飼い犬と飼い主 5
前回我慢できずザッキーに軽くちょっかいを出してしまって大後悔のジーノが今度こそはとほのぼののんびり飼い犬生活を目指します。良い先輩になるため頑張ってる幸せなジーノと、優しいホワイト版ジーノに可愛がられて幸せなザッキー、今回はそんな二人の原作1年前の年明けから夏までの話。エロなし健全。王子、赤崎、赤崎父、モブ女(気配)、ジュニアユースっ子(気配)、赤崎のジュニアユースの仲間(気配)。次回!バトル展開ッッ!!(エッ
接近~やきそばパン
「ザッキー、買ってきてくれた?」
「ったく、自分で買えばいいだろ?喰いたいもんくらい。」
「機嫌悪いねー。切り替えが大事だよ?あとさ、それ買うとか、もう世間が許さない世界にまで来ちゃってるからね?ボクともなると。キミならしっくりくる感じするし。」
「アホらし。」
今日は調子が上がらず、練習試合もボロボロで、なんだかものすごくムカついていた。そんなイライラの中で、こういう時に食べるといいものがあるから御馳走してあげると言われて、なんかうまいもの食わせてもらえるって、本当は少し機嫌が治ってたんだ。なのに、試合後車に乗せられて、向かった先はコンビニで、しかもなんだよ、やきそばパン買ってこいとか。ふざけんな。またこの人は俺をからかうつもりなんだ。からかわれるのはもともと嫌いだけど、それでもからかっていい時と悪い時くらいあるだろう?
文句を言いながらも二人分買って。ついでに王子が嫌がるのも承知で甘いコーヒー牛乳も買ってきてやった。ざまぁみろ。
「じゃ、帰ろ。」
「今晩の夕飯、これッスか……日頃食生活うるさいくせに、なんでこんなもん喰いたがるんだよ。意味わかんねぇ。」
「ちょっと、ちょっと。聞き捨てならないねぇ。やきそばパンを否定することは、ボクを否定するのと同じだよ?気を付けてくれないかい?」
「なんだよそれ。あんたやっぱ頭おかしいな。」
「おかしくないよ?至って真面目。理由も正論。キミはバカ。」
「バカ、バカって言うなって言ってんデショ、いつも」
王子の軽口。前ほどはこの人のこういうところに目くじらを立てるような気持ちはなくなってきていた。よく見ているとこうした子どものようなところが沢山あったし、彼独特の愛情表現なのかなと最近はもうすっかりなじんできていて。でも今日はちょっと自分が不機嫌だったから、うざさが目について。
「ラッキーだ、月がよくみえる。やきそばパンの日にふさわしい。」
「なんだよ、それ。ポエムのつもりかもしんねーけど、内容が破綻してますよ。」
「やめてよ。そういうこと。本気で素敵なポエムのつもりなんだけど。」
「あー、あー、そうですね、素敵ッスね。」
よっぽどやきそばパンが好きなのか、なんとなく鼻歌まで歌ってしまっていて、この人はホントどうかと思う。
「さて。手も洗ったし、食べることにしよう。」
「はい、はい、わかりました、そーですねー」
「あ!ちょっとまって!ダメだよ!ルールがあるんだ!」
「もー、なんスか、一体…」
「テーブルじゃなくて、こっちに。窓際で外を、月を見ながら食べるんだよ?ボクがここに引っ越したのも、この大窓から見える赤い空とそして月が一目で気に入ったからなんだ。ここに座って、こうしてやきそばパンを用意して。これがボクにとってはカーサ(自宅)がカーサ(安らぎ)である理由でもある。」
「方向決まってるとか…恵方巻きッスか…ってか月見か?」
「ん?なに?」
「なんでもないッス。」
寝室の脇のサイドテーブルやダイニングの椅子をカタカタ運んで、なにやらセッティングを始めた。また歌を歌ってる。
「さ、これでいい。」
「どうも…もう食っていいンスか?」
「召し上がれ?」
これの何の意味があるのか全然わからなかったけれど、王子が俺の顔をみてニコニコとしているのでなんだか気恥ずかしくて言われた通り月をみながらやきそばパンとコーヒー牛乳を口にした。
「中学の頃ね。元気がない時、よく食べたんだ、やきそばパン。購買でも人気でね?買える時と買えない時があってさ。」
