お花結び

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鎖に繋がれて 2

冬のオフ~キャンプのジーノサイドのお話で前の「鎖に繋がれて1」と対になります。ジーノ捏造設定てんこ盛りでこの先ドンドン厨臭くなるっていうか恰好悪さが増していく予定でして本当に恐縮です。登場人物は王子、赤崎、後藤、椿、達海、オリキャラで主治医とかジーノ母とか。次の「浜辺にて」はこの2の中のキャンプ合流直前のジーノの生活の話ですがジノモチのケがあるのでニガテな人は読み飛ばし推奨。 

赤崎との再会

 翌朝メンバーはとっくにグランドに向かって出発したが、朝食すらパスしていたジーノは未だベッドからまだ起き上がれないでいた。このままここから一歩も動きたくなかった。達海と同じ空気を吸うのが嫌だった。それでもこのまま鈍った体のまま来月のプレシーズンマッチに挑むのは正気の沙汰でないことも理解していたので、やっとの思いで起き上がりシャワーを浴び支度をすることにした。
 もう1か月もまともに動かしていないジーノの体は必要な筋肉がすっかり落ちた状態で、心身的なものだけでなく身体的なコンディションまで最悪だった。自分の何もかもが鉛のように重たかった。

    *  *  *

 監督やチームメイトとなるべく接触しないよう、離れて個別練習をする。ストレッチをさぼっていたおかげで、まるで油切れのゼンマイ人形のようにギシギシと全身がすっかり固くなってしまっていた。

(ひどい有り様だね…これじゃとても使いものにならない)

 身に付き切ったアップの動作。ジーノはほとんど意識のないままに通常の柔軟から移行して動的ストレッチを始めた。だが、打ち鳴らすつもりの手に力なく、高く上げるつもりの膝はほんの少しも上がらない。溜息をつき、今度は一つ一つ入念に動作を意識してやり直す。1セットやりこなすだけで息が上がりすでにヘトヘトになってしまったので、辟易するようにまた溜息が出た。四肢が重く、もう何もかも諦めて全部やめてしまいたい心境だった。そう、今すぐここから立ち去りたかった。ジーノは何一つ今を楽しめなくて、まるで呼吸すらままならないような苦行そのものの時間を過ごすしかなかった。

 素知らぬ顔で、自分の禁忌の存在を見た。今のように動かないのも困りものだが、万が一このまま調子を上げて体が動くようになってしまったら?当然、否が応でも全体練習に合流せねばならなくなる。あれと関わらなければならないなんて、気の重い自主トレを続けるよりももっと最悪だ。

「ってーな!!ファウルだろ!今の!」
「はっ、テメエのフィジカルが弱えんだよ、バアカ」
「ルールも知らねぇのか、このハゲ!」

 そんな時、遠くから聞こえてきたのは耳慣れた快活な怒鳴り声だった。その瞬間、真っ暗なジーノの中にその声を発する人物を取り巻いている熱い空気がざっと音を立てて駆け抜けていくのがわかった。だがそれが起こった時ジーノは意識が少し混濁していた状態だったので、わかっているはずのそれが何だったのかは上手く認識することができなかった。

 それでもその風が駆け抜けていったことをキッカケに、全身の血がたぎるような激しい動悸がジーノを襲い、あんなに息苦しいほど頭の中にひしめいていた雑多な思考が一気に払拭されていった。そのまま視界がみるみるクリアになっていく。ジーノはドンドン色を取り戻していく世界を眺めながら茫然とその場で立ち竦んでいた。今まで自分がどこにいたのかも、今、何が起こっているのかもよくわからない感覚だった。大いに戸惑い、また体は強張ったままではあったけれど。不思議と少し冷静になれた気がした。

(?)

