飼い犬と飼い主 11
達海就任直前の2006年12月頃。色々間違えて噛み合わず結局バラバラになっていくジーノとザッキーの生活と心理描写が中心。 ほぼずっと1人称視点。お別れの方法と解釈、トラブル時の対応の仕方。同じように繊細さを持ちながら、土壇場での弱さと強さ、それぞれ典型的な形になって事態が一歩ずつ変化していきます。それぞれ前進したり後退したりとそんな感じで。「淪落」は描写にモブ男(受)との絡みあり。依存傾向のあるジーノのひ弱さと不完全さを象徴する話です。王子、赤崎、モブ男(受)、世良、夏木、後藤、ジノ→←ザキ、ゴト+ジノ、ザキ+セラ。
捨て犬になって思う事
ある日突然の王子とのお別れ。その日が来たことに全然気が付かなかった俺は、何日かいつものように飼い主の美しい手を待っていた。でも待っても待ってもそれがこなくて。俺は焦れに焦れた。
ちっとも俺に手を差し出さない王子は、あの日ふと口にしたあの命令を俺に課したままだった。許可なく射精しては駄目だと。やるなら許可を出した彼の前で、そして指示した場所でと。男なら当然わかること。精液というものはほっとくとドンドン物理的にたまっていく。そしてそれを吐き出さないと、もうそのことしか考えられなくなるくらいに気が変になっていく。でも彼は俺にはっきりとああ言ったから。
王子、王子
こんなに苦しいなんて、もう耐えられない
限界だ、王子、なぜ俺の名を呼ばない?
律儀に守っていること自体がおかしいのだけれど、でも王子があの日言ったことをあれから俺はずっと守っていた。彼が望む通り、俺の全部を彼にあげると決めたから。あの日以来俺は自分でするのをやめていた。成長の見込めない俺の駄目さ加減の贖罪の代わりに、滅多に口にすることのない彼の願いだけは忠実に従っていこうと。俺は本気でそう考えていた。ここ最近は徐々に二人寝る機会も減っては来ていたけれど。それでもこんなに彼の家に呼ばれもしないことなんて今までなかったことだった。
苦しい、王子
一時でも早く俺を解放してほしい
綺麗な長い指先と、その涼やかな姿とはかけ離れた熱い情欲の塊で、
何度も何度も俺をいつもみたいに
助けて、つらい
王子と過ごす夜の事以外俺はもう考えることが出来ない
すぐここの物陰でなんて言われても
思わず従ってしまうかもしれないくらいに今の俺は
苦しい日々を過ごして、いよいよこの拷問に我慢が出来なくなってしまう。練習が終わったロッカールーム。帰り支度を終えてロッカーに座ってぼんやりと窓の外を眺めながら寛ぐ王子。俺はたまらなくなってとうとう自分から話しかけた。
「あの…王子、ちょっといいッスか?」
ハッと俺を振り向く。周りに誰が残っているのかさりげなく視線が動いた後、最後に俺の顔を見る王子。
「ん?」
優しい笑顔。無視されると思っていたのでほっとした俺は安心して王子に話しかける。
「あの、俺…なんか悪い事でも…」
「んー?どうしたの?なんかあった?今日なんか悪いどころか結構いいプレイしてたじゃない?その感じでこれからも頑張って?」
「あ、そういう意味じゃなくってあの…」
「ボク急ぎの用があるんだ。じゃあね?」
「あ!待ってください!」
王子はそう言ってすっくと立ち上がり、足早に部屋から出て行こうとした。慌てて俺はカバンも持たずにあとを追う。
「王子!ちょっと!」
「……」
部屋を出た途端、視線を合わせようともしない王子はいつの間にか凍り付く様な冷たい冷たい無表情。まるで霞か何かのように俺を無視し続け、そのまま強引に車に乗って帰ってしまった。それから勇気を出して自分から電話もメールもしてみたけれど、勿論彼は一つも応答することがなかった。優しい笑顔に優しい台詞。あれは人目を気にした王子の単なる社交辞令の代物なだけだった。
俺はそれからまるで透明人間になってしまった。
でも厳密にはそうではなかった。かなり意識的に彼の世界から俺が締め出されてしまっただけだった。なぜなら彼のあの行動。ミーティングや休憩中も少しでも俺から離れるようにしているみたいだった。それに彼は俺が話しかけやすいような二人きりになる場面を二度と作らなかった。常に彼の傍に誰かを置いていた。そして俺が誰かの傍にいる時でもいいからと近寄ろうとすると、まるで磁石が反発しているかのようにすかさずその場を立ち去ってしまった。周りは気付かない。周りから見えるのは何の違和感も不自然さもない日常の風景。彼の作り出した、俺にだけ見える地獄。その完璧さ、その非情さに心底驚いた。
そこまで徹底されることで初めて、俺は彼に本当に処分されたことに気が付いた。もう二度とあの優しい手が俺のところにこないのだ、とようやく理解した。
こんな捨てられ方、戸惑いを覚えた。お別れの挨拶もしていないのに話も出来ない。結論だけが彼の中で決まっていて、俺なんてまるでゴミみたい扱いだ。普通なら噛みついてでもどついてでも相手を糾弾して問い詰めるのが俺だったけれど、彼に対してだけはそんなことができなくて。だっていつこうされてもおかしくないような二人の関係で。だから彼の中の限界が訪れたのだなということだけは理解出来たので。納得は出来なくても理解は出来たので。
だから仕方がないと思った。数日考えて、俺は結局彼の命令を破ることにした。そう、我慢しきれない俺は、自分で自分を泣きながら慰めることにした。何度も何度も涙もアレも沢山吐き出して、自分を責め続けて傷つけて、そうして王子にお別れした。俺の意思で王子のルールに逆らうことにより、自分の中で明快に納得できるお別れの理由を作ったのだ。
たまっていたものを全部出して体がすっきりしたけど気持ちがどんよりした。もうなんも出なくなった段階になっても涙は止まらず延々と流れ続けていた。
たかが失恋。そんな風に思うことなんて絶対不可能だった。だって俺は体が引きちぎられたかのように全身が痛んで、どうしようもないくらいにつらかった。ユースの時代、彼をみつめて約1年。入団後、彼と過ごして約1年半。彼に溶け込んでほんの数か月。自分のこの気持ちが果たして恋愛だったのかどうなのかも定かではない。でも、俺は王子がなければ生きていけないほどにもう何もかもすっかり全部囚われてしまっていた。それは確かな事だった。そんなものがいきなり体から引っぺがされて、今まで味わったことのない激しい痛みを感じていた。
その日、一日だけ練習を休んだ。基本的に病気も怪我も関係ない頑丈な体を持つ俺なので、プロになってから初めてのお休みだった。