いつも俺が質問してもはぐらかしてばっかりいるのに、いきなり王子が自分から昔の話をし始めて、なんだかとってもドキドキした。
「なんか意外ッスね。王子のことだから中学時代でも炭水化物に炭水化物挟むなんて食い物じゃないとか文句言ってそうな気がしてました。」
「フフフ、やきそばパンって変だよね?パン類なのかな?麺類なのかな?とかさ、考えなかった?」
「えー、パンでしょ?」
「ほんと、おもしろい食べ物だよね。イタリアにもパニーノがあるけれど、中身は大概プロシュートやチーズの普通のいわゆるこっちで言うところのサンドイッチみたいな感じでね。スパゲッティーニを具にしたのなんてみたことない。それにやきそばって、日本食?中国料理?なんかものすごくあやふやな食べ物でさー。」
「あんま考えたことないなー。そんなもんなんだってだけじゃないッスか?俺とかよく練習んとき普通に軽食に持ち込んだりしてたなー。」
「…キミの中では…やきそばパンは日常なんだね。キミってすごい。なんかありがとう。」
「…なんスか、ありがとって。」
「言ったろ?やきそばパンはボクだからだよ。ボクが昔からキミの中では日常だったなんて、素敵じゃない?」
「だめだ、聞いてもさっぱりだ…。」
「嬉しいよ。」
「全然人の話聞いてないでしょ。」
「聞いてる。やきそばパンが、つまりはボクが好きってことでしょ?ま、そんな愛の告白なんてされなくても、キミがボクのことを好きなことは知ってるけどね。でもキミはボクの飼い犬だから。忘れないで?」
「はいはい、やきそばパンに対するあんたの情熱がすごいことはよくわかりました。」
ほら。こんな時はやっぱり彼は俺に手を差し出して。最近では“お手”を言うのも省略して差し出される彼の手を、俺は苦笑しながらそっと掴む。やんわりとそれを握り返す彼は、いつものように極上の笑顔を浮かべた。今日の遊びは指が一本一本絡みついてちょっとやそっとじゃ離れなさそうなものだった。
「やきそばパンの情熱?フフフ、おかしなポエムを歌うものだね、キミ。」
「ポエムじゃねぇし。ま、おいしいッスよね。考えた人はすごいなと思う。」
「ホントあの頃はよく食べたなー。購買でも買ったし、コンビニで買って夜用の軽食にしたりもしてた。食べるときはベランダに出て、地上ではなく夕日や月をみながら食べた。あの頃のボクにとっては、やきそばパンは傷に塗る薬みたいなものだったんだ。」
「…へぇ…」
「聞いてよザッキー。ボクの初恋の彼女がこう言ったんだ。“やきそばパンはあなたには似合わない。もう食べないで”」
「はぁ?!」
「ひどいでしょ?かつてないほどに体の相性もバッチリよかったのに、がっかりだったよ。」
「あ?あんた初恋だって言ってませんでした?」
「ん?そうだけど?」
「あんた…相性云々って、初恋以前に別の奴とやってたってこと?一体最初っていくつん時…」
「あんまり意味のない質問しないでよ。ご想像にお任せするよ。時期も数も関係ない。セックスは目的ではなく手段なんだから。単なるコミュニケーションツールでしょう?こういうゲスなキミを見るたびになんか残念な気持ちになる。」
「…悪かったな。」
「セックスじゃなくて彼女の言ったことが大事なのに、ちゃんと聞いてた?あの子はボクを否定したんだ。信じられないようなことをする子の心も体も気に入ってしまったことを、ボクは激しく後悔したよ。あと、ちょっとしたトラウマにもなっちゃったね。」
「トラウマってそんな…大げさな」
「大げさ?キミはわかってるようで、まるでわかってないね?彼女はさらにこう言ったんだ。“吉田君は王子様なんだから、そんな食べ物食べたり下品な服装をしたり乱暴な言葉遣いをしてはダメよ”」
「なんかすごい子…」
「ボクはナイーブだったからね。あぁ、そういうことをしたら人としてダメなんだなって…。ボクらしいってどういうこと?っていうのがね、ボクはよくわかっていなかったから。彼女とはその後も関係が続いたし、素直にそれに従った。そこからだよ、ボクがこういう人間になっていったのは。」
