飼い犬と飼い主 3
のん気なザッキーを前に、ジーノは終始、YOU!食べちゃいなよ!という声に悩まされて、食べようか食べまいかフラフラしつつ結局のところ…。ザッキーかなり据え膳化が進んできた入団1年目晩夏の頃のお話。ジーノの中にあるザッキーへの気持ちに少し変化が訪れます。すっかり気に入って戯れに軽く遊ぶおもちゃでは気が済まなくなってきました。ジーノがちらっとモブ女とやっちゃってます。ご注意。王子、赤崎、世良(名前だけ)、村越、モブ女。
乱暴なキミ、ボクの敵
みんなが練習が終わって帰る頃、今日もジーノは自主トレで居残る赤崎の隣にいた。ここ最近のジーノはとても疲れていて、遊びに出る元気もなくなっていた。かといって練習して帰宅の繰り返しはあまりにもやるせなかったので、こうやって今ではほぼ毎日のようにこうして時間をつぶすようになっていたのだった。
二人しかいない夕方のトレーニングルーム。ジーノはいつものように筋肉の状態を確認をするふりをして、赤崎の体をあちこちペタペタと触りまくって感触を味わう遊びを楽しんでいた。
そう、ジーノが赤崎の体を触る理由は触りたいからという単純明快な動機からだった。詐欺師のように口のうまいジーノに騙されて、赤崎は未だにそのことに気付かないでいた。
…あー、やっぱり
これ、出来始めちゃってるな…
今日はその気分次第の適当なスキンシップの中で、ジーノは手触りの違和感から本当に赤崎の体の不調を感じとっていた。ジーノはその乱れた私生活のせいで多様な人肌の感触を熟知し、且つ、コンディションを維持するための沢山の知識を持つ男だった。だから実は、なんだかんだいいながらも手触りで不調箇所を見つけることが出来ても全くおかしくはなかった。ジーノは確認の為に気になる個所を指先でほんの少し圧迫する。赤崎の内腿。付け根に近い、危うい部位。
「ちょっとゴメン、痛いかも」
「ッ!」
「あ、やっぱり?うーん…」
「な…なんスか?」
専門用語で言うところの筋硬結、つまりはコリが内腿に数か所できていた。そのほんのちょっとした手触りの違和感がジーノを不愉快にさせた。しかもこんなわずかな圧で痛みを感じるのはあまり良い事ではなかった。
「自分で触ってみて?こういうのがね、いくつかあるんだけど。早いうちになんとかしといたほうがいいんだよね。」
「それってどういう意味ッスか?」
「知ってると思うけど、運動するってことは筋組織が痛むってこと。で、無理するとところどころこんな感じで回復が間に合わなくなってくる。損傷してるところは筋肉本来の働きが鈍って、つまりは伸縮に異常が起きて、そのことで血流が部分的に悪くなって…そんな感じで回復が遅くなる悪循環がはじまるんだ。それに、これほっとくと、周りの筋肉がひきつっちゃって負担になって、周辺の元気だった筋組織も破壊していく。そうやって次々に異常個所を増加させる、まさに禍の元みたいなもんだね。熱心なのはいいけど、ちょっとくたびれてきちゃったんだろうなぁ…。」
赤崎は毎日ともかく真面目に練習をこなしていたし、終わった後も居残って熱心にトレーニングを続けていた。だが、それは少々オーバーワーク気味になっていたようだ。ユースからトップに上って体が出来上がっていない段階で急激に負荷をかけると、こういうことが起りがちだった。
ジーノは、そのコリの部分にソフトなマッサージを始めた。そうしながら、やれ普通のストレッチだと回復作用は云々だの、筋組織の回復にいい食材はなんだの、睡眠の作用がどーだの、ジーノはあれこれ饒舌に赤崎に話しかけていた。場所が大変きわどいところだったにもかかわらず、いたずらする気を一切起さずに、ジーノは至極真面目に赤崎の筋肉のケアを行っていた。寵愛する赤崎の肢体の中のゆがみが、調和を乱すアンバランスが、ジーノは心底憎らしかった。そう思いながらも、相手がプロ選手で体が商売道具とあって、知識を持つだけの素人があれこれ生半可にやるわけにはいかないと配慮していた。この部位、マッサージスタッフに明日見てもらうことにしよう。他人の体にもかかわらず、まるで自分の持ち物のように真剣にそんなことを考えていた。
赤崎はそんな真剣な眼差しで自分の内腿を撫でまわしているこの状況にいたたまれないほどの羞恥を感じていた。マッサージスタッフなら全く平気なのだが、相手がジーノとなると全然感覚が違った。ピッチ上ではともかく、日常生活ではのほほんとした顔で笑っていることが多いこの人が、真剣な顔をしながら自分の内腿を一生懸命撫でている。その眼差しはとても美しく精悍で、そして魅惑的だった。誠実な先輩のその姿を、ゾクゾクしてしまうような卑猥な気持ちで見てしまう、そんな不謹慎な自分に赤崎は赤面した。
「キミはもっと上達したいんだろう?成長しようとして逆に破壊してちゃ何の意味もないよ?プレイもトレーニングも一緒。緩急つけないとね。単調なのは無粋で退屈だよ。」
