飼い犬と飼い主 12 【1部完】
二人が二人してバラバラに過去の思い出を思い返してあーだのこーだの考えているだけの、ジーノとザッキーそれぞれのオフのお話。二人がどんな心境で新体制を迎えることになったのか。
赤崎のオフ~聖夜
クラブハウス内のトレーニングルーム。トレーニングマシーンに壁一面の鏡、床にはマット。そして部屋の隅には安っぽいパイプ椅子。腹斜筋を鍛える体幹トレーニングをしていた俺は、ぼんやりして何セットやったかわからなくなってしまっていた。仕方がないので少ないよりはましだと無闇に体をいじめ続けていた。
ほら、キミは本当にすぐ無茶をしがたるんだから
駄目だよ?秒数とインターバル、そして回数はきっちり守らないと
彼の楽しげに歌うような声が陽炎のように室内を舞った気がしたので、俺はハッとして慌てて身を起こした。けれど、オフには一切クラブハウスに立ち寄らない王子の姿がそこにあるわけもなかった。
* * *
午後になると少しずつ人が増えてきた。最初に顔を見せたのは先輩の世良さん。
「なんだよ~、クリスマスイブだっていうのにお前はホンット寂しい奴だな!」
彼が着いた早々こんな風に俺をからかうので、
「なんスか?その恰好。トレーニングする気サラサラねぇって感じッスね」
なんて適当に返事を返す。
「はぁ~。ホント憐れだな~。お前性格がそんなだからさ?きっとやることなくてここで孤独にガッシャガッシャやってると思ったんだよ。素敵なイブに無縁な男。赤崎遼。あーホント可哀想な奴。」
「あんたにだけは言われたくねぇし。暇を持て余すあまりワザワザそんな嫌味を言いにくるくらいなんだから。俺はちゃんとやることがあってここにいるんだし全然マシ。あんたとは根本的にちげぇよ。」
今日、ここはいつも以上に賑やかな感じだ。ワイワイガヤガヤ。人が増えていく。今晩誰かと過ごす幸せな予定がない若手が所在なさ気にわんさか集まり始めていたから。こんな日にトレーニングだけなんて虚しいからみんなで遊びに行こうぜ、と世良さんが周りに声を掛けたので、なんとなくそういう流れになった。何が悲しゅうてむさ苦しい男どもと、とも思いながら、なんだかんだほんの少し気晴らしになったとは思う。俺は今年、みんなでクリスマスを呪う歌を熱唱する聖夜を過ごした。
* * *
気晴らし
というのも、俺はこの冬のオフの間中、ずっと妙な胸騒ぎを感じながら落ち着かない日々を過ごしていたからだ。王子の後ろ姿を見送ったあの日以来、俺は前にも増して王子のことが頭から離れなくなってしまっていた。パーティ会場で、王子はまるで彼自身が光ってるみたいに眩しく、綺麗な音楽が聴こえるように美しく見えた。なのに一歩部屋から出てしまったあの人の背中はとても儚く、まるでそこに存在しない幻みたいに色が褪せて見えた。あの時、俺からは見えなかった王子の表情は一体どういうものだったのだろう。
俺はあの時、追いかけて肩を掴んで立ち去る彼を呼び止めることが出来なかった。理由は明白。俺の臆病が原因だ。俺はあの日2回声を掛けても振り向かなかった王子にすっかりひるんでしまったのだ。無視だけならまだしも、冷たい目線でピシャリと手を振り払われてしまったら?違う、そうではない。触れた瞬間、彼がパリンと壊れてしまいそうでとても怖かったのだと思う。
俺は基本的に弱虫で、だからこそ強くありたいと、常に自身の小心を振り払うように努力を続けてきた人間だ。なのに、どうも王子のことになると調子が狂ってしまう。言いたいことを言い、やりたいことをやると心に決めた俺。なのに竦む足。俺という人間は、彼を扱うにはあまりにも粗雑すぎて。こうして何度もあの姿が頭に浮かぶ度に胸が痛む。何回思い直しても彼を呼び止める手を持たない捨てられた犬でしかない自分。そうしてまたソワソワと胸騒ぎだけが残ってしまうのだ。
