飼い犬と飼い主 4
幸せな飼い犬生活を過ごすジーノ。王子に思いを寄せ始めるザッキー。追うものと追われるものが逆転します。ジーノはより良い飼い主を目指し、ザッキーはかわいい後輩のポジションから抜け出したい。そんなザッキー入団1年目の12月まで。以降は徐々に悲惨になっていきます。昼メロ的に。王子、赤崎、世良(ちらっと)、後藤(ちらっと)、モブ女。
スキンシップ3
次の日の王子は昨日に比べて元気になっていたようだった。軽快な軽口に、試合中はあんまりやらない遊び心満点のトリッキーなプレイの数々。弄ばれているクロさんが頭から湯気を出している。俺と目が合うと、フッと目を細めて笑う。
彼は非日常から日常に戻れたようだったが、俺は逆に非日常に引きずり込まれてしまったかのような地に足のつかない状態になってしまっていた。昨日まであんなに調子が良かったのに、今日は凡ミスばっかり。目ざとい王子は最後には目を合わせても笑わなくなっていた。
「今日いいかい?食事に行くよ。」
帰りがけ、すれ違いざまに王子は俺に言った。確認の体裁をとった命令だった。
* * *
「…ボクのせいかい?」
行きつけのレストランテの個室で向い合せ。俺を見つめる目線が痛い。まるで叱られた子犬の様な気分にさせられる。王子の顔を見れない。
「そんなんじゃ…」
「じゃ、どんな?」
「それは…」
王子はとても意地悪で。絶対言い逃れをさせてくれない。見逃してくれない。逆らえない。
「なんでか正直わかんないッス…」
俺の返事に王子はため息をつく。その大きさに、聞いている方も気が滅入る。
「もう、ボクあんなことしないから。そんな顔しないで?ごめんね?」
「え?なんであんたが謝るんスか。」
「だって嫌だったんだろう?人肌って気持ちがいいものだよ。でもきっとキミは家についてから…。男同士のああいった触れ合いに、得られた心地よさに…罪悪感を感じてしまったんだね。」
図星だった。俺はこの人のことが好きなんだということに気付いてしまった。いや、なんとなくわかっていたけれど、昨日、確信してしまったのだ。男で先輩でチームメイトのこの人に自分は思いを寄せている。男が女を欲するように俺は王子を欲している。感情的な意味だけでなく肉体的にもだ。昨日俺は王子の温かみに味を占めてしまった。あれを何回も体験したい。そしてもっと深く体験したい。もうとっくの昔に触ってもらえなくなった俺のものが、寂しがって泣いている気がする。あんなに嫌がっていたあの行為を、俺は今、心の底から欲している。ありえないタブーだ。気が重くなった。
「ボクは迂闊だった。考えないわけではなかったけど自分本位に事を運び過ぎた。でも考えてみて?あれはキミもボクも欲情的ななにかではなかった行為だったろう?握手の延長とだとでも気軽に考えて忘れてしまえないかい?」
俺が落ち込んでいる理由と、王子が察している理由がずれていることに気付いた。体の接触そのものに対する嫌悪感を持っていると思っているのだろうか。違う、全然そうじゃない。昨日のあれは、確かに欲情的ななにかではなかったけれど、それで俺は気付いてしまった。自分の中の欲情に。でも、彼が好きだなんて…とても言えない。王子と俺ではあまりにも生きている世界が違う。
「犬猫を抱きしめたのと同じことだよ。キミはまだなにも危険を冒すような、世間に顔向けできないようなことをしたわけではない。」
まさか…。世間に顔向けが出来ないって、王子がそんな言葉を言うなんて。男同士の恋愛なんて、確かにおおっぴらに言える人間はそれほどいない。でも、彼がそんな価値観でいるなんて、思いもしなかった。
「…世間に顔向け?なんでワザワザそんなことを言う?俺は別に」
「思っているよ。いけないことをしたと。キミはそう思っている。そのとおりだ。確かにいけないことなんだ。全部忘れるんだ。いいね?もう二度とあんな真似はしない。切り替えるんだよ?」
「え…それってどういう…」
「勘違いだと言っている。なにを?なんて言うつもりかい?言いたくもないだろうし、聞かされたくもないだろう?」
「!」
超然とした表情で俺を見ていた。それだけですっかり把握した。彼は俺が気付いた彼への気持ちを、伝えないまでもすべて理解し、その上で強制的に火消をしようとしているんだ。
「なぜ…」
「無意味どころかデメリットしかない道だからだよ。結末がわかる悪路を歩こうとしている人間がいれば止めてあげるのが人情だろ?」
ちょっとでも何かを言おうとすれば、二の矢三の矢を放つように返してくる。彼の中ではもうすでに結論の出ている話なのだ。気付いたばっかりでまだ自分でも咀嚼できない気持ちを、これほどまでに拒絶されたらあまりにショックだった。
「キミのその苦しみはボクのせい。キミに悪い影響が出る可能性を見て見ぬふりをした。完全に失策だ。」
「なに言って…、そんな言い方しないでください。あんたは関係ない。俺の心は俺の問題だ。他人に決めつけられてどうこうできるもんじゃないんだ。すっげー失礼なことしてんのわかんないッスか?そんなやり方あんたらしくも」
「キミは性的に未熟で危ういところがある。肉体的な触れ合いを精神的な情愛にすり替えるのは愚かなことだ。大丈夫。冷静になれば混乱は収まる。キミのその気持ちはあくまでもボクに対する信頼と敬愛だ。その思いは自分も他人も磨く十分素晴らしいものだよ。見失わないで大事にしてほしい。わかるかい?ボクのいいたいこと。ボクの伝えたい気持ち。これはキミへの裏切りじゃない。キミの今願うものとは少し違うかもしれないけれど、紛れもないボクからキミへの愛情だ。命令じゃない。わかってほしいんだ。ダメかい?」
こんな物言いされるくらいなら、いっそ遊ばれるか、ざっくりと興味がないと切り捨てられた方がマシだ。この人らしいスマートなやり方じゃない。相手に有無を言わさない人がなぜ「わかってほしい」なんて言葉を選ぶ?
わかんないのか?これは逆効果だ。
この人は俺に対していつも中途半端だ
言ってる意味が、やりたい意味が良く分からない
こんなにあやふやで空中に吊り下げられてしまったら、
もっと俺の気持ちは引き寄せられるに決まってるだろう?
* * *
ジーノが立案して作り上げた、赤崎と自分のための大切な大切な飼い犬と飼い主の平和な暮らし。ジーノはたった一度のスキンシップがこの世界の崩壊をスタートさせてしまう可能性があることにはとっくの昔に感づいていた。でも耐えられなくて何度も何度も犬への謝罪を口にして、そしてとうとう実行した。今更愚かな飼い主は、一生懸命ほころびを手で隠し、飼い犬の目をふさごうとする。なんにも知らない赤崎はそんな彼の必死さに気が付くわけもなく、翻弄され混乱を深めていく他なかった。
