お花結び

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鎖に繋がれて 5

今回は失踪した頃のザッキー視点のお話。作中の時期は2007年5月頭の頃。ようやく作中の季節と現実の季節がちょうどいい感じに。よかった!でも春先に相応しくないグズグズな展開になっていくのであんまり気分はよくない感じです。登場人物は王子、赤崎、達海、後藤、椿(ほんの一言だけ)

廉直なる者

 もうあれから何日目?王子はまだこない。

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 今日は試合。新潟戦。アウェイ。

 王子はベンチ外で帯同なし。対外的な建前上の理由は連戦によるコンディション不良。内部的にはリフレッシュのためのバカンス中につきお休みという形。
 ここ最近勝ち点3を取れない試合が4回も続いていたこともあって、このタイミングの王子のサボりを皮肉る声も勿論チラホラ聞こえた。けれど、王子のマイペースに関してはガミガミ言っても逆効果だから、と。そんないつもの致し方なしという風潮のほうが優勢だった。
 取りあえず今は基本的にみんな自分のことで精一杯で、今起きている危機に関して誰も大問題だと捉えるものはいなかった。失踪を知る俺と、そして理由を知りながらそれを隠匿している監督を除いて。
 ただでさえ不調なのに今日は雨降り。どうしようもないコンディションのオレは今日無茶をしてカードを食らった。それに加えてイライラして周りにケンカまで吹っかけてしまった。勝てなくともしばらく黒星だけはなかったというのに、今日の結果は全くクソだった。先が見えない真っ暗な未来。否応なしに駆られる焦慮。いつにもまして思う様に動かない体と負けが堪える。苦しくて息が出来ない。

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 今日はオフ。休んだところで取れる気がしない全身の疲労。

 何もやる気が出ない俺はただぼんやりと王子の家で過ごしていた。あの人がいなくなってからの俺の毎日はずっとこう。もうここにいて怒られるとか、王子に会いたいとか、会ったら何を話せばとか、そんなこともなにも頭になかった。ただ練習以外の時間はこの部屋で過ごす。目的も失ったまま、ただ自動的に。機械的に。
 このマンションのプールやジムは王子がいないと入れない。でもそれ以前に行く気もしない。退屈しのぎに未視聴の試合の録画を観ようと思ったけれど、心躍るはずの組み合わせの試合のどれもこれも結局ちっとも面白く感じられない。映像がただ流れていくばかりで全くプレイが目に入ってこないので、いい加減やめた。こんなこと、やっぱり今まで一度もなかった出来事だった。どんな時にもサッカーだけは俺の傍にいてくれたはずなのに、今の俺の周りには何もなかった。

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 いつも暖かく明るく感じていた室内が、今日もとても薄暗い。

 肉体的にも精神的にもドンドン疲労が蓄積。最悪なコンディション。でももうぼんやりとしたシルエットですらあやふやになってきてしまった王子のことを思う。なのに思い出せない王子の姿。そんなものが頭から離れない。

 王子。いつものように、当たり前のようにそこにいて、俺にプロとして自覚が足りないと呆れて、怒って、優しく笑って欲しい。兎も角ゆっくり寝なさいとかなんとか言って俺を寝かしつけながらも、結局ベッドに入ればくすぐったりちょっかい出してからかってみたり。そして、ふざけながらも段々と包み込むように、フワフワと優しく抱き締めたりして欲しい。それから少しずつ俺の色んな、他人には許さないような場所まで一つ一つ確かめるみたいに触れて回ったりして欲しい。そうやってドンドンあの繊細な感性を使って俺の全部を知って、感じて、味わって。王子も一緒にうんと、うんと、二人で深みに嵌っていってしまうようなあの時間をもう一回俺と堪能して欲しい。もう、体が、心が、すっかりそれを忘れてしまった俺の大切だったはずの二人の秘密のあの行為の時の感覚を思い出させて欲しい。王子。
 なのに、彼の顔が、姿が、温かさが思い出せない。俺にはもう王子がどんな声で話すのかすらわからなくなってしまった。

 そして、暫くしてふと俺は我に返る。その内容にぞっとする。ああして欲しいこうして欲しいと考える貪欲な自分に、今なお幻の王子を貪りたくて追い求めている自分。俺は本当にわかったような気でいるだけで何一つわかっちゃいなくって、あぁ、これでは、こんなことでは、彼はここに帰りようもないのだと、その度に俺は絶望の孤独を痛感してしまうのだった。どうしてこんなにも王子を欲する心が止まらないんだろう?

