飼い犬と飼い主 5
前回我慢できずザッキーに軽くちょっかいを出してしまって大後悔のジーノが今度こそはとほのぼののんびり飼い犬生活を目指します。良い先輩になるため頑張ってる幸せなジーノと、優しいホワイト版ジーノに可愛がられて幸せなザッキー、今回はそんな二人の原作1年前の年明けから夏までの話。エロなし健全。王子、赤崎、赤崎父、モブ女(気配)、ジュニアユースっ子(気配)、赤崎のジュニアユースの仲間(気配)。次回!バトル展開ッッ!!(エッ
接近~サボテン
「なに見てるんですか?王子」
「ん?あぁ、これ、花芽が付いたんだよ。なんか嬉しくって。」
王子の家の一角には、サボテン専用の綺麗な温室がある。そこの中にある、ちょっとドキッとする毒々しいとも思えるような全身紅色の小さなサボテン。多分王子が一番目をかけているソレに、ポツンと小さい丸い粒のようなものが出来ていた。
「それ、花なんスか。」
「買ってきて花芽ついたの初めてだ。でも…この子、こんなに小っちゃい子なのに、死んじゃわないかなって少し心配でもあるんだけど。季節もちょっとこんな時期ってね…。本当は春先だから少し遅いし。」
「なんかソレ、変ってますよね。色といい、形といい。」
「緋牡丹っていうんだ。これね、上の赤い部分は突然変異の株で、下半分は三角柱って別の品種なんだよ。葉緑素ないし接ぎ木から養分を貰わなければ一人では生きていけないからね。指先の器用な日本人が米粒にも満たないサボテンを接ぎ木で育てたのが始まりとか。サボテンとしては珍しい日本産の品種らしいよ。」
王子は多趣味だけどその一つ一つがやっぱりやたら凝り性で。なんでもやるからには突き詰めるひとなんだなと感心した。サボテン栽培が趣味なんてオッサンみたいだなと思ったけれど、この人の話を聞いているとナカナカ面白い。
「へー、突然変異か。なんか変わってると思ったらそういうことか。そういえばここにあるやつ他のも結構赤っぽいの多いッスよね。王子って車も赤だしホント赤が好きなんだな。」
「……そう…だね。赤いのってなんか惹かれるものがあるっていうか。まあ、この子が好きなのはそういう理由じゃないけどね。あと、こういう斑入りも好きなんだ。こっちのは緋牡丹錦っていって少し緑の部分があるだろう?だから接ぎ木は必要ない。これは結構丈夫かな。でも、こっちの黄色いのとかピンクのとかも色は違うけど緋牡丹と全部おんなじタイプなんだよ?色々あって面白いよね。」
「突然変異ってことはやっぱ弱かったりするンスか?」
「う~ん、まあ普通のサボテンよりは多少管理が難しかったりするかな。緋牡丹はこの台木の部分がしばらくしたら腐っちゃうんだ。そういう時は自宅で接ぎ木しなおさなきゃいけないんだけど、ナカナカチャレンジできなくてね。そのままいくつかダメにしちゃってる。キレイなんだけどなんか気難しい子なんだよね。」
「なんか王子みたい。」
「…そう思う?」
「なンスか?」
「フフフ、実はボクもこの子は似ていると思ってたんだ。でも気難しいって意味でじゃないよ?ボク、そんなに気難しいかなぁ?」
「気難しいっていうか、ややこしいって言ったほうがあってるかもしんないですけどね。」
「至って簡単だよ?」
「全然。てか、気難しいは否定してもキレイってほうは否定しないンスね。」
「えー?ハハハ」
* * *
それからしばらく、王子は暇さえあればその花芽を見るのに温室の前に立つようになっていた。俺がいない時はずっとそうしているのではないのかと思うほど。よっぽど好きなんだなと思いながら、声をかけないと戻ってきてくれないのでちょっと退屈だった。
「今ネットで見てみたらね。あの子、淡いピンクの花が咲くんだって。」
外出先でも暇があればこうやって携帯で検索をしていて。
「結構大きな花が咲くらしいよ?この子は小さいからきっと本体より大きくなると思うよ?なんかすごいよね?」
練習中も少しも頭から離れないみたくて。
「少しずつ蕾が大きくなってきてるんだよ?咲いたら見に来てね?」
日頃はサッカーの話しかしない人なのに、なんだかすっかり王子をサボテンにとられてしまったような気分だった。
* * *
ある時、王子が練習をさぼって。それ以来ぱったりとあの花の話をしなくなった。何日かそのまま様子を見ていたけれど、なんだか急な態度だったので気になった。あのサボテン、調子はどうですか?ってやっとの思いで口にした。そしたら、王子は小さい声でポツリと答えた。
「この前家に戻ったら。花芽ね…落ちちゃってた。やっぱりあの子には無理だったよ。」
