お花結び

GIANTKILLING二次創作小説同人サイト

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飼い犬と飼い主 10

ザッキー頑張っているのにジーノの心はドンドン明後日の方向に飛んで行ってしまっています。二人の明るい未来を切望するザッキーが少しずつ不毛を感じ始め今の関係を続けていくことに自信を喪失。達成感が手に入らない時期って自己評価下がりますよね。ジーノの不調を前に自分を責め始め、状況の誤解曲解も増えます。ですがそれでもザッキーところどころ問題の本質的なものがキチンと見えており、そのことを察知してしまうジーノはさらに追い詰められていきます。10は8「滑落」直後に繋がる話になってます。王子、赤崎、後藤、ジノ→←ザキ、ゴト+ジノ。

幻とのつきあい方6

 またあの夢。

 今日の王子とのセックスは、一つもよくなかった。二人は一緒になって荒波に揺られる小舟にはならず、すぐに岩山に乗り上げてしまった。そして岩にぶつかる度にポカン、ポケンと空虚な音を鳴り響かせる、そんな波と風に翻弄される虚しいがらんどうのペットボトルのゴミのようなものになってしまった。中身がない。これぞあの時王子の見ていたであろう、無意味でからっぽな二人の未来だ。王子の未来に、現実が追いついてしまった瞬間だった。どれだけ目を逸らしてももう誤魔化せない現実。俺達は間に合わなかったのだ。俺の言うことに反して。そして彼の想像通りに。俺は成長することに失敗した。彼を取り逃がしたのだ。

 だからその流れのままにやってきたこの夢の中にも、こうして一面、大量に透明色のペットボトル。この空虚の塊は一体何本くらいある?ひしめくように敷き詰められて、どうにもこうにも身動きが取れない。いつの間にこんなに片付けきれないほどに増えてしまっていたのか。

「…なんなんだよ、こんなに沢山、一体どうすりゃ…。なぁ?王子?」

 俺はなぜ彼が前回この夢で俺のとっておきの心を受け取らなかったのかわからなかった。でもとうとう俺にもよくわかった。これだけ空虚にさらされているというのに、更にあんな俺の独りよがりを差し出されては彼のダメージが増えるばかりだったのだろう。先を歩く王子にはこの世界があの時すでにみえていたのだ。

 今夢の中にはとうとうと雨が降っている。体を冷やす冷たい冷たい雨。これもまるで彼の慈愛の涙。汚い汚泥のような思いをぶつけ続ける俺を、王子が洗い上がして消毒して、綺麗にしてくれようとしているみたいな感じがした。

 きょろきょろと辺りを見回す。前回しっかりと手に持っていたはずなのに、今はどこにも見当たらなかった。破れた隙間から綿の飛び出た猫のぬいぐるみ。深手を負い動けなくなった今の王子そのままの。
 霧雨のような細かい雨が、真っ白な空からペットボトルに落ちてきてはピン、ピン、跳ねている。その度に一面綺麗な綺麗な高くて透き通る煌めきの音が響く。軽やかで、それでいて少し寂しげで悲しい音色。

 なんて夢心地、王子の癒し。ここはとても寒いけれど不思議と彼の気配のようなものもこの空間全体に感じられる。

 喧嘩腰に突っかかった俺に現実の王子は、ごめんね、と言っていた。悲しげな顔を浮かべる夢の中の王子もまた同じように、ごめんね、と言っていた。夢の王子は他に何を話していた?彼は現実の王子よりも訴えかける様なすがりつく様な目をしていた。必死さがあった。なのに馬鹿な俺の頭の中は真っ白。

 空が白い。俺の頭の中みたいに。霧雨なのに、次第に俺の体がそぼ濡れる。ぐっちょりと全身が重たくなっていく。心も重たくなっていく。悲惨な夜の後のこの真っ白でぐっしょりな世界が、俺の頭を徐々に冷静に戻していく。欲望のすべてが洗い流されて己の理性を取り戻していく。

