お花結び

GIANTKILLING二次創作小説同人サイト

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鎖に繋がれて 1

2007年1月いよいよ達海監督就任。閉塞感満載だったETUに新しい風が吹き込み、それと共にジノザキ二人の関係性にも大きな変化が訪れます。公私共に大混乱!みたいな。そんな感じ。話の中で心理学系専門用語やイタリア語がちらつきますが勿論ナンチャッテで出鱈目です。王子、赤崎、椿、達海(気配だけ)など。

雨と二人のマロッキーノ

 雨の日はクサクサするから気分転換!と王子はよく甘くて苦いマロッキーノを作ってくれた。まるで彼そのものの。
 優しそうなビジュアル、鮮明な苦み、飲み進むにつれて変化する味。最初から最後まで飽きさせない魅力的な味と香り。彼はヤカンみたいなエスプレッソメーカーを持っている癖にそれを使うのはその時くらいだった。日本の家庭ではあまり見かけない代物に興味津々だった俺に向かって、イタリア式の急須みたいなもんだよ、と笑っていた。そんなもん持ってるくらいなのになんであんたはドリップ式でコーヒーを飲むのかと聞いたけれどそれには、単に気分の問題さ、と返事をしていた。変な人だった。

   美味しかったな、王子の淹れたマロッキーノ

 今まで飲んだことすらなかったけれど、王子が甘めに作ってくれることもあって苦みの苦手な俺も結構おいしく飲めた。そのうちあれが飲めるから王子の家にいる時に雨が降ると少し嬉しくなったりもして。王子が気晴らしが必要なほど機嫌が悪くなってる時だけ飲める飲み物なので、そんなことを俺が楽しみにしているだなんて勿論言えやしなかった。
 今でも雨降りには飲みたくなる、アツアツのマロッキーノ。実はこの前コンビニでチャレンジしてみた。なんちゃってマロッキーノ。店で買えるホットコーヒーにフレッシュを入れて、板チョコかじってという感じで。まあ、つまり出鱈目。当然別物。単にミルク入りコーヒーとチョコでしかなかった。コーヒーショップとか入ったことがないけれど、どこかにはあるのかな?マロッキーノ。ああ、でもおそらくそれも思っているのとは違うモノでしかないだろう。俺はきっともう二度とあれを味わえない。俺の好きだった、雨の日の、不機嫌な彼の作る、特別甘めの、そんなマロッキーノ。俺がニヤついて飲んで、それをみて機嫌の悪かった王子がちょっとだけ笑顔を取り戻す。そんなスパイスがなければ何の意味もない、雨降りの日だけのあの味。

    *  *  *

 今までの俺達二人の関係には、その時々で親密も疎遠もともかく波があって。そのすべてのアクションが彼からの刺激だったりした。最初の声掛けはトレーニングルーム。王子がふらりとあの部屋にやってきて俺に“キミって、結構いい体してるね?ちょっと触らせて?”と声を掛けてきた。覚えてる。一言一句間違えずに。彼の言葉はとても印象的なものが多くて、知らず心に刻みつけられてしまったものが沢山ある。あの時王子は、そんな言葉で入団後不安で心細かった俺の心にふわりと触れてきた。極々自然に。後に知る、彼の官能的なあの指先と同様の甘さで。
 その後は食事に誘われ、講座に誘われ、そしてジムに、プールに、自宅に、そしてベットに誘われて。いつも働きかけは王子から。最後の最後、お別れについても彼の意思によってだった。ほんの何回かだけ俺から働きかけたことも確かにあった。一番覚えているのは別れを告げる彼にNOを突きつけたこと。俺は彼の働きかけを拒絶し、しがみついて離れないと言った。そして…。その結果俺は苦悶を覚え、マロッキーノひとつ、彼におねだりすることすら出来ない人間になっていってしまった。

