お花結び

GIANTKILLING二次創作小説同人サイト

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鎖に繋がれて 1

2007年1月いよいよ達海監督就任。閉塞感満載だったETUに新しい風が吹き込み、それと共にジノザキ二人の関係性にも大きな変化が訪れます。公私共に大混乱!みたいな。そんな感じ。話の中で心理学系専門用語やイタリア語がちらつきますが勿論ナンチャッテで出鱈目です。王子、赤崎、椿、達海(気配だけ)など。

幻とのつきあい方7

 ここはどこだろう、夢の中?

 なんだか前にも来たことがある気がする。でもこんな風じゃなかったような?そうか、今日は昼間冷たい雨に打たれて、いつにも増して沢山王子のことを考えてしまったから、と俺はなんとなくそんなことを考える。この夢の世界の空もまた、昼見た空と同様、暗く重たくそして寒々としたムード。今にもみぞれが降ってきそうになっている。以前は赤いタイルときらめく虹色、そして気が遠くなるほど広がる白い空間が印象的だったこの世界。主がいないとこれほどまでに重苦しい世界になってしまうものなのか。

 この世界の主。ここは俺の作り出した王子に会うための夢の世界。忘れてしまっていた前の夢を思い出す。どこかへ消えてしまった黒猫のぬいぐるみ。そして空虚を表したあの沢山のがらんどうのペットボトルの山。王子のための夢なのに、周りを見渡しても彼がやっぱり見あたらない。俺は自分の見る夢の中でさえ王子に会うことが出来ないでいることに少しつらさを感じていた。

 脳裏に浮かぶは象徴的なお別れの夢の数々。終わりは全部王子が俺を拒絶する目覚め。彼のいないこの世界はとても冷たく冷え込んでいて、でも不思議と夢の中全体が彼そのものになってしまったかのような感覚もあったりした。ここはあまりにも寒々しく、最後に似た王子の凍える様な後ろ姿と印象がとてもよく似ていた。ぐっしょりと濡れそぼるような、暗く重たい独特の寒さ。一人がこんなにもつらい。ノラと過ごした、あの雨の日に感じた心許なさととてもよく似ていて…。

「王子、今どこにいるんスか?」

 静かな夢の世界に響く声。思わず口にした言葉に自分でビックリする。自分が思っている以上に悲痛色をしていた。王子がどこにもいない。とても寂しい。話が出来なくてもいいからその姿を見ていたい。しゃべってる声が聞きたい。傍で気配を感じていたい。

 主がいないこの世界はとても冷え込んでいる。カタカタと勝手に体が震えだすほど寒くなってきたので、今にも昼間のようなみぞれが降ってくる気がして空を見上げる。目にしたのはみぞれでなく、フワフワと羽のように軽く舞う雪の結晶。夢らしいこの夢の中に降る雪は漫画チック。3cmくらいの大きな雪片の数々には六角形の結晶体の美が宿されていた。まるでCGを見ているかのような幻想に溜息が出る。体に触れると一瞬にして消えてなくなり、足で踏むとキラキラと小さくウインドチャイムのような音がした。

「綺麗だ…」

 すべてを浄化していくような静謐。人のいない世界。

 王子はよくピッチ上でも、日常生活でも、視覚と聴覚を上手に利用したトリッキーな行動をすることが多かった。彼はいつも他人の五感をまるでおもちゃのように弄び、子どものように楽しげに遊んでいた。この世界の美もまた彼の作り出す美しいスタイルにとてもよく似ているものだった。この世界はまさに王子そのもの。

