飼い犬と飼い主 8
飼い犬に溺れて混乱状態のジーノと強引なしつけの生活に翻弄されながらも徐々に気持ちがはっきりしていくザッキーのお話です。ザッキーいないと、このシリーズはもう大変です。でも、この時点ではザッキーはジーノの事情を全然知らないので力になれません。ただ、少しずつ夢の形でジーノの混沌に接触し始めます。まあそれには関係なく説明能力のないジーノは一人勝手に転落していくという鬼展開。6の「裏と表」で本音を諦めたジーノが「表と裏」で再び本音を口にしますが言い方が下手でどっちにせよ蹴散らされ。夜を求める度悲しみに溢れて益々渇いてしまうのは勿論ジーノ。
表と裏2
「いい子だね。さあ、整理しようか。今ボク達は二つの件についての話をしているよ?それについての価値観の違い、立場の相違を一緒に見ていこうよ。」
ジーノは赤崎の右の手の平をそっと上向きにする形にひっくり返すように握った。
「右手はサッカーの話。キミは選手として大成したい。そうだね?一方、ボクはキミの思うような形での上を目指していない選手だ。キミの成長を促進させる存在としてはふさわしくない。価値観が違うから、効果的なアドバイスができない。やるとすれば教科書通りの上滑りな心の入らない言葉を投げるだけ。やろうにもそんな甲斐のないことくらいしかネタがないんだ。こんなものが役立つのはある程度の選手まで。キミは成長してそんなつまらないもの必要なくなった。」
次に赤崎の左の手の平をそっと上向きにする形にひっくり返すように握った。
「左手は心の話。キミはボクが好き。そうだね?一方、ボクはキミの思うような形での関係を目指していない人間だ。キミとのセックスはとても気持ちがいいからボクは今こうしてキミと一緒にいる。キミの欲しいもの、ボクの心はあげられないよ?残念だけどね?」
そして赤崎に空っぽの手の平を見るように二つの手の平にジーノは目線を落とす。
「みて?この空っぽな手の平を。キミは中身が欲しいだろう?この両手に。でも両方ともボクはあげられない。キミの望む理想の選手も、キミの望む素晴らしい王子もボクの中にはいないんだよ。」
再び赤崎の顔に目線を向けて、そっとその二つの赤崎の手の平を空っぽなまま握らせるような形で包み込む。
「ね?ほら、無意味。」
見つめるジーノの顔を見つめ返した赤崎だったが、彼の顔を見続けることが出来ない赤崎の目線は、いつものように泳ぎだす。
「キミは欲している。キミの手の平の中身を。キミはボクのかわいいペットだ。キミのその手の平が空なのが悲しい。キミが中身を得て喜ぶ顔が見たい。でも、これは平行線。あげたくてもボクにはなにもないから。意地悪なんじゃないよ?ないんだよ。あげられないんだ。わかるかい?」
二つの赤崎の手の平をそっと持ち上げ、ジーノは優しく口づけを落とす。
「成長を願う人間が怠惰な価値観の人間と一緒にいるのはデメリットが多すぎる。でもボクにデメリットなんて全くない。ボクが己の手の平に欲するものは快楽。キミはボクのかわいいペットだけど、遊び道具でもあるから。とっても美味しいおやつだから。ボクはキミから離れることが出来ないでいる。」
そう言ってジーノがキスすると同時に舌先で赤崎の手をいやらしく舐めはじめた。ゾクゾクして思わず赤崎が反射的に手を引っ込めようとしたので、ジーノは肩を竦めて笑った。
「そう。それでいいんだよ。キミのその両手は、ボクに食べさせるためにあるものじゃない。」
「俺の欲しいものがわかってて、空っぽが悲しいなら、くれればいい話だろ?あるじゃないかそこに。ない気がしてるだけだろ?」
「だから、ないんだよ。ないものを探す?そんなの不毛だ。結果がわかってることをやるなんて、ボクには何のメリットもないよ。」
「なんでだよ…あるじゃないか。ないって思いながら探しても見つかるわけないだろ?」
「だから演出なんだよ。幻をみているだけなんだ。ボクはキミのことが本当にかわいいから、嘘をやめる。もうキミの欲する空虚な幻の演出はしないよ?」
「だって王子!」
「キミの言ってることはないものねだりだ。そんな子どもみたいなことばっかり言ってるとボクは…」
ジーノは眉を寄せて微笑を浮かべ、首を左右に軽く振る。まるで小さい子どもをたしなめる様な態度。
「そうだよ、俺はまだまだ手のかかるガキのまんまだ、王子。そうだろ?俺の手の平が空っぽでも、あんたが中身をくれなくても、それでも一緒にいないと駄目な子どもだ。だから今こうしてこの家に俺はいるんだ。ともかく俺には空っぽ云々以前に、この手の平を包み込んでくれる、あんたのその手が必要だ。」
赤崎はそう言って、今度は逆にジーノの両手を自分の両手で包み込むように握り返した。ジーノはまた苦笑いを浮かべる。
