お花結び

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鎖に繋がれて 2

冬のオフ~キャンプのジーノサイドのお話で前の「鎖に繋がれて1」と対になります。ジーノ捏造設定てんこ盛りでこの先ドンドン厨臭くなるっていうか恰好悪さが増していく予定でして本当に恐縮です。登場人物は王子、赤崎、後藤、椿、達海、オリキャラで主治医とかジーノ母とか。次の「浜辺にて」はこの2の中のキャンプ合流直前のジーノの生活の話ですがジノモチのケがあるのでニガテな人は読み飛ばし推奨。 

ジーノの戦い

 遅刻してきたジーノがキャンプにようやく合流した日の夕食の時間のことだった。

「あー、いたいた。おい、明日はちゃんと出ろよ?」
「やぁ、ゴメンゴメン」

 後藤は食べ終わり寛いだ様子で座っているETUの貴公子の姿にため息を付く。ゆっくり話して行けとでも言うのか、ジーノが空いている傍の椅子に向かってスッと手を差し出したので、後藤は苦笑いしてやれやれとでも言わんばかりにゆっくりと腰を下ろした。そして座ったと同時に二人はGMと選手という関係から心安い飲み友達のそれに変化した。

「お前ときたら…今年こそは年明けちゃんとすぐに合流しろって言ったのに!」
「……」

 ジーノはチャーミングな仕草で少し肩を竦めた。

「で、達海の第一印象、どうだった?」
「そうだねぇ…なかなか面白そうな人かな?」
「だろ?」
「なんせキミがとてもいい顔してる。活気があっていいじゃない?上やスタッフの顔付きが変われば当然選手にも影響が出るしね。ちょっと混乱もしてるみたいけど」
「色々とひと悶着あったからな…でも、なんかお前がくると少しホッとするよ」
「あれ?なに?あんなに自信たっぷりだったくせに少しは不安だったりしたわけ?」
「ハハハ、なんかさ…久しぶりに会った達海…相変わらずっていうか物凄く変わったっていうか。お前の言うとおり10年はやっぱりあっという間のようでいて長かったんだと感じてるよ」
「そりゃ10歳の子が成人しちゃうくらいの年月だしね。ま、過程はどうあれ結果がオーライならいいんじゃない?」
「あぁ、オーライになればな」

 後藤の不安など全く興味がないとでも言うように、ジーノは大きく伸びをした後さらりと前髪を掻き上げていた。

「ん~、明日は髪切りに行きたいなー」
「おい!…全くお前はいつ生活態度あらためるんだ?…GM交代したらどうなるか知らないぞ?」
「フフ、キミがOKな限りずっとこのままさ。だからこれからもよろしくね?」
「新しくペナルティの条項付けようとしたらお前がサイン拒否したんじゃないか」
「ハハ、簡単に折れるキミが悪い」
「俺が周りからどれだけ突き上げ食らってるか知っ…」
「まあともかくキミは明るく笑ってた方がいいよ、ね?」
「全く…そう思うんだったら明日からしっかり頼むぞ?俺がのん気に笑ってられる様な活躍をさ」

 そう言いながらジーノの肩をポンッ叩き、後藤は立ち去って行った。

「活躍…ねぇ…」

 ジーノの声はあまりにも小さかったので、その憂いを誰も耳にすることはなかった。

    *  *  *

 キャンプ合流初日の夕食後。ジーノは一人自室に戻りユニットバスで冷水を浴びていた。暖房が入っている室内とはいえ1月の東京はとても寒い。体がガタガタと震え歯の根が合わない。それでも延々と滝修行のようにシャワーの前で茫然と水に打たれていた。正気の沙汰ではなかった。

 イタリアにいる頃少し落ち着きを見せ始めていた記憶の混濁は日本に来てから一段と悪化していた。不安と焦燥が常に身に張り付いて、混乱の時間は以前にも増してとても長く、そして場所を選ばず。いつまでもリセットされることなく積み重なっていく過多な情報に溺れ喘ぐようにしながらジーノは重いうつ症状のようなものが発症していた。解離症状が進んで自身の中身が石のように無反応になり、今、体感だけでも取り戻せる様にと必死になって水の冷たさを追っていた。