 少しだけ体に負荷をかけるために、あらためてグランドをぐるりと走ることにしてみることにした。呼吸は整わなかったが、さっきまでのような石を飲みこんだがごとき閉塞感は解消されていた。

    *  *  *

「吉田!」

 視野の広さに自信があったジーノは不意に呼び止められてとても驚いた。油断していたわけでもないのに、達海の気配を感知することが出来なかったのだ。この事象はジーノにとってとても不快なことだった。しかしそれと同時に、さすがタッツだね、と皮肉めいた感嘆も覚えていた。ジーノは何気なく達海に軽口を返す。そんなジーノの茶化すような態度を一切意に介さず、達海はジーノにプレイをみせろと言い放った。

「いいトコ見せねぇと吉田って呼び続けるぞ。10番だって取り上げる。いいのか?吉田」

 わざわざ角が立つ喧嘩腰な物言い、挑発的な態度。ジーノには達海の意図が読めないどころか自分の不自然が見抜かれてしまったのではないのかという不安の中にいた。珍しく眉をしかめ余裕のない表情を浮かべるジーノの姿は全くらしくないものだった。後手に回ったジーノは己の立て直しのスピードが達海の挙動に間に合わず、悔しかったがどうにもこうにもうまい形で言い返すことが出来なかった。結局そのまま達海の指示に流される他なかった。

「ハハ…OK、わかったよ。まだ本調子じゃないけどね」

 強引な形で達海に心を大きく揺さぶられてしまったことでこの場を対処しきれないジーノはしどろもどろに3対3を提案した。集中できない思考のまま、無理矢理平静を装いながら。だが自分から言い出してみたものの当然体は全く自由がきかない状態で、更に心理的に追い詰められる形となってしまう。達海相手では自身の今の不調と不自然さを、きっと誤魔化しきれないことだろう。休み明けとはいえ。この気持ちはもはや警戒を通り越した、臆病といえるようなものですらあった。

「……」

 達海に先手をとられ思考が間に合わないまま会話が続く。その時ジーノの目に赤崎がうつった。もう何日も思い浮かべることすらなかった、本来避けるべき飼い犬の存在。

「じゃあ、こっちの面子はねぇ、さっきイキがってた彼と…」

 判断の堕ちた今のジーノには赤崎をお守りとして身に付けることなどという、そんなちっぽけな対策しか思い浮かばなかった。しかし、口にした傍から後悔した。これは失策だ。今こんなに破綻した状態なのに、飼い犬にもっとも近づいてはいけないタイミングなのに。遠くで、全く愚かなジーノ、と俯瞰で眺めている自分が苦笑しているのを感じていた。ただ、もう時は止まらず、その勢いのまま選手をもう一人指名する。

「彼にするよ」

 見知らぬ選手に先ほどから何となく目に止まっていた。余裕など一つもない土壇場にありながら、どんな感触かちょっと一緒に遊んでみたい思いがあった。こうして、ジーノは地獄への一本道に進むかのような心積もりでゆっくりとピッチに歩いて行く羽目になったのだった。

    *  *  *

 見知らぬ選手はサテライトから上がってきた椿という選手だった。素朴でかわいい。でも内部に見え隠れする獰猛に不思議な既視感があった。嫌なような、好ましいような。これもまたわからなかった。自分の中の感覚の一切が根元から狂ってしまっているような感じだった。まともではなかった。

「で、キミは?」
「赤崎ですよ!もう2年も一緒にやってますよ王子」
「あー!ザッキーか!ゴメンゴメン!」

 違和感なく練習場で会話を交わすのは今のジーノの状態ではとても難しいものだったので、寧ろ大げさなほど茶化す物言いをしてみることにした。すると相手は状況に戸惑いつつも上手く乗ってきてくれた。

(あんなひどい捨て方したのに…)

 懐かしいやりとり。出会った当初、体を重ね合う前の二人はいつもこんな会話をしていた。

「髪型変えたんだ!」
「変えてませんよ。それに俺、あか “さ” きです」

 二人はあっけらかんと自然に笑いあった。今までの2年間が全部嘘か幻だったかのように。そんな錯覚さえしてしまいそうな感覚のままに。

(いつでも、どんな理不尽も、キミはこうして…この笑顔を見てしまうとボクは…)