立ち上がり、月に向かって朗々と。また始まった。一人ミュージカルみたいなコント。手を繋いでいるんだからこっちの迷惑も考えろ。ちらっとこっちをまた見てる。つっこみ待ちだ。やれやれ。
「…まさか。」
「…うん。冗談。」
「でしょうね。」
座りなおして、大事そうにやきそばパンを食べている王子。失礼だけど彼女の言いたかったことはわかる。なんというか…ものすごくチャーミングなんだけど、拭いきれないこの違和感。この絶妙な空気を楽しめるのは、そうこの世に沢山はいないだろう。俺にとっては、まるでコメディのワンシーンのようなマヌケでキュートなその姿が、なんだかとてもかわいく見えてしかたがないのだけれど。
「フフフ。それっきりボクがやきそばパンが好きだなんて、誰にも秘密で。」
「マジッスか」
「しばらくしたら辛い時も買うこともできなくなって、一人泣いて震えて過ごしてきたんだ。」
「…買えばいいじゃないッスか。」
「だから許されないだろう?そんなこと。」
「俺が許します。」
「え~?でもね~?まあ、それに…」
「それに?」
「ボクは誰かと一緒にやきそばパンを食べたことなんて一度もなかったんだ。今日が初めてだ。」
「はあ…」
「すごいよね?」
「すごいッスか。」
「すごいよ。」
「…なんていうか…よかったッスね。」
「ね、元気、出た?」
「は?」
「一人では辛くても、二人でほら。こうしてやきそばパンを食べたら。元気。出ない?」
「……」
「ん?」
「それ…。俺のこと励ましてくれてるつもりなんスか?」
「勿論じゃない?なんだと思ったの?元気の素のやきそばパンを、キミの大好きなボクと二人で一緒に食べるんだよ?元気、出るでしょ?当然。二つが合わさるとミラクルが起きるんだから。」
「……」
「なに?どうかした?」
ミラクル?なにいってんの?この人
でも素だ。間違いない。この顔は。素。
論理が飛躍しすぎてて意味がわからないところが沢山あって、まるで出鱈目なこの人のこういうところ。こういう、およそ日頃の王子のイメージとは程遠い、子どもみたいなところ。そしてうんと優しいところ。言われなくても大好きだ。なにがミラクルだ。なんだかあほらしくなって、実際さっきまでのクサクサした思いはあっけなくどこかへ吹き飛んでしまった。指についてるソースをチュ、チュ、と舐めた仕草が本当にマヌケでかわいくて。とてもピッチ上のあの貴公子と同じ人間だとは思えない。なんだか目が離せなくなってしまって、そのままじっと見つめてしまっていると、王子が言った。
「ほら、そんな顔して。キスでもしたいのかい?しょうがない子だなぁー。」
「なんだよ!いつもいつも!そういう遊びはもうやめたってあんた言ってただろ?しつけーよ!」
王子の顔が夜の艶っぽい顔にかわって。こうやってこの人は俺を何度も何度も試しながら、きちんと俺が犬をやれるかどうか確認をするんだ。ペットが人間だと勘違いしないように、自分のしつけの行き届いているかどうか冷静にチェックしている。王子の罠になんか騙されないぞ。絶対に。絶対に!やんわりと魅惑的な表情で王子の顔が近づいてくる。戸惑いながら俺は硬直する。いや、あの…本当に?この人マジに?
そんな時、同時に二人、手にしていたやきそばパンに目を止める。お互いのこの後の体勢を具体的に思案して。なんだかやっぱりマヌケな感じを想像してしまって。また、二人同時に、プッと吹き出してしまった。
「こぼすと勿体ないから。全部食っちまいましょう。」
「そうだね、ボクは昔からこの紅ショウガが好きなんだ。気をつけなくちゃ。」
「紅ショウガが好きな王子ってなんか笑える。」
「おかしい?」
「滅相もございません、お似合いですよ?王子様。」
「うむ、くるしゅうない。」
「それ、殿様」
「ハハハ」
「アホだ!アハハハ」
「ねぇ、また一緒に食べよう?やきそばパン。元気がない時は、二人でこうして食べるんだ。」
