飼い犬と飼い主 12 【1部完】
二人が二人してバラバラに過去の思い出を思い返してあーだのこーだの考えているだけの、ジーノとザッキーそれぞれのオフのお話。二人がどんな心境で新体制を迎えることになったのか。
ジーノのオフ~ベッド
このベッド、なんて不快なんだ
寝室に戻り、ベッドに体を投げ出し、枕に顔をうずめ、眉をしかめる。このヴィラ全体にはどこもかしこも他人の化粧品の匂いがする。特にこのベッドの中で感じるこの感覚はえげつないほど生々しい。女の匂い。変な匂い。でもしょうがない。シーツを変えてもベッドだけでなく部屋全体にしみついてしまうほどにボクが数々の女性とここで体を重ねたからせいだから。彼女らを呼び、次々に招き入れ続けたのは自分。自業自得。わかってる。ホント昔っからの、体に浸みつき切って引き離すことのできないどうしようもないボクの困った癖だ。
どうして彼女達はシャワーを浴びたくせになんでまたあれこれ体につけたがる?なにがボディーケア。なにがメイク。ケミカルなクリームを塗った体なんて舐めさせられる身にもなって見て欲しい。簡単なことだろ?わからないのかい?彼女らはそんな当たり前のことにも気が付かない。セックスが終わってからつければいいことだ。なんて単純な話。なのに相手に対する配慮の欠片もない。いらないんだよそんな装飾。腹が立つ。すっぴんは見られたくないのだと虚飾を重ね。どんな時でも自分が中心で。本当に愚かだ。フフ、でもボクと同類。ぴったりお似合いだ。愚か者同志。だからボクは彼女らの横暴を受け入れる。彼女らの横暴をボクは自己憐憫的な意味も含めて愛するのだろうか。
彼女らのメイクの中で今一番嫌いなのが濃厚なアイメイク。ホント下品そのもののグロテスクな存在。デコラティブすぎて興ざめ。だって、睫にキスが出来ない。ボクはボクの唇と舌先で睫を感じるのが大好き。なのに、彼女らはみんなそれを許してくれない。目もとはもっともっとシンプルでいいんだよ?シャープで、少しきついくらいの…見つめられて痛いと感じるくらいの。そんな感じで。つけまつげだ、アイプチだ、カラコンだって、コテコテと装飾するよりもその方がよっぽど綺麗。澄んでて。眩しくて。目を開けていられないくらいに…でも目が離せないくらいの…。ボクが今好きなのはそういう、後ろめたくて見つめていられないような、がんじがらめに囚われて飲みこまれてしまいたいような、そんな気持ちになってしまう、そんな感じのさ?ほら、ギリギリまで攻撃的に戦いを挑むように視線を合わせたりそらしたりさせながら、ボクが睫を食む瞬間にそれを受け入れるようにふと優しく閉じる感じの。そういうのが素敵なんだ。素敵って意味、わかる?素晴らしすぎて敵わないって意味だよ?そういう良さ。わからないのかな。
ん…、うるさい…
陽炎のように淡く消えていく彼の映像と入れ違いに聞こえてくる何か。この不愉快な匂いの中にいるとけたたましい彼女らの嬌声まで響きだす。高くて耳に刺さるような金切声。そうじゃなくて、もう少しトーンは抑え目で。必死に我慢しているのに思わず漏れちゃう感じがいい。ちょっと泣き虫な子どもみたいに少し悲しげで。でも弱々しくはなくてとっても意固地で強情な力強さを持っていて。でも、ふとした拍子にハラリとほどけてしまうんだ。そんな感じ。そういうのがいい。
それに感触。女の子ってなんだか妙に全身ぷにゃぷにゃで。爪だって長くて、引っ掻かれてボクの皮膚に刺さって痛い。髪なんかもっとそう。ボクに絡みつく、ぶしつけに、なんの恥じらいもなく。時には体や腕の下敷きになって、痛!なんて文句を言われる。せっかくこっちが無心になって気持ちいい事をしようっていう時に、あれこれ色々と気を付かわなければいけない。邪魔。はっきり言って邪魔。やっぱり指先は深爪を疑うくらいにいつも綺麗に切り揃えられてて。髪も同じこと。スッと真っ直ぐ伸びたうなじは、いろんな体のラインの中でも極上の素敵さなんだ。髪で隠すなんて本来、とても勿体ないことなんだよ?
