お花結び

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飼い犬と飼い主 12 【1部完】

二人が二人してバラバラに過去の思い出を思い返してあーだのこーだの考えているだけの、ジーノとザッキーそれぞれのオフのお話。二人がどんな心境で新体制を迎えることになったのか。

赤崎のオフ~清逸

 今年のオフの間中、俺は実家からクラブハウスに通って自主トレをしていた。違う場所でメニュー組んでもらってやってる選手もいるし、王子みたいにどこでなにをやってるのかさっぱりわからない輩もいる。

 この2年、王子には随分世話になった。入団後なにをどうすればいいのかわからない俺に、彼は俺にとって最適な効率のよいトレーニングをその都度指導してくれた。俺がちゃんと彼の言うことをきかないでオーバーワークで少し体を痛めてしまったことが一度あった。あの時の彼の真剣な眼差し。不愉快そうに俺を睨んだあの顔が忘れられない。
 王子は基本的に不真面目さを演出するのが好きで、情熱を表に出すことがとても少ない。でもあの顔にはドキドキした。プロとしての自覚が足りないと俺を責める姿に、彼の中に秘められた真摯な情熱を見た。ああ、これが王子の素顔だと直感した。気紛れを装いながらも俺に本気の指導をしてくれていたのだと感動した。愛情を感じた。

 あの後彼は体の不調のサインについて色々と事細かに教えてくれた。わかりやすい兆候から、見過ごしがちで致命傷に発展しかねない危険なものまで、彼は本当に博識だった。ちょっと神経質すぎると思うほど丁寧に、言葉の限りを尽くして故障の怖さとケアの大切さを説明してくれた。そうした過程で少しずつ増えていく彼との二人の時間。体調管理に役立つ知識を持っている人脈とも沢山引き合わせてくれたし、いつしか一緒にマンションのジムやプールに通うことも当たり前になっていった。彼のマネジメントはまさに完璧で、この2年で自分でも驚くくらいに体も強くなったし技術的にも向上したと思う。

 それからしばらくして二人で飲みに出かけた。俺が最初にちょっと付き合って欲しいんだと言った時、王子はとても驚いた顔をしてみせた。訝る王子に、世話になってばかりいたら俺の気が済まないので、と事情を説明した。王子は“なるほどそういうこと?”と納得するも“ボクが好きでやってることだから、気を遣わなくても大丈夫。そうだね、気持ちだけもらっておくよ”と返事はいつもノーサンキューで。あの頃の俺は彼の紳士的な態度に謙虚さを感じていた。彼の中での俺の位置づけがまさか“ペット”であるなんてことには全く気付いていなかったので。犬が飼い主をもてなすために酒を奢るなんて、きっと彼にとってはあまりにも馬鹿馬鹿しくてへそで茶を沸かすような出来事だったのだろう。王子と俺はいつもチグハグで、思い返すとコントのようなやりとりが多かった気もする。
 彼の頑なな理由を理解しない俺がことある毎に話を持ちかけるものだから、数か月した頃ようやく王子は根負けした。“やれやれキミは本当に根性があるね、たいしたものだ。”とあきれたように笑った時、俺は小さいガッツポーズをしたのを覚えている。まるでサッカーで一対一の王子との勝負に勝ったかのような気分だった。

 当日、財布の関係で王子にあまりにも不釣り合いな店に案内したというのに彼は終始にこやかだった。後輩の我儘に付き合わされた優しい先輩とでもいった風情で。後になって知れば知るほど奇怪がにじみ出てきたあの王子のキャラクターから顧みるに、あの頃のあまりにもスタンダードでテンプレート的な姿は寧ろ違和感たっぷりのものと言ってもよかった。でも不思議なことにそれとは全く逆に、彼は何一つ変わらず一貫した態度で俺に接していたような気もしたりする。王子のことは本当によくわからない。

 飲み慣れない安酒に酔ってしまったのか、話の途中、彼はほんのり頬を染めながら少し暗い顔をしてポツンと言った。

「どれだけ細心の注意を払おうとも、結局自己管理には正解というものが用意されてない。間違った結果が出た時にその過程が間違いであったことに気が付くだけなんだ」

そして更にこう続けた。

「努力をしてもどうしても防ぎきれないこともある。そういうところが難しいんだよね。」

そして、さらに小さく、ボールを蹴れるというのは当たり前のことではない、とまるで誰に聞かせるでもない独り言のようなことを呟いていた。

 志半ばで退団していったユースの沢山の仲間達を思えば、実際プロになることなど絶望に近い確率であることは日頃から痛感していたことだ。それにどんな場面でも正解などさっぱりわからない俺には、正解がないことも努力が報われるとは限らないことも全部常識で普通のことだった。
 俺は反射的に言った。間違うこと自体を間違いだとは思わないし、失敗は失敗とも限らないし、そういうこともまた一つの正解じゃないッスか?と。
 すると王子は少し驚いた顔をして二、三度パチパチと瞬きをした。そして“すごい。キミは随分大人なんだねぇ”としみじみといった風情で笑った。からかわれ、論破されると思って口にした意地っ張りな背伸びの台詞を、彼はそれとは反対に優しくすっと抱き留めてしまった。彼は万華鏡のような存在なので、こんな風に俺がいつもと同じ言葉を投げかけたとしてもその時々で反応が違ったりする。
 大人な王子に大人だと言われることほどいたたまれないことはない。自分のいつもどおりの負けず嫌いの減らず口は、相手に寄り添うがごとき言葉を紡ぐ自然体の王子の前ではひどく子どもっぽいものに見えた。自分のちっぽけさを振り払うために俺は馬鹿みたいに飲んで、泥酔して、そして記憶が飛んだ。目が覚めると王子の家のソファの上にいて、支払から介抱から全部彼の世話になってしまったことに気付いて頭を抱えた。あの時はもう本気で穴があったら入りたい心境だった。

 その後、頭を何度も下げてもう一回行こうと誘うも、彼はもう二度と首を縦に振らなかった。笑いながら“キミは酔っぱらうととても面白い。勿体ないからしっかり飲むならボクの家で飲もう”と意味深な台詞を繰り返すばかりだった。

 心から知らずこぼれ落ちた彼の言葉にはいつも綺麗な色がついていて、話の影に大切な何かがあるような気がするのに、俺はその美しさにいつも本当にオタついてしまうばかりだった。その清逸な言葉の真意を掴む前に混乱状態に陥ってしまうのが常だった。

 王子のことが知りたくて知りたくて知りたくて。でも結局最後まで何一つ彼の思いを理解することが出来なかった。俺の気持ちばかりを受け止め、突然さらりと立ち去ってしまった優しいばかりの俺の飼い主。彼は一体、俺の中に何を見て、何を愛玩していたというのだろう。それがわからない俺なので、当然何故捨てられてしまったのかも未だ理解出来ないままでいたのだった。