   多分俺がやろうとしていたことは
   俺がやれる範囲を大きく超えていたんだな

 彼とつがいになろうと望むには、まるで植物と動物のように、互いの品種がかけ離れてしまっていたのかもしれない。王子は再三に渡り、俺に警告していたような気がする。これは無理な事なのだよと、確かに言っていたような気がする。彼はつがいになれない現実を知りながら、苦しみを抱えるままに俺の夢に付き合ったのだ。そう、あんな座礁するような悲惨な夜を過ごす羽目になるその瞬間まで。いや、もしかするとこれから先もずっとそうやって責任を果たし続けていくつもりかもしれない。俺を信じていると言った王子は、自分を顧みることなく俺が巣立つ意志を見せるその日まで。

 彼は今どんな状態?俺の大好きな王子は。そう思って俺は探す。知らずに続けていた俺と違って、なにもかもわかっていたかもしれないのに甘い飼い主だと苦笑を浮かべながら幾晩も幾晩も俺を抱いてくれた優しい彼は?そんなこと、普通そこまでやらないだろうと腹が立つ。聖人君子にでもなったつもりかと勝手な憤りまで湧いて出てきて。王子が背負いたがらなかった王子にとっての責任感。なんて重い!重たすぎる!俺はこんなものを背負えと言ったわけではなかったのに!俺を信じていたのか?本当に俺が自分でちゃんとわかると王子は信じ続けて。こんなにまで。

 王子に会いたい。この際猫でもぬいぐるみでも。どうしてもだ。今すぐだ。でも今は足元に転がるペットボトルの数々が多過ぎて。俺のひざ下まで積み上がってしまっていて重たくて。もう俺は一歩も動けない状態だった。

 そうだ、俺はわかっていたけれど見て見ぬふりをしてきただけだ。でももうすっかり頭のてっぺんからつま先までしっかり全身で理解してしまった。一歩も動けなくなるくらいに。

   俺は失敗した
   待ち続ける王子はもはや限界を超え、
   それでも俺は未だに羽化できないまま
   なぜなら一緒にいる為に、俺は子どものままでいることを願ったから

 彼は俺から手を離すことをこの瞬間にも信じてくれていて、そうやって俺の汚泥を一身に浴び続けていて。俺がこうなる前にすでに一歩も動けないほどに疲弊しきっていた王子。それでも彼は今でもこうして打ち寄せられるペットボトルのような数えきれないゴミ達にまで、こうして優しい浄化の雨を降らせる。うす汚いゴミのような俺にまで浄化の雨を降らせ続けている。

   本当は俺がそうなりたかった、王子
   俺は、羽化して大人になって
   あなたと同じように、こんな風にあなたを癒す清らかな雨になって
   心の底からあなたの渇きをなくしたいと
   ずっと、ずっと、そう願ってきたはずだったんだ

 泣き虫な俺の目からも涙が落ちる。王子の涙と違ってペットボトルに当たるとポタポタと情けない音を響かせるばかり。王子の雨の美しい音色に紛れた、無骨で現実的な生活臭溢れるうるさい音。なんていう不協和音。うるさい、やめろ、ホントに邪魔だ、俺の涙の音。泣き虫な俺は一旦泣き出すと止まらないのでグシグシと目をこすりながらも次々に出てくる涙に辟易。もう、しょうがないので最後には上に来ていた服を両手で腹丸出しにまくりあげて、ぎゅっと目に当て縮こまった。

 目を閉じる暗闇の中、彼の美しい雨に耳を澄ませば。

“ごめんね、これ以上ボクは…でも…こうしてボクは…”

と。そんな風に彼の言葉が聞こえてくるような気がした。相変わらず彼の言葉は暗喩的で。でも俺にはこの結末について彼が俺に謝っているように聞こえた。これ以上彼は耐えられないといいたいのではないのか。でもせめてこうして雨は降らせていくよと。そんなことを彼が伝えている様な気がした。人を愛することに不慣れな俺に、こんなにまで傷つけられていながらも彼はこうして相変わらず。ずっと。

「王子、俺の方こそ…ごめんなさい…本当に、ごめんなさい…」

 王子は優しく冷たい雨を降らすばかりだった。音が綺麗だった。悲しかった。彼は心があげられないといった代わりに、ありえないほどの信頼と信じられない重い責任感を俺にくれたのだ。誰がこんなものを望んだと。王子、これを俺が望んだと?

