飼い犬と飼い主 11
達海就任直前の2006年12月頃。色々間違えて噛み合わず結局バラバラになっていくジーノとザッキーの生活と心理描写が中心。 ほぼずっと1人称視点。お別れの方法と解釈、トラブル時の対応の仕方。同じように繊細さを持ちながら、土壇場での弱さと強さ、それぞれ典型的な形になって事態が一歩ずつ変化していきます。それぞれ前進したり後退したりとそんな感じで。「淪落」は描写にモブ男(受)との絡みあり。依存傾向のあるジーノのひ弱さと不完全さを象徴する話です。王子、赤崎、モブ男(受)、世良、夏木、後藤、ジノ→←ザキ、ゴト+ジノ、ザキ+セラ。
ろくでもない2
今シーズン最後の試合が終わり、去年と同じホテルで立食パーティが開かれた。
最終的には降格を免れたことで、会場内では昨年同様ほっとした安堵感と閉塞感がないまぜになったムードが漂っている。あれだけ神経をピリピリさせてハリネズミのようだった王子も今日は少しリラックスしているみたいだ。
“大丈夫だよ、一滴も飲んでないし。”
去年のことを思い出して彼の手元を思わず確認した。すると、彼の手には白くて長い指によく似合う、スリムで美しいシャンパングラス。炭酸の気泡がキラキラ光る。彼の胸元で跳ねてる様子がとても綺麗だ。はじけて踊るシャンパンの泡は、まるで彼の心が光りながら金管楽器の美しい高音を鳴らしているみたいに見えた。彼は絶対に俺のことを見ないのがわかっているので、スポンサーに囲まれながら笑っている彼を安心して眺めつづけることが出来る。
スーツ着用のこのパーティは少しフォーマルな感じで、俺にとってはちょっと堅苦しいものだった。けれど、王子はこういう姿がとてもよく似合うから今日はまんざらでもない気分だった。彼の美しい姿をゆっくりと時間をかけて見ていられる。それを考えればとてもご機嫌だ。
王子だってみんなと同じオフィシャルスーツのはずなのになんでそんなに違うのか。前に質問したら、内緒ね?ちょっと服いじってるんだよ、と唇に人差し指をそっとあてて、かわいい秘密のポーズをしてたっけ。彼はとってもおしゃれだから、どんな仕立てをすれば自分にマッチするのかを熟知している。彼のシャープな肢体に優しく沿うようにフィットしているスーツ。その皺の寄り具合。ひとつひとつはきっとほんの些細な調整、でも沢山の箇所に手が入れてあることだろう。彼の服を借りても決して同じようにカッコよくならない。あの服があそこまで美しいのは王子に特別にあつらえたかのように触ってあるからなのだ。まるでオートクチュールみたいに。
“キミのその服にもそのうち少し手を入れさせてね?今まだ体を作ってる最中だから…。もう少し体が仕上がってきた頃にきちんと採寸して…。フフ、きっとグッといい感じになると思うよ?”
