飼い犬と飼い主 10
ザッキー頑張っているのにジーノの心はドンドン明後日の方向に飛んで行ってしまっています。二人の明るい未来を切望するザッキーが少しずつ不毛を感じ始め今の関係を続けていくことに自信を喪失。達成感が手に入らない時期って自己評価下がりますよね。ジーノの不調を前に自分を責め始め、状況の誤解曲解も増えます。ですがそれでもザッキーところどころ問題の本質的なものがキチンと見えており、そのことを察知してしまうジーノはさらに追い詰められていきます。10は8「滑落」直後に繋がる話になってます。王子、赤崎、後藤、ジノ→←ザキ、ゴト+ジノ。
飼い犬の混沌
この頃。王子は二人でいる時あまり口を開かない。突然の事ではない、少しずつ、少しずつという感じ。今、自宅にいる彼はどうしているかと言えば、ぼんやりと視線を漂わせて冷たい氷のような無表情。もう何十分も手持ちの雑誌は同じページのまま。心がどこかに行ってしまっている。
時々ピクリと動きだし、俺を見つめてふわりと笑う。そのまままた心が飛んで行ってしまう場合も多い。ただ、微笑の中の瞳の奥にゆらゆらと情欲の色が灯っている時は、いきなり手を伸ばしてきて俺をスナック菓子のようにつまみ食いする。そんな時もまた気持ちが全くここにない。
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夏木さんの離脱して遊びが始まった時期くらいから王子のサッカーはとても惰性的なものになった気がする。そういえば真面目にやったら魔法が解けたなんて言っていた。彼は時々びっくりするくらい神経を逆撫でする台詞を吐き捨てる。あの時もコシさんにいかにも反省したかのような仕草をしてみせては、舌の根の乾かぬうちにあれは甘言だと言ってしまっていた。
彼は手持ちのカードを見せる様な真似は絶対にしない。見せろと言えば、そんなものは一枚も持っていないと笑う。彼はポーカーフェイスがとても上手。万華鏡のようにひと時も同じ姿をしていない。色とりどりの魔物のように変化自在のまやかしに酔わされる。
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俺は最初に彼のプレイそのものに心酔し、彼を知るに連れ彼の精神性の高尚さに虜になった。どれをとってみても尊敬に値する、こんなところにいるのがおかしいレベルの突出した才能を持つ選手だった。彼の知識、彼の努力、彼の意識。少し前まで彼が俺に見せていた彼の姿。そのすべては彼が何故トップアスリートであるのかという、その強固な裏付けになるようなものばかりだった。
彼は自身の中にある溢れんばかりのあの才能を、その意識の高さによって生来の素質を磨きに磨き抜く力を持っていた。おそらく現段階でも彼が本気で持ちうる能力のすべてを発揮すれば瞬く間に世界に飛翔することが可能だ。なのに彼はそれをしない。すべてまやかしだという。自分自身をゴミみたいに扱ってはニヤニヤ笑う。丹念に丹念に毛繕いをしたその美しい両羽根を、つまらないものだと泥沼に身を沈めては羽を重くして無理矢理地上にとどまろうとする。泥まみれになった彼は気楽にやるのが一番だよとまた笑う。
ではなぜ彼は泥まみれになった後にまた毛繕いを、異常とも思える執拗な努力をやめない?不自然な自己矛盾を抱える彼の行動。俺の彼と一緒にいたいという個人的な利害を捨てて冷静に判断すれば、彼の行動はあまりにも愚かで馬鹿げているとしか言いようがない。
遊び好きに見える彼が実はこっそりとジムとプールにあれほど足蹴く通っているなんて、一体誰が想像する?自宅には大量のサッカー関連誌が届き、ものの数分で彼にインプットされ、保管に困るそれらは次々に破棄されていく。何台もある彼のリビングの録画器は休む暇もないほど常にサッカーの試合を記録し続け、早送りで再生されるそれらは一度見れば二度とみる必要もなく彼の脳裏に刻み込まれていくらしい。
すべて暇つぶしだと彼は言う。けれど。通常、人はそれを情熱と呼ぶ。なぜ王子は内なる情熱を否定し続ける?彼の生きる高度な次元では、あれは情熱と呼ぶに値しないとでもいうのか?では、彼の思う情熱とは一体どういうものなんだ?
手軽に俺を引き寄せてセックスを求め、同時に別れようという彼の姿と一致する。彼はこれほどまでに人を求めてやまないのに、すべてを遊びと、くだらない暇つぶしなのだと、何もかも無価値なような顔をする。彼の生きる次元ではこれを、彼の思いを愛とは呼ばないのか?では彼の思う愛とは一体どういうものなんだ?
