お花結び

GIANTKILLING二次創作小説同人サイト

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鎖に繋がれて 5

今回は失踪した頃のザッキー視点のお話。作中の時期は2007年5月頭の頃。ようやく作中の季節と現実の季節がちょうどいい感じに。よかった!でも春先に相応しくないグズグズな展開になっていくのであんまり気分はよくない感じです。登場人物は王子、赤崎、達海、後藤、椿(ほんの一言だけ)

ライナスの毛布

 電気を点ける。明るくなると部屋は印象程荒れていたわけではなかったが、それでもいつもの見慣れていたはずの空間には沢山の違和感が存在していた。この家はいつもはスッキリと小奇麗な印象で、なのに今はそれが異様なまでの殺伐さを感じさせていた。
 無駄な物がない部屋だからこそ目立つこの部屋の見慣れぬ雑多。目に飛び込んできたのはダイニングテーブルに広げたままのインテリア雑誌。季節外れのクリスマス特集のツリーのグラビアが汗ばむほどの春の陽気の中で異様に情景から浮いていた。キッチンには出しっぱなしのいくつかの食器。カウチにはクシャクシャのブランケット。それはまるでこの空間における不快なノイズのようなものだった。

 ここは王子のいない王子の部屋。荒涼。荒廃。そんな言葉が脳裏に浮かんでゾッとした。明るくて上品で美しいこの部屋がまるで廃墟のよう。

 俺達の愛したこの家はシンプルながら暖かみの感じられる世界で、入るなりまるで今のこの季節のようにふんわりと穏やかな気持ちになったものだ。けれど、今はシンと静まり返って空気はまるで凍り付くようにピンと張りつめている。空間が人を受け付けていない。漂うのは身を刺す痛さと拒絶感だった。
 この、いわゆるなんともいえない寂寞感に体の芯から震えがくる。俺と別れた王子の生活は元の通り艶やかで潤い溢れた日々になっていったと勝手に思い込んでいたのに、訪れてみればここは最後に俺が訪れたあの日からさらに加速し崩壊していったような、そんな哀れな姿を晒すばかりだった。
 悲しいのに心に浮かぶは惨めな安堵。俺は幸福な王子を願ったけれどそれはただの綺麗事。結局カウチに寛ぐ王子の隣に誰かが座ることを許せはしなかったということだ。ホッとしたのはおのれ可愛さ。そんな醜さを今自覚する。俺はなんて気持ちが悪い人間なんだろう。

 身の置き場がない。前以上に。この部屋の光景、クラブハウスでの王子の様子。頭の中で繋がった。この世界は今の王子。誰もいない。生きている気配すら感じさせない弱々しさ。動悸が激しくなる。体がザワザワする。俺は王子の笑顔に一刻でも早く触れないことには、叫びだしそうなくらい不安で不安でどうしようもなかった。困った時の王子頼み。気落ちした時の俺の特効薬。この段になっても俺はその癖が治らなかった。
 だから、王子はここには帰らない、という奇妙な確信には見て見ぬふりをして、俺は暫く彼の帰りを待つことにした。俺は弱い人間だったので思考を停止することしか出来なかったのだ。王子の今が心配で不安で、だから王子に助けを乞うなんて。俺は本当にどうかしている。

  *  *  *

 まずは王子がロッカールームに残していった靴は玄関に。王子の服は寝室の隣のクローゼットに。そんな間も今日の出来事、目の前の風景が一緒になってグルグル、グルグル回っている。苛立ち、焦燥、後悔、自責、何よりも強いこの不安、そして恐ろしいまでの喪失感。
 このままじっとしていると自分がドンドン駄目になっていくのを感じたので、取りあえずよどんだ空気を入れ替えるためにリビングの窓を開け、続けて埃っぽい室内を軽く掃除をすることにした。
 どれくらい王子はここに帰って来ていなかったんだろう?そんなことを考えるうちに、まさか昨日まで俺が見ていた王子は幻だったんだろうか?などと思うようにまでなってしまう。自分の混乱がドンドン自分をおかしくさせていっていることを感じながら掃除を続けた。

 目に見える成果のある作業はこういう時にはとてもいい。この部屋を元の世界に戻すんだ。俺達が一緒に過ごしたあの暖かい世界に。俺はこの哀れな作業を楽しむ努力を続けた。それでも身を襲う、つんざくようなあまりの欠乏、そのあからさま。俺は今の惨状にたまらなくなって、掃除の途中に何度も何度も雑巾を投げつけるような真似をした。そんなことをやったところで何の解決にもなりはしない。でも、今更湧き上がるこの悲憤と痛嘆をどう処理していいのかさっぱり見当が付かなかった。

 冷蔵庫を覗けば賞味期限の切れた牛乳やしなびた野菜が入れっぱなしで、そんなものも勝手に全部処分した。他には夏に買って俺が冷やしたビールの残りが一本ポツリ。俺は奥から顔を覗かせたその困惑を、処分のつもりでその場で一気に飲み干した。とても不味かった。というか、なんの喉ごしも味も感じることがなかった。ペキョンと片手でそれを潰してまた捨てる。それから放置されていた食器を洗い、かごに入れたままの服の洗濯をして。そんな風に俺の細々とした片づけは続いた。
 そしていよいよやることがなくなったので、置き去りの雑誌を片手に一人では広すぎるカウチにぎこちなく座った。手繰り寄せたクシャクシャのブランケットには、わずかながら王子の匂いが残っている気がした。

  *  *  *

「王子…」

 テレビもつけず膝を抱えて過ごす独りぼっちの空虚な時間。何も食べてはいなかったけれど、何も食べる気になれなかった。空腹の中のたった一本のビールが俺を深く悪酔いさせたことは感じた。ただただ王子を思いながら頼りない布キレ一枚抱き締め、玄関の音に耳をすませた。

 10時。11時。1時。2時。四六時中時計を確認するものの、王子は帰ってこない。勇気を出して半年ぶりの電話をかけてみても電波が届かないという素っ気ないメッセージの繰り返しを聞く羽目になるだけだった。
 こんなところにいても無駄、こんなことをしていても無駄。わかってはいた。でも俺は身じろぎもせずにカウチにへばりついていることしか出来なかった。王子の帰りを心待ちにしているのか?連絡が付かないことにホッとしているのか?自分にもよくわからなかった。