鎖に繋がれて 3
キャンプが終わってから開幕までの練習風景。練習なんで選手みんないますが、しゃべっているのはほぼジノザキ二人だけです。前回UPしたバレンタインデー物は一応時系列的には「逢魔時」の手前あたりになります。ちなみに「幻9」と「幻10」の間に東京V戦が挟まっています。
昔話
自分が彼の顔を見たいと思い過ぎているせいかとも思ったけれど、やっぱり違う。新シーズンに入ってからの王子は相変わらずというよりも以前にも増して練習の参加時間が減っている。王子のいない時間帯はそれだけでもう必要以上にギスギスと、なんだか俺も必要以上にカリカリと、止めてくれるはずのコシさんは黙々と。ピッチ一面に広がる空気が本当にどうしようもなく不調和なものになってしまっていた。
俺が俺なりにチームがよくなっていくことを思って発する台詞の数々は入団したての椿達の心を不安なものにさせているようだ。確かに面食らっても仕方がないかもしれない。でも俺はわかってもらいたかった。新しく入ってきたばかりのあいつらは知らないのだ。このチームの昨シーズンまでの姿を。監督以上の存在に祀りあげられたコシさんに対して好きなことを言えるのは王子だけであり、彼はそのことに強い不満を抱いていた。知ってるのは昔こんなことを王子に言われた俺以外にはこのチームにいないと思う。
* * *
あれは俺の入団間もない頃のことだった。ユースの頃からチームを引っ掻き回すような王子の行動を噂で耳にしていた俺だったので、彼の事を丁寧なプレイスタイルに似合わず随分気位の高い我儘で厄介な男なのだろうな、と勝手に思い込んでいた。けれど実際話してみたら全然違った。気さくで親切で、寧ろ配慮の塊のような人だった。
「王子って入団した頃コシさん達随分困らせてたらしいじゃないッスか」
「フフ」
「ポンポン結構凄いことも沢山…なんでわざわざそんなこと」
「キミも言いたいことがあればはっきり言えばいい」
「いやそういうことじゃなくて」
「キミが言えないなら、多分他の誰も言えないよ?」
「……」
「言いなよ。これじゃちっとも面白くない」
「はぁ?不謹慎でしょそんな言い方」
「…キミって…」
「?」
「…そういうタイプだったの?思ってたのとなんかちょっと違う」
あの頃の王子はがっかりしたかのように溜息をつきながら、まぁ、いいや、と言うのが口癖だった。王子は最初から知っていたのだ俺の気性を。当たり前のような顔をしながらもトップチームに入るというのは俺にとって実は大変な出来事だった。だからあの頃は子どもみたいにポンポン物を言ったり人と衝突するのは駄目だと必要以上に身構えていたんだと思う。王子は俺の気性を見抜いた上で、自分に背を向ける様な行為を続けるなと言っていたのだろう。そして何故そんなことを言うかと考えれば、おそらく彼がその力を必要としていたからに他ならなかった。
今更わかった。当時わからなかった彼の言葉や言動の何故の数々。今こうして新体制になり達海さんのやり始めたことと並べてみればおそろしく納得がいく。そもそもの俺の気性。ユース上がりで選手の中でもっともコシさんとの付き合いが長いキャリア。そういう俺だからこそ、王子は臆さず思いをぶつけろと言ったのだ。キミもチームを愛するなら身を張って今の環境を変える力となれと。王子はあの時、達海さんが今やっているように俺を使ってチームに風穴をあけるつもりだったのだろう。先日の王子の台詞が、まさにそれを裏付けていた。
* * *
「ザキさん、今日はもうその辺に…」
「なんだよ文句でもあんのかよ」
「あ…いや、あの、王子…どうすれば…」
「ほっとけばいいよバッキー。迂闊に近寄ったらキミまで噛みつかれちゃうよ?」
「な!」
「ほら、もっと盛大に吠えればいい。フフ、やっぱりタッツミーは天才だ。何をすべきなのか番犬に自分の仕事を思い出させた」
あっちこっち威勢よく噛みつきまくってる俺に向かって、王子は言った。思えば彼の入団当初からの意図的に軋轢を生むかのような行動の繰り返し。彼はかつて自分を評して“なんでも言っていい存在になりすぎてしまった”と言っていた。わざわざ、なりすぎてしまった、と。俺は気付かなかった。あの言葉は、あまりにも王子な権力を持ってしまった自分についての自慢をしたかったわけではなく、そこに滲む彼自身の苦悩を言い表していたのだ。多分あの時、彼一人で何かをやり遂げるのには限界を感じていて、俺に加勢をして欲しがっていたのだろう。でも、つい数日前の時点でさえ、俺は王子の“盛大に吠えればいい”という言葉に対して表面上の意味しか理解出来ず、反感を持ってこう返事をした。
「王子!馬鹿にしてんのかよ!俺が今どんな気持ちでこんな」
「おっと怖い、やめてよ。飼い主に噛みつくなんてしつけがなってないと笑われちゃうだろう?じゃあね?」
「どこ行くんだよ!」
「ハハ!」
「話聞けよ!」
「去勢されてたはずの犬に発情期が急に来たって感じ!まぁ、これからもその調子で頑張って?」
俺は必死な自分を馬鹿にされた気持ちでいたけれど、後からよく考えれば確実に俺のやることについて賛同していた発言だった。この波乱を王子はもうずっと何年も待っており、歓迎し、背中を押していたのだ。そして俺はいつも彼の真意に気付けない。王子の言いたかった本当の彼の気持ち。本質的な言葉の意味。多大なフェイクを交えながらも、大切なことは全部伝えてくれていたというのに、いつもいつも俺は彼の事を理解することが出来ないでいたのだった。
