飼い犬と飼い主 9
今回は一直線のザッキーを書くのがテーマでした。どんな時も逃げ出さずにあくまでも冷静に問題点を突き詰め立ち向かっていく。この突き詰め→努力→解決で今まですべてを乗り越えられてきたザッキーが今回初めて解決しきれず少しずつ空回りの絶望の世界を知っていくという。ジーノ失速を曲解したせいです。時系列は9と8で重複。ちなみにこの頃のザッキー、実際にはサッカーへの集中力は半端なく、選手としてグングン成長し始めているけれど、一段と向上心が強まりちょっとやそっとの達成感じゃ満足できないようになってきただけです。
海峡の夜のように
今、俺達はまたベッドの上で二人。
季節は秋だというのに、俺達はまるで寒さに凍えているかのように必死になって互いの肌を寄せ合っている。そして一緒に荒波に飲まれる心細い小舟となってユラユラと船酔いを伴う遠い旅に出掛ける。
あの夜、突然王子からの声掛けで始まった俺達二人の秘密の遊び。彼と過ごす戸惑いの夜は、少しずつ俺の生活の一部になっていった。何度となく差し伸べされる手に慣らされ、俺は今、当たり前のように彼の部屋に出向き、シャワーを浴び、彼に包まれる日々を過ごしている。俺は王子が好きだ。だから今は素直に王子に抱かれるのも好きと言えるような気持ちになっている。
だって彼の手は何度も俺に魔法をかけ、王子しかいない夢幻へ連れて行ってくれる。高校時代に覚えたセックスとはまるで違うこの眩暈を生じる様な王子の世界に俺はすっかり虜だ。
なのにこの二人で過ごす嵐のような夜の海から戻った時、毎回生木を裂かれるかのような痛みが生じる。回を重ねれば重ねる程、彼の魔法が強くなれば強くなる程、王子の手が俺から離れる瞬間強い喪失と激しい心理的苦痛を感じるようになっていく。
なんだか変だ
どうしようもない不安と違和感を感じる
キツイ、王子
なんでこうなる?
最初のうちはこうじゃなかったのに
彼が乾いた眼をして俺を再び欲する瞬間、伸ばされた彼の手によって俺にはもう一度魔法がかかる。そんな風に一晩のうちに現実と夢幻を何度となく行き来して、俺は知らぬうちに寝てしまう。
翌朝迎える一人の目覚め。王子はいつ寝ていつ起きているのだろう。必ず彼は朝隣にいない。
朝になっても遮光カーテンの閉じられた薄暗い王子の寝室。甘く温かい彼の感触を感じたまま眠って目覚める俺の傍にはそこに人がいたことを感じさせない冷たい枕。乱暴に脱ぎ捨てられたはずのバスローブは几帳面に畳まれサイドテーブルの上に。俺の体からは汚れが綺麗に拭い取られ、シーツも布団もいつのまにと戸惑うほどにまっさらな状態に戻っている。まるであの時間が全部嘘にされてしまった気がしてしまう。俺は毎朝自分の裸体に違和感を感じる。こんな朝を数回経験して、俺は人はつらい気持ちになる時に本当に物理的に心臓が痛むのだということを知った。
ぞっとする。神経質なまでの清潔。モデルルームのようなよそよそしさ。毎回必ずこの孤独に全身が総毛立つ。
* * *
最初のうち、この痛みと不安の原因はゲイセックスに対する拒否感と罪悪感だと思っていた。でも違った。俺は彼と寝るのが好きだ。今はずっと彼と触れていたいとまで思っている。そう、毎日でもいいくらい。王子が男だからって、アブノーマルなセックスを求められているからって、よく考えてみれば全然平気で。根本的には彼に求められることはただただ嬉しくて。この前そういうありのままの自分を見つけた。だからこれは痛みの原因ではなかった。
では、彼のあの強引なしつけと支配が俺を強烈に怯えさせているのだろうかと考えた。彼の少し刺激的過ぎるあのやり方が問題なのだろうかと。でもこの推察も違った。彼のキツイ言葉と強引な仕打ちは時には俺の体と心を抉るような強さがあったけれど、そんな時も彼の手には常に優しさが存在していた。なんだかんだ安心して彼に身を委ねているありのままの自分を見つけた。多分彼の手そのものには恐怖を感じたことがおそらく一度もないのだ。だからこれも原因ではないということになる。
じゃあやっぱり、王子の心が俺に向いてないから?そう考えた。最初の夜の次の朝。俺は出来事自体の衝撃よりも先に怖く感じたのは“王子が忘れろと言ったらどうしよう”ということだった。でもそうではなかったので少しホッとした。でも相変わらず彼は愛を囁かないままだし、この行為を一貫して遊びと称している。