繰り返し繰り返し。王子を思い出す度、ドンドン色濃くなって見える例の雰囲気。俺はアレを知っている。凍えた体を抱え、鋭く俺に切り掛かるような言葉を浴びせ、そうやってとても心細げに震えている王子を過去見たことがある。最初にそれを見た時、王子は心と体がバラバラなのがしんどいんだと悲しそうな顔をして、甘えさせてと俺を抱き寄せた。王子が俺の傍で眠ったのはあの時だけ。俺が本当の意味で彼の安らぎ足りえたのはあの時だけだったのかもしれない。
気楽でいいと彼が称した俺達のいわゆる特別な関係は破綻した。俺が王子と共に暮らす犬になりきることが出来なかったからだ。あの日、遠慮がちに恋の傷を犬で癒した王子は今、犬につけられた傷を一体何で癒すというのだろう。俺はつくづく、彼にとてもひどいことをしてしまったのだと思う。俺から離れた彼はすぐに元気になると思ったのに、パーティ会場では彼の明るい笑顔に少しほっとさえしていた俺だったのに。未だ彼を暖める存在は彼の身近に出来ていないのだろうか。少しでは足りないのだと、1年ちょっと前のあの日つらそうに眉をひそめていた王子。彼を癒すどころか負担にしかなれなかった俺。
王子が途中で退席したのは風邪で体調を崩していたかららしい。風邪?だから凍えているように見えたのか?そうだろうか?それにしては変な感じだ。そうじゃない、あれはそんなじゃ。こんな風に思うのは俺の勘違いなんだろうか?王子が変だと言えば、みんなが“あの人が変なのはいつものことだ”と笑うだけ。みんなだけではない。きっと王子自身も眉をしかめて“キミ、ボクが変だなんて、随分失礼な物言いだねぇ”なんて大笑いして有耶無耶にしてしまうことだろう。
昔からそう。誰も俺の思っていることなどまともに取り合わない。こんなのいつものこと。わかりきっていること。真剣な思い程、伝わらない。笑われる俺の夢。辞めていく仲間達。いなくなってしまった王子。いつも俺は気持ちだけが先走って、ただ出鱈目にガムシャラで、効率も何もあったもんじゃなく。手からこぼれ落ち続けて。
会いに行きたい。会いに行けない。俺は一体、なにをやってる?王子には、手も足も出せない。気持ちが逸り、反対に足が竦み、動きが止まる。もう出鱈目もガムシャラも出来ないくらいに固まって、ただヤキモキするばかりだ。
王子は本当に嘘が上手な男で、誰に対しても適当に煙を巻く様な話し方をしながら、いつも素知らぬ顔して笑っている。傍に居るとチラッと見え隠れするその独特な行動パターン。我儘放題好き放題に見える。だけどその実彼は甘えることを一切しない。そして自分を譲歩することもない。なんとなくフワフワと包み込むように問題をぼかしながら、みんなの傍に居るようでいながら誰にも寄り添わせやしない。シンプルでスマート?そういうのがいい男の有り方だって?違う、あれは意地っ張り強情っ張りの典型だ。俺に負けず劣らず面倒くせぇ男なんだと思う。
ずっと考えてしまう。他人の欲求は説明されずとも理解できるくせに、自分のことは何も言わない。そんな器用すぎて不器用な王子。去年もキスされる前に随分しょげてた感じがしたけれど。やっぱり司令塔としての重圧とは物凄く大変なものだったんだろうか。何回も何回も思う。あの時の彼の後姿。前の年と同じように抱き締めてしまいたかった。力任せに思いっきり。王子、どこにいる?会いたい。でも、犬でもいいから彼を癒したいとは今でも思えない頑固な俺は、会っても彼を抱き締めることなど出来ないのだろう。
まあ、とりあえず俺が彼が大好きな事には変わりない。時間が経つほどにドンドン好きが増えていく。もう話をしない期間がこんなに続いていても、触れ合うことなどもう二度となくても。もう何週間も会えてなくても全く関係なく益々好きだ。王子に今、とても会いたい。