「フフ…ホント、ボクどうなっちゃうのかな…」

 達海に会うことに怯えながらもジーノはここにやってきた。止めどもなく沈んでいく心をコントロールするのはとても難しかったが、キャンプそのものが混乱していたせいで取りあえず初日は上手く切り抜けることが出来た。ホテルで少し休み再びみんなと顔を合せたけれど、まだ不自然さに気が付いた人間はいなさそう。大丈夫、うまくやれてる。そう思いつつ震えながらもぼんやり冷水を浴び続けていた。そして手を見つめる。握手した際の細くて骨っぽい達海の感触がまだ残っていた。

「……」

 彼は想像以上に変異していた。ジーノの理解を超えた得体のしれないモノに。何が彼をそうさせたのかは明らかだっただけに、奥まで覗き込む勇気と気力がなかった。再び目にした憧れの人物との再会の感動。一方で足元から虫が這いあがってくるような切迫した不安と焦燥。さらりと触るだけでも過敏なジーノにはとても耐えきれない刺激だった。一級のペテン師の才能を持つ達海の手腕にかかってさえ、ジーノに対して漏れ出る慟哭を隠し切れるものではなかった。その壮絶にゾッとして、ジーノはその拍子にまた解離が進んだ。

「ジーノ、しっかりしなよ。ボクは今日握手しただけで彼の何を聞いたわけでもない。この感覚は全部ボクの作ったボクの中だけの単なる妄想にすぎない。ボクは彼に自分を投影しすぎるからこんなことになる。怖がり過ぎなんだよ馬鹿馬鹿しい。逃げ出すのはいい加減もうやめるんだ」

 毎日達海と顔を合せる、あの見るもおぞましい恐ろしい傷と向き合わねばならなくなる。そんな怯えから生じる心理的混乱、解離性遁走。今、冷水を浴びながら、正気を失っている状態と正気を取り戻す状態が繰り返されていた。ふり幅が大きすぎて眩暈がとまらない。憐れな綱引きだった。

    *  *  *

 ドアをノックする音と自分を呼ぶ声が聞こえた。落ち着いたトーンの声。後藤だった。そこでようやくジーノはシャワーを止めた。相手が後藤ならば無視できない。正気の沙汰とも思えないことをやっている自分が、果たして正気なのかどうなのかもよくわからないな、なんて失笑しながら明るい声で返事をした。

「ごめーん、誰?今シャワー浴びてて…すぐ開けるからちょっと待って?」

 体を拭き、髪を拭き。鏡に映る自分の唇は真っ青。当然こんな顔ではまだドアを開けられない。立て直す時間を稼ぎながらドア越しに話すしかなかった。

(さあ、ETUの貴公子の調子を取り戻そう、上手くふざけてみせるんだよ?)

 ジーノは深呼吸しながらやっとの思いで返事をする。

「悪いな。俺だ」
「俺だけじゃわかんないよ?さっき話したばっかりでまだ話し足りないの?」
「誰だかわかってるじゃないか。お楽しみはゆっくり時間をかけるタイプなんだよ俺は」

 なるべく軽く、冗談めかしすように口調を意識して。部屋着を簡単に羽織り、濡れた頭にタオルをかけた姿のまま。つらい。開けたくない。誰とも話をしたくない。そう思いながら時間をかけてなるべくゆっくりとドアを開く。

「性格悪いねぇ~全く」
「性格の悪さだったら、お前には負けるよ」
「明日のために真面目に早めに休もうと思ってたのに」
「お前は今日休み過ぎなくらい充分休んでただろ?」
「言うねぇ?何?急ぎの用事?」
「あいつのこと、少し話しておきたくてね」
「彼がキミのお気に入りだってことは聞き飽きたけどね?」