 彼の他人を転がす行動パターンに関しては、俺はいつも意図と策略と計算を感じていた。でも、こうして彼によく似た静謐の世界にいると違う感覚が湧いて出てくる。つまりは彼は元々そういう感覚と感性で埋め尽くされた世界の住人であるのかもしれないということだ。使って遊ぶでなく、感覚そのものに同化してしまう結果なのではないのかと。だって彼のあの美しいプレイスタイルには独特な輝きとメロディが常に存在していた。意図を持って演出するにはあまりにも一体化しすぎていた。テレビ中継、ただ歩く王子がチラリと画面をかすめるだけでも物凄く印象的で、どうあっても目を向けないではいられなかった。彼の持つ翻弄の悪徳が彼の意識的なものよりも無意識の部分の方が罪深いモノであるのと同様に、彼の仮面のように見える姿はとても本質に似ているモノなのかもしれない。高級なブランドの服を脱ぎ捨て、俺と一緒に汗の湿度に肌を濡らしながら髪を乱す彼もなんら変わらず美しいのと同じに。意味深に見える彼の表層は、実は周りが思うほど深い意味を持たないものなのかもしれない。

「あー寒ぃ…王子、マロッキーノ飲みてぇよ…」

 俺はじっとしていられないくらい凍えて少しずつその辺を歩きはじめていた。踏み出す度に美しい音色が世界を包んだ。体に触れた雪の結晶は水に戻って、俺の全身をぐっしょりと重たく濡らしていく。風邪をひいてしまいそうだと肩を竦ませる。そして両腕で自分を抱くようにしながら縮こまって立ち止まる。王子がいない。あまりにも、王子がいない。どこにもいない。消えてしまった。

 なんだろう、勝手にいろんなことが頭に浮かぶ。王子が泣いてる。痛い痛いと、子どもみたいに泣いて泣いて。泣きすぎてそのまま消えてしまった。きっとこんなことを思ってしまうのはこの夢の中であった王子が亀裂に足をとられ深い傷を負っていたせい。現実世界で見た最後の彼のあの後ろ姿が、心細げに凍えているように見えたせい。

 あの時は気が付かなかったけれど、亀裂で負傷していた夢は、あの頃の王子の不調の象徴だったのかもしれない。神経質なほどケアを気にかける怪我のない彼だもの、あれはきっと心の負担と傷。最初の一個からずれていたと言っていた。王子の足枷は俺だけでなく、数限りなく彼にはめられていたものだったのか。天才ともてはやされ、結果を出すのが当然と望まれ続けた選手の、凡人からは想像がつかない重たい業と宿命?彼はもうこれ以上つけられない状態になっていた時に、俺という鉛のような重みをつけてしまったのだろうか?犬に癒しを求め、代わりに重みを背負い、それでも彼は一生懸命嘘にしたくなかったと、泣いていた。羽ばたこうとしていた。泥水は、彼自身が浴びたくて浴び続けているものではなかった。なんて可哀そうな、ヘトヘトの王子。

 俺はそのまま全身ずぶぬれになるまでそうして空を見上げていた。思い出す。王子が雨に濡れると悪夢を見ると冗談めかしに言っていたこと。もしかしてこの世界のことだったんだろうか。漠然とそんなことを考えながらうずくまった。ここはとても寒くて、とてもつらい。ひとひらふたひら、結晶が体に触れる度に体が芯まで冷えて凍りつく。とても綺麗だけれど、なんて寂しい世界。

「こんなになるまで泣いて…王子…」

 思わず口に出して呟いた。ああ、こんなことを言えばきっとまた目が覚めてしまう。彼は自分に触れられることをとても苦手としていた人だから。

    *  *  *

 案の定、俺は王子を見つけられないまま目が覚めた。一人の朝。俺の毎日。当たり前の日常。

 ベッドの布団からはみ出た足が氷のように冷えていたので丸まって布団にもぐりこむ。まだ起きるには早すぎる時間だったので、夢の中と同じように身を胎児のように思いっきり丸めながらもう一度寝ることにした。あれは俺が勝手に見てる夢なのだから、次はいい夢のストーリーでお願い、なんて祈りながら。でも嫌な予感通り、案の定すっかり目が覚めてしまい、夢の中に戻っていくことができなかった。
 仕方がないので二度寝は諦めた。スイッチを入れてもナカナカ暖まらない室内の温度に文句をつけながら、俺は少し早い朝飯の支度を始めることにした。カーテンを明けても外はまだ暗く、日の出はまだまだ先の事だった。