お花結び

GIANTKILLING二次創作小説同人サイト

*

鎖に繋がれて 4.5ある兄弟猫の怯懦

3月下旬~4月下旬のジノモチ視点のお話。ザッキーを切ってフラフラなジーノがひょんなことから退院後の持田の家に転がり込みます。(同居です。やってません。この先もやりません)転がり込んだことさえ押さえとけばこれも読み飛ばしてもほぼ大丈夫にしたつもりです。
ややこしいですが、幻11(ザキ視点での夢)と、持田の日々(モチ視点)と、休憩・傷猫子猫・夢うつつ・遭難(ジノ視点)は、ほぼ同じ時期のことを違う角度から書いてます。

持田の日々2

「ね、いい?」

 正気を取り戻しつつあるジーノが現実の重みに耐えかねて何かをし始めたことに俺はすぐに気が付いた。すっかり勘違いをしていたんだ、こいつの今のこの事態を招いた致命的な原因がよもやあの監督や俺の怪我の悪化以外の部分にもあったなんて思いもしなかったから。こいつの強情は相当なもので、そのあたりの部分は馬鹿みたいに堅牢な隠避の力を発揮してほとんど情報を引き出すことが出来なかった。無理をするとすぐにこいつは自分のスイッチを切ってしまう。

 ともあれ、今日もこの男は、どこを見ているのかもわからない目でこわごわと俺の目尻に指を添え、震える指先で軽く耳にかかる髪を梳いていた。小さな声で何かを呟いていたり、ぶしつけに微笑んでみたり、やはりここにいながら何かをしているようだった。そしてふいにここに戻ってきては、その苦悩に表情を曇らせ、時折こうして俺に謝ってみせたりするのだ。

「ボクの遊びに付き合わせてゴメンね?」

 これは何かのおまじないなのかと問うと、ジーノはままごと遊びだと説明した。こいつはよくこういう説明にならない説明をしたりする。昔はよく意味不明だと言って違う説明を無理強いしたりしたものだけれど、眉をしかめて黙ってしまうことが多いので最近は俺も少し自重している。どうせ言い直させるのは無理だから。
 ともあれこのままごと遊びはこいつの説明によるとあまりよくないことらしい。駄目だと自覚があるにも関わらず、どうしてもとめられないと膝を抱えた。どんな理由があろうと他人に利用されるのはゴメンな俺だったけれど、あまりのその切実さに黙ってそれを見ている他なかった。退行した状態から回復するのであれば、別にいいんじゃないのかと軽く捉えたのがいけなかったのだと今ならわかる。

  * * *

 あいつの奇妙なままごと遊び。遊びの中にいるジーノのぽそぽそとした会話は相変わらずほとんど聞き取ることが出来なかったが、時には少し大胆なほど外に表出することもあった。

「さすがに…続くと…微妙…ね…も…だろう?」

 今日もあいつの遊び言葉が少し外に漏れていた。

「フ…そんな…必要はまるで…キミに限ったことじゃ…誰しも…」

 遊びの中にいるジーノの表情は少し悲しげながらも何とも柔らかく、何かを包み込むようなあたたかさがあった。まるで誰かと一緒に肩を触れ合わせるほどに近く寄り添いあって、心を繋ごうとしているかのようだった。

「…キミは楽しくないのかい?」

 ろくに聞き取れない密やかな会話。その一つ一つにこいつのいつにない素直な気持ちが丁寧に込められているような気がして、だから俺は、今お前は誰と?俺と?それとも、自分自身と?なんて遊び相手を想像して。お前は本当はいつもこんな風に人と話したがっているのか?なんて考えて。ともあれなんて綺麗なんだこういう時のジーノは。というわけで他人なら気味が悪く感じられるこの独り言もこいつのものならそう邪魔にもならなかった。静かに笑う姿に、仕草に、俺はすっかり魅入られて、時間が許す限りこの美しい時間を守ってあげたいなんて柄にもないことを思ったりしていた。

 そう、俺はこの頃、寧ろ独り言が漏れるほど俺に警戒を解き始めているのはいい傾向だと認識していたんだ。でもあいつはそもそもそんなことをやれる奴じゃない。俺に心を許してそうしてくれていたわけじゃない。正気に戻ることに耐えきれなくてなりふり構わない状態になっていただけだったんだ。現実に立ち向かうことが出来ず、更なる誤った脇道に逸れてすっかり迷子になっていってしまう自分をわかっていながら。あいつはやめられないと。これは駄目なことだと膝を抱えながら、必死になってあいつは俺に、珍しくちゃんとそれを伝えていたというのに。一生懸命あいつなりに、苦しい助けて、とサインを出していただろうに俺は。

