飼い犬と飼い主 1
入団前から、出会い、現在、未来にいたるまでの超捏造妄想物語。ガチゲイはモッチーのみ。ジーノはバイ。あとは全員基本的にノンケです。ジーノ特殊設定で記述が多くなりますが私的にはザッキーが主役でヒーローみたいな気持ちで書いてます。酷い流れが多いですがすべて終盤のハッピーエンドを盛り上げるためです。
自主トレ
時期はトップチームに上がり緊張していた頃。少しでもなにかをしていたくて、俺は殆ど毎日のように練習が終わるとトレーニングルームで自主トレをしていた。赤崎、若いからってオーバーワークは逆効果だぞ?と先輩達に言われながらも、部屋の最後の片付けも一番後輩の俺がやるのは当たり前だと考えていたこともあり、最後の最後まで居残ることが多かった。
「キミって、結構いい体してるね?ちょっと触らせて?」
王子と俺が二人で過ごす時間というのは、最初はそんな風に始まった。トレーニングルームにおよそ縁のなさそうなこの人が、一人居残る俺のところにある日ふらりとやってきた。ジュニア、ジュニアユース、ユースと、小さい時からずっとETUと寄り添うように生きてきた赤崎にとって、今現在のこのチームの絶対的な司令塔からのコンタクトは、それはそれはとても光栄なことだった。
いいっすよと気軽に答えると、王子はあちこちペタペタと触ったりつまんだり。まるで医者の触診のように筋肉を調べる。王子はパッと見、なんの努力もない天才肌で、そしてその天からのギフトにだけ囲まれてプレイしているかのような選手に見えた。だが、着替えの折にふとのぞく白い彼の肢体を見れば、実は日常的にかなりストイックに体を鍛えているということくらい、傍で見ているどんな人間からしてみても一目瞭然のことであった。あれだけの強さと精度のあるキック力がある男だ。天性のものと努力の積み重ねがなければあんなプレイの数々は当然実現できるものではなかった。鋼のようでありながら鞭のように柔軟な、そんなサッカーのために最適な筋肉を全身にまとわせるために、この人は隠れたところで一体何をやっているのか。赤崎はいつも興味津々だった。話してみれば案の定だった。一通り観察してから発した王子のアドバイスは専門的でかなりコアなものであり、チームのトレーナーに勝るとも劣らない知識量があることが伺い知れた。そんな彼から、自分なりに一生懸命やってきた体作りを褒められた。赤崎はとても嬉しかった。
「腹斜筋、よく鍛えられてる。いいね。あ、でもトレーナーにもう少し背筋をって言われなかった?キック力上げるのに、ついわかりやすいとこ中心にやっちゃいがちだけどバランスが大事だからね。」
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それから時々、こうして人影もまばらになってきた頃には彼は同じようにトレーニングルームにやってきた。そして自主トレで残っている赤崎にちょこっと声をかけては立ち去っていくことが増えていった。王子はなんとなく居残っていることがあった。用事があるんだかないんだか。練習が終わって着替えが終わって、いつでも帰れる状態になってからも、その辺をフラフラと散歩をしたり、ロッカーで雑誌を読んでいたりしているのを見かけた。だから、自主トレを見に来るのも多分、そういうことと同様の、なんのためかはよくわからない、時間つぶし、暇つぶしの手段の一つだったのだろう。
「サッカー選手の筋肉っていうのは強靭なのも大切だけど、やっぱり柔軟性が肝だから。ともかくアップとダウンのストレッチは、しっかりと一つ一つ伸ばす箇所を意識しながらやったほうがいい。パン生地だってこねるばかりじゃ退屈で、ちゃんと伸ばしたり丸めたりするじゃない?あとは寝かせる時間も大切だよね。発酵の足りないパンって固い上にイーストくさくて全然美味しくないもの。乳酸が溜まった重たい体なんて、そんなつまんないもの観客のみんなに食べさせるわけにはいかないよね?」
彼の話す内容は、すでによく見聞きしていた一般的なものもあれば、ああ、そういうことなのか、と今まで理解できなかったものも沢山あった。ちょっとふざけて見えるような変なたとえ話にしても、聞く人間の興味を自然に引き付けるような、必要不可欠なスパイスになっていた。膨大な知識を、自分なりに完全にその頭と心に浸みこませた人間でないと無理な、端的でありながらとても丁寧でわかりやすい指導だった。彼という素材を最大限に活用する有能なマネージメントスタッフが、彼自身の中にもう一人いるかのようだった。
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身近になればなるほど見えてくる彼の中にある嫌味なくらいに有り余る能力と才能の数々。努力をすることだけは誰にも負けない、そんな部分がずっと自分を支えてきた。それなのに、なにもかも持っている彼は自分の中のなけなしのそういった部分でさえ、自分をはるかに凌駕している。知れば知るほどそんな気がした。
今は自分はユースでなく、彼と同じトップにカテゴライズされる選手だ。
こんなことでめげていては先に進んでいけない。
すでに誰かをリスペクトしすぎて別物に考えてもいい幼い時代は過ぎたんだ。
