鎖に繋がれて 1
2007年1月いよいよ達海監督就任。閉塞感満載だったETUに新しい風が吹き込み、それと共にジノザキ二人の関係性にも大きな変化が訪れます。公私共に大混乱!みたいな。そんな感じ。話の中で心理学系専門用語やイタリア語がちらつきますが勿論ナンチャッテで出鱈目です。王子、赤崎、椿、達海(気配だけ)など。
Together、一緒くた
年が明け、今はキャンプのまっ最中。そんな中、王子は突然犬二匹を同時に飼うことにしたらしい。
番犬と猟犬と位置付けて、王子は俺達を愛玩する。彼の表情とその仕草を眺め、同じ飼い犬としても今までとはちょっと意味が違うんだろうな、と感じ始める。なぜなら、あの姿はまるで俺が入団したての頃によくみた、気安い親切な先輩のイメージに近かったからだ。そして当然、俺達の例の“お手”遊びはすっかり鳴りを潜め、二人っきりであんな風に過ごすことはぱったりなくなったままだった。
ともあれ、考えてみればこれもまたいつもの繰り返しの一つに過ぎないんじゃないか。俺はそんなことに気が付いた。本当にもう何度も何度も、王子は俺を引き寄せ、突き離し、そしてまた引っ張り込むような真似をしていて。今回も意味もわからないうちに捨てられた俺は、気が付けばまた拾われたようだけれど、やっぱりその意味もわからない。彼の中にある意味は俺にはいつも解読不能で、あれこれ頭を悩ませているうちにコロコロとまた新しい疑問が積み重なっていくだけなのだ。
今回のご機嫌な彼は俺達飼い犬二匹を一緒くたにして扱うという感じの変化だった。今の彼にとっては二人とも全く同じようにかわいい後輩のようだ。王子がとても幸せそうに笑うので、俺は胸が苦しいけれど一緒になって笑った。聞きたいことが沢山あるけれど、それに水を差す俺の疑問を彼に投げつけることが出来なかった。
王子が笑っている。俺のすぐ横で。今、俺達は当たり前のように昼間から話が出来るし、練習も組になって一緒にすることすらあって。多分、これは入団前からずっと望んでいた時間がようやく手に入ったということ。そしてこの時間の延長線上に彼と一緒のピッチの世界がある。とても喜ばしい出来事。俺はもっと素直に今を喜び、満喫していい。それが正しい。それが正解なのだということはよくわかっている。のだけれど。
ふと、時々周りを見回すと、いつも椿も傍にいる。初々しい後輩は今日も王子を眩しそうに見ながら、まるで本物の貴族みたい、などと言いたげにイチイチ恐縮しつつ会話をしている。そのドギマギとした姿を見て俺は、面白い奴だなぁ、となんだかかわいいく思った。王子も以前、こんな気持ちで俺を見ていたのかもしれない。
* * *
「フフフ、なんかさ、キミ達二人ってとってもかわいいね。今日もさ、一緒にご飯食べない?色々話をしようよ。」
キャンプ中、ちょこちょこ誘われて食事やフリータイムを王子と一緒に過ごす。日中は基本的にコシさんと過ごすことも多かった王子が、不思議に距離を置いているようだった。それはともかく、彼のそういった気軽な声掛けのおかげで俺はキャンプの空き時間の間、しばしば楽しそうに笑う王子を堪能できた。なんだか照れくさいような懐かしいような感じがした。
無意識に彼の姿を目で追う俺の癖は相変わらずだった。彼は毒舌付きのチャーミングなETUの貴公子。彼の金色のスパイクと同様とても明るく、そしてご機嫌な様子でしょっちゅう監督のところに行っては楽しそうに会話を楽しんでいた。そうして邪険に追い払われ、やれやれ、と苦笑いをしながら練習に戻ってきたりしていた。
そうして、みるみる生まれ変わっていく王子のプレイ。チームがギクシャクして崩壊していく中、そんなことになどまるでおかまいなしといった風情で王子はいつも通りあまりにも自由に、あまりにも楽しげに暮らしていた。
チーム内の状態については、面白がって掻き乱すでなく、無理に修復を試みるでなく、傍観者と言ってもおかしくないほどの客観的なスタンスで対応していた。彼は一体どう動くだろうと色々想像してみていたけれど、こうしてみるとあまりにも王子らしいと思わざるを得なかった。達海監督という刺激的で毒にも近いカンフルは、各々が自分自身の力で乗り越えていく他はないのだと無言で語っていた。一見冷たくもみえる、けれどあまりにも的を射た判断だった。
会ってまだほとんど日も経たないというのに、王子はまるで昔からの親友のように達海監督という人間の性格と手法、そしてその意図を把握し行動していた。満たされない心で悲しげに空を見つめる王子も、暇つぶしに俺を弄んでいた王子も、もうその片鱗すら感じられない。年が明け、彼は心から充実した時を生きるようになったのだと思う。
彼は今季、確実にファンタジスタの名にふさわしいプレイの数々を必ず披露することだろう。これは俺が夢にまで見た、王子の幸福な姿だ。
俺がただの柵の外からETUを見つめるだけのサポーターであったならば、きっとこんな彼の姿を見て、今季が楽しみ過ぎてワクワクと眠れない日々を過ごしていたに違いない。けれど残念ながら俺は彼の楽しそうに練習を行う姿を見ながら、再び重い不足を抱え始めていた。
今の俺は彼に育てられたウブな新人でも、彼に愛玩された犬でも、対等なチームメイトでもない存在。彼の言うように彼を助ける選手となれれば俺は本当にどんなにか。そんな気持ちがチリチリと心を焼いた。どれだけやっても物足りない。どれだけ打ち込んでも落ち着かない。練習が終わる間際に毎回感じるこの悲しさは、彼のベッドで迎える一人の朝にとてもよく似ていた。すっかり払拭されていたはずの不安が、足元からジワジワと再び俺に近づいて来ていることを感じていた。それは一日毎に強まっていく感覚だった。
今、王子は二匹の飼い犬を従えて楽しそうに一緒に笑って、愉快そうに時を過ごしている。けれど一緒だよという顔をしながらも、本当の意味では俺の傍にちっともいてくれないままだった。俺は相変わらず出来そこないのままの存在。彼との距離感が俺の焦燥を再び引き寄せはじめていた。
俺は初詣で彼の幸せを願った。なのにこの幸せそうな彼の笑顔が、俺をどうしようもなく苦しめる。なぜこうなってしまうんだ。喜ばしいことを喜ばしいと喜びきれない自分の中の感覚のズレ。密やかにそんな不足と渇きを抱えながら、練習に向かう。楽しくてワクワクするばかりだった日々がすっかり濁り始めてしまっていた。
こんなはずでは、なかったのに
俺は今、はちきれんばかりに充実した生活の中にいるはずなのに
なぜ、俺は王子のことになるといつもいつもこうなってしまうんだ
