お花結び

GIANTKILLING二次創作小説同人サイト

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鎖に繋がれて 2

冬のオフ~キャンプのジーノサイドのお話で前の「鎖に繋がれて1」と対になります。ジーノ捏造設定てんこ盛りでこの先ドンドン厨臭くなるっていうか恰好悪さが増していく予定でして本当に恐縮です。登場人物は王子、赤崎、後藤、椿、達海、オリキャラで主治医とかジーノ母とか。次の「浜辺にて」はこの2の中のキャンプ合流直前のジーノの生活の話ですがジノモチのケがあるのでニガテな人は読み飛ばし推奨。 

NoとSi 1

 今回、イタリアに戻ってこれて本当に良かった。あのまま日本に一人でいたら、どうなっていたことか。

 ここにはボクの優しい家族、温かい食事、深い味のエスプレッソ、イタリアの12月を感じさせるパンドーロ、そして暖かいボク用の小さな部屋があった。アイロンかけの大好きな母の用意する、懐かしいパリッとしたシーツの肌触り。そこで体を横たえているとまるで昔に戻ったみたいな気がした。朦朧とした自分の思考にそんな錯覚が生じ始めたおかげで、あれだけ気が重かった主治医との再会にも踏み出すことが出来た。過去幾度となく繰り返したあのルーチンを、未だ体が覚えていたせいだった。

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 12月〇日 診察初日

 いろんなものに目が留まってしまうせいで何度も遭難しかかる、果てしなくマヌケなボクの迷子気質。疲れがたまってくると尚更その傾向が強まるんだよねキミは、と久しぶりに会ったドクターはいつものように笑った。この性分に関してはイップスの障害による後天的なものなのか、先天的なものなのか特にはっきり言われた覚えはないけれど、彼は長年根気よくボクに付き合ってくれている。会う度にボクにとって世の中が滅ぶかのような深刻な迷子も、彼にとってはホンの数メートルの他愛無い散歩に過ぎないことなのだと思い出させてくれる。

「つらいね、でも大丈夫。キミは自分で思っている以上にきちんと自己コントロールを出来ているよ?」

 ボクは今回こそ“もうサッカーは終わり”と言われるものと思っていた。楽しい遊園地の時間はもうおしまい。日が暮れる前に帰ろうね。そんなことを言われるに違いないと感じていた。なのに、言われる前からもう帰らなきゃと心づもりを始めたボクを見て彼は、もう疲れちゃったのかい?まだ時間はたっぷりあるのに、と声を掛けたのだ。
 心に広がるは一面の黄昏、少しずつ、でも確実に逢魔時の空の藍が降りてきていた。ボクには何故彼がこんなことを言うのか全く理解が出来なかった。彼の言葉はボクの癖である過剰すぎるほどのシミュレーションのパターンの中にないものだった。

「次回の来院でまたあの時のように一緒にやってみようか?わかるね?いっぺんにじゃないよ?縺れた思考を整理して、一つ一つ順を追って納得しながら絞り込んでいく。最終的にキミの芯がSi(はい)と言うのか、No(いいえ)と言うのか。あらためてきちんと聞いてみよう。苦しくて出来ない時ほどこういう作業が大事だったりするからね」

 縺れた思考。彼と出会った診察の極々初期の頃以来久しぶりに言われた言葉だった。それを一緒になって整理していこうと彼が言うならば、自助努力で回復するにはかなり無理がある段階まで悪化しているということを意味している。

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 思考が縺れ限界が近づいた時、ボクの心と体にイップスが作動する。勢いで完全に神経が引きちぎられてしまうのを回避するためだ。彼の言う生き延びるための贈り物だという様々なボクの症状。解離性健忘、解離性遁走、運動障害、知覚麻痺。キミはよくやってるよとドクターはホメてくれるけれど、やはりプロの選手として活動を行うには無理な領域に入っている。ボクはまともな状態ではない。今後プレイの継続のためには診察と投薬、定期的な長期オフが必要不可欠なものになるだろう。しかし国を跨いだ定期通院を継続しながら選手としての仕事を続けるなんて、物理的に不可能なのも現実だ。

 彼の言葉は何度思い返してみてもさっぱり意味がわからない。近日中に万単位の観客の見守るピッチ上でさえ平気で硬直状態に陥りそうな人間を捕まえて、このまま日本でプロを張っててかまわないなどと。これは何一つ気休めにもならない無力な言葉だ。そんな不誠実な裏切りを、よりにも寄ってカルチョ命の国の人間が容認するなどありえない。全く理解不能だ。

 けれど今回ドクターは再びあれが来ることを想定した上で、大丈夫、と告げた。ボクにはもうNo(いいえ)しか見えないし何もかもすべてそれに埋め尽くされてしまっている。なのにそれが本物かどうか確認をしようというのだ。当然戸惑いの方が大きく、でもその言葉にすがる他なかった。理解することが出来なくとも。ボクにとって今のドクターの言葉の数々は、真っ暗な海に溺れ沈みゆく自分の前に流れ着いた、一本の藁のような儚くもかけがえのないものだった。小さな小さな、ボクの中のSi(はい)の欠片を呼び覚ます、そんな可能性のある頼りない藁。

