お花結び

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鎖に繋がれて 3

キャンプが終わってから開幕までの練習風景。練習なんで選手みんないますが、しゃべっているのはほぼジノザキ二人だけです。前回UPしたバレンタインデー物は一応時系列的には「逢魔時」の手前あたりになります。ちなみに「幻9」と「幻10」の間に東京V戦が挟まっています。

逢魔時~不慣れな懇願

 力強い足取りを心掛けてロッカールームを立ち去った赤崎は、つい先ほどの二人の会話をぼんやりと思い返していた。なんの実感も湧いてこなかった。なんでこんなことに?

「お客様?」
「あ、スイマセン」

 簡単に夕飯を済まそうと立ち寄ったコンビニで自分の番が来たことにも気付かなかった。店を出るとふいの寒風が赤崎の頬を刺す。思わず首をすくめてふるりと震えた。店の出入り口のすぐ脇には部活帰りだろうか、高校生が寒い寒いといいながら楽しそうに笑っている。何気に横目で見ながら通り過ぎると、彼女達が

「じゃあね、バイバ~イ」

と手を振って挨拶をしだすので、その光景が今度は赤崎の心を刺した。

「…チッ!」

 聞こえないように小さく舌打ちをする。ともかくこんな日は早く家に帰ろう。赤崎は今ある膝の震えは寒さのせいだと誤魔化しながら、とにもかくにも家路を急いだ。

    *  *  *

 恋人ごっこしよう。ジーノからのそんな申し出があったのはホンの1時間程前のことだった。

 赤崎は頬が高揚しているのが自分でわかるほど動揺し、そしてその魅力にあてられてクラクラと眩暈がしていた。これが、王子のごっこ遊び!なんて、なんて顔が出来るのだろう、この男は?女性達を口説き落とす時の彼の姿など、そんなもの、今までずっと一度は見てみたくて、同時にそんなもの一切知りたくもなくて。

「リテイクだ。ね?ザッキー?」

 ジーノはそう呟くと花のように笑った。それは確実にあるとはわかっていた赤崎の知らないジーノのもう一つの顔であり、他者を蕩かすその瑞々しい色香は想像をはるかに超えていた。今、この瞬間、赤崎は自分が目の前の男にとって、飼い犬でなく、チームメイトでなく、一過性のアバンチュールを楽しむ、そんな十把一絡げの存在になってしまったことを痛感していた。ふいに見せられたその魅惑的な姿は、冷たい素振りをされるよりもなお、赤崎を打ちのめすに十分な力を持っていた。思わずその身を投げ出してしまいたくなるほどあたたかそうな抱擁の予感。カシミヤのように心地よいであろう男の肌触り。恭しく自分の目の前に召し上がれと言わんばかりに用意されたこの美しい料理は、飢えた自分がずっと欲しがっていたものでありながらも、そのくせ食品サンプルのように苦々しい偽物の匂いがした。

「ふ…ふざけんなよ!」

 差し出されたあれほど欲しかった男の手を赤崎は精一杯の強がりで払いのける。

「…?やだな、なに怒ってるの?」

 ジーノが不調なのもわかっていながら感情が爆発して言葉がとまらない。理不尽な暴言。

「…どうして?キミが言い出したことじゃないか…きっとボク達…」

 興奮による意味をなさない叱責。罵倒。

「やめてよ、なんで?」

 心外だとでも言わんばかりの男の眉をよせる弱々しい表情や仕草。

「このまま動けないと本当に困るんだよ。恋人ごっこでもなんでもいいから早く家に帰らなきゃ、お願い、ボクの話を聞いて?」

 その情けなくも力ない風情は赤崎の怒りの火に更なる油を注いだ。腕自慢のハンターが一発で獲物を仕留められなかったことにガッカリと溜息をつく。そんな姿を誤魔化すブラフのようなわざとらしさを感じたのだ。

「あんたはいつもそうなんだ!いっつも!いっつも!いっつも!自分の都合ばっかり!俺のこと一体なんだと!」
「もう四の五の言ってられないんだよ、減るもんじゃなし…ちょっとくらい…」

 ジーノの身振り、手振り、その口振り。しどろもどろな言い草。あまりにも自分勝手で理不尽な言い分が赤崎の神経を逆撫でする。二人のやり取りは今、何もかもが苛立ちの種になった。

「ねぇ」
「だからあんたの都合なんて俺が知るかよ!」

 赤崎は積み重なるこれまでの理不尽や粗暴に対する鬱憤を晴らすかのように言わなくてもいいことまで喚き散らした。そんな時間が長引けば長引くほど、目の前の男は益々ひ弱に見えて、まるでここぞとばかりに弱い者いじめをしているような不愉快な気分になった。

「別にそんな怒らなくても」
「図々しいんだよ!いい加減にしてくれ!」
「ちょっとだけでいいんだ、そう、今だけだって。ほんの少し…ね、だから…」
「なんであんた今日に限ってそんなやり方!らしくねぇよ!聞きたくない!」
「ザッ…」
「黙れ!」

