飼い犬と飼い主 3
のん気なザッキーを前に、ジーノは終始、YOU!食べちゃいなよ!という声に悩まされて、食べようか食べまいかフラフラしつつ結局のところ…。ザッキーかなり据え膳化が進んできた入団1年目晩夏の頃のお話。ジーノの中にあるザッキーへの気持ちに少し変化が訪れます。すっかり気に入って戯れに軽く遊ぶおもちゃでは気が済まなくなってきました。ジーノがちらっとモブ女とやっちゃってます。ご注意。王子、赤崎、世良(名前だけ)、村越、モブ女。
ヴィラで流す見えない涙
ジーノは自分自身がさまざまな実に老若男女を問わず他人を魅了していく力があることを理解していた。その魅了の要因は派手な容姿とそれに合う服装、意識して用意しているさまざまな戦略的甘言がその主たるものと解釈していた。
しかし、ジーノの考えていることと現実は実は似て非なるものだった。ジーノは確かに人を魅了する力があったが、もっとも力を発揮しているのは彼本来の心の中心にある、その根本的な優しさであった。優しい甘言を意図的に用意していると本人は捉えていたが、用意した甘言以上に他者が感じていた甘い甘い味は、彼の内面からにじみ出る人を包み込む優しさだったのだ。
ジーノは自分自身のことを誰よりも把握し、支配しきっていると認識していた。自分を理解できない。このことは彼の中にある大きな課題だった。不幸なことに、優しげながら我儘でのん気な王子の演技をしている、高慢で残虐で冷酷な支配者。そんな錯覚を起こしていた。残念ながらジーノは他人を騙すよりもなによりも自分を騙すのが一番上手だったので、彼は自分でも気付かぬうちにあらゆるところで沢山のトラブルを抱えるようになっていた。
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彼の内面からにじみ出る人を包み込む優しさは常に他人を酔わせた。まるで砂糖に群がる蟻のように、彼の周りにはいつも人が溢れていた。
彼固有のその甘露はさりげない仕草や表情、言葉かけなど、本人としては全く無自覚に、自然なタイミングで外界に常に放出されていた。例えばふっと目線が交錯したときに極自然に浮かぶ優しい笑顔。例えば、ほとんど無意識に行われるさりげない労わりのボディタッチ。たったそれだけで、周りは癒された。
そうやって、さまざまな人の心の中心にある傷をジーノ本人も気付かないまま、ごくごく当たり前のように癒し回復していく効果をもっていた。まるで心の弱く過敏な部分を優しく丁寧にひとつひとつキスをしながら抱き寄せそっと愛撫するかのような現象だった。
周りにいる人間はその精神的な愛撫の心地よさから次第に自らの意思でもしくは無意識に心を開いていき、彼を愛さざるを得なかった。だからこそ、彼に魅了される対象というのが老若男女を問わないという事実となっていたのだった。
彼のそんな無自覚の本質的な優しさは、時には彼を消耗させた。無自覚であるが故に、制御できず、時に己の状態も顧みずに限度を簡単に超えていくものだったからだ。人の傷をみることは彼自身の心も痛みを感じることであり、調子の悪い時には知らぬうちにそうやって自分自身傷を負うことも珍しくなかった。
彼は人とのセックスを非常に好んだ。理由は性快楽的に気持ちがいいのと、人肌の温かみが気持ちいいからだった。無自覚な傷が重たくて、常に孤独が心を支配していて、せめて肉体的な部分だけでも誰かに抱き留めてもらいたいというそういう願いからくるものだった。幼い昔のジーノは自身の欲求の本質的な意味の部分について非常によく理解していたが、今のジーノは残念なことに本来の自分の願望をすっかり忘れてしまっていたのだった。そういう意味では幼い子どもの頃の彼よりも今の彼の方が子どもと言えた。
今の彼にとってのセックスは気晴らしであり肉欲そのものであった。ベッドインの対象者はすべて、王子である自分に差し出され続ける手軽で美味しいお菓子、そう認識していた。食べ続けるのは、己の属性が狩人であり、搾取者であるから。そんな自覚しかなかった。その肉欲的快楽を求めて人に積極的に接触し続けていた。
だが肌を合わせるくらい近い接触の中で得られるのは肉欲的快楽といういいものばかりでなく悪いものもあった。ジーノは自分では狩りにおける罠だと思っているその行為と無意識な優しさの数々で、他者の孤独の穴を身を削ってまで埋め合わせてしまっていた。搾取者であるはずが、実は無意識に与え続けているのはジーノのほうであった。まず第一に、ジーノが王子であること自体が、狩人であるという存在性そのものが、周りの夢をかなえる彼からの無償のギフトであった。
次々に人の内面に入り込んでは、自分では手が届かない様な場所の傷を癒してくれる蜂蜜の様な彼の甘さに、周りのみんなはことごとく溺れた。だが、ジーノは欲したはずの肉欲が満たされているはずなのになぜかいつまでも満足できず、寧ろ負担と疲労が増える現象が生じ続けた。いつのまにか彼は性的関係に関して快楽と嫌悪の両方を常に心に持つこととなった。
ジーノは自分がわからないので、自身の傷を見つめる力も癒し回復する力も弱く、放置して必要以上に悪化させることも多かった。
