お花結び

GIANTKILLING二次創作小説同人サイト

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鎖に繋がれて 2

冬のオフ~キャンプのジーノサイドのお話で前の「鎖に繋がれて1」と対になります。ジーノ捏造設定てんこ盛りでこの先ドンドン厨臭くなるっていうか恰好悪さが増していく予定でして本当に恐縮です。登場人物は王子、赤崎、後藤、椿、達海、オリキャラで主治医とかジーノ母とか。次の「浜辺にて」はこの2の中のキャンプ合流直前のジーノの生活の話ですがジノモチのケがあるのでニガテな人は読み飛ばし推奨。 

NoとSi 2

 1月〇日 診察、4回目

 登録していたはずのリマインダが消えていた。今日はあれをやるので、病院に出向かずに済むように気が付かないうちに自分は激しい抵抗をしているようだ。母が声掛けをしてくれなければ危うく行きそびれるところだった。

 ボクは相変わらず主治医にタッツの件についてうまく説明出来なかった。昔も今も変わらない。すぐに混乱状態に陥って、なにをどう話をしたのかもあまりよくわからない感じになる。これでは彼が監督に就任し、毎日顔を合わせるようになるなんてどう考えてもとても無理だ。一体その時を迎えた時、ボクにどんなことが起きてしまうのか。それを想像するだけでもボクはこれほど深い混乱状態に陥ってしまうというのに、持ちこたえられるわけがない。あまりにも絶望的で不安しか感じることが出来ない。

 会計が終わって帰宅途中、すっかり日が暮れた頃。転んだ拍子に我に返った。夕日につられたのかずっと散歩をしていたらしい。知らない街。立ち上がれない程疲れていたのにも気が付かなかった。何食わぬ顔で立ち上がるも、じろじろと視線を感じる。これは…そうそう、昔読んだあの奇妙な物語の1シーン。ボクは今、自身の空っぽに気付いた拍子に裏返ってすっかりデンドロカカリヤにでもなっていたんだろうか。そうなんだ、ボクは今K氏にあの人気の少ない植物園へでも連れて行ってもらいたい心境。ボクは大したことのない見栄えしない植物と化して、そこで静かに眠りたい。

 でも、今すぐ家に帰るべき。どれだけ“今”や“ここ”が怖いからといって、ボクの心はこれ以上どこにも行ってはいけないし、寧ろどこにも行けないのだと思う。だってあの物語にはこう書いてあった。植物になることは不幸を取り除くと同時に幸福も失うことで、罪から開放されると同時に罰の中に投げ込まれるということだと。道を見失っても足をも失うことで、迷うことすら出来なくなってしまうんだと。ボクは今帰路につきながらも自分がちゃんと歩けていているのかどうかもよくわからないままだった。

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 1月〇日 診察、5回目

 主治医は他の患者のすべての診察が終わってからようやくボクの休むベッドサイドにやってきた。もう、色々と記憶が飛んでいる。具合が悪くなって休むように指示され移動したことはおぼろげに覚えている。まるで眠っていたようにこの長い時間自分が何をしていたのかよくわからない。しばらく診察とも雑談ともつかない会話をしてから、彼は意外なことを言った。

「大丈夫、順調だと思うよ。今回の達海君の出現をキッカケに今度こそキミに変化が訪れるだろう。すべてのコマが揃った最高のタイミングじゃないか?まるで映画かドラマをみているかのよう。自覚はないかもしれないけれど、充分キミ自身はそのことを理解をしているみたいだね」

 彼の言葉は全く理解を超えていた。あらゆる言葉を使って彼は説明をするが、さっぱりだった。ボクはここ最近、ますます混迷を深めている。自分が何を話したかもあやふやだったし、彼の説明も正しく咀嚼することが出来ない。思考が粉々で一つのことに全く集中できないのだ。不安すら深刻に体感しにくくなり始めているボクに彼はあらためて、今はそれでいいんだよ、と言った。人から答えをもらっても意味がないしね、と。彼がどんなビジョンを見ているのかはわからなかったけれど、少し勇気がもらえた気がした。あんまり込み入ったことを考える力がなかった。

 今回、何もしていなくてもこのままいけばボクの状態は極度に悪化することで一旦外的症状が軽減する可能性がある、と彼は言った。

「わかるかい?キミの今の苦しみは今までとは意味が違う。強く揺さぶられてブロックの必要性の是非を考え始めているんだよ?手放すかどうかの迷いを今のキミは手に入れたんだ。昔のキミならそこまで苦しみを深める前にすんなり厄介事から離脱してしまっていただろう?一度サッカーを捨てようとしたあの日のようにね。でも今は違う。キミは今、至って冷静に物事に対峙しているよ?本当に強くなったね」

 よくわからなかった。これは崩れる寸前のボクのためにくれた彼独特の誘導?それとも自分で認識できない自分の見ているビジョンなんだろうか。主治医はブロック(症状)はボク自身を保持するために出現したもので、無理矢理はずす必要はないと説明してきた。この機能のせいで失われた記憶の穴の数々は見なくていい、最初からなかったものだとほっといてかまわないと言っていた。そうすれば楽になれると。

