鎖に繋がれて 4
プレシーズンマッチ直後から4月下旬くらいまで一気に。登場人物は王子、赤崎、持田、達海、名前だけ椿、有里、夏木って感じです。幻11と夢うつつは同じ時系列をザキ視点とジノ視点で追ってます。この次のUP分も重複した時間の別視点(ジノモチ気味な角度からのジノ視点とモチ視点)になります。
幻とのつきあい方11
あの日のバスでの彼の姿がよっぽど印象的だったのだろう、やっぱり今日も夢の王子は肩を寄せぼんやりとした寝ぼけ眼な表情を浮かべている。
「ザッキーはさ、優しい子だね」
「なんスか、急に。おだててもなんも出ませんよ?出せたらいいんだけど。俺の夢だし」
雪だるまの王子がこうして人型になった日のことを思い出して俺がこんなことを言ってみた。そしたら王子が少し不安な顔をした。俺が無理矢理ニヤッと笑って見せれば、彼はさも楽しそうな感じで俺に笑い返した。
「フ…フフフ」
とても穏やかでいい笑顔だった。俺の自由になる俺のための王子は、いつもこうして俺がホッとすることをしたりしゃべったりしてくれる。俺の都合のいいように。
「ったく、やんなる…」
「そうかい?そうでもないよ。キミは楽しくないのかい?」
もっともっと上達しなきゃいけない。俺の夢なんだから。もっと貪欲に欲望を具現化する力を身に付けなければ。
* * *
「どこ?連れてってよ、ザッキー!」
あの日、初めて人型になってみせた俺の雪だるま王子。彼が最初にしゃべった言葉はこんなものだった。
「は?」
「は?じゃないよ、約束したよね?さあ行こう?二人で一緒に。どこにあるの?ボク達の家」
夢だし話が繋がらないのも仕方がないことなので、戸惑いながら調子を合わせた。でもなんだか頓珍漢な雪だるま王子。
「楽しみだなー、フフフ」
彼は吹雪の中、とても寒そうに震えながら嬉しそうに笑い、どこかに行こうとしていた。みればなんて薄着。それによく見れば波打ち際に立つ彼の足は裸足で、これは大変なことだと驚いた。
「あんたなんて恰好してんだよ、靴!王子!靴!じゃなくて長靴か?てか、コート!あー!くそー!」
「?」
ペラペラのシャツは風に吹かれて胸元が大きくはだけ、ヒラヒラのパンツは膝の上まで波でぐっしょりと濡れていた。あまりに見慣れた彼のこの姿は、彼がゆったりと自宅で寛ぐ時だけに見せる秘密の美。俺はこの優しい肌触りの服を着た彼に、再三からかうようなキスを仕掛けられて最後にやんわりと抱き締められるのがとても好きだった。しかしここは真冬の海。舞う雪が彼と俺の視界を阻んでいる。それでも彼はカタカタ、カタカタ、寒さで震えが止まらない様相でいながら、にこやかに笑って立っていた。この馬鹿!負けず嫌い!