 不思議だ。彼の言葉は思い出すにどれもとても柔らかくてふんわりと俺を包み込んでいるばかりで、意図はあるのに何一つその意志が見えない。なんだかすべてがそんな感じだった。いい子だね、お利口だね、大切だよ、頑張ってるね。時々辛辣な口調の時もあって、カッときた俺はなんてひどいことを言う人だなんて思ったこともあったけど。考えてみれば彼の言葉には本質的な罵倒や侮蔑の一切がなかった。否定的な物言いをする時には必ず裏に肯定的な意図があった。そう。犬扱いにしろその中には必ず褒め言葉が交じっていた。賢いペット、大切な愛犬。キミは馬鹿犬じゃないはずだろ?なんて。ジョークが大好きな彼のちょっとした照れ隠しにも似た毒舌だった。余計なひと言が多い?そこが良くも悪くもイタリアの血がボクに流れてる証拠なんだよ、なんて苦笑いしていた。王子、自粛の努力をするって言い始めて。そんでお手とかおすわりとか悪乗りし始めて。余計なひと言って“賢い”とか“大切”とかそっちのほうかよ!なんて。俺がつっこんで、二人でゲラゲラ笑ったっけ。

 たわいなく、なんの意味もなく。繰り返された日常会話。優しい軽やかな羽のようなタッチの触れ合いの中、時々お互いの性分がぶつかって火花を散らしそうになる瞬間も確かにあったけれど。彼は上手に自分の意志を隠してしまうので、結果表に出てくるのは彼の支配と俺の服従の結論ばかり。とりとめもない楽しい小さなハッピーの繰り返しがあっただけで、俺達はきっと一切の意思の疎通が出来ないままの時を過ごしていたにしか過ぎなかった。彼はそれを望まなかったし、それを望むには俺はあまりにも出来そこないでしかなかった。進む関係の深化に、俺は最後までおいつくことが出来やしなかった。彼は俺の至らなさを犬だからと受け入れてくれていたのに、俺は自分に焦れて、反対に彼に噛みつくばかりだった。

    *  *  *

 まるで俺はすっかり王子中毒だ。クラブハウス全体に、もうアチコチそこらじゅうに、王子の残像が見えてしまう。持ち主のいないロッカーはがらんとしていて寂しそう。王子がいつも車を停めてるあそこの駐車場まで。赤い車が恋しいと泣いてるみたいに雨に濡れてる。いろんなところに王子の気配。うんと腕を伸ばして伸びをしていたり、下を向いて何か考え事をしていたり。意地悪そうに笑ってコシさんをからかっていたかと思えば、苦虫を噛み潰すような顔で不在のナツさんに文句を言っていたりしている。でもそのすべてが実物ではなくただの幻。すっとその気配が消えるに従い、急にその空間のバランスが崩れて落ち着かない。きっと俺だけじゃない。人も物も。みんなみんな首を長くして王子の帰りを待ってる。

   もうすぐキャンプが始まるというのに全くあの王子ときたら

 去年もこんな感じ、いつものことだ、とコーチ達。でも俺の目にどうしようもなく焼きついているあの王子の後ろ姿がちらつく度に、このままもうここに帰ってこないのではないのかなんて不安になってみたりもして。そんなはずはないのに。ちゃんと来るに決まってる。会いたくて仕方がないから不安なんだ多分。

 王子はなんでも見通す目を持ってる。俺がこんなにも不安な心境で待ってることだってきっと全部お見通しに決まってる。なのに平然とお構いなしにこの有り様。本当に彼は底意地が悪い男だとつくづく思う。

   念のため言っとくけどみんなには内緒だからな?
   王子の傍に居れなくなってから寂しくて悲しくて、
   俺が毎晩毎晩布団をかぶって泣いてること
   だって恥ずかしいじゃないか、大の男がいつまでもメソメソ子どもみたいに

   俺がこんなに泣き虫だってことは二人だけの秘密だ
   わかってるよな?王子、絶対だぞ?