「キミとのセックスはとても気持ちがいい。きっと体の相性がすごくいいんだね。」
「こんなに手近な所に快適なエクスタシーがあったなんて、ボク達もっと早くにこうなってればよかったよね?」
「こんなに気持ちよくって、そんでキミ男で。やんちゃしても妊娠の心配がないなんてすごく楽。」
「キミはかわいいボクのペットで、ちゃんと秘密を守れるお利口さんだし従順だし。いい子に育ったなって嬉しいよ。」
「キミって暇人だからそっちのスケジュール考慮する必要もないなんてすごいよね。」
「ホント、キミって便利な存在。これからもこの調子でもっとボクを楽しませてね?お礼にキミも、もっともっとよくしてあげるから。」
笑顔の王子。それでも、傷つきながらも彼に身を委ね続ける選択が出来るのは、あやふやながらも彼の手の温かみに愛情のようなものを錯覚し、幸せの実感に浸ってしまうからだ。これが彼の魔法。手が離れると夢から醒め、現実に引き戻される。つらいのはきっと、このせい。俺は王子が好き。でも王子にとっては便利なペット。それが現実。
でも俺は馬鹿だから。こんな日々を続けていけばいつか彼の心が手に入るんじゃないかなんて。そんな夢を見てしまって。だって今はこんなにも二人一緒が当たり前で。きっとこんな生活を続ける中で、ある日すっかり成長した俺に向かって、王子がびっくりして目を輝かせてくれるんじゃないかなんて。マンガみたいに彼のハートに矢が刺さってしまうんじゃないかなんて。そんな変な確信に酔っていて。自分を信じていて。
* * *
彼は優しい。今日も最後にはまるで母親が子供を寝かしつけるようにこめかみから後ろへ髪を梳く様な愛撫を繰り返す。彼に包まれ、彼に守られながら俺は眠る。俺は王子とのセックスが好き。でもこの時間が一番好き。
彼は時々まるで子守歌を歌うように古典的なムードの歌を口ずさむ。ハミングみたいな時もあるし、外国語(イタリア語?)でひっそりと呟いている様な時もある。意味はわからないけれど、俺はもうこのメロディを覚えてしまって、今ではすっかりお気に入り。ゆったりとした甘い曲。まるで海外の恋愛映画のワンシーンのようなそんな時間。この部屋も王子もこのシーンにぴったりだけど、一緒にいるのが俺というのがなんだか笑えた。
俺がすっかり熟睡していると彼は思っていて、そんな時にこそまるで慈悲のような優しさが彼の手から溢れ出る。そんな気がする。でも、俺のウソ寝をお見通しでいながらも、優しい彼がほんの少しだけ甘やかしてくれているような気もする。
彼の手によって呼び起される肉体的な快感と心理的な解放。今日もまたそれはもう例えようもないほど素晴らしい。なのにやっぱり快楽に比例するような形で生じるあの目覚めの痛みは、日増しに大きくなっていくばかりだった。今はこんなでもしょうがないなんていいながら、それでも以前よりも関係が近づいてきているはずなのに。当たり前のように二人の時間を過ごし、お互いの体に慣れ、暗黙の了解も増え。なのに、ドンドン二人から本当の笑顔が消えていく気がした。
たゆとう時間。さまよう時間。それが俺と王子との二人だけで過ごす時間。
王子、やっぱりなんかおかしいよね?
俺達は以前こんなじゃなかった
二人でいつもいつも馬鹿みたいに笑っていた
毎日ただただ楽しいばかりだった
俺達は二人、一緒にいるとこうしてベッドで寝乱れてばかり
別にいやなわけじゃない
そう、俺はこの時間のことを否定するわけじゃない
でも、この波に漂う時間から目覚める度にとてもつらい
まるで王子を手に入れたと感じる度に
俺はあなたを失うみたいな気がする
こうしてどれだけ身を寄せても、
なんだかドンドン孤独が広がっていく
朝の目覚めが怖い俺は、なぜかその気持ちを王子に言えなかった。俺の魔法を解いた彼の目もまた、時々不安に揺れるように見えてしまうから。彼もまたこの恐ろしさに苦しんでいるのではないかと、そんな気がしてしまうから。だからそれを口にしてしまうとこの痛みの生々しさが現実となってしまって、二人がパリンと壊れてしまう気がしたから。だからどうしても、俺は彼にこの気持ちを言えはしなかった。
