの別人。本物はおそらく真っ赤な悪夢の中に閉じ込められて出てこれない。

「勘弁してよ…ホント…」

 ジーノは椅子に座る俺の傍に膝立ちになって、労わるように慰めるように頭を優しく撫でてくれていた。その手の感触が優しければ優しいほど苦しくてどうにもならない。優しい笑顔を見ていると、あの夜の帰り際の、ごめんね、ありがとう、とでもいうような寂しくて力のない笑顔が脳裏をかすめた。今さっきの時も俺に謝っていた。少しやり方を変えてやらないとこのままでは自罰的な思いが増え続けてジーノにさらに負担が掛かってしまう。

 持田は頭を撫でられながら、中身はどうでもいいからこいつのこの低いトーンの声を、その響く音を聞いていたい、などと取り留めもないことを考えていた。ジーノの混沌につられて、少しおかしくなってきてしまったようだった。目の前に広がるは、とても苦しくて甘い、崩れていくような世界だった。

「ボク、ここにいるよ?ね…。ほら、ここに…」
「あのさ、俺の血、まだ出てんの?」
「うん…一杯…人間ってこんなに血が出るもんなんだね、知らなかった…」
「達海さんも血出しながらその辺にいんの?」
「…うん、ほら…みて?そこで叫んでるよ?とっても痛そうだけどボクなんにもできなくて…」
「じゃあさ、お前も?今さ、血ぃ流しながらそうやって俺にしゃべってるわけ?」

 ジーノは、小首をかしげてふっと目を伏せるようにしながら細めて数秒動きをとめた。さっきから何度か繰り返している。持田に見覚えのない気になる仕草だった。

「ごめんね?」
「なにが?謝んなよ…そういうつもりじゃ…変な事聞いたか?」
「ボクは…ほら、見えるかい?ボクは今…あそこで血まみれのキミ達を笑いながら蹴とばしているよ?ひどく楽しそうにしている。嬉しいんだろうね?こんな残酷なこと…。」

 あそこで、と目をやる先にはただの壁があるだけで、ジーノの見ているジーノなど勿論いなかった。でもからっぽな王子はとても影が薄くて、こっちのほうが幻みたいだった。でも気を取り直してからっぽ王子の話を聞く。

「楽しそう?なんで?」

 蹴り飛ばしているのは自罰的な逃避を試みているせいだ。自分の祈りが作り出した幻が絶望の形に歪んでいるので、それを必死で消そうとしている。ジーノは自分を理解しているか?自分を見ることができないお前は。

「ボクは一人だから来て欲しいんだ。でもね?来ちゃっても一人かもしれないってすごく怖がってる。だからああやって、一人の理由を守るために来てほしいと願う大切なものを壊すんだよ。そんな無意味な真似をして一人の自分を維持しようとでもしているのかな?馬鹿げてるよね。キミも早いところどっかに行った方がいいよ?ろくなことにならない。」
「…そっか、お前は今そういう感覚か…。厄介な奴だな。」

 ため息を付きながら、馬鹿げてると自分自身が説明してしまうことをやってしまうジーノの憐れに、苦笑するしかなかった。抜け出したくて、でもドン詰まりの方にばかり歩いていく弱くて情けない男。

「これは罰だよ。ボクの罰。願っちゃ駄目なんだ。願うと苦しくなる。だから願うのをやめるために他人を傷つけるんだ。」

 ジーノの言葉。現状を理解していなさそうで理解している。でも、理解しているようで理解出来ていない。無謀な祈りを消したいという意味では正解。祈れば罰がくだるというのは誤解。ジーノが傷つけているのは他人ではなく自分自身。正解のような不正解の答えを手にして可愛そうになるほど出鱈目にもがき続けている。お前はどうしてそんなにも自分を見ることが出来ないんだ。

「お前は人を傷つけたりしないよ。全部間違いだらけだ。やり直し。」
「何を言ってるの?ボクは人を削る。…ほら、そのキミの足とタッツの足を見てみなよ。なんて生々しい証拠…」
「妄想だ。血なんて出てねぇし。お前は人を削ったりしない。」
「嘘。」
「嘘じゃねぇよ。」