 自分に犯された朝に見せた暖かく笑う赤崎の姿が重なり、胸がつぶれてしまいそうにつらかった。そしてまたその気持ちとは正反対の、心が浮かれてはじけ飛んでしまうような幸せに包まれていた。理性が警告を鳴らし続けつつも、判断力のすっかり落ちてしまった不安定なジーノは少しずつ混濁していく。張りのある尖った声がジーノの耳から体の中に流れ込む。それはしっとりと潤いを含んだ熱い吐息の感触だった。潜り込んできた飼い犬の生みだす音の感触が自分の生気を内側から順番に活性化させていくことがはっきりとわかった。それほど自分の粗暴をやすやすと受け入れる飼い犬の変わらぬ優しさはとても甘く心地よかった。
 だからジーノはぼんやりと、やっぱりキミはボクのものだよ、ずっと一緒にいなくちゃね、などと思い始める。なんでこんなに心地よいのに、離れていなきゃいけないの?と。

 その分だけ反対にジーノは明らかにバランスを崩し始めていた。意識の届かない部分の心の亀裂が少しずつ深まっていく。また捕まってしまう、この恐ろしい飼い犬に。踏みにじる度に許され続け、二人でまたあのどうしようもない不毛な世界に落ちていく。そんな危機感が沸々と湧き上がり、激しく揺れる心が完全に剥離を始めるまで、あと少しだった。

「ではそろそろキミ達の役割を教えるよ。ボクの引き立て役。王子の犬になってもらう」

 いけない、と感じながらもジーノは次々に考える力がなくなっていった。達海が自分を観察している。飼い犬が目の前にいる。集中力が散漫で思考と判断が追いつかない。何もかも真っ白になって、この段階ですでに自分の口からついて出た言葉を自分で聞いてやっとその意味を理解する状態になり始めていた。そんな風に今、ETUの貴公子はジーノ自身の手を離れ、まるで他人のように自由に動き出してしまっていた。

「いいかい?キミ達は犬になるんだ。ザッキーは番犬。コッチがピンチの時はフォローすること」

 駄目だよジーノ、そんな呪いを彼にかけてしまっては!どこかでそんな叫び声が聞こえた。これはずっと見ないふりをしていた自分の本心。自分の欲望。どうしようもない飼い犬に対する支配という名の依存心だった。憎むべき自身の願いを吐露した瞬間の衝撃に、もはやジーノは自分が己の統率の一切を失ってしまっていることを知った。

「で、バッキーは頭の悪い猟犬だ。兎を追うがごとくただひたすらに全速力で走りたまえ!」

 番犬?猟犬?意味がわからなかった。そういう、ここにいる王子という選手はジーノ本人ですら何をやり出すのか何をしたいのか意味不明の、自分のコントロールの枠から離脱した他人以上に遠い存在でしかなかった。

    *  *  *

 今、達海を見返したいとすら思い始めていたジーノは、意識の活性化の裏側に自身の心のどこかが死んでしまったような感覚があった。だがそんなことは全く気にも留めなかった。体は嘘のように軽く、すべての自由を取り戻したかのように髪の毛の先まで感覚が冴えていく気がしていた。

 それは夢のような時間だった。つい先ほどまで現実に追いつかなかったはずの思考が未来を見つめ始めていた。次々に出す指示に赤崎は自分の手足のように反応し、椿の数秒先のポジションがまるで手に取るように感じることが出来た。村越たちを含めるピッチ上のプレイの流れのイメージの一致。これはずっとジーノの追い求めていた河川敷で体感しかけたあの感覚にとてもよく似ていた。このまま感覚の活性化が進めばおそらくアレが起こる。何を指すのかよくわからないまま、そんな予感が体を支配し続けていた。早く、もっとだ!そんな気持ちだった。

