飼い犬と飼い主 7
ザッキーがジーノの家に泊まった朝の話。夏木負傷の9月以降2か月くらいこの調子で暮らしますが、お前ら真面目にサッカーしる!w ジーノはザッキーと出会って最初の日から終わりを見ていますが風呂敷を畳もうとする度に何度も何度も自らぶち壊してしまいます。この時期になると発言と行動の乖離が益々進んで、ほとんどコントロール出来ていません。そして当事者のザッキーもまた情報が少なすぎてジーノの状況を全く理解出来ません。
穴隙~割れ鍋
月を探して見上げた空はいつのまにか明るくなり、早朝にもかかわらずまだまだ苛烈な日の光が室内を照らす。
そんなに明るくなるまで月を探し続けていた男はやっと諦め、視線を室内に戻す。ふと目をやった先には温室があり、その中にはちょっと痛み始めているサボテンがあった。緋牡丹だった。季節外れの蕾を付けたジーノの一番のお気に入り。
緋牡丹の台木になる三角柱というサボテンは、接ぎ木されて数年するとこうして腐り始める。そして緋牡丹もろとも駄目になる。夢の中の自分の半分をほったらかしにしながら、現実に残されていた方のもう半分のジーノが小さく呟く。
「結局こういうこと…だよね。フフフ、ホントはボク、知ってたよ?」
かつて持田に投げ続けていたような虚無のような言葉を、今はちっぽけなサボテンに向ける。勝手に込み上げてくる笑い。フッ…と吹き出し、そうして緋牡丹をポトリとゴミ箱へ。ククク、と止まらず、肩が揺れる。変だなぁ、ボク何がそんなに面白いのかな?とぼんやり虚ろな疑問を持ちながら、まだ元気なサボテンも順番にポトリポトリと入れ始める。中身がゴミ箱に捨てられて空になった小さな植木鉢。温室の脇に積み上げられていく度にカチャリカチャリと音を鳴らした。竜神木の植木鉢を見て、ジーノはその時やっと感情が伴っていない不自然な笑いを止めることが出来た。
キミだけは、ここにいてくれる?
ボクの殺した飼い犬のかわりに
緋牡丹達はみんなさよならしたから
もうキミを切り刻む必要もないからね
なにも考えずに、赤崎の頬を触る時のように竜神木に手を伸ばし、チクリとした指先の刺激で我に返る。竜神木のトゲはとても頑丈で、指先にはいくつか赤い血の斑点が出来た。ジーノがそれをなんとなく眺めているうちにその一つはツッとまるで赤い涙のように流れ落ち、フローリングには金平糖が落ちたかのような小さい赤い星形の痕が残った。谷底にいるもう半分のジーノに、血がまた増えてしまったね、と心の中で謝罪する。
奇妙な選択は退屈しのぎにちょうどいい…か…
ボクがそんなことを考えてたのっていつだったか
でも、ボクってそんなに退屈してたっけ?
確かに、これでは退屈する暇がないよね
こんなにボクが沢山あちこちに増えちゃって、
なんだかいつにも増してうるさくて、ホント賑やか過ぎるくらい
でも、結局あれだね、一人ぼっちで…こんなの孤独が増すだけじゃない?
ホント馬鹿なこと考えちゃったな、ボク
* * *
ジーノは乾燥機に放りっぱなしにしてあった赤崎の洋服を綺麗に畳むと寝室のサイドテーブルの上に置いた。洋服の持ち主はまだベッドの中で、昨晩の姿そのまま身じろぎも出来ないほどの深い眠りの中にいた。
寝室はまるでヴィラのように夜の行為のあの匂いが充満していて、ジーノは得られた昨晩の肉欲の快楽と失われたものの大きさに思わず吐き気を催した。耐えきれず部屋を出て、その映像と匂いから逃れるためにコーヒーを入れることにした。
ジーノはコーヒーを入れる時はいつも手挽きをするところから始めるようにしていた。ハンドルを回して豆を挽くときにカリカリと伝わる手の振動とそれと共にふわりと漂うあの香りがお気に入りだったからだ。コーヒーを飲むこと自体よりその一連の手順を過ごす時間が大好きだった。なのに今日は手に力が入らなくて全然うまくいかない。だからすぐに諦めた。
紅茶にしようと思ったものの今度は蓋がナカナカ開かない。ン!と力を込めてやっと開いたと思ったらそのまま手が滑って紅茶を全部床にばらまいてしまった。掃除機はうるさいだろうからと、なんとはなしにゆっくりと手で拾う。一体何をやっているんだろう、とため息を付く。随分時間をかけて拾い終わって、ゴミ箱を見れば中にはさっきのサボテンの山。
「フフフ、ゴミ袋がサボテンで穴だらけだ。」
紙を広げて、ゴミ箱からサボテンを拾い上げて一つ一つ丁寧に一列に並べて置いていく。ゴミ袋を新しいものに変えて、やっと床にばらまかれた紅茶を捨てることができた。
* * *
ちょうどその頃に寝室のドアが開いた。ジーノはその気配を感じてなんとはなしに顔を上げ、ぼんやりと彼がいるであろう方向を眺めながらこう言った。
「おはよう、ザッキー。いい朝だね?なんかお腹空かない?」
いつものように上手に笑えたかどうか、自分では良くわからなかった。わかることは、あれだけ抱いてもひとつも満たされることなく、まだまだ自分の渇望がおさまらないことだけだった。手の中は未だにからっぽ。終わりにしたはずが、まだまだ足りない、まだまだ底は深い、そんな体感。
ジーノはじっと見つめていた。覚めていても目に焼き付いて離れない悪夢の中の醜い自分の姿と、そんな自分の周りに広がっている暗い闇を。リビングにはジーノの欠片が半分しかいないので、飼い犬の姿が暗闇に浮かぶ幻のように少しぼやけて見えていた。