そうして寂しそうに笑った。
「季節のせいもあるし。それにあの子小っちゃかったからね。まぁ、本当はそんなこったろうとは思ってたよ。あれが花を咲かすなんて土台無理な話だったんだ。期待するほうがそもそもおかしかった。」
「王子…」
「ボクもらしくもなくバカなことを考えてしまったよ。もう何日も何日も…。本当にバカらしい。あの子は花なんか咲かすことなど出来ない。そしていつも台木と一緒に自分も丸ごと全部枯れていく。生まれた時からほんの数年の消耗品で結局あれは奇形なんだ。ごまかして強引になにかを昇華させようなんて、あまりにも傲慢って話で…」
それを見て俺は胸が痛くなった。まるで俺がサボテンにヤキモチを妬いたから、それで花芽が落ちたかのような気分だった。いつもにこやかでご機嫌なこの人が、こんな風に悲しむなんて、イラつくなんて。その吐き捨てるような言い方が、たかが花とでも言いたげな態度が、皮肉にもこの人がどれだけあの花の開花を心の底から願っていたかを強く裏付ける形となっていた。
でも、そんな表情をした王子はこの一瞬だけで、あとはいつも通り明るいちょっと厄介な司令塔に戻っていた。明るく大きな声で笑ってチームメイトをからかったりして。俺はそれが尚更痛々しく見えた。
* * *
その週末。ジムを借りるのにあの家に行くことになった。花芽が落ちてから初めての訪問だった。少し緊張した。
「あれ?それ、なんスか?」
「ん?気付いた?すごい目ざといね。」
「だってこのサボテン、やたら存在感ありますよ?これまであったのと全然趣が違う。」
フフフ、と王子が笑った。サボテンの傍にどんな顔でこの人は立っているんだろうとそればかりが不安だったけれど、その明るい姿に少し安堵した。
「竜神木っていうんだ。これ、すっごく丈夫でバカみたいに大きくなるんだよ?4~5mだって!ホント、バカみたい!ハハハ!」
「はぁ??なんでそんなもんを…」
「これね、胴切りっていって輪切りにぶった切ってもドンドン根付くんだって。タフすぎるしホントすごいよね!5稜だから切ったらかわいい星形になるよ?それもいいと思わない?」
「そんな増やしてどうすんですか…。部屋、これだらけになっちゃいますよ?」
「いやいや、こればっかり増やしてもねぇ?実は調べたらさ、緋牡丹の台木、三角柱だとすぐ枯れちゃうんだけど、この竜神木にすれば永久台木になるみたい。」
「永久台木?」
「うん、緋牡丹に接ぎ木したらそのまんま長い事持つらしいよ?永久とまではいかなくても緋牡丹が天寿を全うするくらいにはね?」
「へー。」
「それに丈夫な分だけ緋牡丹の生育にも良くて花とかも咲きやすくなるって。」
「あ…王子!それじゃあ!」
「うん、いいでしょ?これならいけそうじゃない?」
「そうッスね!良かった。実は俺ちょっと気にしてたンス。ホントはこれが咲いたの見てみたかったし。」
「え~?ホント?無理してない?」
「いや!全然興味なかったけど、王子色々詳しいし、話聞いてたら面白かったから。」
「そう?それは良かった。」
明るい笑顔で、コーヒーでも入れるね、と王子がキッチンに向かうので、俺はその間しげしげとサボテンをみていた。王子のお気に入りの子には小さい子株がついていて、手先が器用な日本人が接ぎ木をしたという王子の話を思い出した。今日見たあの竜神木の輪切りの星形の上に、王子がニコニコしながら接ぎ木をしている姿を想像してなんだか嬉しくなった。毒々しいと思っていた赤いまん丸な姿が、星の上に乗ると考えると金平糖みたいに急にかわいく見えて。管理が難しいって言われたけれど俺の家にも一つ欲しいなくらい思った。
「あんまり近づいて、顔にトゲ刺さないでね?」
「俺、そこまでバカじゃないッスよ!」
立ち去りながら王子が俺をからかう。
「ねぇ、竜神木ってキミみたいだよね。」
「え?王子??なんか言いました?」
キッチンからだと彼のつぶやくような小さい声は、俺には全然聞こえなかった。
そんなことは全然知らずに、俺は。
この王子の買ってきたイガっとしてヌボっとしたサボテンおかげで、俺達二人とも、花芽の枯れたショックを癒すことが出来た気がしていた。王子が季節外れのこのサボテンの花を今この時に俺と一緒に見たがったのがなぜだったのか。花芽が落ちてしまったことにあんなに感情をあらわにするほど動揺していたのはなぜだったのか。そんなことにも気付かずに、単純に次の花芽は咲けばいいと、来年が楽しみだと、それだけを考えていた。