「あんなに走りまわってくれるとさ、パス出すほうも楽しいよ」

 気が付かないうちに笑い出していた。さっきまでの閉塞に喘ぐ自分がまるで他人のよう。息が上がる。体が痛い。急に動いたせいだとは知りながらも自分のプレイを抑えることすらままならなかった。これがサッカーだ。これこそがサッカー。ジーノはそんな陶酔に近い感覚の中に浸っていた。もう達海に対する恐怖心など脳裏にすら浮かぶことがなかった。

「ハッハー!絶好調!見てたかい?タッツミー!キミ達ご苦労!まあまあよかったよ!」

 ジーノは全身ゾクゾクとした快感に包まれていた。ずっとこういうものを体感したかったのだ。自分は変われたのだろうか?不要な殻を脱ぎ捨てて?バランスが崩れたジーノはバランスが崩れたままの状態で、ぼんやりと充足の時間を過ごしていた。

    *  *  *

 練習時間が終わっても興奮の余韻は体の中に残ったままだった。ただ、徐々に真っ白な世界は混沌を取り戻し、少しずつ再び自分を取り巻く様々な感覚に溺れはじめていた。達海、赤崎、そして村越。気になり出せばキリがない気がかりが再びジーノの中に復活し始めていた。そんな中、ジーノは眠っていた頭をもたげるようにゆるゆると3対3で起こっていた自身の現象を考察し始めていた。

   多分、ボクはあの瞬間、気がかりを見つめる自分自身を殺し、
   まさに我欲のみとなってピッチを駆けたんだ
   やれるか心配だったけど、ちゃんとやれた
   すごく、気持ちよかった
   体中が快楽によって痙攣し始めてしまうくらいに

 たとえようもない、強い、強い快感だった。だが、手に入れた快感は同じ分だけ今、大きな苦痛を呼んでいた。あれは、駄目だ。駄目な現象だ。ジーノは虚ろな視線でそんなことを考え始めていた。身支度を整えホテルに戻ってみんなで食事。心が半分死んだように機能しない状態ながらジーノは口先だけの軽口でその場をやり過ごす。そしてタイミングを見計らい、真っ先に自室に逃げ帰った。もう、何もかもが恐ろしくて仕方がなかった。

    *  *  *

 一人部屋に戻ると殺されたはずのジーノは完全に目を覚まし始めていた。そうなることでジーノは今、激しい後悔の渦の中に巻かれることになった。

「あれは、駄目だ」

 先程から何度も心の中で呪文のように繰り返していた思いが口から知らず零れ落ちていた。

「駄目だよジーノ。あれは駄目」

 それでも至って冷静な態度で、淡々と服を脱ぎ壁に掛けられた安っぽいハンガーにぶら下げる。ユニットバスの中にある洗面所で血の気の失せた顔を眺めながらボンヤリ歯磨きをする。目が死んでいた。ジーノはこの目は駄目なことをした反動だ、などとあやふやなことを考えていた。

 昼間の事。思い出そうとするとゾクゾクとした感覚がまた再現された。あれは不思議な時間だった。達海が見ててくれる。なのになんだか達海の幻とプレイしているかのような幸せな自分。傍らにはピンチにいつでも駆けつけ、その都度自分を苦しみから開放してくれる健気な番犬。直前まで鉛のように重たかった体がまるで枷がはずれたように軽くなって、極々自然にすべての感覚が集中し自分の思うがままに自分の体を使うことが出来ていた。
 身悶えする。快感と苦悶。嫌な汗が全身から噴き出ていた。なぜこうも気持ちが良くて気持ちが悪いのか。なんともいえない感触。たまらなかった。

 ジーノはイタリアで自身が切望した通り、何もかも考慮から外して自分の為だけにピッチを駆けた。完全に自身の理性的なコントロールを失うことで実現した現象だった。

 あの瞬間、ジーノは達海のことなどどうでもよくなっていた。
 達海は単なる故障持ちのまともなプレイひとつ出来ないポンコツ。全然怖くもなんともなかった。あれは舞台から降りたちっぽけな観客だ。そんな風に踏みつけた感触が自分の中に残っていた。