 赤崎が怒っていたのはジーノに対してだけでなく、相変わらず求めてやまない彼の魅力に延々と振り回され続ける自分に対してもだった。どうしようもなく腹が立っていた。恋人ごっこをしたいのはキミだろう?そうジーノに自身の下心を見透かされ、都合よく自分を使おうとしている。そんな男の言葉に、待ってましたとばかり全身がまるで焼けるように熱くなってしまうことに怒りを感じた。身を焼き全身をカサカサに渇き切らせて、常に彼の潤いを求め続けてしまう愚かな自分。使い捨てでも安易でもなんでもいいからジーノに必要とされたい自分。この怒りは完全に八つ当たりだ。遊びでいい、王子、遊んで、遊んで。遊ばれたい、遊ばれたいと体中が悲鳴を上げている。
 一体自分はなにをやっているんだ、とジーノを叱責する言葉を並べたてながら本当は泣きたくなっていた。これまで、相手を傷つけんがために、潰さんがために自身の激昂をこんな形で他人にぶつけることなど一度もやったことがなかった。でもそうでもなければ今にも流されてしまいそうで、そんな今が怖くて怖くてどうしようもなかった。

「……」
「んだよ文句あんのか?」
「ねぇ、今ならまだ間に合…」
「うるさい!」

 違うんだ、王子、俺と遊んで、もっとだ、足りないんだ。いつものように怖がる俺を力づくで。さあ、有無を言わさないあの力で強引に俺を。そうすれば俺達はまたあの日々のように再び。そんな心の芯からの叫びはジーノには届かず、怒鳴りながら赤崎はジーノの瞳から誘惑の色が失われていくことを見送っていた。

「……」

 バラまかれた餌はあっという間に引き上げられて、弱々しく笑う美しい料理は音もなくその姿を消していったのだった。空腹に苛まれる体を抱えながら赤崎はなけなしのプライドだけでそこに立っていた。でも、これで正解だ、と歯を食いしばった。こんな安っぽい餌などいらないし、再びだらしなく始まってしまえばすべてが元の木阿弥になってしまう。自分達はチームメイトであり、その線をもう二度と超えてはならない。危ないところで、俺達はきっと助かったのだ。

 支離滅裂さに頭を抱えながらも今訪れた沈黙の時間を利用して赤崎は自分の感情を整理し始める。それと同時に、もう後悔が湧いて出ていていた。言うべきではないことや思ってもいないことを、相手を傷つけるためだけに、やっつけるためだけに沢山沢山ぶつけて。欲しくて欲しくてたまらないものを力いっぱい突き返して。本当は今こそヒステリックに叫ぶ自分をいつものあの圧倒的な強制力で押さえつけて、何もかも全てを奪い去って欲しかったのに。でもこの男はそれをやらなかった。その理由。もう自分への執着がさほどでもないことを物語っているように思えていた。呆れられた。嫌われた。そう感じていた。

    *  *  *

 この時、赤崎は感情的になりすぎていた。だが、それはジーノも同じことだった。今まで他人に一度もやったことのない、ひれ伏すようななけなしの懇願。思い通りにならない展開。戻ってきたのは言われたこともないような強い侮蔑の言葉。それを発したのは鋭い目が印象的な嘘がつけないあの…。今自分を現実に繋ぎとめるのにもっとも影響力の大きいあの…。

「……」

 展開を思考が追えない。ジーノの集中力はとっくに切れていた。自身の感情の嵐を見つめながらそれを咀嚼することすら出来ない。ただでさえ体を仕上げるためのトレーニングでこの上なく疲弊しているところにプレシーズンマッチはもう数日後に迫っていた。スタミナが回復しない。思うように体が動かない。間に合わない。不安と焦燥。そこに持ってきて今日は立て続けに午前中から開幕に向けての取材の数々。睡眠不足と過労により、夕刻にはもう思考がほぼ止まりかけていた。今は全てのことが取り留めもなく、そもそもがこの場のつじつまを必死に合わせようとすることしか出来ないでいた。今、ジーノの脳裏には二人の間の会話は断片しか思い出せなかった。

 ジーノがETUの貴公子らしくいられるのは赤崎が傍にいると感じられる時だけだったが、それも一日の中のほんの数時間でしかなかった。夕闇が近づき始めると真っ白な世界が少しずつ闇を取り戻すので、ともかく早くここから移動せねばならなかった。なのに気持ちが焦れども、今日はもう、どうにもこの身が動かなかった。傲慢な王子は力を取り戻すために生贄を求め続け、混沌の王子は生贄を守るためにここから逃げ出す足と力が欲しいと叫んでいた。散漫な思考、記憶の混濁。断片的な発言、思い付きの行動。キスしたい。抱きしめたい。この深手を負った心と体を飼い犬の温もりで癒しながら何もかも忘れて眠ってしまいたい。そう、一緒に居る時間が増えれば増えるほど、もしかしたら自分はまたまともになれるのではないだろうか。
 でも、駄目なのだ。頭ではわかっていた。自分達はチームメイトだ。飼い犬はよく状況を理解している。冷静に判断している。自分達は、ただのチームメイトでいなければならない。引き裂かれた二つの欲求と方向性がさらにその身をバラバラに粉砕していく。でも、だからこそ。