「王子、ゴメン。なんで…なんで俺はいつもこうなんだろうな、いい加減にしなきゃ…」

 気が付けば俺は何度目かの謝罪をそんな風にまた呟いていた。そしてその度に感じる、心臓が鷲掴みにされたかのようなこの痛さ。鈍感な俺には世の中、全然わからないことだらけ。胸が痛むって言葉、こんな物理的なものだなんて今まで知らなかった。いつまでも愚かでガキでそんな自分に全く呆れてしまう。今はもう、こうしてじっとしているだけなのにこんなにも痛い。ギリギリと締め上げられて頑張らないと息が出来ない。そして、息をして、また痛い。
 痛みが自分を押しつぶしていく。俺はいつも自分、自分で自分のことだけで手一杯で、反省したつもりで結局何度も何度も同じことを繰り返し、そうして王子を見失い続けて、際限なく俺達の距離は遠ざかり続けた。そして今、本当に王子がここにいない。どこにもいない。自責の念で死んでしまいそう。強くなるために俺を支え続けたサッカーも、王子も、俺の傍にはいなかった。突然全部が消えて、俺はあまりにも無力な本物の独りぼっちだった。

  *  *  *

 もう遅い。全部今更の話だ。勿論わかってる。俺達二人に関する結論なんかとっくの昔についている。

 でも陰鬱な気持ちの中でともかくもう一度だけ王子と話をしなくちゃいけないと俺は感じていた。王子と、いや、ルイジ吉田その人自身と。彼が向き合うか向き合わないかを別にして一回はそういう場を設けないと本当に俺達二人の全部が嘘になってしまう。そんな気がした。俺達は始まらないまま終わってしまったけれど、このままでは俺はどこにも行けない。王子のくれたものが全部無駄になってしまうことだけは絶対に避けたかった。俺はあの人をあまりにも理解しようとしてこなかった。

 王子はなにが好きだって言っていた?なにを望んで、何を夢見て?思い出せなかった。楽しみだというのは俺の成長。珍しく最近はまっている趣味なんだよと笑った。俺を飼育し、愛でること。それを楽しんでいるものと感じてた。王子の好意はあらゆるところに行き届いてしまったが故に、俺は育ててもらっていると勘違いをしてしまっていた。でも本当は?
 王子と対等になる日を望みながら俺はその実、多分ずっと王子を裏切り続けたのだ。王子は俺を育てていたわけでもなんでもなくて、依存する俺を静観しているだけだった。犬扱いし、時には性的な意味で俺を翻弄するような真似までしてみせた王子だったけれど。俺の本質的な弱さ、根幹の脆弱さにはいつも触らずに窘めずに、そっと寄り添い続けていてくれていた気がする。入団による環境の変化に萎縮し依存が必要なほど不安定に陥っていた俺を、黙って寄り掛からせるままで居させてくれてた。俺はしゃかりきになりながらも、何一つも育つことがなかった。鍵を渡す程歩み寄ってくれていた彼を無視し続けていた。単に俺は彼を都合のいいように使っていただけなのだ。

 こうして冷静に、いやぼんやりと彷徨う思考を野放しにしていると、とりとめもない日常会話からあの人の中にある一定の価値観が見えてくる。王子はそもそも他人を育てるとか育てられるとか、およそそういう考えを持ちえない人間だ。人は人、自分は自分。自己を尊重するのと同じように他者をも尊重し、本質的な介入は決して行わないしやらせない。俺の甘えを黙って受け入れ続けたのは何故だったのだろうか?わからない。彼の引いた厳しい一線を安易に超え、もたれかかった俺の無神経な行動の数々を、あの人は一体どう捉えていただろうか。俺のやったことは明らかに彼の許容を超えるルール違反であったと思う。