人型にするので精一杯だった俺は、ひどい服装で王子を作ってしまったと頭を抱えた。これじゃまるで夏の装い。結局わたわたと慌てているうちにその日は目が覚めてしまった。
* * *
人型になった雪だるま王子、次に会ったときはちゃんと靴を履いていた。薄手だけれど真っ白なヒラヒラのロングコートも羽織っていた。あぁよかった、前回よりは少しマシ。しかしコートがまるでシーツをかぶったかのように出鱈目だった。ゴメン、王子。俺はあんたが着るようなあんたに似合う素敵でお高い服を思い浮かべるセンスがなかった。
そして、ゴメン、王子。靴と長靴、この前一緒に言ったからだよな?長靴はそれでいい。でも靴は手袋みたいに手にはめるモンじゃないんだ。扱いに困ったせいなんだろうけど、頼む、取ってくれ。それはそういうんじゃないから。え?ナカナカあったかいって?ったく、あんたはやっぱり変人だ、まあ、好きにすればいいかな、ちょっと怒られそうだけどそれ妙に似合ってる。
「そうそう、あのあと考えたんだ。俺王子に見せたいものがあったんだった」
「だよね?やっと思い出してくれた」
「でも、ちょっと待ってもらえます?」
「?」
見せたかったものは当然アレだ。でも以前作った立派なカマクラは、もうこの世界には存在していなかった。それでもここには雪が沢山あったので、待っててくれさえすればまた作れると俺は考えた。
靴を手にはめたヒラヒラオバケの王子をそこに立たせたまま、俺はカマクラを作り始めることにした。でも。どうしてだろう、あの時あんなに上手に出来たのにちっともうまくいかない。スコップは出てこないし、雪だって水気を含んで重たくて重たくて全然大きな山になってくれない。
「王子、ゴメン、もう少し待っ…」
振り向くとそこにはもう王子の姿がなかった。靴と、長靴と、シーツのようなヒラヒラが、ただ波と砂にまみれてそこにあるだけだった。なるほどそうか、彼はそれほど長い時間ここでは姿を保っていられないらしい。
* * *
俺はこの不思議な夢を見る度に何回も何回もカマクラ作りに挑戦するものの、結局きちんと完成させることが出来なかった。そして気づかぬうちに消えてしまう人型の雪だるま王子。
ある夢の夜、それでもカマクラを作ろうとし始めた俺に向かって彼は優しく笑い、ね、今日はちょっと座ってゆっくりしよっか?と言った。あぁ、きっと王子は諦めてしまったのだ。俺はそう感じてションボリした。
「王子、ゴメン」
「……」
「でも大丈夫だから!俺、ちゃんと出来たんだあの時、俺はちゃんとキレイな」
「うん、知ってる。大丈夫だよね?わかってるから、ザッキー。でも今日はさ、こうしてゆっくり過ごすのもって…ね?そう思わない?」
王子の目が彼の願いを叶えられない俺を労わる様に優しく優しく見つめるので、急に胸が締め付けられてギュッと彼を抱きしめた。頬に当たるその感触は、俺の大好きなあのサラサラな優しい肌触りだった。
「そのうち俺、絶対なんとかするから、王子」
「うん、十分だよザッキー、十分…」
俺の作った俺の王子は、俺の都合のいいように返事をしてくれる。俺はこの雪だるま王子の幸せそうに笑う姿が見たいのに、この夢は全然俺の思うように動いてなどくれなかった。気落ちする俺に向かって、彼は、やっぱり靴よりも手袋のほうが手には合ってるね、ずっとキミにありがとうって言いたかったんだよボク、と言った。いつものように耳にかかる俺の髪を梳く王子の手には、俺の大好きな肌触りのあの布で出来た手袋がはめてあった。俺はホントはこの布よりも王子の指先の感触が、と意地悪なことを考えそうだったので、あたたかい手袋を喜ぶ雪だるま王子に申し訳なくてフルフルと頭を振ったのだった。
* * *
肩を寄せ合って座っていると、雪だるま王子は随分長くその姿を保っていられるようだった。吐く息は白く、寄せる波が体を重たく冷たくしとらせたけれど、彼はいつも笑っていた。
「大丈夫…ですか?」
「……」
生まれたての人型の雪だるま王子はまるではじけ玉のように元気だった気がしたのに、日を追うごとに静かに大人しくなっていった。多分、俺が彼を連れていくことが出来ないでいるせいだと思う。このままでは彼は植物になってしまう。そんなことをぼんやりと考えた。
「ザッキーはさ、優しい子だね」
「なんスか、急に。おだててもなんも出ませんよ?出せたらいいんだけどね。俺の夢だし」
「フ…フフフ」
「ったく、やんなる…」