「ボクが欲しいくせに」

 今、この場に相応しい言葉。愛犬の求めているこの場に相応しい自分の返事。それはボク達はもう関係しあってはいけないということ。自分は求められていない。飼い犬は自分と供に落ちていくことを望まない。そう、彼が今唯一ボクに求めていることはとっくの昔にわかっている。

 それはジーノ自身もまた真に求めていることだった。指の隙間から思考が砂のように零れ落ちていくのを眺めながら、それでもジーノは言葉を探す。飼い犬の求める言葉。飼い主として相応しい、彼に手渡すなけなしの言葉。さあ、今度こそ仕切り直しだ。ジーノはもう一度自分を建て直して慎重に言葉を選んでいく。

「物欲しそうな目でいつもボクを見ているくせに」

 大事なのは、侮蔑と嘲笑を強調すること。憧れだったはずの人間の醜さを、小ささを、大いに見せつけ失望させること。思い知らせること。情を断ち切らせること。

「そんなことボクがわからないとでも」

 自分が触れようもないほど遠くまで逃げ出させること。自分の戯言に貸す耳を捨てさせること。飼い犬はとてもとても優しい子なので、振り向く気持ちを金輪際もちませんように。もう二人、二度とこんな話をせずに済みますように。お別れを告げなかったのがよくなかったのだ。そう、こういうことはちゃんとしておかなければ。最後だ。

「やせ我慢。涎出てるよ?」

 あざけりの言葉を聞いた次の瞬間、赤崎はカッとなってジーノの胸ぐらをつかみ右手を振り上げた。なのにその瞬間のジーノのその表情が。嘲笑のはずのその笑顔が不思議に満足げながらなぜか痛々しく思えて。

「なに?…殴らないの?」
「その手に乗るかよ」
「なんのこと?」

 手を放し、それとは悟られないようにひっそりと深呼吸を一つしてから赤崎は返事をする。

「前にもこんなことあった気がするけど、あんたそういう癖やめた方がいいと思う」

 震えながらやっとやっと言葉を発する。これは自分の中の意地だった。相手が怒りに任せて殴るようにコントロールしているのを察知したのだ。そんなことになんの意味がある?殴ったことに罪悪感を持たせて執着心を煽ろうとでもいうのだろうか。それともそのことで彼は自分の切り札を一つ増やそうとでも言うのだろうか?なんのために?赤崎にとってはジーノの何もかもが策略で、罠で、そして人とまともに向き合うことをしない男に見えていた。相手が悪いのか。それとも自分が悪いのか。

「からかってんだろ?あんた俺に殴らせて何やりたいの?」

 赤崎はジーノの優しさと愚かさを知っていた。今までも本当によくあった。ジーノはモノが見えすぎるきらいがあって、先回りをして他人の中にある欠落を勝手に埋め合わせる真似をする。寒さには温もりを。暑さには涼やかさを。殺伐にはユーモアを。緊張には緩和を。気の緩みには引き締めを。普通の人間には出来ない様な事でも、最悪なことに彼はある程度簡単にそれを実現することが出来てしまう。彼の類稀なるバランサー的な才能は当然財産ともいえるものだったが、おそらく本人自体が全く自覚を持たないそれらは状況によって悪癖に近いものとなりうる。最初、王子は何を言った?そう、「キミが言ったんだ」と言った。赤崎は、自分の本心を見抜いてしまったジーノが自分の心に寄り添うためにまた遊びと称してバランスを取り始めたのだと理解した。

「…いい加減やめろよ…だからあんたは馬鹿なんだよ…」

 彼は自分の欠乏を補うつもりで飼い犬に寄りそうも、結局は最終的に相手の愚かな欠落を埋めてしまおうとする。馬鹿な男はなぜ自分が飼い犬を捨てたのかさえ、今はすっかり忘れてしまっているのだ。誰から見ても完璧で万能な王子も、赤崎からすれば幸福の王子のような哀れな存在みたいなものでしかなかった。繰り返し繰り返しなされてきたジーノの不自然な行動の数々が今、赤崎の脳裏に浮かんでは消えていった。矛盾があるのはこの男が鏡だからで、彼の行動の揺れは赤崎自身の中にある迷いが原因だったのだと解釈した。

「あんたは馬鹿だ。王子。わざわざこんな真似させなくても俺はもうとっくにあんたのじゃない。なんの意味もない。俺はあんたの罠には引っかかってやんねぇから」

 本当に言いたかったのは、王子が自分のものではないということ。でも言えなかった。そんなことを言ってしまえば、きっと優しい男の手が自分の身を包むに違いないことを知っていたから。あの手は、もう二度と自分に触れてはならない。俺達はチームメイトだ。この男を揺らめかせてはならない。呪文のように心の中で繰り返していた。

 赤崎は震えながら、大きな罪悪感の中にいた。ジーノの気怠さが、まるで陰でずっと彼を欲し続けている自分のせいにしか見えなかった。