彼がそんなことを言っていたのはもう半年も前。あの時彼の脳裏には未来の俺が存在していた。当たり前のように一緒にいる未来を二人は見つめていた。それを見ている王子の表情はとても優しい笑顔だった。
二人で柔軟で強靭な筋肉の付け方について熱く議論していたのはあの頃の事。美は効率に通じると言ってはいろんな鍛え方を教えてくれていた。王子は物凄い博識ですね、と褒めるといつも彼は、単なる本の受け売りだよ、と苦笑いをしていた。本当の彼は高慢でも何でもない、とても謙虚な男だった。
そういえば、おしゃれな彼は押し売りのごとく、着せ替え人形扱いして俺に洋服を沢山プレゼントしてくれた。彼の用意した俺のためだけの俺の服。自分で言うのもなんだけどびっくりするくらいに俺に似合った。彼の家に沢山おいてきた俺にくれたあの服達、王子は俺と一緒に処分してしまったかな。
ここ最近の王子は見ていられないくらいに疲れていたり張り詰めていたりしたけれど、今すぐそこで優雅に笑っている彼を見るとほっとする。手を離せと言った彼は、手がかかる犬が手元を離れたことで楽になれたろうか、と考える。彼の言っていることはいつもあやふやでなんだかさっぱりわからない俺は、今でも変わらず彼のことが大好きだ。彼の元にいた頃よりもさらに、俺は彼の思いを益々募らせている。もうこれ以上ないくらいに好きになってしまったと思っていたのに、そんな昔の自分に馬鹿かお前はと教えてやりたい。あの頃の思いなんかとは雲泥の違いだ。そして、今湧き出るこの気持ちにはもはや際限などないようだった。彼が俺を処分しようとしまいと。全くお構いなしにキラキラと際限なく心の中に降り積もる。そして日を追うごとにとめどなく、溢れかえるように増えていく。俺はこの気持ちがとても好きだ。そう、この気持ちは俺が思い描いていた気持ち。人を好きになるというのはこういうものだという自分の思っているものにドンドン近付いている。二人一緒にいたあの頃よりも。ずっと、ぐっと。
世良さんがやってきて俺に言う。
「おい、今日は絶っっっっ対に、飲み過ぎんなよっっ?!去年お前いきなり王子に絡み始めちゃって、俺どうしようかって焦ったんだから!」
「なんの話ッスか?別にそんなんじゃねーし。」
「なんだよ、その態度!相手が王子で聞き流してくれたから良かったものの、相手悪かったら多分大変だったぞ!」
「俺、相手見て言葉選ぶとかそんな器用な事できねーし。なんスか?正論言われてマジギレとか?それって相手の器の問題ッしょ?もしそんな奴がこのチームにいたら俺がぶっ潰してやりますよ。」
「ホッント!!お前って性格わりーな!ありえねぇよ!」
「かわいいってよく言われますけど?」
「冗談だろ?そいつ頭おかしいんじゃねーの?!」
ワイワイ話をしながら、なんだか俺は笑ってしまう。王子は俺にかわいいって一体何回言ったのかとか。俺にかわいいと言ってるのが王子だなんて知らないで、世良さんが頭がおかしいって言っちゃってることとか。そして、どんな時も俺の頭の中は王子で一杯なんだなって。そんなこととか。
去年、このホテルの非常階段で、王子は俺に深いキスをした。俺たち二人の初めての口づけだった。酔った時の癖だと言ったけど、そんなの彼のいつもの嘘で、ちっとも彼は酔っていなかった。あの時、彼は何を思ってそれをやったのか?俺は結局今だに聞けないままだ。随分沢山二人の時間を過ごしていたのに、聞き逃した質問が沢山あることに気が付いたりする。でも、その度にそんなこと気にもならないくらいに一緒が楽しかったんだとあの幸せが再現される。本当に幸せな毎日だった。王子がいつも傍にいた。
今日は王子は飲んでいるみたいだし、俺にキス癖が発動したりしないかな?とか馬鹿なことを考える。あの人とは何回も飲んでいて、そんな癖自体存在しないことを俺は当の昔に知っているくせに。
でもキスしたい、王子
あの、頭が真っ白になっていくような甘い甘いキス…
優しい優しい、すべてが包まれてすっかり溶けてしまうようなあの…
王子は人の心を読むので、今みたいに俺が馬鹿なことを考えていると、そんな俺を見透かしたような言葉をかけてくることが多かった。今の彼がそんなことをするわけもないのに、俺はドキッとしてしまって思わず反射的に周りを見回した。
「「!」」
その瞬間。
王子とバチッと目が合った。
その時彼は、いたずらが見つかった子どものような、ばつが悪い顔をした。そして慌てて目を逸らし、何も言わずにツイッとそっぽを向いてしまった。