「大丈夫。落ち着いて冷静になるんだよ?感情の嵐に流されてはいけない。どんな時も冷静さが必要だよ。嵐をコントロールするんだ。季節は凍える必要もないくらいに暖かくなった。キミはもうこんな手、毛布は必要ないんだよ。人肌がとても温かいものだから単に名残惜しいだけで、もうキミはベッドから出なきゃ。慌てないでいいから焦らないでよくみてみるんだ、キミ自身のこと。もっと真剣に…」
「違う!嵐なんて簡単におさまるわけないだろ?俺はガキなんだから。俺はあんたの手がないと嵐がおさまらない。そしたらずっとあんたは俺の手を離せないよな?いいんだ、このままで。そうだろ?王子?あんたもわかってることだろう?全部わかっててあんたは俺に手を付けたんだ。俺の手を握った。そんでいつもいつも俺に忘れろっていう。俺がそれを出来ないことをわかってて!」
「出来るよ。キミのことをボクは信じてるからね。ボクのなによりも大切な自慢のペットだ。ボクが言うこととやることが違うのはボクが欲望に忠実だから。キミの体はとても美味しいからね。甘い甘いお菓子が目の前にあれば、貪るのをやめられない。そういう困った話ってわけだよ。」
ジーノは握られた手の平をやんわりと動かして、もう一度そっと赤崎の手の平を包み込むように握り返し、そしてゆっくりと手を離した。
「こうして手を離してもキミは全然平気だ。錯覚なんだよ。ボクの演出と嘘だ。こんなものなくても嵐なんてすぐおさまるよ。おさまらない気がしているだけ。新しい成長の糧を探しに出かけるんだよ?いいね?」
赤崎の心を支えながら話すときのジーノはいつもゆっくりと心の奥に届けとでも願うように落ち着いた口調になる。キレたりヤケになってりして話している内容でないことは明らかだ。今のジーノの言葉は紛れもない彼の本心であり、赤崎を思っての真剣な誠意なのだということが赤崎の心の奥まで浸透していった。認めたくない事実なのに、ジーノの言葉を伝える力の威力は尋常なものではなかった。ジーノの思いを受け取りながらも、赤崎はどうしてもそれを受け入れることが出来なくて、しばらくそのまま沈黙を続けた。でもそれにも耐えられなくなって無理矢理ジーノの手を取ってジーノの言葉を否定する。
「そんな信頼はいらない…。そんなあんたの中だけにある真実を、今は理解する必要性も感じない。」
「ちゃんと冷静に考えよう?目を逸らすのはキミらしくないよ?」
「ねぇ、俺にはまだまだあんたに聞かなきゃいけないことが沢山あるんだ。わからないことだらけなんだよ。俺はあんたと一緒にいる。手を握っていてよ王子。」
「…ねぇ。キミはそういう子じゃないだろう?」
「いやだ。」
「ボクがキミに教えてあげられることは、今じゃもうこの手を離す話くらいしか残ってないんだよ。ボクは手を握っているとさっきのようにキミを貪るよ?二人でベッドにもぐりこんだまま一緒になって快楽を貪り続けて、それが一体何になるんだい?ボクはいいよ?でもキミは…」
「俺は全然かまわないよそんなこと。俺には手が必要だ。あんたの演出に騙されてじゃない。俺の思いは俺だけのものだ。この気持ちがどういうものなのかは俺が決める。いつか離れる時期が来るのが本当でも、それは絶対今じゃない。だから俺の傍にいろよ、王子。」
「ザッキー…」
「王子、まだ駄目だ。俺は望まない。デメリットなんて俺の中には存在していない。無理だ。あんたが手を離すのは今じゃない。まだ早い。」
「困った子だ…」
「俺の嵐は一人じゃおさまらない。だから結局あんたは俺に手を差し出さなきゃいけない。手を離されても冷静でいられるって、俺がそう思えるその日が来るまでね。」
ジーノは優しく望まれた通りに赤崎の手を握る。迷うこともなく一緒にいることを懇願し続ける赤崎に対して、困ったような嬉しいような表情を浮かべながら。
「やれやれ、キミはとんだ甘えん坊さんだ。おねだりが本当に上手で…そしてボクも本当に駄目な飼い主だね。」
握った赤崎の手に、今度はそっと触れるような口づけを落とす。そしてとてもとても悲しい顔で赤崎の顔を見る。
「これでいいのかい?キミの嫌いなぬるま湯だよ?」
泣きそうな顔をしながら赤崎もまた自分の手を包み込むジーノの手に、同じような優しい口づけをした。
ジーノは手にキスを受けて、握っていた赤崎の手をはずし、かわりにそんな赤崎の頬をそっと両手で包み込みこんだ。そして彼の顔を上げさせて唇にそっとキスをした。赤崎はジーノに甘えるように彼の首に己の両腕を回しギュッと抱きついいて、ジーノもまた彼を抱き返した。
二人はそのまま崩れるようにカウチに倒れこんでいった。そのまま行われた二人の深い情愛を持ったキスのせいで、部屋には口から漏れ出た甘い吐息が響き始めた。そうしてもう何度も何度も甘い快楽のキスを二人楽しんで、二人同時に今性急な結論を出すのはやめておくことにした。
