お花結び

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飼い犬と飼い主 10

ザッキー頑張っているのにジーノの心はドンドン明後日の方向に飛んで行ってしまっています。二人の明るい未来を切望するザッキーが少しずつ不毛を感じ始め今の関係を続けていくことに自信を喪失。達成感が手に入らない時期って自己評価下がりますよね。ジーノの不調を前に自分を責め始め、状況の誤解曲解も増えます。ですがそれでもザッキーところどころ問題の本質的なものがキチンと見えており、そのことを察知してしまうジーノはさらに追い詰められていきます。10は8「滑落」直後に繋がる話になってます。王子、赤崎、後藤、ジノ→←ザキ、ゴト+ジノ。

飼い犬の残虐

 必死に毛繕いをしながらも汚泥に浸りながら足枷を外そうともしない彼を見て焦れる俺は、ある日再び彼に不毛をぶつけようとした。俺という足枷を外して飛ぶことだけは許さない俺。でも、選手としてだけなら飛んでいいと、飛んでみせろと彼を煽る。願う。祈る。美しいものに見せかけた俺の粗暴。彼へ浴びせる更なる汚泥。

 そんな気持ちでまた俺は彼の怠惰なプレイスタイルを叱責し、罵倒した。この時、ありったけの俺の傲慢の泥水のすべてを飲み干した彼は、急に悲しそうな顔をして突然、ごめんね、と言った。謝るくらいならちゃんとやれよ!と言ったら王子はまた、ごめんね、と言った。イライラしてこのやりとりを何度も繰り返した後に、ようやく気が付いた。いつのまにこんなに変化していた?ダルそうな王子。表情の消えている姿。本当にまるで言葉を忘れてしまったかのようにオウムみたいに、ごめんね、を言っていた。

 俺は馬鹿だった。

 卒なくプレイをこなす彼に、俺はまたすっかり騙されてしまった。もはや彼は、本当にもう飛ぶ力を残していなかったのだ。首元まで泥沼に浸かり、重い足枷で体を動かすことすらままならない状態なようだった。彼の言葉は暗喩的過ぎるんだ。魔法が解けてしまっただなんて、誰がそんな言い分を翻訳できる?馬鹿げてる!おそらく今年もまた一人密かに調整失敗に悩んでいたであろう彼に気付いた俺は素直になれず今度は、また調子が落ちてるのか?遊んでばかりいるせいじゃないのか?と皮肉たっぷり責めたてた。カチンときて言い返して欲しかった。俺の理不尽な罵倒に対して、すっかり彼の正論を言い分を吐きだしてもらいたかった。それでもまた王子は同じように悲しい顔をして、ごめんね、と呟いた。もう俺にはそれしか話せないようだった。犠牲を払い続けた彼の、沼の中でもがくことも出来ないままに静かに穏やかに死んでいく姿に見えた。

    *  *  *

 思えば、ここ最近のだるそうな王子は二人でいるとともかく俺に触りたがっていた。もたれかかってきたり、指を絡ませてきたり。セックスをしていないときも常にどこかに触れていないと耐えられない姿。今、ごめんね、を繰り返す彼に、手を繋ぐだけではボクには全然足りないのだと言った昔の王子が重なった。この頃の彼は確かに常に冷えて沈み込んでいるようであり、やっぱりあの時同様どれだけ俺に触れていようと全然満たされていなかった。俺を抱くのをやめられないという王子は、いくら俺を抱いても体の冷えをとめることが出来なかったようだ。今目の前で、ごめん、を繰り返す彼のぼんやりとした虚ろな視線は、一体なにをとらえているのか、何かが見えているかのように時々空をさまよっている。

 言葉が減るにしたがって触れる以上のことをドンドン求めなくなっていく王子。俺がシャワーから戻っても最初の頃のようにカウチで待つようになった彼。少しずつこの家で俺は本物の空気になっていく。俺の存在を忘れてしまう王子。セックスも求めない。会話もいらないようだ。傍に黙って立っているとハッと時々気が付いて無理矢理のように俺を求めながら、途中でまたふっと心が飛んで行ってしまって固まってしまう王子。

   俺がここにいる意義は?王子?
   あなたが俺を呼ぶ意味など、もうとっくに失われてしまったと

 ガキで我執の塊の俺は、俺ではどうにも物足りないとでもいいたいのか!と心がねじまがった。俺は彼を愛し癒したかった。でも泥水を吐き出すように衰弱する王子しかいなかった。恋愛が成就しない悲観に絶望した俺はさらに卑屈になって、なんか前の事思い出しちゃいますね、また彼女とうまくいってないんですか?と皮肉な質問をぶつけた。最近無視ばかりしている王子はどうせきいていないと思った。でも聞いて欲しくない言葉ほど彼はキャッチした。優しいばかりの力ない王子は、うまくいってないのは…、と言って言葉をとめた。もう引き返せないとやけくそになって、なんですか?とさらに聞いたら、王子はそのまま俺を見つめ泣きそうな顔をして黙ってしまった。
 もう、俺がどれだけ侮蔑的な言葉を浴びせようとも、醜い姿をさらけ出そうとも、彼は怒りの感情を発火させることすら出来ないくらい弱々しい姿になっていた。そのことは彼と致命的な喧嘩をする羽目になるよりもうんと堪えることだった。ああ、これは全部俺がやったことなのだ。どこまでも忍耐強い彼に際限なく甘え続けた、愚かすぎる俺の過ち。今年も傍に居たのに、なんの力にもなれないどころかお荷物としてぶら下がり続けて。子守をずっとさせ続けて。もう、俺達は喧嘩をすることも出来ないほどに向き合うことが出来ない状態になってしまっていた。