 あの瞬間、ジーノは赤崎のことなどどうでもよくなっていた。
 赤崎は単なるお人よしでマヌケな後輩。全然怖くもなんともなかった。あれはボクに支配されることを望み隷属する愚かな道具だ。そんな風に踏みつけた感触が自分の中に残っていた。

 あの瞬間、ジーノは村越のことなどどうでもよくなっていた。
 村越は自らの人生を自己犠牲という欺瞞で支えて生きてきた馬鹿な人間だ。あれは今、ボクと同じように自ら作り出した呪縛にがんじがらめにされて窒息寸前。シンパシーを感じたこともあったけれど、今となってはそんなことも自分には全く関係のないお話。ボクは彼とは違う。ボクは勝った。3対3の勝利と同じように、ボクは勝って自由になれた。呪縛に喘ぐ村越のマークを切り捨てるように引きはがし、彼の痛みをあざ笑うかのように強引にミドルシュートを決めた。弱り切って倒れそうなミスターを踏み台にした自身の無情の感触がまざまざと足の裏に残っていた。

 つまりは、あの時の自分はチームのことなど、ひいてはサッカーのことなどどうでもよくなってしまっていたと言えた。紛れもなくあれがサッカーだと確信したあの時間は、確実にジーノの考えるサッカーとはかけ離れた欺瞞に満ちたものだった。

 あの瞬間ジーノは一人になったのだ。

 ピッチのすべてを自分の支配下に置き、王様のように君臨して。独裁的なプレイは、あのたった一人のどうしようもなく虚しかった世界ととてもよく似ていた。日本に来た頃の、パスのまわらない、自分一人の、勝つことだけがすべての、自分の為だけの、そんなサッカー。自分だけのイマジネーション。何も生み出すことのない一人っぽっちのクリエイティブ。どれだけ今体中が快感にまかれようとも、この先には孤独と悲劇しか存在しないことをジーノはよく知っていた。あれは、ジーノにとってサッカーでもなんでもなかった。こんなものを愛した覚えは一つもなかった。

「あれは、駄目」

 繰り返し繰り返し呟きながら、ベッドの枕に突っ伏した。ジーノは自身がそうありたいと切望しながらも、己の為だけに他人を踏み潰す一人ぽっちの自分を決して許すことが出来なかった。そうして混沌のジーノは王様もどきになりかけた傲慢の王子を断罪し、自分を殺した自分自身を心の中で縊り殺したのだった。誰にも気取られないようにひっそりと、しかし渾身の力を込めて。単なる空想遊びではあったがジーノの四肢は実際わずかに痙攣し、本当に息が出来なくなってしまったかのように苦しげに喘ぐことになった。

「…フ、ざまぁ…みろ」

 ジーノは誰に見せるでもないこの上ない安らかな笑顔を浮かべた。それと同時に心の片隅から失笑が聞こえる。たった二日目ですでに限界を超え始めているひ弱な自分にあきれる様な失望と絶望。大っ嫌いで、それでも奇妙な仲間意識すら感じる自分の住み続けている世界。傲慢な王子が死んだことでジーノの身にはいつもの暗い感覚が蘇りはじめ、強い痛みを感じながらも男はそれらを次々に受け入れた。そうしてそのまま、意識は気がかりの渦の中に埋没していったのだった。今人形のように体を投げ出している混沌のジーノの目にはあらゆるものが過多となって降りかかり、その情報と思考の狂騒の為に、寧ろもう何もうつってないも同然になってしまっていた。

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 ジーノは判断力が堕ちきっていたので、あの快楽の素因に椿の存在があったことに気が付くことがなかった。あの時何故見知らぬ選手を引き寄せたのか。理解することが出来なかった自分の選択と判断を切り捨ててしまっていた。これが一番のジーノのミスだった。だが当然それをジーノに指摘できる冷静で余裕のある人間など、ここには誰一人存在していなかった。何故なら今のETUの内部はみんながみんな、自分に向き合うことで一杯一杯だったからだ。この上なく疲弊したジーノが一見頼もしく見えてしまうほどに。