お花結び

GIANTKILLING二次創作小説同人サイト

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鎖に繋がれて 3

キャンプが終わってから開幕までの練習風景。練習なんで選手みんないますが、しゃべっているのはほぼジノザキ二人だけです。前回UPしたバレンタインデー物は一応時系列的には「逢魔時」の手前あたりになります。ちなみに「幻9」と「幻10」の間に東京V戦が挟まっています。

逢魔時~不本意な結論

 まるで霞の中にいるかのような感覚の中で、ジーノは可愛い飼い犬の訣別の言葉を聞いていた。もう、その真意を読み解く力などなかった。どうしてこうなってしまったのか。今日の出来事を思い出そうにも、想起する映像があやふやで取り留めもない。自分のものではないと言い切る飼い犬。怒鳴る飼い犬。おぼろげな指先で触れた唇の優しい感触。自分の額に触れた飼い犬の手の温かさ。話しかけると笑い、自分を目で追い。浮かんでは消え。思い出す湿度。吐息、嬌声、あの瞬間の締め付けられる快感。FKを決めて喜んでくれたのはいつのこと?好きなのはビール。夜更かしは苦手。食欲旺盛。笑ってて。視線がクリアで、首筋がキレイ。結構真面目で冗談も真に受けて。素直な耳を持っていて随分プレイが綺麗になった。細身の筋肉はしなやかに、彼の心のようにしなやかに。そう、思えばあまりにも入団のあの日のことが今でもこの目に焼き付いてしまっていて、変わらない、変わらない可愛い飼い犬の実直なまでのこの熱さ。凍える自分の震えをいつもこの子は。常にこの子は。

「馬鹿なのはナッツだよ」

 心の内側から絞り出すように呟いた、ジーノの、か細い唯一の悲鳴。達海のことも自分の症状のことも言えないジーノのたった一つだけ口にできる泣き言だった。こんなはずじゃなかった。あの日、ナッツが怪我をしなければ飼い犬とのセックスなんて覚えることもなかった。先日ナッツが再発さえしなければ、再びこれほどまで飼い犬の体が必要になることもなかった。そう、自分の予定通りナッツが今ここにいてくれさえしてくれれば、こんなことには。ボク達は今なお、この二人でしか成立しえないあどけない関係を続け、互いの存在を身近に感じることだけで癒し癒されていたはずで。そうして今頃は穏やかに消え入るように自分はこの場をサッカーの世界を満足げに立ち去れたはずで。今のジーノには、そんな砂に水撒くがごとき意味薄い馬鹿馬鹿しい願いと祈りしか残されていなかった。

 だが、それは今の赤崎にはただの戯言のようにしか聞こえなかった。

「俺をからかったと思ったら、今度は怪我の再発でまた離脱しなきゃいけなくなった同期に向かってそんな…あんた鬼かよ」
「……」

そうだよ、自分の言い草は出鱈目だ。ジーノはよく理解していた。なんて素敵でお利口でボクの自慢の。

「んだよ…」
「……」

伝わるわけもなく、伝えるべきでもなく。

「王子ッ」
「……」
「なんか言えよ!」

 飼い犬に聞いてほしいことは山ほどあった。でも何一つ言えることなどなかった。だから力を振り絞る。今、自分が口にすべき言葉。言えよ、言えよ、と乞うている子のために、必死になって無意味に舞うばかりの言葉の数々を掬い取る。

「…新体制になって…」

 赤崎は耳をそばだて、ジーノの言葉を受け入れる。モデルのような仮面が剥がれ落ちた男の、ゆっくりと丁寧に言葉を紡ぐその仕草もまた美しく儚げだった。

「監督にも認められてキミは毎日ご機嫌有頂天」
「!」

 相応しい言葉。ジーノは探し、赤崎がそれを聞く。

「すっかり飼い主と対等以上の自分になってとうとう今日はボクにそんな口きいて」
「なッ!」

 言うべき言葉。そう、こんな言葉。ジーノが続ける。

「キミも随分偉くなったもんだと感心するよ?」
「ざっけんな!!」

 今この場で相応しい言葉は?二人が二人とも模索していた。
 赤崎にとってはヘソを曲げたかのごときジーノの辛辣は子供じみた言葉でありながら言われても仕方のないものだった。言われるようにあまりにも未熟なままの自分と優しく愚かなあの人の二人。もう二度とあの世界に陥らないようにしなければならなかった。

 言うべき言葉。赤崎が探して震えながらも口にする。必要なのは自己弁護ではない。言いたくない。でも拒絶を拒絶で反応した彼のために、再び自分は彼に拒絶を。

「あんたがそこまでちっさくて馬鹿な男だとは知らなかったよ」

 うまく言えなかった。そして沈黙後、返されるジーノの拒絶。

「まだ間に合うってボクはあの時言ったのに。でも後悔してももう遅い。ボクもキミがそこまでつまんない、程度の低い子だとは知らなかったよ」

 淡々と、感情のない売り言葉に買い言葉。まるで馬鹿げた三文芝居が続いた最後に、ジーノはとても優しい笑顔を浮かべて、こう会話を締めくくった。

「ボク、もういらない」

 鋭利な刃物。切りつける。

「聞こえなかった?」

 あれほど合わなかった二人の視線が切りあうナイフの切っ先を向け合うかのように火花を散らしていた。

「い、ら、な、い。バイバイだよ?ザッキー?」

 まるで支離滅裂な心無い発言。それでも、途中からはこうなるために会話を続けていたのだから。

 この時のジーノの目にはこれまでの一切を断ち切る絶対的な力があった。つい先ほどまであやふやに呟いていた姿がまるで陳腐な演出であったかのように、いきなり本性を現し牙を剥いたがごとき今まで最も神々しいまでの威厳のある姿だった。その迫力に気圧され息を呑んだ赤崎だったが、それもつかの間のことでこれでいいのだと振り絞るように別れの言葉を吐き出した。

「…お…お疲れ様でした」

 何気ないセリフ一つ残して、振り向かず。赤崎は震える足を心の中で叱咤ながら力強く見えるように歩いた。ジーノは最初の時と全く同じにロッカーに重たく腰を下ろしながら、踵を返して去っていく赤崎の姿をじっと見送るしか出来ないでいた。