お花結び

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飼い犬と飼い主 12 【1部完】

二人が二人してバラバラに過去の思い出を思い返してあーだのこーだの考えているだけの、ジーノとザッキーそれぞれのオフのお話。二人がどんな心境で新体制を迎えることになったのか。

ジーノのオフ~電話

 激しい感情が正常な思考と理性と知性を凌駕しはじめている。次々にボクの中のちっぽけな“まとも”が潰されていくのが見える。ボクは今、再びあの頃と同じように窒息しつつあった。

 もう少しも論理的になるための呼吸が出来ない。向き合えないほどの大きな傷。忘れたことにしていた、なかったことにしていたボクの中の大きな傷。すぐそこに。生々しい痛み。ボクの中のヒーローを失った絶望。逸らせない。ボクは窒息して目を閉じることが出来ず、逃げ出す足も失った。

 そして、あの恐怖からボクを守ってくれる飼い犬ももういない。ボクの可愛い飼い犬。ボクは馬鹿だからめちゃくちゃに扱って、そして勝手に捨てた。自分と、そして彼が怖くて。お別れも言えなかった。言うことが出来なかった。立ち去るだけで精一杯だった。

    *  *  *

   ああ、眠れない…眠れない…
   でも、寝ている状態なのだろうか?わからない
   ボーっとして…疲れきってしまっていて…
   眠い、だるい…、疲れた、眠い、眠い

 起きているでなし、眠っているでなし。ぼんやりと時間だけが過ぎていく中、遠くでなにか音がしていることに気が付いた。意識がはっきりしないまま耳を澄ませると、どうやらこれは電話の音のようだった。すぐそこに置いてあった携帯が鳴っていた。

 この着信音はイタリアの母のものだ。ボクのことを呼んでいる。おいで、おいで。そんな感じで。少しずつ現実に戻ってきてもボクは電話に出なかった。それでもずっと母はボクを呼んでいた。出なければ、と思うのだけれどほんの少しも動きたくない。誰にも会いたくない。話もしたくない。ねぇ、ゴメン、あとでかけ直すから、と心の中で謝罪する。今は出れないから諦めて欲しい、今はちょっと休ませて欲しい、もうちょっとだけだから許して欲しい、と念を送ってみる。

   そういえばザッキーったら
   ボクにテレパシーがあるって冗談を
   すっかり信じ込んでしまっていた時期があったっけ

   あったら便利だったかな?

 でもやっぱり人の心が見えてしまうのは怖いからボクはそんな力はいらない。だって、キミにどれだけ酷い仕打ちをしたことか。そのことでキミをどれだけ傷つけたことか。まともに彼の心を見てしまったらボクはショック死してしまうだろう。それだけのことをしてしまったね、ボクはキミに。今はこんなにしんどいけれど、破壊しつくす前に離れることが出来たことについては、一応最悪を免れはしたのだと胸を撫で下ろしている。きっといつかは笑ってこの時期のことを思い出せる日が来るはずだ。少し破損してしまったけれど、それでもボクの大切な思い出のままでいるザッキーとの時間。

 一旦切れた電話が再び鳴りはじめる。電話に出ようとか、やっぱりまだそんな元気が出ない。もう少しの間、子どもみたいにここでこうして我儘を言いながらグダグダとさせてほしい。ダダをこねる真似をもう少しだけ続けさせて?だって眠れないんだ。疲れ切ってしまって。頑張ってはいるんだ、でも元の姿にまだ戻れない。嵐のような激情がボクの内部を掻き乱し、ボクは憐れな小舟になってその荒波に翻弄されているばかり。

   風、スパイクを履いた感触
   蹴った時のボールの衝撃
   芝と汗の匂い
   歓声、罵倒、あの苦手な雨でさえ
   いつでも思い起こすことが出来るあの世界
   ボクのすべて

 もう何度もはなれることを覚悟しながら覚悟しきれずにしがみついて生きてきたこの世界。まざまざと見せつけられる。どうしようもない自分の欠落、欠損。ボクの傷。もうすぐだ。自分の選択として辞めるのではなく、自分のどんなになってまでもやり続けたいと思う意志に反して、体が完全に凍り付いて動かなくなる。今度こそもう騙し騙しだなんて甘い事はきっと。ちょっとでもそのことを想像するだけでも、目は開いているはずなのに、目の前が真っ暗だ。なんて絶望。

    *  *  *

   タッツ、こんなものをキミはどうやって乗り越えていったんだい?
   ボクはキミを見たあの日から、
   キミと同じ年にキミと同じになることが運命づけられていたのだろうか?
   あれから10年、キミはよく生きながらえていたものだとつくづく思うよ
   本当はキミ、もういないんじゃないかなんて、
   そんなことまでボクは感じてしまっていて
   勘違いで良かった

   でも、良かったとはっきりと言い切れない
   だってこんな深手を負ってキミは今までどうやって
   考えるのがとても怖い

 サッカーを失う。気が遠くなる。だって信じられないことだから。耐えられないよ?まだ契約の残っているサッカー選手であるたった今でもボクはちっとも自分を宥めることが出来ないでいる最中。まだその瞬間を迎えていないはずなのにもうこんなにも動けなくなってしまっている。ボクでさえこんななのに、彼は一体どうやって?だって彼は多分ボクの何十倍も感覚が…。おそろしいんだ。彼の見えている世界。彼が見てしまった世界。ボクがこれから見ようとする世界よりもきっと何十倍もそれは…。

 目の前の幻想が夕日の茜色に染まる。キラキラと光が川面に反射して。長い長い彼ら二人の幸せそうな影。なのに、この映像はあの日以来、ひとつもボクを救わない。ボクの中の今のキミは横たわるばかりの悲しいヒーローであり、もう10年経ってもその姿を直視することが出来ないでいる。彼の顔を、目を見るのが…、ああ、とても無理だ。