邪魔っていえば胸も邪魔。あんなの、別になくていいんだ。昔は好きだったけどね?あの感触。考えてみたらホントくにゃくにゃしててちゃんと手に収まらない。まるで軟体動物みたい。それに覆いかぶさった時平らじゃなくて居心地悪い。潰すと可哀想だって体重を逃がすのも一苦労。それにインサートの時なんてユサユサユサユサ馬鹿みたいに揺れてさ?今改めて思うと、フフ、笑える。滑稽だよあんなの。大げさに、盛大なエンターテイメントを見ているかのよう。本来、ああいった時にはそんな無様に揺れなくていい。つつましく、すこし恥ずかしげにひっそり目の前で咲いてくれてればそれで充分。淫靡な魅力的っていうのはきっと、そういうこと。あけっぴろげじゃないものなんだよ。
思い出す、あの子の匂い。少し汗ばんだ時にふと風に乗って感じる、太陽みたいなあの匂い。人の体そのままの、体温と湿度を感じるあの匂い、そしてあの気配。着飾らない彼のそのままの、ありのままの素の感覚。
ああ、もっと感じたくてイメージを欲して追いかけると、あの気配が簡単に消えていく。待って、待って?感覚が逃げてしまう。ここにはノイズばかりが賑やかで、あのイメージを感じさせ、さらに増幅させるようなものが一切なかった。なので、手がかりを失ってボクはそれを見送るばかり。何一つ痕跡を残さず消え去っていく。たまらない。体が竦む。居場所がない。心細い。そうなるとどうしようもなく心が叫びだしてしまう。でも声が出ない。打ち上げられた魚のように蠢きながら、パクパクとマヌケに口を動かすだけ。
嫌だ、この感覚は嫌い
ボクはもう今は考えたくない!何もかも!何一つ!
なにがどう嫌なのかも考えたくない
外だと勝手に意識が飛ぶくせに、
ヴィラだと行こうとしてもちっとも飛べない
ホントなんなんなの?これ、一体全体なんだよ!
ムカつく!ホント、ムカつく!
あーもううんざりだ、こんなこと、うんざり
一時もまともでいたくないのに
苦しいんだ、もうどうかなってしまいそう
眠りたい、眠りたい、眠りたい……
まともでいたくないんだ…一時も…
眠気を誘うのにワインを何本あけても酔えないどころか気持ち悪くて吐きたくなる。だから数日前からアルコールを飲み続けるのはやめていた。もう吐く力も残っていない程疲れきって、逆に眠れない。なにも考えたくないのにクルクル回る思考。まあ、クルクルしているだけでまともに考えてるとも言えない状態なわけだけど。そう、こんなの考えてるうちに入らないけど。でも兎にも角にも不快極まりなく。
誰かとめてよ、ボクの頭
このポンコツ
こいつめ、くたばれ、馬鹿、マヌケ
ようするに。考えたくないこと以外で頭を埋め尽くすために頭をクルクルさせているってこと。考えて楽しい事を思いついても、すでにそこには楽しさなんてないってこと。そういうことだ。止まって、お願い。でも止まるのが怖い。
* * *
そんな中、つくづく思う。もっと触っとくんだったと。一杯。嫌になるくらい。触りまくって、舐めまわして、弄繰り回して、犯しまくって。もっともっと、もっともっと!メッチャメチャにしてやればよかった。飽き飽きするくらい抱きまくってやればよかった!そんなことを考える。そうしなかったから、こんな肝心な時に感覚がよみがえってこないんだ。
馬鹿ジーノ、マヌケめ、あんなぽっちじゃ足りないよ、全然
今、こんなにもあれが欲しいのに、もう触れない、二度と
自分が捨てた
怖がって逃げた
だからここには無機質なシーツだけ
馬鹿、弱虫、マヌケ、ポンコツ
我慢しろよ、お前にはこれがお似合いだ
ケミカルな匂いと金切声に包まれて
寂しい…もう、泣きたい…涙が出ない…
俺達は泣くのがどうしようもなく下手くそなのだと誰かと話をした記憶
ボクは物心ついた頃から泣いた記憶がひとつもない…
