飼い犬と飼い主 3
のん気なザッキーを前に、ジーノは終始、YOU!食べちゃいなよ!という声に悩まされて、食べようか食べまいかフラフラしつつ結局のところ…。ザッキーかなり据え膳化が進んできた入団1年目晩夏の頃のお話。ジーノの中にあるザッキーへの気持ちに少し変化が訪れます。すっかり気に入って戯れに軽く遊ぶおもちゃでは気が済まなくなってきました。ジーノがちらっとモブ女とやっちゃってます。ご注意。王子、赤崎、世良(名前だけ)、村越、モブ女。
ようこそ、合法侵入者
今日はワクワクしながらも緊張していたTPPT講習の日。
赤崎は朝からソワソワしていた。ジーノの私生活はとてもミステリアスで、いつも、チームメイトの中でも評判のネタだったからだ。今年の夏のキャンプの時にも、王子なんだから城じゃねーか、執事はいるか?実はド田舎?日本家屋?なんてどんな話を彼に持ちかけてもジーノはそのすべてを肯定した。あの優しいようなからかうような笑顔を向けて、そうだよ?敷地には噴水があって、とか、蛙の鳴き声うるさくて眠れなくて、とか、土間で焼くさんまの味はとても素敵だけど部屋が煙くなるのが難点で、なんて乗ってくる。人の私生活には色々つっこんでくるくせに、何か月も一緒の時を過ごしていながら、赤崎はジーノのことをほとんど知らなかった。だから講習そのものも勿論だが、こうして彼の選手以外の部分に近づけるチャンスが巡ってきたことは赤崎には興奮する出来事だった。
マンションに向かう車の中。下世話なことに興味津々になってしまっている自分を恥じながら、左に座るジーノの顔を見る。日頃なら自分のそぞろな態度にちょっとしたからかいの目をしてきてもいいはずなのに、今日の彼はとても大人しかった。終始ぼんやりとして、漠然と何かを考え込んでいるようだった。練習の時はそうでもなかったので、もしかするとオレを呼んだことを今更後悔し始めてるのではなかろうかと不安がよぎった。
到着したのは発売直後にソールドアウトしたほどの、大人気の、超有名、超高級マンションだった。デラックスな生活だろうとは想像していたけれど本当にこんな世界の人種だったなんて、と赤崎は驚いた。車で直接駐車場に行くのでなければ絶対に入るのに躊躇しただろう。まさかこんな場所に足を踏み入れる日が来るなんて思ってもみなかった。言っては何だがたかが貧乏クラブのETUの一選手が住めるところでは到底なく、やっぱりこの人はサッカーを生活の糧ではなくまるで趣味の感覚でこなしながら暮らしている、本物の王子のような人物なのかもしれない、と赤崎は訝った。
エンジンを切り、ジーノはやんわりと赤崎に視線を向けてこう言った。つぶやくような、聞かせるつもりもないような、そんな囁きのような小さい声で。
「…ようこそ、ボクのカーサへ。」
まるで女を口説くがごときキザな態度のジーノに対して赤崎はひどくイラついた。だから憮然としながらこう答えた。
「イタリア語ッスか?家って言えばいいのに、わざわざキザな言い回ししますね。こんなすんげーとこ住んでるからってそうやって俺ビビらそうとしても無駄ッスから。」
と答えた。それを聞いてジーノは噴き出して、
「キミにはかなわない。」
と言った。
エレベーターは高層専用、なめらかな動きで上昇していく。ちょっと時間があるからと、案内されたのはジムではなく彼の自宅。手慣れた手つきでところどころにあるセキュリティを次々に解除して、玄関のドアを開けてジーノはもう一度こう言った。
「ようこそ、ボクのカーサへ。」
今度はまるで姫を迎え入れるような恭しさで。過剰すぎる演出によるコメディの中の王子のような態度で。今度は赤崎が噴き出す番。彼のプライベートに立ち入る緊張を払しょくし、偉そうな態度で、でも、礼儀正しく、
「お邪魔します。」
と答えたのだった。
赤崎が部屋に足を踏み入れると、そこにはシンプルながら品があって、落ち着いた雰囲気のある世界が広がっていた。白とブラウンを基調とした内装の数々は欧風の印象を持たせながらもほんのり和のテイストも含んだ独特の個性があるものだった。てっきりイタリア人ハーフなので南欧風の趣味かと思ったが、ちょっと北欧を思わせるこちらのほうが寧ろこの人らしいと赤崎は思った。よくみると赤いマセラティのレプリカやイタリアクラッシックを思わせる猫足の花台などもあったりして、ナカナカ興味深かった。どんな顔をしてこの男はそれらを購入していったのかと想像させるような、置いてあるもの一つ一つに物語を感じた。
「どうしたの?そこ、座っていいよ?」
「ッス」
「さっきコーヒー飲んだとこだから、なにか他のものがいいよね?」
「いや、なんもいらないッス。今からまた動かなきゃいけないし。」
「そう?じゃ、ちょっと荷物置いてくるね?」
ジーノはそう言って自分の上着や荷物を持ってどこかへ行ってしまった。一人暮らしには大きすぎる5人は座れる大きなカウチの正面にはこれまた大きなホームシアターシステムが。超低域の再現が自慢の大型サブウーファ内臓のスピーカーがあることから、ジーノがここで視聴するメインが試合観戦だということがよくわかった。赤崎が今まで喉から手が出るほど欲しかったけれど、その値段と住環境の問題から到底手に入れられなかった代物だ。ああ、そのうち二人でこの大画面で俺と王子のプレイをチェックしてみたい、赤崎はそんなことを考えた。そして次の瞬間二度とこの家にあがれる保証もないことに気付いて、馬鹿な自分に苦笑いを浮かべた。
「ねぇ、これ着れるかな?ボクのだけどまだ袖通してないものだから。」
いつの間にか戻ってきていたジーノの手には、ジムに行くための物であろうスポーツウェアとその上に着る洋服があった。
「キミの今日のその恰好じゃボク一緒に歩きたくないんだよね。ここには沢山顔見知りがいるから。」
とっても角が立つ言い方をするので思わずムッとしたが、この人が傲慢で我儘なのはいつものこと。自分としてもこのマンション内をクラッシュジーンズで歩く度胸はなかったので差し出された洋服をふんだくった。
そんな態度に彼がてっきり怒ると思っていたら、なぜかジーノはほっとしたような表情を浮かべていて赤崎はなんだか拍子抜けした。今日はジーノの反応がイチイチいつもと違うので、不快ではないものの妙な居心地の悪さを感じていた。この男はこんな人だったろうか?なんて不思議に思っていた。
その場で着替えても構いはしなかったが、とりあえずバスルームを借りて着替えることにした。赤崎が着替え終って戻ってみればカウチに沈む彼の姿がやはりいつもとは違って見えて、声をかけるのに少し躊躇した。ふっとこちらの気配に気づき、ジーノが赤崎を振り返る。そうして車から降りた時と同じような、つぶやくような、聞かせるつもりもないような、そんな囁きのような小さい声でこう言った。
「…試してみるもんだね。思ったよりも大丈夫だ。よかったよ。」
赤崎は貸してもらった洋服のことだと思ったので、
「身長も体重もそんなに変わらないはずなのに、この服ウエストだけはちょっときついッス。なんの嫌味ッスか。でもボトムの長さ、バカにしようとしても無駄だから。そっちはギリギリなんとかなったッスよ。」
と答えた。今日の彼はやっぱり変で、そういう赤崎に向かって今まで見たこともないような優しい極上の笑顔を返したのだった。