 日に日にあいつは、人知れずどうにもならない形で遊びの深みに嵌っていってしまった。俺は傍で見ていながらずっと自分のことだけ考えていて、結局こんな時ですら自分の都合のいいようにあいつを見てしまっていたんだと思う。俺は気が付いてやれなかった。まあ、それに気付いたところで俺は何も。まあ残念なことに何も。そうなんだけど。

  * * *

「フフ、焦りは禁物。冷静さを欠いてはなんの意味もない」
「んだよ、っせーな、てめぇは黙ってろよ」

 気が付くと見通しのつかない未来を考え暗い表情になってしまう俺に向かって、遊びの中にいないあいつはずっとこうして声を掛け続けていた。さりげなく、キミは不安を見せるのが嫌なんだろう?すっかり丸見えになってしまっているよ?と指摘する。己が力を取り戻しつつあるジーノの時折見せるこういう態度は、無茶苦茶俺の神経を逆撫でした。
 人の痛みに過剰なまでに敏感で、どんな時も、例えば自分自身がこんな状況になっていてさえ、ジーノは傍にいる俺に対してこうして反射的にケアに努める。そう、おもしろがって俺をからかっているのではない。そういうフリをしてみせているだけだ。怒らせることで俺を守っているつもりなのだ。誰にも見せたくないのだろう?ボクが隠しておいてあげるから早くキミの弱点を片づけなよ、と。そういいながら俺の弱味を踏みつける。あいつらしい屈折したやり方だ。そして俺に対する一番適切な対応だ。ジーノは俺をとてもよく理解している。そんなもので癒されてしまう自分が嫌だった。偉そうに保護者面してみせるその姿が、憎たらしく思えた。俺達の関係は何故こうも歪んでしまっているのだろうか?

  * * *

 俺は疲れていた。いろんなことに。片意地をはることも、威圧的な態度を続けることも、何もかももう、あの頃の俺は全てのことに疲れ切ってしまっていた。

「…ねぇ…納得しないといえば、一度聞いてみたかったことがあったんだ」

 突然何かを言ったと思った途端ふっとこちらに目を寄越すので、どうやら今のはあいつの独り言ではなかったらしい。疲れた。ジーノ。俺は疲れた。

「キミは今こうしてボクの隣にいることに関して、どう解釈をしているのかなと。納得はしているのかい?」

 ジーノの目があまりにも悲しげだった。所在なさげにフワフワと漂う目が、ここはボクの居場所ではないよね?と告げていた。そんな目をして欲しくなかった。俺も淋しかった。納得も解釈も、出来ていないのはお前の方なんだろう?そんなことが、辛かったので俺はついこんなことを言ってしまう。

「なんで急に?そもそもお前のことここに連れて来たの俺じゃん。健気に働いてくれることだし重宝してるよ?お前は全くちょうどいい俺の手足だな。ま、なんていうか…実際ありがたいと思ってる」
「ありがたい?」
「俺がそんなこというの気持ち悪いか?」

 こびへつらうように頭を下げるのは御免だと思って生きてきた。弱気な発言は俺が疲れ切っていたから出たものだ。でも、こいつが今の俺の傍にいてくれたことに感謝していたというのは本当のことだった。ジーノがいかれた様子だからこそ、聞き流されるように過ぎ去っていく時間だからこそ言えた一言だった。

「ボクは別になにもしていないよ」
「…なんもしてないとか謙遜して言ってる?まさかな?そんなことないよ。お前はちゃんとやってくれてる」
「そんなことはあるんだよ」
「お前がいなかったら色々不便だったじゃん。助かってるんだって。安心しろ、感謝はホントだよ」
「まさか」
「本当だよ」
「……」

 邪魔くさいやり取りにもかかわらず、何故か不思議とイライラせずに済んだ。ジーノは今あらゆることがやりにくくなっているようで、次第に感情表現がシンプルになっていたせいもあると思う。だから俺もつられた。
 こいつとこんな風に話せる日が来るとは思ってもみなかった。俺達はとても不器用で、いつも角突合せて暮らしてきた気がしていたから。緻密な先回りの一切が失われていった今のジーノの表情は、少しずつ穏やかなそれになり始めたと感じていた。俺達はこれからまた少し変わっていくのかもしれない。そんなことを考えていた。