 持田が睨み付けるように見つめるとジーノはまたふっと目を伏せた。

「なあ、お前さ…。聞いてくれる?俺は、もう一人は嫌だ。だからここから出て行くつもりだ。女とも別れるし、自分の気持ちも真面目に相手に伝える。年齢も性別も関係ない。ようやく自分の素直な気持ちを受け入れられそうだ。やると決めたことは俺はやる。」
「…そう。よかった。袋小路なんて外から見てれば意外と単純だったりするもんさ。ホント簡単な迷路。キミが自力で抜け出せそうでとても嬉しいよ。ボクはキミの孤独を理解できても悩みはさっぱり理解できないからね。なにも出来ないから。」
「だから…俺がやるんだから、お前もやれよ。俺は俺の血を止めるぞ?だからお前も止めてみせろ。」
「…それは…どうだろ。本人の意思にもよるんじゃないかな?あれをみて?ほら…ボクは笑ってるんだもの。彼はとっても一人が気に入ってるらしいよ?」
「逃げんな。外からみてりゃ簡単な迷路だよ。」
「フフフ、簡単?なら益々本人の意思だね。ボクはボクの意思がどこにあるのかわからない。」
「お前の意思はそっから出ることだ。」
「…そう?ホントかなぁ…、全然そんな風には…」
「なんだよ、今誰がお前に言ってると思ってる?大丈夫だ、俺は一緒にはいてやれないけど、近くにはいてやれるから。」
「…一緒も近くも…駄目だよモッチー。キミの血が…本当にとまらなくなってしまうよ?ボクはキミを抉る。」
「ビビッて別れの挨拶ってか?俺は騙せねぇよ?だからお前も騙されんな。自分に。」
「モッチー…わからないんだ。」
「お前はわかってる。自分のことなんだから当たり前だ。」
「やめてよ、苦しい…。ねぇ助けて…ここはとても怖い。足をとられて動けないんだ…。」
「そうだろ?なぁ…だから出るんだよ。」
「駄目なんだよ…助けて…タッツの足が動かないと…どうしても駄目なんだ…」

 言っている絶望的なセリフとは裏腹に、優しい王子はとても優しげな笑顔を浮かべて俺の髪を梳きながらまるで労わり抱きしめる様な口調で話をしていた。助けを呼べないジーノの悲鳴は確かに助けを叫ぶ声ではない。願うセリフに希望ではなく絶望だけが詰まっている。こんなになっても人を呼べない、現状を打破できないお前は何もかも完全にチグハグだ。お前は今救いを求めるかわりに人を救おうするものだから、やっていることが全部崩れ切ってしまっている。こんな出鱈目、誰にも通じやしない。でも、これがこいつのやれる精一杯の声。俺にだけ聞こえる声、まさに“絶叫”とはこういうもの。

 泣きそうな顔で見つめていると、あいつはおもむろにその場で立ち上がった。手にはシーツを掴んでいるのでどうやら幻の達海選手の血を拭いに行こうと思い立ったようだ。なのに貧血でも起こしてしまったのか、立ちくらみを起すような感じでフラフラと傍のベッドに腰掛けた。そしてそのまま眠るかのように再びぼんやりと無表情なジーノに戻っていった。

「…駄目か?助けて欲しいのは俺だ。でも俺だってお前と一緒なんだ。誰も呼べない。これ、ヤバいって…ジーノ、聞いてくれよ、なぁ…」

 ジーノはぐったりと疲れ切った風情で、あの日の夜のようにもう返事を返しはしなかった。多分、こいつはあの夜から一つも新しい朝を迎えることが出来ないままでいる。一人遠いどこかに飛ばされて、一人足掻いてもがいて疲れ切って、今こうして身じろぎも出来ないほどにたった一人で悪夢に囚われてきっている。

 煌々と蛍光灯の光る明るい医務室は今、あまりにも絶望的に真っ暗だった。俺は床一面に広がる幻の赤黒い液体を眺め、右足に脈打つような激痛を感じながらあいつと同じようにクラクラと眩暈を起していた。