見上げるようにリスペクトをしすぎることを抑制し、無理矢理意識を同じ位置に持ち上げる。尊敬と敬愛の意識を嫉妬心とライバル心として自身の発奮材料に変えていく。二人の時間は確実に自分を成長させていることを感じさせた。人間というのは意識を高めていくことで、あれほどまでの知識を積み上げ、実践し、自分の力に変えていくことが可能なんだ。王子は今以上の努力の方法を学ぶための、とてもいい実例であり見本だった。それを実感できただけ、ほんのわずかでも、たった数か月前に比べれば随分伸びた気がした。俺はまだまだこれから成長することができる。まだまだ限界は感じない。
* * *
自主トレに度々付き合ってくれるようになってから、王子はちょっとした折にみんなにはわからないように日中でも俺の手を握ってくるようになった。ミーティングの時、食事の時。バスの通路で通り過ぎる時。さりげなく。チラリと目を合わせて、ほんの一瞬。握るというよりも羽毛のような軽い接触。あまりにサラリとした仕草で、その行為に赤崎本人以外は気付く人間はいなかった。猫が足元を通り過ぎる時についっと体を寄せてくるかのような奇妙で不思議なジーノの行為。赤崎は最初こそ戸惑ったがそのことは決して不快ではなく、そのうち彼のそうした秘密の行為がすっかり当たり前のものになっていった。
彼の接触はそれだけではなかった。二人で居残りをしている時にするストレッチのどさくさに、彼はニコニコ笑って嬉しそうに、まるで子どもをあやすかのように、頬をなでたり、髪に触れたり、肩を組んだり。彼がそういうことをあまりに自然に、あまりに楽しそうにやるものだから、赤崎の方もなんの違和感も持たずに心地よい接触を受け入れていった。正直王子がこんな素直で率直で、人に対して親密になるタイプの人間だとは思ってもみなかった。
元々王子がキャプテンや周りの人間に今俺にしているのと同様の接触を行っていることは目にしていた。それは今の自分に対してするような周りにそれとは気付かれないような秘密の行為ではなく、一目でそれとわかるあからさまなものだった。赤崎はその無遠慮なまでのぶしつけな接触を最初に目にした時、相手を小馬鹿にしている態度と捉えた。そして、強い不快を感じていた。
だが先日二人でいる時に“人との触れ合いは心を落ち着かせる”という話を聞いて彼なりのチームワークの構築の手段なんだなと認識が変った。多分王子は、チーム内の空気の気合の空回りの緩和や、過緊張の解除が目的としてああいった行為をやっていたのだろう。
それは時々口にするちょっとした毒舌にも思えるようなユーモアの数々も同じものであると想像できた。なぜなら、彼はここぞというポイントで物理的にも心理的にも簡単に壁を越えて他者に接触し、気詰まりだったムードを一気に払しょくしたからだ。王子はそういうムードメーカーにもキャプテンシーにも似た、不思議な力を持っていた。
見えないところで常に心配りをしているように見える彼に、あんたのスキンシップはそういう意図があるんですね、と言ったら、さあ、それは考え過ぎじゃないかな?と笑った。王子は実はとても優しいのに偽悪趣味がある人なので、俺も苦笑いをして話を終わらせた。
練習中、時々王子が俺を見て笑ってる。それに気付くと不思議と前みたいに不愉快でイラつく気持ちはなくなった。スタメン組に入れない焦燥がおさまっている。大丈夫、焦らずともスタメンくらいすぐなれる。そんな風に自分の気持ちをコントロールして落ち着かせることが今はできる。今のこの自分のやっている努力の数々が将来なにを生み出すか、しっかり信じることができる。これも彼の優しいスキンシップの効果の一環なんだろうか?
「共感者が欲しい?そんなの簡単さ。素直に今やってることを、そのままやり続ければいいんだよ。」
別に彼はこんなセリフを言ったことなどない。ましてや自分が共感者が欲しいんだなどと、誰に対しても自分の渇望を口に出したことも一度もない。上を目指すことよって生じていた周りからの心理的な孤立。情熱を表に出すことを馬鹿にするような風潮に、ずっと欠損したまま満たされることのなかった自分。彼の笑顔はなんにも言葉にしないまでも、自分の中の心の空洞をそっと埋め合わせてくれているかのようだった。
今のように目の前でこうしてあっけらかんとした顔で笑う彼を見ていると、不思議な気分になった。なんだか昔よく見かけた気紛れな美しい黒猫を思い出す。話が通じるわけでもない、存在が全く違うような者同士。なのに誰よりも傍に、近くにいるように感じるところがとてもよく似ていた。それは自分でも思ってもみない感情だった。見えないくらいに遠くなのに、まるで同じ道の上に立っているようなそんな錯覚だった。
彼の笑顔は俺にそっと触れてくるかのように感じられた。それは二人の間の空間がかなり離れていても同じことだった。疲れた時。いやなことがあった時。なんだか意味もなく寂しくなった時。そんな時、全然近くにいないのに、突然ふっと浮かぶ彼ののん気で優しい笑顔の残像。その幻はそうして浮かんでくるたびに、いつものようにそっと自分に触れてきた。体になじんだ、いつものあの心地よい温かみ。自分は一人ではない。そんな思いを、しばしば感じるようになっていった。