 確かに今の自分はかつての様々な症状がおかしな形で出現し始めている。楽になれるはずの機能が不全を起こしていて、咀嚼できないくせに苦痛がとても色濃いものとなっている。ドクターの迷い始めたという説明の意味。この今自分が抱える苦しみの理由は神経が引きちぎられていく兆候ということではないと?治癒に向かう途中の憎悪の現象を自分の意思で引き寄せていると彼は判断しているのだろうか?まさか。意味が解らない。ボクは自分がそんな強さを持つ人間だとは到底信じることが出来ない。強くなれる理由もないのに成長出来るわけがない。

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 1月〇日 診察から帰宅

 大切なのは自分自身の欲している根幹を見失わない事。
 ボクはサッカーをとてもとても愛しているという事。

 自分の魂ともいえる部分を安易に外部に投影して生きるということは、本来自分自身が持つべきハンドル、つまり独自性や主体性を無責任に明け渡して手放し運転をするのと同じだ。ボクはボク自身をタッツに投影し、そして破綻した。手痛い目にあっても頭でわかっていても、未だこの悪癖からナカナカ抜け出せないでいる。
 ボクは彼になりたかったわけではない。ボクはあの日タッツではなくサッカーを愛したはずなのに何度否定しても何度否定しても、ボクは数限りなく勘違いを続ける。彼を失った後イタリアに来たボクは彼を追った。あらゆる国やリーグのチームをそれこそプロアマを問わず死にもの狂いで。途中からは彼そのものではなくてもそれに似たものを見つけることは出来ないものかと思いさえして。それほど、ボクの大切なサッカーの象徴を再び取り戻したかった。でも探して探して、とうとう見つけることが出来なかった。

 タッツはボクにとって唯一無二すぎた。だからボクは更に深い絶望に陥り、彼を過去の思い出として心の中の秘密の宝箱に入れて最初からなかったもののように奥深くに仕舞い込んだ。すでにこの世から消えてなくなってしまったあの奇跡的な輝き。いつまでたってもボクはあのプレイの虜。この箱はとても大切で、その癖頭に来て投げ捨ててしまいたいほど厄介な荷物だったりもする。捨てるに捨てられない、手を焼くボクの重たい重たい宝箱。

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 1月〇日 診察、6回目

 繰り返してドクターが言う。ボクの中の縺れてしまった情熱の糸。見失うのは大切だからで、大切だから見失うわけにはいかないこと。そこがボクの一番の故障個所だから努力して自覚を持つ必要があるのだということ。ボクの縺れた情熱の糸は、一本残らず宝箱に繋がっている。あれを刺激することがボクにとって何よりも耐えがたい恐怖なのであり、彼との合意の中で触れることをタブーとしてきたはずだった。かつて主治医はあれから目を逸らしてかまわないと言い、自分が楽になれる方向を見る努力をすることは一歩も動けなくなってしまったボクに出来る唯一の策なんだと説明していた。
 だから、あれと向き合えとドクターが言うのは今回が初めての事だったりした。戸惑いと恐怖に竦みこんなに顔も体もこわばっているのに、主治医はボクを見て喜びに打ち震えているんだと言う。今はもう頭の芯の部分が凍り付いてしまったかのようにいろんなことに無反応だ。まるでロボットのように抑揚のない声でボクは呟く。

「ありがとうございます。そんな無理な嘘のような言葉を、ボクは誰かに言って欲しかったんだと思います」

 本音なのか、合いの手なのか。そんなことすら、もう自分でもわからなかった。でももう、ボクは自分でどこに逃げ出すことも叶わず、自由に迷子にすらなれない段階に入ってしまったのだろうとは思う。

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 1月〇日 診察から帰宅

 他人事のような出来事の数々を、まるでカウチに座って映画を楽しむがごとくぼんやりと退屈しながら眺めているだけのような感覚だ。現実の動きから心がすっかり取り残されて、何もかもまるでリアリティがない。この映画の主人公はすっかり辞める方向にあった心を再び奮い立たせることが出来るのかな?この物語は展開が色々破綻していてさっぱり筋が掴めない。

 終わりが来ることはそれがどんな選手であれ最初からわかっていること。誰であれ終わりは来る。主人公はその日が怖くて早目に逃げ出すつもりだったようだけど結局ETUの入団を決めた。あの選択の瞬間から綺麗な幕引きなど出来るわけがない世界に踏み出したのだ。中途半端な醜いプレイスタイルのままに、それでもしがみつくようにサッカーをすることを望んだ。そう、何もかも今更な話だ。楽しむことが一番大事なことで、チームの為とか、他人に迷惑が、とか。あの子が悲しむからとか、信頼を裏切るだとか。そういうものは不要な洋服だとドクターは繰り返し言った。ボクもそう思う。この映画の脚本家、ちょっとおかしいんじゃないの?

 これからの足掻きの為に彼はなにもかもいらないものを捨てていくべきだ。自分自身だけを見つめ、自分のすべてを自分自身の為だけに。自分のサッカーの命を伸ばす為にはなんだってやる。そうでないと中途半端だろ?自分を取り繕うことなど最初から…そんな余裕はもともとないんだよ。余計な寄り道、無駄な描写。上映時間は無限じゃない。サクサク話を進めないとね。

 こうしてその夜やっとのことで、ボクはボクの中のSi(はい)に触れることが出来たのだった。