 後藤は、またそんなことをいう!とでも言いたげに眉をひそめて苦笑いを浮かべた。ジーノはからかうように笑った。

「んー、内容がそれじゃ確かにあの場じゃ無理だったね。でもどうしよっか?ボクの部屋、男性は入室禁止だけど?」
「まだ言うのかよそれを…飽きれた奴だ。まあいい。俺の部屋でいいか?でもあれか、どうせその恰好じゃすぐには外に出られないとか言うつもりだろ?」
「ねぇ、そんな気配りしてくれるならいっそ行かなくていいかな?ホテルの内線か携帯でも使ってチャチャっとさ…」
「こら」
「はいはいわかったよ、行くよ行くよ。なんかホーント七面倒臭いけど」
「なんだよそのやる気のなさは。15分だ。髪乾かして着替えるのにそれ以上待たんぞ?女でもあるまいし」
「人の良さそうな顔して全く強引なんだからたまったもんじゃない。そのあたりがキミの結婚出来ない理由なんだよ」
「それは全部お前のことだろ?お前も40んなって独身だったら笑ってやるよ」
「そんときキミは一体いくつ?」
「うるさい。じゃ、あとでな?」

 立ち去る男を見送りつつ、ジーノはなんとか後藤との会話を乗り切れたとしてじっとりと額に浮かぶ汗をタオルで拭っていた。

    *  *  *

 服を着替え、髪を乾かす。憂鬱になる。安っぽいホテルの狭苦しい一室の中の、更に狭苦しいユニットバスの密閉空間。髪はすっかり乾かし終わっていたというのに、気持ちが沈んでナカナカ外に出ることが出来なかった。やっとの思いで密室から抜け出し時計を確認すると、すでに約束の時間から30分以上も経過していた。

「ああ、悪かったな呼び出して」

 ドアを開けて優しく笑う顔。ジーノはこの顔を見るのを気に入っていたが、今日はこの先彼が何を話しだすのかなどとっくに把握できていたので、その分だけ心が沈んだ。なんとしてもまともなふりをしなければ、そう考えていた。

 以前から達海のことを知らないと言う形で話をしていたため、後藤はその分だけ詳細に説明を行った。達海の入団、自分の移籍、代表選出、海外移籍、チーム事情、サポとの関係、そして怪我。ジーノが今一番聞きたくない内容。

   フフフ、知らないでしょう?キミ達のことは一杯見てきたよ?
   ゲームは勿論、テレビや雑誌、それこそボクの部屋の本棚が溢れる程に
   お小遣いのすべてをそれにつぎ込んで

 楽しく過ごした幼い頃の記憶が優しければ優しいほどにジーノの心はひび割れるように痛んだ。うっかりすると表情を作るのを忘れてしまうので、その辺に放り出されていた書類を眺めるフリをする。顔を俯け、長い前髪で顔を隠し、呼吸を自然に感じさせるように意識を集中し、そして手が震えてしまうので軽く腕組みをして押さえつけて誤魔化すようにした。

「というわけなんだよ」

 後藤は珍しく寡黙に話を聞いているジーノに言った。後藤自身もまた達海の過去に触れたり話をしたりするにはかなりのストレスがあったので、ほんの少しも邪魔をしないジーノの姿に優しさを覚えていた。二人とも一杯一杯だった。

「どうした?」
「え?…ああ、よくわかったよ。今キミがボクに話した情報は新監督を理解する上でボクに、ひいてはチームにとってとても必要なものだったと思うよ。確かに明日になる前に聞いとくべき話だったね」
「ありがとう。あいつは…なんというか変な形で出て行ってしまったところがあるからね。それでなくても今、過去の事だけでなく監督としても暴れ出してていろんな新しい軋轢が入りはじめそうなところもあって。お前には余計な枝葉のつかないあいつのことを把握していて欲しかったんだ」

 そう言いながら後藤は緊張が解けたせいか、ゆったりとリラックスした姿勢でその場に座りなおしていた。優しく強い男だ。ジーノは眩しげに後藤を見つめていた。

「…キミは彼のとてもいい友人だね」

 達海を思ってついてしまった後藤の中にある傷もまたとても深いものだったが、彼の心はそのえぐれた傷ごと達海という存在を優しく包み込んでいるかのように見えた。そんな優しさのおこぼれを勝手に貰って、少しだけ癒される自分をジーノは笑った。後藤の生きる様はジーノの理想であり、自分もああなりたいと願う姿だった。達海の傷が癒えることを願いながら生きるジーノにとって、今回の達海と後藤の接近は目的に向けて大いに前進している出来事と言えた。