「…すいません。」
珍しくも肌触りの不快に忌々しさが隠せないジーノは口調までイライラとしてしまっていた。ここ最近の唯一の楽しみな時間なのにどうしてくれるんだ、そんな自分勝手な思いだった。目端の利くジーノは当然赤崎が感じてしまっていることにも気付いていたが、今の彼にはそんなくだらないことはどうでもいい話だった。
ジーノが行っていたのはいわゆる手当て。揉むでなく摩るでなく。己の手の体温を使ってそっと損傷個所を労わるような、そんな行為だった。それは単に、素人にできる範囲の危険性の少ないケア、リンパマッサージに近い技術を選択して使っていただけだった。ジーノは赤崎の筋硬結に手を当てながら、今の自分に可能な処置を終えたら、ここ以外にもいろんなところをチェックしてみなければ、と考えていた。そうして痛んでいるであろう個所の想定しつつ、かつて詰め込んでいた様々な関連知識を頭の中で次々に紐解いていた。赤崎が自分のおもちゃであることなど、すっかり意識から飛ばしてしまえるほどの集中力だった。
だが、赤崎の目線からは、まるであらん限りの愛情を込めて、治りますようにと祈っている姿に見えた。そして、全然そういう意味ではないのに、性愛的な意味も含んだ、丹念で執拗な愛撫に感じてしまっていた。労わりと優しさのすべてがジーノの掌から自分の敏感な内腿の柔い皮膚に次々に浸透していく。そんな錯覚を覚えていた。赤崎は考えないように努力をしながら、ジーノの顔の極近くで今にも反応しそうになっている自身のアレに、どうか彼が気づきませんように、と必死で願っていた。
また、ジーノのイライラする口調にしても、自分自身のプロとしての自覚のなさを責められている気分だった。ジーノのプロ意識というものは、これほどまでに高いのか、自分はまだまだ選手として甘いな、と反省した。
* * *
ジーノは日頃からそれなりに赤崎にとってよさげな自主トレメニューを提案していた。だが、ナカナカ思うようにいかなかった。赤崎は目を離しているとどうしても無理をするからだ。焦燥感に煽られて、回復のプロセスをないがしろにする。そういうタイプだった。だから今回の結果に関して、普通以上にいらだちを覚えたのだ。キミの体はボクのなんだから、乱暴に扱ってもらっちゃ困るんだよ、そんな腹立だしさだった。
ホント、あの子は前しかみてないんだから
こういうの、困るんだよね、全く
赤崎は筋肉や関節が柔軟で且つ骨格も丈夫だったりして、先天的に故障しにくい恵まれた体質を持っていた。また、そう意識せずとも回復の能力も高くて今まで「休ませる」ということの大切さを学んできていないようだった。若いうちはそういう元々の貯金でなんとかなっても、長く選手をやっていこうとすればそうはいかない。適切な休息による回復は、今後、確実に必要な知識と技術だった。
小さいコリを見つけた時から、ジーノの中からは悪い遊びそのものへの興味が薄れ、彼の美しい体を維持し、伸ばしていくことに気持ちが傾いていった。
自分の寵愛する体には自分の意思というものがあり、そして自らの美には全く無頓着ときている。今後彼本人の自身の美に対する自覚が薄いままなら、この体に数々の不要な傷が残っていくことも簡単に想像がついた。
ボクの大切なザッキーの体の最大の敵はザッキー自身だ
ボクはキミからこの体を守らねばならない
いい加減にやっていてはダメだ、ボクはもっと本気にならないと
教師がいくら勉強を教えても、生徒本人がやる気がなければ意味がない。授業と補講だけでは間に合わない低レベルな意識の生徒には、家庭教師でも何でもやって、学ぶことの楽しさを教えていく必要がありそうだ。そう考えた。ジーノは自分で思いついておきながら、これはエキサイティングな試みだと感じた。
「ねぇ、今度ちょっとボクに付き合ってくれない?」
「え?」
「自主トレの課外授業だよ。大丈夫、教えてくれるのはボクじゃなくてプロだから。」
誘ったのは例のコリが出来るプロセスとセルフケアを学ぶというTPPT講習。これはジーノの住んでいるマンションのジムで初心者向けに定期的に行われているものだった。ジーノの気軽なお誘いに、赤崎も普通になんの戸惑いもなく承諾した。ジーノが博識なのはよく知っていたし、きっと自分にとってプラスになる、こんなチャンスは逃すべくもないと考えたからだ。ジムを利用する一般ユーザー相手ということで、難易度もそれほどでもなさそうだし、知識の薄い自分には丁度いいと感じた。海外移籍を視野に入れている赤崎なので、こういう役立つ知識を今のうちに日本語で受けられるだけでもとても嬉しいことだった。
そう、赤崎はジーノが気楽に気紛れで誘ったと考えていた。だが、実は、ジーノにとってこの一言は、とても重い決断であり、大いに意味のあることだった。