人を求めて拒絶することを繰り返す。傷ゆえに癒しを求め、傷を増やしてそこから逃げ出す。その象徴となるのがジーノの二つの自宅だった。ヴィラは人と触れ合う場所で、カーサは人から離れる場所。この振り子のように移動する行動原理は物理的に存在する二つのマンションの間で実際に行われているものであり、また内面の心理的な部分でも常に行われている形だった。
ヴィラとカーサの仕組みは今ではジーノが生きていくために必要不可欠なものだった。だが、傷が悪化していくにつれ、孤独に耐えられなくてヴィラに出向き、傷を負うのに耐えられなくてカーサに籠るという、完全な悪循環を引き起こし始めることとなった。最初はうまく機能していたこのスイッチ機能も、今では堂々巡りの、無力な効果どころかさらに傷を深める仕組みとなり果てていた。
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彼に触れられ傷を癒された人々は当たり前のように彼を愛した。蜂蜜の様な彼の甘さに溺れていくにしたがい、彼の中にある彼自身の無自覚の傷を彼女たちも発見する。そして彼への愛ゆえに皆その傷を癒そうと試みていた。
傷に無自覚なジーノは自身の内面に触れられることを極端に嫌う。その瞬間に危険を察知して関係を切って逃げ出すことも少なくなかった。崇拝者達はやり方を変える。
彼女たちは、彼がそれと望むがままに彼だけのものになった。彼の望む姿に、彼の空洞を埋め合わせる存在に変化しようとした。でも、ジーノは他者に何かを求めてそれを受け取る事が不得手だったので、あまりうまくいく方法ではなかった。彼は何一つ他者を変えようとすることを望まなかった。そういう意味での欲望や執着を一切持たない男だった。崇拝者達はまたやり方を変える。
大勢からの沢山の愛を必要とする彼の為に、彼女ら自身も彼の周りに沢山の愛が溢れるようにと望むようになった。彼の空洞が一人では埋めきれない大きなものだからだと理解したからだ。他者を尊重し人に要求できない男。そんな彼の中の空洞は、沢山のピースを試してみて、偶然ところどころ埋めあわせるくらいしか方法がないと考えた。
そういう変遷を経て、今ではジーノの周りにはそんな優しい愛の数々が溢れかえるように存在していた。彼女らはジーノを愛するが故に、簡単に自ら嫉妬や独占欲を放棄する。寧ろ本来ライバル関係にある者たちは、同じ思いのある仲間関係であるという認識変更をそれぞれが自発的に行っていく。彼女らはそうして、協調と連携すらしてみせる、本当に心から彼を愛し、感謝をし、癒し包む環境そのものと化していったのだった。
もう二度と会えない様なそんなこじれた別れをすることのないジーノだったので、性的な関係が終わってもごく自然に仲の良い知人となって関係は継続されていく。そうして、ふわふわと彼の身を包む愛は増え続ける一方だった。
だが、ジーノ自身はやはり彼女らのその行動の本質的な意味、愛を、決して受け取ることはなく、心は常に孤独で苦痛に満ちていた。彼の目には自分の傷も、他人の愛も、なにも映ることがなかった。
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最近のジーノは極力心理的な深入りはしなくて済むライトに肉欲そのものを埋めあうパートナーを探していた。関係が深まると必ず彼女らは己の立場もわきまえずに自分の内部に触れようとしてくる。そんなのはまっぴらゴメンだと考えたからだ。
彼女たちはそんな彼を簡単に受け入れた。まるでレストランテで差し出される料理のように、どうぞどれでも召し上がれとでもいうように、日常会話も必要としない彼の為に、みんながその身を無言で差し出した。どんな時も彼の崇拝者たちは、彼の我儘も、彼の粗暴も、彼の突然の別れも、受容した。自らの愛で彼を抱き留めるかのように極自然に無条件に頷き続けた。すべて、彼への愛と感謝の印だった。
ジーノは時に乱暴で、人の心に入り込み抉るようなことをやってのけることもあった。癒されない己の無自覚の傷の痛みからくる焦れであった。その己の人の心を読む才能と知識を悪用した嗜虐性の快楽は、本人にもわからないなにかへの、あるいは自分自身への復讐だった。他者への衝動的もしくは計画的な乱暴は、瞬間的には快楽であってもやはり無自覚の傷を増やしてしまう悪癖以外のなにものでもなかった。彼の本質から考えれば彼は人が傷つくことが何よりも一番耐えられない事であったからだ。だがジーノ本人にはその自覚も全くなかった。他者を傷つける快楽と見まごう強い痛み。その衝撃を利用して現実から逃げ出し、それゆえに己が痛みを結果的に増やす。まさに自傷行為と同じものだった。
やむにやまれずそれを繰り返すジーノを、やっぱり彼女たちは受け入れた。なにか彼に出来ること。そんなもの、自分達ではなにも思いつかなかった。触れると逃げ出す過敏な彼が、求めることが不得手な彼が、こうして暴虐の仕打ちを必要とするならば。どんなものでもそれを受け入れようと、そう考えた。甘い蜂蜜の様な優しい彼がこうやって耐え切れず吐き出す絶望を、ほんの少しでも受け止めることが出来ますように。祈るような気持ちで彼に抱かれた。
彼のやりたくもない悪癖と彼女たちの無限の受容が結果的に益々彼の傷を増やしていった。ジーノは常に自分が泣いていることに気づかないまま泣き、彼女らもまた泣いているジーノに涙した。みんながみんな、もうどうしていいのかわからなくなっていた。