 それでも二人の関係がこんなに末期状態になってからも王子は変わらず数日毎に俺の名を呼んだ。週末プールやジムに俺を誘った。ただし彼は、今日はちょっと、と言って横で見ていることが増えた。後から知った。このジムはゲストが使うには会員が同席していないといけないというルールがあったのだ。俺が選手として必要としていたすべてを、こんな風に黙ってさりげなく重たいその身を削ってまでも優しく与えて続けてくれていたわけだ。
 そんな王子の思いやりを知らない俺は更に自分勝手なガキだった。呼び出されたからには二人の時間をまた以前のように楽しみたいと、そればかりだった。体動かさないと益々調子が落ちますよ、そんなに調子が悪いなら医者に見せるとかスタッフに相談でもしてみれば、とか言っていたと思う。王子はやっぱり俺の問いかけにはまともに返事をせず、今度はほんの少し眉を寄せて物悲しい表情を投げて返していただけだった。

 そんなことがあった後、さらに彼の言葉は激減した。日常の挨拶やセックスの時に少し名前を呼ぶくらいで、それ以外はほとんど口を開かなくなった。俺の問いかけにはほとんど答えることがなく、ごめんね、とかそういうちょっとした一言を返すか、時にはこの前みたいにほんの少し眉を寄せて物悲しい顔をするだけになってしまった。

 そうして、今はもう二人なんのかかわりもないままそっと身を寄せて過ごす時間ばかり。時々思い出したように俺をつまみ食いをする以外は氷のような無表情のままに心を飛ばし、傍にいてもちっともここにいない王子としてカウチの隣で沈み込むように座っているだけになったのだった。

    *  *  *

 とっくの昔に「またね」を言わなくなった王子。彼はいつも醒めていた。

 昼間の彼はいつも通りの気紛れ王子。四六時中生あくびをしたり、練習試合の最中でもポケッとピッチに佇んでいたり。人に話しかけられても返事もしないし、約束事もちっとも守らない。のん気でマイペースな態度の悪い司令塔だ。

 二人でいる時に彼は、ごめんね、を繰り返して本当に体調が悪そうに見えるのに。こうして昼間の彼を見ていると、どっちが演技なのかと訝る思い。本当に彼は嘘が上手で、見れば見る程どれが真実かわからなくなっていく。もしかして俺に飽きた彼が、単に面倒くさくて自分を粗雑に扱っているだけの話なのではないのかと。これは自分のしでかした過ちに目を逸らし、本当は彼は今にも羽ばたいていけそうなくらい元気なんだと信じたい逃避。冷静に見つめればわかること。時折見せる虚ろな目。ため息。昼間の明るい日差しの中に浮かぶ、彼の周りの薄暗い影。

 練習中ヤル気のない自堕落なプレイを続ける彼を、それでも監督はスタメンとして使い続けていた。ほとんどダメなプレイなのに、局面になるとビックプレイを見せたりするものだから。諦めきれない監督は結局メンバーから外すことも出来ないでいたらしい。ゴールもアシストも起点もすべて、彼が何かを実現してみせたとしても、王子はほとんど喜ぶ姿を見せなくなった。勿論いつものように美しいファン向けの王子らしいゴールパフォの仕草は見せるし、顔は笑顔になっている。それでも彼はいつも、やれやれ、とでも言うように物憂げな目線を空中に彷徨わせていたりするばかりだった。一切の熱がそこにはなかった。

 “好きなことを好きなように好きな分だけ”

 そう発言していた彼は今、全くサッカーを楽しめていないようだった。保守的な選択、軽いプレイ。降格の不安などもどこ吹く風。ボクには全く関係ないのだから、とでも言わんばかりの態度を見れば、やっぱり苛立ちを覚えてしまう。真面目にやれよ、とまた叱責したくなる。そしてその度に、また自分が錯覚していることに気付く。そうやって彼をここまで選手として崩してしまった自分のしでかしたことの大きさを痛感する他なかったのだった。

    *  *  *

「ザッキー…」

 か細い声で、今日もまた彼が俺を呼ぶ。その度に俺はもう、この明るい日差しの中で王子を思い切り抱き締めワンワンと大声を上げて泣いてしまいたくなる。もう呼ばなくていいんです、ゴメンなさい、ゴメンなさいと、彼に言いたくなってしまう。それでも俺は彼をこんなに状態にしてさえ、残酷なほど幼稚な俺という重たい足枷を、絶対に絶対にまだ彼から外そうとはしなかった。王子の傍に居たかった。空気でも。足枷でも。迷惑でも。辛くても。どんなに王子が負担となっていようとも、彼が呼ぶ限りちっとも自分から離れようなんて選択しなかった。出来なかった。執着していた。どんな形でもしがみついていたくて。こんなのは愛情でも癒しでもなんでもない。心の中では泣き叫んでいた。でも佇む王子に今日も俺は歩み寄り、わざわざ肩に手を置いて行きますという合図を返す。呼ばれて嬉しそうな微笑を浮かべるのを我慢することが出来ないでいた。決して逃がしはしないよ、と。悪意そのものの笑顔だったと思う。

「王子、肩に芝ついてましたよ。」
「あ…あぁ…そう?」

 最初、こうした時を過ごす彼は、なんとも艶やかな顔をして見せていた。でも今は。ほらこんな風に眉を寄せて物悲しい顔になって。王子はじっと虚ろな視線を俺の方に寄越し、もう勘弁して、とでも言い出しそうな口元をほんの少し震わせるだけだった。