鎖に繋がれて 3
キャンプが終わってから開幕までの練習風景。練習なんで選手みんないますが、しゃべっているのはほぼジノザキ二人だけです。前回UPしたバレンタインデー物は一応時系列的には「逢魔時」の手前あたりになります。ちなみに「幻9」と「幻10」の間に東京V戦が挟まっています。
幻とのつきあい方9
夜のニュース番組を見ながらビーズクッションに体を預け、俺はいつしかうたた寝をしていたらしい。
* * *
そしてまたきたこの夢。今回はこの世界には一面雪が降り積もっていた。重たい空、気の遠くなる白い世界。声を聞かせてくれた幻の俺の為の王子は消えていた。夢の中がこんななのは、天気予報を見ながら寝落ちしてしまったから。明日の天気はどうかなとつけたテレビで首都圏でも雪が降るかもなんて言っていた。
「バイバイ、か…」
初めて言われた言葉だった。英語のbyebyeはイタリア語でAddio。彼はこの言葉が嫌いでこれにあたる日本語がないのがとてもいいと言っていた。「さようなら」でしょう?と俺が言えば、ニュアンスが全然違うから、と笑っていた。さようならの言葉の成り立ちを、後日偶然テレビで二人一緒に見ていた。さようなら、は、左様であるならば。どうしても別れなければならないならば。そういう惜別の悲しみと未練を含む言葉。ね?関係を断ち切ってしまうような言葉が日本語にはないんだよ、と嬉しそうに俺の瞼に軽くキスを寄越して笑った。王子は言葉の解釈やその意味をとても大事にする人だ。別れの時にはまたね、か、チャオと言い。そうでなければ無言で。だからわざわざ言ったバイバイの、その言葉の意味はおのずとわかる。彼の嫌いな言葉を彼が口にするその意味。
「最終通告…こんなに堪えるとは思わなかったな…」
俺は無神経で、彼のいうことはほとんどよくわからないのに。こんなこと、本当はわかりたくなかった。知らん顔してまた彼を追いたくて。自分もまたその選択を選んでいたくせに。矛盾だ。手を放せとは言っても振りほどくことをしない王子が精一杯やってみせたこと。自分達はただのチームメイトなのだということ。俺はこれをどうにか受け止めねばならない。彼のために。俺達二人のために。
* * *
ともあれ、ここは夢の中。現実とは関係ない嘘の世界だ。
ここにくればやることはあれ。やっぱり王子が化けた猫のぬいぐるみ探し。でもこんなに雪が積もってしまってはさすがに探せる気がしない。降り続ける雪を見ながら、彼が見つかった時の為に二人で身を寄せ寒さをしのぐためのカマクラを作ることにした。とりあえず大きな雪玉を作ろうと、コロコロと雪玉を転がして大きくしていく。
「あっちぃ~」
汗びっちょりになるほど必死で転がす雪玉はみるみる大きくなって、ああ、夢っぽい。それでもやっぱり全部手で作るのは大変だ。
「あー、スコップあればいいのに!」
気が付くといつのまにかすぐ傍にスコップが落ちていた。それで一生懸命カマクラを作り続けてようやく人が二人くらい入れる立派なものが完成した。なんだか気分がよかった。
「王子!すげーの出来た!ねぇ!カマクラづくりならもしかして俺王子に勝てるんじゃないッスか?」
自慢げに叫べども返事はない。お利口だね、上手に出来たね、とは言ってくれないのか?少し拗ねる。俺は今、かねてから願い続けていた二人の巣を作れたんだから褒めてくれてもいいのに。夢なら都合よく颯爽と登場して一緒に喜んでくれてもいいのに。顔をしかめる。そして思いつく。スコップがあればいいと言ったらスコップが出来たのだから、なんだ、簡単な事じゃないかと笑った。そして大きな声で叫んだ言葉はこんな言葉。
「あー!王子がいればいいのに!」
当然王子が来てくれると思った。鉄板だろ、これは夢なんだから。でも、違った。自分の能力不足に不貞腐れて地面を蹴ったら雪が舞った。
王子のかわりに出てきたのが、ヒラリヒラリと舞う花びら。真っ白な世界に鮮やかな真紅の花びら。切れ込みがはいっていてまるでハート型。かわいいけどたったこれっぽっちしか作れなかったのかと悲しかった。これではやっぱり王子と話が出来ない。
右手に花びら。膝を抱えて座り込み雪の降り続く風景をぼんやりと眺める。綺麗ではあるがあんまり俺はこういうことに興味がないから手持無沙汰。王子は美しいと感じるものは何時間でも眺めていられると言っていた。けれど、俺は王子が傍にいなきゃすぐに飽きてしまう。申し訳ないけどそういう性分だ。ちっちゃい花びらも綺麗だけれど、これを王子と見なすには無理がある。俺のイマジネーションなど知れたもの。
退屈なのでなんとはなしに小っちゃい雪玉を作る。なんだか懐かしい感覚。ちっちゃな頃、ピッカピカの泥団子を沢山作ったっけ。王子が来たら二人で雪合戦とかしてみようかな?もし王子が足と同じくらい投げるのもコントロールよかったら厄介だよなーなんて想像してみたり。そうして出来るだけ丁寧にキュッキュッと握る。サラサラな雪だけど意外とうまくまるまった。
俺はそれを固く固く握って手袋でツルツルと磨いてみた。ナカナカの出来だった。さすが夢だと思うのは、そうして作り上げた雪玉がまるで繊細なガラス細工のビードロのように透明に凍り付いて煌めき始めたこと。これはなかなかいい。もう一つ作ることにした。キラキラとシャボン玉を思わせるガラス玉。お、これは、と思って二つ重ねる。
「じゃーん、雪だるま」
ちっちゃい、ちっちゃい手乗りサイズの雪だるまが完成した。一面真っ白な世界に虹色のガラス玉の雪だるま。胸の部分にさっきの花びらをキュッと押し当ててくっつけた。
「真っ赤なハート柄だって。ダッセー手編みのセーターみたいだ。ハハ、本物の王子がこんな服着てたら笑っちまう」
ベタな漫画のペアルックにありがちだけど、俺はこんな服は着ないぜ?と思いながら、自分に見立てた雪だるまも作ろうと雪を手にしたとき、なんと雪だるまが話し出した。
なにそれザッキー、ひどいじゃない?