 わからないことが今でも沢山。俺の前にいる王子は様々な矛盾をちらつかせ、その度俺は王子の裏を探す羽目になった。あの人の投資によって俺から回収しようとしているものは何か。ずっとそんなことを考え、焦り続けた卑屈の毎日だったような気もする。ジレンマの中にいる俺は素直さの欠片も持たなかった。全部自分が引っ張ってきて作り出した毒だ。
 それでも一緒にいて俺は結局王子に安穏な生活を守られていただけだったのだ。王子はどうあったろうか?スマートなようでいて不器用な、あの人らしからぬ筋の通らない行動の数々。気まぐれ?そんな気楽なものなんかじゃない。王子の不思議なあの奇妙は、単なる悲劇的な結果の産物だったのではないだろうか。俺は王子が俺の我儘から逃げられないことを本当は知っていた。知っててやっていた。王子は耐え、そして逃げ遅れた。間にあわなかったんだ。成程つくづく相性が最悪だったんだな、と俺の思考は振り出しに戻り、結局延々不毛なまでの閉塞状態に陥るばかりだった。

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 そんなつもりはないのに、勝手に思考がめぐり、自動的に落ち込み自己嫌悪に陥る。

 俺はいつもこれを心の中で繰り返してしまう癖があった。無限ループに近い自罰的な思考停止にも似たこのサイクル。そんなものを常日頃から飽き飽きしながら眺めているもう一人の自分がいる。右往左往。こんななんの足しにもなりはしない自虐をやり続けている自分を見ているのは不愉快だった。何から何まで今更の話で、全く無駄な作業で。本来なら考える必要もないどころか自らの足を引っ張る可哀そうごっこの自慰のようなものだ。王子にとってかけがえのない自分でいたいがために、都合よく今に酔って気持ちよくなろうとでもしているかのようだった。本当に愚かだ。

 でも、惨めな姿の限りを晒す自分が最後にはちゃっかりこの迷路から抜け出し前を向くことが出来ることも眺める側の俺は知っていた。その力を持っていたから今、夢を叶えプロサッカー選手になれたと言っても良かった。下を向くのは間違いだらけの俺にはそういう馬鹿をやり尽すのが必要なことだったから。こんなネガティブな思考の一人遊びで無駄な時間を過ごしているわけにはいかないことを本当の俺は知ってる。そんなことをやっていても出口なんかない。不毛を知っている。でも、こうしてトコトン自分の愚かさに酔い、自分本位の悲劇のヒーローをやり切って、そしてその姿に呆れるだけ呆れなければ俺は次に進めない。俺はそういう、本当にちっぽけな、あまりにもダサい人間だった。

 だから今は落ち込み、酔って気持ちよくなりたがる自分を静観して。勝手に巡るグルグル思考は放っておいて。
 それとは別に落ち着いて気持ちを切り替える努力をしようと考えていた。大丈夫、自分のヘマに立ち向かう前の儀式だ。なるたけ早くこれをやり切って次に行く。何をすべきなのか正しく理解するには、もっともっと自分が追い込まれる必要がある。だから迅速に俺は醜さの限りを尽くして潰れ切ってしまう他なかった。

  *  *  *

 王子は俺のことをなんだと言っていたっけ?…そう、王子を助ける番犬だ。

 馬鹿な俺はいつでもちゃんと彼の言葉を聞いていない。あれほどまで彼が真剣に打ち込んでいであろう大好きなサッカーの世界に戻って来れない今の王子。女々しく独りよがりをしている今の自分。一体どっちが深刻な状態なのかなどそんなもの全く考えるまでもないことだった。

 王子はあの日既に俺に役割を与えていたではないか。今更でもルール違反の覗き見の結果でも何でもいい、もう俺は王子が俺を呼んた事実、そんな過去があったことに気付いてしまった。終わりの笛が鳴っていても、始まりの笛が鳴らなくても関係ない。兎も角彼が諦めていても、とっくの昔に通り過ぎてしまったとしても、俺はやっとそのポイントまでたどり着いたと彼に伝えたい。
 王子は今困ってる。俺に資格があろうとなかろうと、今度こそ本気でこの胸の中で彼に泣いてもらいたい。その覚悟を持って彼に一度接したい。今は何よりもその力が欲しい。

 俺はグルグルの堂々巡りの中で心の片隅に浮かんでは消えるそんな思いを必死で掴んで足掻いている、藁掴みの遭難者みたいなものだった。こんなにも強くなりたいと、心から願ったことも多分初めてだったような気がする。