「そうかい?そうでもないよ。キミは楽しくないのかい?」
しょげる俺に向かって彼は本当に優しくて。俺の都合のいいように優しくて。
「ね、ちょっとこっち向いてくれる?」
彼の言葉で俺が彼の顔を見ると、雪だるま王子は軽く俺の顎に指を添えて、チュ、と小鳥のような可愛い可愛いキスをした。ああ、これは俺の好きなあのいたずらなからかいのキス。王子はいつもそうだった。彼がこの行為をするタイミングは決まっていた。俺自身が自分で気落ちしているのにも気が付かない段階で、王子は必ずこれをする。
そしてまた、ここにいる雪だるま王子もあの日の王子のように茶目っ気をたっぷり含ませてニッコリ笑ってみせるので、どうしようもなく優しいのはあんたのほうだよ、と俺は心の中で呟くしかなかった。一体あの日作った俺のカマクラはどこに行ってしまったというのだろうか。彼に見せてやりたいんだ。こんなに凍えながらも俺を気づかい、優しく笑う、唇の色がない真っ白な王子に。
* * *
ある日の雪だるま王子は、もうだるくてだるくて身動きもとれないくらいになってしまっていた。
「ゴメンね?なんだか起きていられないんだ…退屈かい?」
「そんなこと、ないッス」
謝るのは俺の方だというのにこの人は。寒さをしのぐカマクラも、体調の悪い彼を寝かせるベッドすら俺はここに用意してあげられない。そんな気持ちが強くなればなるほど二人の体は凍えるように冷えていった。この場所はまるで冬の北国の海のような場所で、寒々しい潮風が常に吹きすさんでいる。曇天が日の光を遮り黒々とした重い波が次々に雪交じりの砂地に押し寄せている。
「…ちょっとだけ…」
縋り付く王子が俺に甘いキスをする。優しく俺を包み込む彼の行為があまりにも甘く切なくて、俺は儚い王子を壊さないようにと神経を使いながらそっと抱きしめた。二人で寄り添っていれば消えない雪だるま王子と過ごす甘い時間。この頃はもう、二人こうして過ごし最後には夢の中で眠りにつくことで目が覚める形になっていた。まるで遭難者が眠りにつく瞬間のようだった。
雪だるま王子は、俺が好きだと言えば愛しているよと返してくれる。カマクラが作れないとしょげれば、十分だボクはとても幸せと笑う。俺は俺を甘やかす王子との夢遊びをやめることが出来なかった。幸せを感じる度に罪悪感に包まれた。それでもやっぱり彼は俺の夢にやってきて、呼んでゴメンと謝る俺に、とても寒いんだ、傍にいて?と優しく蕩かすキスをするのだった。
彼はもうすぐ植物になってしまう。俺は俺の作った俺のための王子の未来が悲しくて、悲しくて、でも馬鹿で。ネットでカマクラの画像を沢山眺める日々を過ごすくらいしかできなかった。目覚めれば30分ほどで忘れてしまう奇妙な夢は、今では少しずつ自分の日常となり始めていた。それほど、俺は縋り付くようにこの夢を頻繁にみるようになっていったのだった。頭の中にはカマクラが一杯。これを一個でも夢の中に持っていけたらな。本当にあの頃の俺は全くもって、馬鹿だった。もっともっと俺は王子を、毎日会う本物のあのETUの貴公子を見ているべきだった。そしてその実物の彼が絶え間なく出し続けていたであろう秘密の膨大なサインを俺はもっと早くに見つけるべきだった。
俺は彼がとても元気になって昔のようなキレたプレイも増え始めたので、もう、俺達の暗い過去はなくなって、本当に何もかも元通り、ご機嫌な日々が再び始まろうとしていたのだとばかり思っていた。だって王子はあんなに毎日艶やかに笑っていて、楽しそうに暮らしていて。さも愉快そうに俺をからかったり、監督ともすごく仲良くじゃれ合ったりしていて。俺には全部そんな風に見えていて。すっかりそんな気にさせられていて。
俺が彼の直面していた恐るべき危機に気が付くことが出来たのは、カマクラも不似合いな、桜も散るうんと後のことだった。夢の中で雪解けとともに微笑みながら消えていった雪だるま王子と同じように、ある日彼があまりにもらしくない形で忽然とその姿を消してしまうその瞬間まで、俺は全く気が付かなかったんだ。
王子、王子、どうしてあんたはいつもそうなんだ
俺が馬鹿なことを十二分に理解しているくせにあんたって人は
そうやって笑うばかりで何も伝えない
時間に限りがあるならなぜ最初からそれを言わない?
偉そうな顔しやがって、やせ我慢ばっかりで
ホントに俺以上に大馬鹿者だ
どこ行きやがったんだよ!帰ってこい!この馬鹿王子が!