変な言い方しないでよね?
「王子?!」
ザッキー、会いたかったよ?
ボクすっかり迷子になっちゃって…困ってたんだ
でも、キミがボクを作ってくれた
「王子!王子!よかった、俺ずっとあんたのこと探してて…」
ねぇ、でも…せっかく会えたというのにとっても残念
抱き締めたくても腕がない
キスしたくても口がない
駆け寄りたくても足がない
やっぱり、そういうことなんだ…
ザッキー、わかるね?もう駄目なんだよ
そう雪だるまが呟いた途端、雪がいきなりサアサアと降る雨に変わる。
「あ!駄目だ王子!泣いたらほら、あっという間に!」
そうだよ、これでいいんだよ?
ああ、でも会いたい、キミに触れたい、心から
だからこそもう…駄目なんだ
お願い、ね?いけないよ?
もう…ボクはいない
ボクの話を聞いてはいけない
「大丈夫なんだよ!ここは夢で、全部嘘の世界なんだから!何もかも忘れよう、ここは何をしても自由なんだ!一緒にいても大丈夫なんだって!」
誤魔化しては駄目だよ、ザッキー?
とても、つらい、とっても、つらいことだけど…
馬鹿げた遊びはもうやめよう?
なにもかももう手遅れだ
ボクと一緒に全部諦めてしまおうよ
* * *
王子に会えたと思ったのにまた駄目だった。
この夢はいつも目覚めが最悪だ。今回も王子はいなくなった。ハートの花びらは雪だるまと一緒にあっという間に融けてしまった。でもいつもと違って俺は少し元気。だって次ももし雪が降っていれば雪だるまが作れる。空から花びらを呼んで貼り付ければまた王子に会える。カマクラに逃げ込めば雨も避けれる。それになによりこれが肝心。初めて聞いた、王子の心。諦めよう?いいや違う。王子は俺に会いたいって伝えたかったんだ。だって彼は俺の作った俺のためだけの王子なんだから、俺が頑張れば俺の望むとおりの言葉を話してくれる。
自分の作り出した都合のいい夢。
悲しい一人遊び。でもそれでよかった。俺は今、王子との関係がぷっつりと切れてしまったことを感じて途方もなく寂しくて、夢の中でもいいから彼と一緒に居たかった。それほどかつて俺の傍に寄り添い続けてくれた王子という存在は心に深く刻み込まれてしまっていて、それがないと生きていけなかった。でも、バイバイと言い放った王子のあの姿を見て、現実に彼と以前のように時を過ごすことなどもう決して起こりえないことを痛感した。彼は恋人ごっこと称して、再び薄汚れた俺の寝床に歩み寄った。あれは憐れな飼い犬への温情だったりするかもしれないけれど、そんなもの俺は欲しくもない。それがやせ我慢だとわかっていても、もう薄汚れたこの体で美しい彼の寝床に招かれ一緒に眠ろうなどとも思わない。俺は自分が優しい王子の家から締め出されてしまったバカ犬なことを、ずっと忘れないでいたいと考えていた。一体どんな気持ちだったか。バイバイという言葉が嫌いな寂しがり屋の王子。やっとの思いで彼が俺の手を振り払ってみせたというのに。キスしようとした彼を振り払い、最初に別れを望んでみせたのは俺のほうだったというのに。
ともあれ王子がいないつらい日々を、幻で補う方法を見つけた。いつもの、目が覚めて30分もすれば忘れてしまう奇妙な夢。次は顔も書いて、手と足もつけてなんて、そんな夢の続きを考えながら俺は安堵してベッドに移動し寝なおすことにした。室内はとても寒く、冷たい布団が夢の中のベンチコートのように体を包みこむ。震えるように丸まれば、それは徐々に俺を暖め始めた。目が覚めてしまった俺が再びウトウトする頃、それはまるで王子の腕の中にいるような感触に思えた。でも、やっぱり寂しかった。