 電話の音が鳴り続けている間中、ボクの心は粉々になって、あちこちで出鱈目の思考を始めていた。現実から逃げ出すためにワイワイ、ガヤガヤ、馬鹿騒ぎ。来たるべき現実の出来事にすでに耐えられないでいる。こういう時の常套手段。いつものように感覚を閉じきって逃げ出すことが出来なくて。心だけその辺をうろうろ駆けずりまわって。そういうことだった。惨め過ぎる。あまりにも愚かだ。

   こんなことしてるんなら電話でなきゃ
   ホントボクはもう駄目だ、支離滅裂だね、どうしようもない

 気持ちの切れ端が少しだけ指先に通じて、ゆっくりと腕が電話に伸びた瞬間、コールの音が途切れた。間に合わなかったようだった。

    *  *  *

 自分の怠惰にあきれるような溜息を一つ。もう息絶えてしまったように静かな電話を手にしてぼんやりと着信の履歴を眺める。延々と。延々と。明るいバックライトが少しずつ自分を正気に戻していく。

 そうなのだ。ボクが今どうやって時を過ごしていようと、タッツが東京に戻ってくることは間違いない。彼は葉書を寄越してみせた。受け取った男はそれを持って空を飛ぶ。GMが直接説得に向かうなら結果は明らかだ。まだ年内は現監督の契約期間内だから1月から契約開始か?おそらくもうあと何日もないはず。
 彼の気配に耐えられないボクはもう日本に居られない。早くここから心理的にだけでなく物理的に逃げ出さなければどうにもならなくなる。ああ、ボクは自分の弱さのせいで日本を二度失う。サッカーとともに二度失う。今度こそ完全に失ってしまう。あと少ししか時間がない。電話に出れなかった今のように、間に合わなかった、では済まされない。実際ボクにはやらなければいけないことが目白押しで、こんなことをしている暇は一秒たりともないことも認識している。だって今回、帰省というより帰国に近い形になってしまったから。帰国?ボク日本人なんだけど?まあいい。どうでもいい仔細なことだ。気持ちの整理がちっとも出来やしないけれど、タイムリミットは近づいている。こっちの段取りなんて関係のない話だ。 

 退団手続き。しなきゃいけない。これは代理人とのやりとり。あとサッカー関連なら他にも肖像権絡みの契約とかナイキとの契約とか…。CMとかの扱いはどうなってたんだっけな?確かシーズンにあわせて期間を切ってたはずだから問題はないはずなんだけど。このあたりは事務所に任せるとして。ヴィラや車の処分も彼らに任せてしまおう。

 全くそういう素振りもしてこなかったから、今日の明日という形だと少しもめるだろうか?その時にはあの神戸のなんとか王子みたいに勝手に帰国して弁護士立てて何もかも全部処理を任せてしまおう。最悪な状況に陥った時の為にそういう手順もすでに計画済みで、こっちの方法もやろうと思えば電話一本だ。フフ、後ろ足で泥をかけるような真似を入念に準備してきている自分に呆れてしまって笑いが込み上げた。パートナーを連れ帰ってご機嫌な男と入れ違いで出国か。きっと怒られちゃうね。でもそんなのどうでもいいし怖くもなんともない。

 ボクが怖いのはボクのインチキを見抜く目を持ってるであろうタッツミー。そしてポンコツなボクにあどけない憧れを抱き続けていた無垢で可愛い飼い犬のあの子。

 もう日本に戻ってこれないことを考えるとやっぱりギリギリまでこうして日本に居たい気がしてくる。悪あがき。あとちょっとだけここにこうしてしがみついていたい。今は12月?クリスマスイブ、大晦日がある月だ。年末を一人で過ごすのなんて初めてかもしれない。このままこうして身動きもとれずにベッドに沈みっぱなしでいたらどうなるんだろうな?ハハ、そんなくらいじゃ死なないか。どうせならピッチの上で華々しく散りたいとか。ハハ、無理だな。無様なボクには無理なお話。もう少ししたらやりたくなくても惨めに起き上がってノタノタとなにもない人生をつつがなく平凡に生きていくのだろう。それがボクだ。なんて空虚な人生。

   ザッキー、ボクにはなんにもない
   あまりにもがらんどうで悲しい気持ち

   叶うことなら、今すぐキミにまみれたい、何もかもわからなくなるくらいに

   気配、視線、声、匂い、感触、そう、あの彼特有の感触だ
   熱い熱いキミの肌と、しっとりと張り付く様なあの湿度

   今の僕にはあまりにも遠い
   遠すぎて届かない
   よかったよ、本当に、こんなにも遠すぎてもう届かない

   キミはもうボクに犯され絶望に叫び続ける必要はない
   それでいい、よおくわかってるよ、本当だ

    *  *  *

 考えなきゃいけないことだらけでそれが嫌で逃げ出すために馬鹿な事ばっかり考えようとする。目も耳も心も意識的に閉じることが出来ないから、貝みたいに閉じてやり過ごすことが出来ないから。そのかわりにこんな馬鹿げた遊びのような頭のクルクル遊びをやり続けて。思考回路、あっちふらふら、こっちふらふら。寄り道だらけ。限界だ。もう、ボクは限界。壊れてる。壊れてしまっている。壊れた時計のように一周回って、振出しに戻っては彼の体に癒しを求め続けて。これはもう駄目なのだというのに。彼の体ももうボクを救わない。だからこそボクにはなにもないのだというのに。疲れた。もう無理。もう、駄目。終わってる。頭も心ももうバラバラだ。制御できない。しきれない。

   ボクは今、なにを思う?