「茶化してないよ?真面目に言ってる。彼はキミに助けを乞い、キミは彼を呼んだ。色々大変だろうけど、公私共に頑張んなきゃ」
「…助けってただ葉書が来ただけで…」
「そういうことじゃなく…ねぇ聞いて?大変だろうけどキミにしか出来ない事が沢山あるってことだよ。友人としても、チームのGMとしてもね?きっと呼んだのがキミだったから彼は来たんだ。大事な部分だよ?」
「監督として迎えた責任って意味か?確かにあいつにとってここはある意味敷居が高いのは事実だけど…」
「違うよ、そうじゃなく…対クラブとの過去の軋轢なんて彼自身も多分そんなに感じてないんじゃないかなぁ…わかんないけどね」
「じゃあ…」
「問題はそういう表面上のトラブルじゃなく、もっと内面の…」
「内面の?」
「つまり、キミ達はとてもいい関係にあると思うけれど、人生の岐路のような肝心な時に二人で一緒に立っていない、そういうお話」
「……」
「人間は所詮一人だけど、それでも一人だと持ちこたえられない出来事もあるとボクは思うよ。ストイックなのも結構だけど、やせ我慢はほどほどにしておかないと…」

 後藤はジーノの話を聞きながら何か言いかけながらも口をつぐみ、何やら深く考え込むように視線を落としていた。ジーノはジーノで途中から一体自分が何を言いたいのかさっぱりわからないまま言葉を紡いでいた。だがそれは紛れもなくタッツを救うことで、ボクを救ってお願いお願いと。助けを呼べないジーノの、人知れず呟く人を乞う言葉だった。無意識に自身を投影し余計な話をし始めた自分に舌打ちし、無理矢理声のトーンを明るくして話題を変えることを画策した。

「みんなボクみたいに気楽にやればいいのさ。持ちつ持たれつ、みんなで仲良し、ね?そうでしょ?」
「いやいやいや、GMとしてお前みたいなのが沢山って考えたらそれこそ…」

 誤魔化せたか?ジーノは続けた。

「えー?さっきの30mダッシュの話なんてボクは心底遅れてきてよかった~って思ったんだけどさぁ?コッシーなんかはあれじゃない?ムキんなってキリキリしてたんじゃないの?真面目もいいけど頑なっていうか必要以上に疲れちゃいそ」
「あ、あぁ…でも村越はほら、今までのこともあって色々抱えちゃってるから複雑なんだよ」
「ま、彼は不器用だけど馬鹿じゃないから問題ないとは思うけどね?ボク達観客をサッカーで楽しませるのが仕事なのに、そもそも自分が楽しまなくてどうするのって感じ~」

 ジーノは努めてこの上もない皮肉で優雅な笑顔を浮かべた。人に安心感を持たせ、大きな説得力を持つ表情の演出。そのおかげか張り詰めた空気が少し緩み始めていた。

「楽しめる範囲で適当にやればいいんだよ、適当に」
「…お前の適当は適当過ぎるだろ」
「フフ」
「言うほど不真面目な奴じゃないのは知ってるけどな」
「なんのこと?」
「お前はひねくれ者だって言ってるの」

 もう疲労が募って神経的に限界だったのでジーノは手にしていた書類を机の上にパサリと投げて話を締めくくることにした。

「さて!話は終わったってことでいっかな?明日は練習だからね。さすがにもう休まないと」
「あ…ああ、そうだな」
「ともあれキミの今の命題は彼を支えることさ。個人的には不本意だけどボクでもなんでも使ってでもやるのが正解。ハハハ、辣腕GMにかかっちゃボクもたじたじだ」
「俺の事舐めきってるくせによく言うよ」
「だってボクをこんな場所まで引っ張り込んじゃったりするじゃない?女性でもない人間とベッドルームで二人きりなんて、自分の部屋じゃなくても不快極まりない。なのにキミは振り回してる気持ちもなく当たり前のように…。ホント図々しいったら」
「そんな言い方するなよ、大体お前がいつも…」
「さ、おしまいおしまい!また明日ね。おやすみ」

 自分を見送る後藤の苦笑いが心地よかった。人気のない真夜中のホテルの廊下。ジーノはゆらゆらと不安定に揺れる心を支えつつ、平静を装いながらゆっくりと自分の部屋まで歩みを進める。明日の練習開始まであと数時間。再び達海と顔を合わせることが、怖かった。