お花結び

GIANTKILLING二次創作小説同人サイト

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飼い犬と飼い主 9

今回は一直線のザッキーを書くのがテーマでした。どんな時も逃げ出さずにあくまでも冷静に問題点を突き詰め立ち向かっていく。この突き詰め→努力→解決で今まですべてを乗り越えられてきたザッキーが今回初めて解決しきれず少しずつ空回りの絶望の世界を知っていくという。ジーノ失速を曲解したせいです。時系列は9と8で重複。ちなみにこの頃のザッキー、実際にはサッカーへの集中力は半端なく、選手としてグングン成長し始めているけれど、一段と向上心が強まりちょっとやそっとの達成感じゃ満足できないようになってきただけです。

幻とのつきあい方4

 一面に広がる赤いタイル。ああ、俺は今、また王子のいるあの夢の世界にいる。

「どうしよう?ボクはまたキミを呼んでしまった。もう約束破りの嘘つきのボクを許すのはやめてよザッキー。そうじゃないんだよ、キミは選択を間違ってる。断っていいんだ、こんなこと。そんなにボロボロになるまでキミはボクに付き合わなくったっていいんだよ?ねぇ、もうブレーキの壊れた馬鹿なボクを、そんな風に優しく笑っていじめないで?」

 声がするので見下ろすと、足元に王子がいた。膝を抱えるようにして座っている。

「だって、本物の王子はあんな壁なんかへっちゃらで。そうだよ、あれしき簡単に乗り越えて。そうでしょう?ザッキー?あんなじゃ駄目だよね?ホントはキミが、ほら、嬉しそうに。そう、こう、何回も何回も見直すくらいの、忘れられないくらいのそんな…そうだよね?ボクは約束したんだキミに。もう絶対にって。狙った時は必ずって。なのにボクは…。」

 俺を見上げているその表情は、まるで叱られた子どものようにしょげている。目が潤んで今にも雨が降り出しそう。約束とか許すとか断るとか。いじめるって俺、なんかした?壁がどうしたって?夢の中の王子の話は現実の王子と一緒でいつもわけがわからない。なにか悩みがあるのかな?

「どうしたんです?もしかして、そのハンカチ、渡せなかったんですか?」

 大きなシーツを毛布のように体にまといながら、いよいよもう彼の綺麗な二つの目からは沢山の涙が溢れかえるように流れ落ち始めていた。真っ赤なタイルの上に真っ黒な服。真っ白なシーツに包まれた王子は羽を休める天使のように、今日もとてもとても美しい。でも前回とは違ってあの印象的な虹色の光がなかった。それでも十分綺麗だよ?王子。

 この前、風に吹かれてあんなに慌てるように持っていったというのに、そんな悲しい顔をしているなんて。きっと間に合わなかったんだね、王子。かわいそうに、優しい人だからほら、こんなに傷ついてしまって。

「ボク、なんか言ってた?誰に何を渡すって?」

 この夢の王子は前回空に飛んで行ってしまった自分を忘れているみたいだった。なんでもありませんよ、と言いながら一緒になって俺も隣に腰を下ろす。涙の話をするとまた王子がいなくなってしまう気がしたので、その話もしないことにした。

「なんか困り事でもあるんですか?」
「……」

 小首をかしげて目を伏せて。王子、いつもいつも、そうやって。一体どこをみているんですか?何を考えているんですか?

「嘘をついてて、ごめんね?ボク無理なんだ…多分もう約束は…」
「王子、嘘ってなにが?なんか約束してましたっけ?」
「だから違うんだよザッキー。ボク、王子じゃないんだ、全部嘘だったんだよ。ごめんね?でもボク、本当は嘘になんてしたくなかった…ボクは、ボクはこんなつもりじゃ…でも、ゴメンね?どうしようもなかったんだ、積み直した石が最初の一個目からずれちゃってて。最初から、一番最初からなんだ。キミに出会うずっと前からボクはこんな風になっちゃってて…。一応ボク頑張ったんだけど…ホントなんだ、ボクは嘘つきだけど信じてくれる?本当に一生懸命ボクは…」

 すごく悲しそうな顔をして、目からポロポロ涙が落ちる。なんだろう、泣いてるだけじゃなくて眉を寄せて。なんだかちょっと痛そうにしてるような。

「あ!」

 ちらりとシーツからのぞいた左足。割れたタイルの隙間に足首まですっぽりと挟まっている?思わずシーツをはぎ取ったら、王子はとてもびっくりした顔をしてそのまま黒猫になってしまった。しなやかな肢体にベルッベットのような毛並み。もしかして、これはノラ?まさか王子が王子じゃないってこういうこと?王子は本当は王子じゃなくてノラだった?なんて夢っぽい夢なんだろう、今日の夢。

 逃げ出そうとしながら威嚇している。そうだ、忘れていたよ肝心な事。ノラは触られるのが大っ嫌いで一定の距離をとらないとこうなるんだった。牙を剥いて爪をむき出しにして毛を逆立てるように背を丸めて。でも、足が挟まって思うように動けないみたい。

「そんなに暴れたら足を痛めてしまうよ、王子!」

 フーッと凶暴な顔をしている王子猫。

「こら!暴れるなってば、王子!ノラ!」

 そんなに怖がらないでよ、王子、俺だよ?わかんないのか?ほら、あなたがあんなに可愛がってくれていた飼い犬の。あんなに深く繋がりながら、ついさっきまで二人一緒に小舟のように快楽の波に揺られていただろう?王子、猫になっちゃってそんなことすっかり忘れてしまったの?

 王子猫の黒は艶やかで。王子の髪の色と深い陰影を持つ長いまつ毛にとても似ていて美しい。でもなんだか見ていて心が痛むみたいに悲しい色。見開いた王子猫の目から染み出るように流れ出た涙が段々この世界を暗くする。挟まれた左足首から血がにじんで、タイルをより一層赤く染める。

   王子、王子、もうやめて
   ほら、どこかで焼け焦げる様な匂いがするよ
   強いジレンマに挟まって、王子の心がショートして
   生まれた火花がその身を焼く

 夢の中の俺はいつも関係ないことを勝手に考え始めてしまう。そうこうしているうちに心地よかったはずの世界があっという間に一面夜になって、目の前にいるはずの王子猫が見えなくなった。駄目だよ王子、あんたは全身真っ黒だから、闇夜に紛れてどこにいるのか見失う。うろうろしてちゃ駄目だ。俺、夜は危ないから気をつけろって、早く帰れって前に注意しただろう?

 俺は仕方がないから引っかかれても構わないさと思わず手を伸ばした。

    *  *  *

 空を掴む手の動きで目が覚めた。

 王子はやっぱり隣にいなくて、あぁ、またリビングでコーヒーを飲んでいるなと想像した。なるほど、あの焼け焦げは王子の朝入れるコーヒーの匂いを感じていたからなのか。妙に納得した俺は一人、いつものように重たい体をベッドから起したのだった。