  * * *

 遠征後も当たり前のようにこの家にやってくるこの男は、次第にいつものペースを取り戻しつつあるようだった。そう、あのひっきりなしの女遊びも復活させたようだ。痕跡を残さず帰ってきているつもりでも、それでも俺なんかみたいな人間には無駄な努力。なんとなく気にしているようでもあったので、男の本能なんだからしょうがないことなんだろ、わかってっから、とだけ言ってやった。

「キミの方の…その…処理は…どうしてるの?今はボクがここにいるから…色々不便だよね?」

 信じられない。断じてこんなことをこんな風に真面目に質問してくるような馬鹿な男ではなかったはずだ。全くこいつはどうしようもない馬鹿だ。

「あの…ちゃんと…出来てるの?モッチー」
「うるせぇほっとけ!」
「えっと、置いてもらってる御礼に…なんか手伝ったりしたほうがいい?」
「結構だ!」

 俺達がそういうことに縁遠くなってから一体何年経っている事か。冗談でやろうかなんて声を掛けあったこともあったけれどそれは冗談だから言えたことで。素で真面目に心配されることほど、あー!今思い出しても虫唾が走る。俺を動揺させることが出来るんだからたいしたタマだよ、あいつは。

 別の日なんかはこんなことまで言い出した。全くこいつはどうしようもない馬鹿だ。一体何本ネジが飛んだらこんなことになるんだ?

「変な話だけどさ、なんか気になっちゃって」
「何が?」
「ボクは男で、その…ボクと、キミとの関係に…あの、彼氏に、変な誤解とかが生まれたらとか思ったら…」
「あるわけねぇだろ!お前だぞ?自分の思ってる以上にお前の女癖の悪さは絶望的に有名だよ!」

 まるで、そう、まるで別人だジーノ。お前は今誰なんだ。変化していくその姿。こんな人間、俺は知らない。今のこいつがこまごまと気に掛けるのは、いつもの高慢ちきな王子に似つかわしくない馬鹿げたポイント。貝のように黙って時々単純な時事しか話せなかった、ちょっと前の退行していた時とはまた違う幼さあどけなさ。これは遊びの中にいるときにだけちらりとのぞかせたこいつの素直だ。ドンドン意識が単純化されて、ずっと隠し持っていたものがぶしつけにひょいといきなり顔を出す。俺は王子になる前のジーノも知ってはいたけれど、その頃だってこいつは決してこんな風なんかじゃなかった。当時から弱虫なくせに高飛車で、ボクの行う親切には必ず打算がついてるなんてうそぶいていたりした。
 俺は今までこいつの何を見てきて、そして何を知っていたのかと、そんな落ち着かない気持ちになった。打ち解け始めているはずのジーノがとても遠くに感じる。思った以上に。一緒に居る時間が長くなればなるほど、俺の中の戸惑いと孤独は徐々に大きくなり始めていた。お前って本当はどんな奴だったっけ?たったそれだけのことがもう俺にはよくわからなくなっていった。俺にだけは見せてくれていたと思っていたあのお前のいろんな姿ですら本当はお前は何もかも嘘で塗り固めてきたというのだろううか、実は理性を残したものだったんだろうか、なんて。そんなことを。

 怪我も病気も嫌いだ。人を弱く弱くする。俺は弱いものが嫌いだ。俺がどうしようもなく弱い存在だから。お前も俺と同じくらい弱いと思って暮らしてきたのに、ちょっと違っていたのかな。そんな気持ちが俺の座りを悪くする。弱いこいつを守ってやりたいと思ってきたはずなのに、結局はこいつが俺を守ってきただけだったというのか?この思いは何だろう?嫉妬なのか?俺が?こいつに?俺より強かったのかと、そのことが許せないのか俺は?

 それでもニュースではお前の活躍が大きく取り上げられて、お前が笑ってプレイする姿が見れたのは嬉しかったんだよ。俺は動けない自分の卑屈と戦いながらも、お前の幸せを願ってたんだ。本当だ。わかってくれるだろうか。ジーノ。

 再び崩れていくお前を見て、ホッとしたような気持ちになったのは嘘じゃない。どうしてお前は、お前だけが?と。そんなことを考えてしまったのは嘘じゃない。お前のそれは裏切りじゃないかと、そんなことを思ってしまったことだって嘘じゃない。

 でも。本当なんだ。誰か助けてやってくれ。こんなことを誰が本気で望む?冗談じゃないって言ってんだろ?