飼い犬と飼い主 12 【1部完】
二人が二人してバラバラに過去の思い出を思い返してあーだのこーだの考えているだけの、ジーノとザッキーそれぞれのオフのお話。二人がどんな心境で新体制を迎えることになったのか。
赤崎のオフ~晴空
今日は大晦日。
オフの間中実家で過ごしていた俺は例年通り母の作ったまずい年越し蕎麦を家族みんなで食べていた。思い出す。王子と話をしていたこと。彼は母親がイタリア人であったこともあって、食事は基本的にイタリア風だったようだ。イタリアと日本では日本で暮らした年数の方が長いと言っていたくせに、未だ年末年始を国内で過ごしたことがなく、年越し蕎麦もお節料理も全く無縁の人生とのことだった。
今、俺の目の前にはうんざりするほど山盛りになったしなしなの天ぷら、手元にはすっかり伸びきった蕎麦。やっぱりいつもどおり相変わらずまずくて、でもなんとなくそれが嬉しかった。こんなものを食べてみたいと彼は言っていた。やっぱり食べるのはコタツの上でなのかい?なんて。馬鹿にしているのかと思ったら目が輝いていたのであれは本当に単なる興味だったのだろう。ずっと昔からコタツでミカンを一度やってみたいと思っていたらしい。こういうことを口にても冗談扱いしかされないからいつしか口に出来なくなったのだと唇を尖らせていた。彼はまるで猫のように寒がりで、暖かいモノに目がなかった。
コタツも、このまずい所帯じみた器に盛られた年越し蕎麦も。王子には全く似合わない。なのにこうしているとそこに彼が本当に座っているかのように錯覚する。彼は少し窮屈そうにしながらもにこやかに幸せそうに笑っていて。そうして優雅な箸先でそれらを食し、うちの女どもはみんな目をハートにしながらそれをポカンと眺めている。家族はETUの貴公子の奇跡の訪問に感動の涙を浮かべ、王子は念願のコタツでミカンを体験して。そして俺は…。俺はコタツの中で誰にもわからないようにひっそりと彼と手や足を触れ合せてみたりしたかった。
* * *
まずいまずい年越し蕎麦を家族総出で片付け、日が昇ったら初詣だ。
家族みんなで、という年でもないので俺は少しだけ彼らと離れていつもの神社へ。初詣、来年は一緒に行こうねと王子に言われていたことを思い出す。あれはもう半年も前の暑い夏の、今日と同じように真っ青な空がどこまでも続くように眩しかった日の出来事。
美味しいウナギ懐石食べに行ってくる、と勝手に練習を引き上げた王子。顔色が悪く様子が変な王子を気にかけたら逆にキレられた。釈然としない気持ちを抱えていた俺を、夜、王子がしれっと彼の家に呼び出した。気持ちがおさまりきらないでいながらも会いたくて会いたくて。家に着いてなんとなく素直な態度が出来なくて俺が王子に噛みついたのがそもそものキッカケだ。
「今日は楽しかったッスか?俺も練習、めっちゃ楽しかったッス。ホント、充実した一日で」
憮然とした態度でこう言う俺に向かって、
「ヤキモチかい?」
と彼は余裕ありげに意地悪な笑顔を浮かべた。
「べ…別に俺は!」
「やだなぁ、やめてよ、そんなかわいい態度。からかってゴメンね?冗談だよ。めんどくさくなって結局食べに行ってなんていないんだ」
と彼はクスクス笑った。俺はへそを曲げ、
「違うって!夏バテなら面倒くさがらずに食いに行きゃよかったでしょ!ウ・マ・イ、ウナギ懐石ッ!」
「あー、なに?もしかして連れてって欲しかったってこと?」
「……」
「もー、ザッキーはホント、やめてよ、ハハハハハ」
「うっせぇ!そんなんじゃねぇって!大口開けて馬鹿みたいに笑うなよ、王子!」
ひとしきり笑い転げて落ち着いた頃、王子はニヤニヤしながらこう言った。
「どうせなら三が日に一緒に食べに行こうよ」
なにやらその店のウナギはお正月に食べると一年息災に暮らせるという謂れがあるのだそうだ。当然一年で一番その時期が忙しいらしい。基本的に予約はとれない店だけど大丈夫、ボクに任せておいてよとウインク一つ。なんだか煙に巻かれてしまった気がしたけれど、冬のオフに身をあけてくれることに感動した俺はニヤつく顔を隠すことが出来なかった。あの時点ではすでに王子が夏のオフに女性とバカンスに出掛けることが確定していた。きっと俺が少し寂しい気持ちでいたのを王子はお見通しでそんなことを。王子は嬉しそうに
「ただしキミがちゃんとお利口できたらね?」
と言って、まるで犬猫にやるように俺の頬を両手で包んでクシュクシュと撫であげていた。あの頃の俺達の時間の中には、そうした取るに足らない小さなハッピーがあちこちに転がっていた。彼は本当にとても面倒見のよい素晴らしい飼い主だった。当時の美しい思い出。俺がどうしようもない駄犬になる前の出来事。
王子、俺、ウナギ食べたかった
でもお利口に出来なかった
馬鹿だよな、王子、ゴメン
俺の代わりに今頃誰とウナギ喰ってる?
それとも、今年も海外にバカンスかな
少しずつ列が進んで、ようやく賽銭箱の前にたどり着く俺。日本にいるのかいないのかわからない王子の分も俺は手を合わせることにした。
神様、去年も俺サッカー頑張れました、ありがとうございます
今年もサッカー頑張りたいです
どうか今まで通り、俺の事、見守りください
見ててくれるだけで大丈夫です、ちゃんと頑張ります
それと、今年は図々しいようですが
初めて一つ願い事を言うのをお許しください
叶えてくれなんて言いません
聞くだけ聞いてください、俺と、優しいあの人のために
あの人、どうしようもなく一人が駄目なんです
どうかお願いします
あの人が自身を癒す誰かをちゃんと確保できますように
彼の心と体がバラバラにならずに済む、そんな誰かを彼の手元に
それを常に抱き寄せながら彼が凍えない日々を暮らせますように
そんな暖かい一年を彼が過ごせますように
どうか、どうか