王子は自分を快楽第一主義者だという。楽しいものに目がなくて、それさえあればご機嫌だと。これもまたおかしい。王子はわかっているのだろうか。あなたの第一に優先しているその快楽というものが、一体誰のものなのかということを。
言われるから単に試合に出ているだけと王子は言う。そして傍に居ろと言われて俺の傍にとどまっている。それはすべて、チームの為、俺の為ということだ。それら他者のための快楽に、自分がどれだけ犠牲を払っているのか。王子自身はこのことをきちんと理解出来ているのか?
大好きで優しくしたいのに、これほどまでに王子が憎い。この噛み合わない不幸の積み重ねのような不毛の時間は、王子のせいで、俺のせいで、解決できる術がない。俺が掴んで彼は許し、彼の許しで俺はしがみつく。泥沼にはまり込みながらも飛翔を夢見る彼の背中に、俺はこうして止めどもない泥水をかけ続けていく。泥遊びが楽しいね、と彼は笑いながら泣き、早く飛べよ、と俺は泣きながら笑う。
傍目からは考えなしの気分屋に見えることがあるけれど、彼はとても理知的で理論的な精密機械のような人間だ。類稀なる彼の感性を類稀なる彼の知性で緻密に分析・解析した結果として行動を選択している。彼の行動にはすべて意味がある。彼がどれだけ誤魔化そうとも、騙そうと企んでも、彼の知的過ぎるあのプレイを見ていれば一目瞭然だ。
俺が彼にイラつくのは、理知的で精密な彼なのに時々あまりにも非論理的なことをやるからだ。そこにいたる彼の中のロジック。さっぱり推察できない時があるからイライラする。
その非論理性について指摘を受けた時の彼の拒否感、拒絶感。説明を求めた時の不快な表情。彼のその冷静冷徹な精密機械がほんの少し乱れる瞬刻、タブーの時間。
俺はこの彼の中の強い嫌悪感を体感するのが嫌いではない。彼が態度を硬化させるほどに俺は魅惑的な彼の最深部の蜜に今にも触れそうなほど近づいているのだと実感する。そんな心境の時、二人の関係がブチ壊れる危険まで快楽に変換されてしまう。近づきたい。触れたい。暴きたい。そして壊したい。彼の完璧、彼の冷静。まるで今にも彼の悲鳴が聞こえるかのような壮絶なスリルに、背中のゾクゾクが止まらない。大好きな彼が嫌がるのも厭わずにズタズタに引き裂きたいこの思いはとても倒錯的。誰にも、彼にも言えない秘密の快楽。俺にはわかっている。これは絶対止めなくてはいけない、だからこそ強まる欲望。触れたい、知りたい、引き千切りたい。ああ、これでは俺達終わってしまう。
ねぇ、王子、もうとっくに限界なんだろう?
ほら、別れて欲しいと、俺に泣いてすがって懇願してみろよ
それが本音なんだろ?ヒステリックに叫んでみろよ
もうお前に付き合うのはやめだと、自分を守って俺を切り捨ててみせろよ
彼の本質にキスしたい。舌を絡め、甘い吐息を吹きかけ。苦しみのあまり瀕死状態の王子を貪り、食い尽くして吐精させたい。繊細な彼が見せるべきでない未熟な相手に自己開示なんてしようならば。多分髪の毛一本触れるだけでもきっと。触れあった瞬間俺達二人は過敏なまでにイき果て、そうしてあっという間に死んでしまうことだろう。薄汚い暴力的な妄想を感情が求め、理性が制し続けている。追い詰めたい、このまま限界を超えるまで。王子の優しさに乗じて踏み込んでいきたい、彼の苦しみなどおかまいなしに。破壊しつくして誰も見たことのないであろう彼の素顔を知りたい。
俺は彼を愛したい
欲するでなく、殺すでなく、愛したい
でも、まだ蛹にもなれない、王子
俺はどうすればいいのかわからない
あなたの美しい緑の葉っぱをすべて喰い散らかして枯らす前に
俺は少しでも早く変体せねばならないというのに
俺の体と本能が、まだまだ無理だよと冷酷に俺に告げる
こんな時俺は、自分が羽化する生物なのだということを
信じきることが出来ない
醜く蠢き這いずりまわるだけのこの姿が、
俺の本質なのではないかと、そんな気持ちで、不安で、王子