    *  *  *

 目が覚めた俺はとてもとても心細かった。まるであの雨に打たれたままの冷えた体。また夢がぼやけていく。何かが足りないと変な焦燥感。寝ぼけた頭で足りないものが何か考える。そして気が付いた。それは毎朝当たり前のように漂っていた、王子の飲んでいるであろうあのコーヒーの匂いだった。

 不安が広がり、力の入らない足でよろよろと立ち上がり、そしてすぐ転んだ。慌ててバスローブを羽織り、モタモタと足を絡めながらリビングへ。シンと人の気配のない空間。王子は夢の中だけでなく、ここの世界からも消えてしまっていた。

「冗談だろ?王子…どこ?ねぇ、どこ行ったんだよ…」

 目頭が熱くなり、溢れだす涙。王子がいない世界。その喪失感に体の震えが止まらなかった。ゴメンなさい、ゴメンなさい、と謝りながらバスローブで必死に涙を拭う。拭き切れなかった涙がフローリングに落ちて、ポタリポタリと無様な音を鳴らし続けていた。

 そんなとき、カチャと玄関でドアの音。近づく人の気配。

「朝ごはん、買ってきちゃった。今日は手抜き。どうしたの?なんかあった?」

 不安に号泣していた俺に向かって、王子はそんな声掛けをした。王子がいる世界。ほっとしたけど俺は涙を止めることが出来なかった。なぜなら優しい言葉を口にする王子は、やっぱり幻みたいに俺の傍にいる気配を感じさせてはくれなかったからだ。やっぱりここは王子のいない世界だった。

 羽毛のように彼の腕が俺を包み、頬に涙を拭う風のようなキスが降りる。どれもこれも王子の優しさだというのに、俺にはちっともその感触を感じることが出来なかった。拭うようなキスの刺激で益々溢れだす涙。王子は少し眉を寄せた物悲しい顔をする。そんな彼の困った顔が儚かった。

「昨日、夕飯軽かったから。お腹空いたよね?」

「ほら、キミの大好きなあの店のサンドイッチだよ?」

「ああ、手がこんなに冷たく…。ねぇ、ホットショコラいれよっか?」

「……」

「そんなに泣いては、目が溶けてしまうよ?」

「弱ったなぁ…」

 いつになく饒舌な王子。泣く子を宥めるように抱き寄せ頭をフワフワと撫でている。一緒に朝ごはんを食べようだなんて、一体どれだけぶりなんだろう。
 あまりに悲惨な夜を過ごすことになってしまった俺達二人の迎える朝。窓の外には空々しいほどあっけらかんとした青空。まるで春を思わせる暖かい日差し。朝日の中の王子はいつにもまして美しく。その全ての光景が俺にとっては王子の降らす慈愛の涙に見えた。夢の中と同じように彼はない力を振り絞って優しい世界を作ろうとしている。そんな風なことを俺は感じていた。

 彼のなけなしの癒しを受けとりながら俺はやっぱり王子にしがみつくように掴まり、彼の肩口を思い切り涙で濡らしていた。この段階でさえ彼を掴んで離さない俺はまるで独りぼっちのような孤独を感じていた。王子は俺を信じていた。俺はそれをこんなになってまでも裏切り続けていて。俺がこんなにも寂しいのはきっと、全部が全部、俺の馬鹿のせいだ。そう思いながらまた涙を止めどもなく溢れさせていたのだった。