 ボクが理解出来てなかろうとも、彼はいつもの通りボクの中から言葉を引っ張り出していくだろう。彼は上手に、患者の中にすでに存在している意思・プランを導き出し、整理し、認知しやすい形に加工し、提示することで本人の自覚を促すことが出来る医者だ。彼の助けは、今も昔もとても心強い。願わくば、二人で見つけるそれらが素敵なものでありますように。

 だからこの段階でボクはすでにプレーオフはおろか最悪開幕戦すら間に合わずともかまわない心づもりでイタリアに滞在することに決定した。出鱈目な生活態度を許容してもらえるだけの環境がすでに構築されているというのは幸いだ。多分例年通りクラブハウスに連絡ひとつ入れずとも、あっちが勝手に楽しげなバカンスを類推してくれることだろう。ボクは黙って笑っていればいいだけだ。まあ、正直なところ彼らと再び顔を合せる日が来るなんて、今の状況では甚だ疑問なのも確かだけど。

 帰宅後、しばらくまた通院することになったと母に告げた。彼女は色々予定していた集まりをすでにキャンセルしていたようで、家族みんなでここでゆっくり過ごせばいいと言ってくれた。ありがたかった。

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 12月〇日 診察2回目

 気持ちがスタンバイを心がけても、ナカナカ思うように自己開示出来ない感じ。久しぶりの再会のせいでボク自身の心がとても固く閉じてしまっている。とても時間がかかりそうだった。でもまだマシなほう。もう少しタイミングが遅ければ診察中に頻繁にショートを起し、あの頃と同じドクターと会話すら成立しない状況に陥っていたことだろう。

 依然として睡眠障害がひどいので相談したら薬の処方ではなくベッドに入る際に体をよく温めるように言われる。なにか心地よくて温かいものはと考えてみたけれど、あまりいい案が思いつかなかった。

「そうそう、確かにあなたは昔からこれがないと寝れなかったわよね」

 母が持ってきたのはCuscino con Noccioli di Ciliegia。毛足の短い子犬の形をしたクタクタの、幼きボクの愛用品。お湯のかわりにさくらんぼの種を使用した湯たんぽのような抱き枕だ。種はあたためると桜のようなとても良い香りがするし熱湯に比べて安全性が高い。だから欧州では幼児用によく使う。そんなものがまだ残っていたのかとボクは半ばあきれてしまったが、持ってきた彼女の笑顔があまりにも得意げなのでボクも笑って受け取った。

 昔のように抱きしめるにも、想像通り今のボクにはあまりにも小さすぎだった。気持ちがいいのになんだか物足りなくて、もぞもぞと姿勢をかえてみる。もっとこう、なんとなく…何かを思い出させる気がするけれど、なんだかよくわからなかった。思考が想像以上に疲労を深めていて、どうにも追うことが出来なかった。それでも、頬に触れるちっぽけなフワフワが、ボクにほんのり心地よさと安心感をもたらしてくれたのは確かだった。

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 1月〇日 診察3回目

 常に熱にうかされるかのようにあらゆる思索に薄い膜が覆い始めている。集中力が全くない。

 何かをしたいという情熱や強い執着。こういうものは生きる上で最も重要な意味を持つ核であり種だ。モッチーやナッツ、ザッキーは常にこれを深く愛し、戦う原動力に変換していることと思う。残念だがボクはプロとして一番肝心な機能が故障している。身を焼く熱さに耐え、昇華していく強さが絶対的に不足しているのだ。すぐに忘れようとするし、逃げ出そうとするし、なかったことにしたがる。なのにくすぶる火種を消すことも叶わず内部を焦がしながら宙ぶらりんに暮らしている。目も当てられないほどにもう爛れきって、正視することすらかなわない。主治医の誘導の中、ボクはその度違う言葉を吐きだしていく。

   ボクはカルチョが大好きです

   ボクはカルチョが大っ嫌い

 可能か不可能かを考えるでなく、自分の本質的な部分を掴めと今日もドクターが道案内。けれど、こんな単純なことが今のボクにはわからない。クルクル、クルクル、同じ道の堂々巡り。目的地のわからないボクは一体どこに行くつもりなんだろう?

 体を動かさないので眠れないだけでなく食欲もない。鍛えない体からは筋肉があっという間に落ちていく。ドクターがキミとても渇いているよと言うので、帰りがけに点滴を一本。簡易ベッドに横たわり小一時間、スポンジのように体に浸みこんでいくような感覚に包まれる。脱水症状が軽減され、代謝もあがったのか少し汗ばむ。その夜、久しぶりに夢のない眠りにつけた気がした。