鎖に繋がれて 3
キャンプが終わってから開幕までの練習風景。練習なんで選手みんないますが、しゃべっているのはほぼジノザキ二人だけです。前回UPしたバレンタインデー物は一応時系列的には「逢魔時」の手前あたりになります。ちなみに「幻9」と「幻10」の間に東京V戦が挟まっています。
幻とのつきあい方10
現実の世界の王子はとても快活で燦然と輝く太陽のように明るく笑っている。
なのに、ここ最近夢の中で俺が作り出すことに成功した幻の王子は、いつもとてもだるそうに俺にもたれかかっていることが多かった。この夢の世界は俺が王子に会うためだけに存在している。彼の心はとっくの昔にどこかへ飛んで行ってしまったというのに、無理矢理俺が引き留めているばかりにこんなことになってしまうのだと思う。居たくもない世界に囚われた王子は、身動き一つ出来なくなった惨めな鳥だ。俺は俺の夢だというのに、色々ままならないなと思っていた。
「ゴメンね?なんだか起きていられないんだ…退屈かい?」
あけようとしながらも次第にどうしようもなく重くなっていく瞼。そこから少しだけ覗く王子の目は憂いを帯びている。それを見て俺は彼を少し不安にさせてしまったのだと反省した。引き留めておきながら、俺は幸せを感じるどころか暗い目をしていて、夢の中の囚われな幻の王子はそんな俺の心を感じ取ってしまう。
「そんなこと、ないッス」
「…ボクは長い事…で…とても疲れ…でも…あんまり…上手に…休…」
「いいから王子。うたた寝しないでちゃんとゆっくり眠ったほうが楽なんじゃないッスか?」
この場所はまるで冬の北国の海のような場所で、寒々しい潮風が常に吹きすさんでいる。曇天が日の光を遮り黒々とした重い波が次々に雪交じりの砂地に押し寄せている。駄目だよと言う王子の言葉を無視して強引に夢の中にひっぱりだした彼を、せめて俺は暖かいベッドルームに寝かせてあげたかった。膝を立てて座り込む彼と俺の下肢は波にさらされぐっしょりと濡れ、体中がまるで氷のように冷え切ってしまっていた。
「…ん」
「ここだとしんどいでしょう?立てますか?」
「…そうだね…」
王子はそう言いながらも襲ってくる睡魔に打ち勝てないようだった。そのままズルズルと体を預け、まるで子どもがテディベアにすがりつくように俺を抱き締めながら横たわる。
「…ちょっとだけ…」
申し訳なさそうに呟きながら、彼はもう動けないようだった。完全に彼が寝落ちしてしまう前に移動させようと思うのにいつもタイミングを逸してしまう。女性なら抱き上げて連れて行くことも可能かもしれなかったが、相手は意識を完全に失った成人男性の、しかも体が商売のアスリート。万が一のことを考えれば危険性が少しでもあるようなことをするのは憚られた。夢だというのにどうしてこういうことばっかり妙に現実的に捉えてしまうのだろう?
すぐ傍に、ゴメンゴメンと謝る優しい俺の為だけの王子。俺は彼が傍で眠ることが嬉しいのに、謝る彼の姿を見ると悲しくなった。王子は図々しいように見せかけながらも、こういった人に気を遣わせるようなことをやるのが嫌な人だ。長い事俺は王子と一緒にいる時に今のように彼が眠っている姿を見たことがなく、そういう生活の積み重ねの負担が今一気に来たのではないかと考えていた。多分、王子は他人が傍に居ると本当の意味ではちゃんと安らげない生き物で、夢の中の作り物のこの人でさえこうした日々を続けては大きな負担がでてしまうのではないかと、俺は身勝手な夢を見ながら罪悪感で一杯になっていた。
「ねぇ、王子…つらいでしょう?そんなにクタクタに疲れ果てて…本当はあんまり頻繁に呼ばない方が…って俺も…」
彼が寝てしまったことをいいことに、自分の心の底にある不安を口にしてしまった。こんなことを正気な王子に言ってみても、ろくな返事が返ってこないことを知っていた。彼は素知らぬ顔をしながらもこういうことを言われることをとても厭う人間だ。雪と砂と波の寒々しい冬の世界の中、幻の王子に触れている部分にだけ、かつて俺が感じたあのたまらない温かみが存在していた。
(王子のためにはそれが一番いいってわかってるんだけど…)
小さく小さく、俺は心の中で言葉を続けようとしていた。
(なのに我儘だよな…それでも俺は…)
それでも一緒に居たくて、と。すると、
「…ゴメンね?ザッキー…」
すっかり寝入っていたと思っていたのでドキリとした。本物の王子なら無視するかはぐらかすはずの話題に対して、夢うつつの彼はまた謝っていた。その反応。これが俺が王子に求めているものだとでも?そんなはずは。締め付けられるように胸が痛んだ。
(いつもいつも…でも駄目なんだ…ボクは…)
王子の声が耳元に響く。でもその声はあまりにもかすかであり、勿論今の体勢からは彼の表情も見えない。そして続く言葉。
(ボクは…キミがいなきゃ…)
その一言は、まるで幻聴のようにも感じられた。でもすっかり寝入っていたはずの彼の腕が力なくきゅっと俺を抱き締めるので。
「…しばらくするとおさまってくるらしいから、こういうの…多分…」
そして少し身を起し、開けていられない瞳のままとても切なそうな、そして人を蕩かすような表情で甘い甘いキスをよこすので。
「いいよね?」
(だから、今だけ…ボクの傍に…)
子どもが親にせがむような甘えた仕草で王子が囁く。こんな彼は見たことがなかった。俺はもうその言葉、その姿によって何もかも彼に奪われるかのように全身の力が抜けてしまった。なので、彼のしたように俺も王子を抱き返そうと思ったのにちゃんとそれが出来たのかどうなのか、よくわからなかった。
俺はこの時全身で苦しんでいる王子を感じながらも、まるで神様からのプレゼントのような気持ちになってしまっていた。全く人が悪い。でもついそう思ってしまうほどに素直に俺にすがる王子がとても愛おしく、そしてびっくりするほど愛らしかったりしたのだ。俺が欲しいのはこれだった。王子が欲しい。俺を必要とする彼の心が。でもこれは俺の見る俺の為だけのたかが夢の世界。だからこの体に染み透る幸福な気持ちが深ければ深いほど、おそろしいほどの虚しさを感じていたのだった。
