鎖に繋がれて 5
今回は失踪した頃のザッキー視点のお話。作中の時期は2007年5月頭の頃。ようやく作中の季節と現実の季節がちょうどいい感じに。よかった!でも春先に相応しくないグズグズな展開になっていくのであんまり気分はよくない感じです。登場人物は王子、赤崎、達海、後藤、椿(ほんの一言だけ)
甚だしき者
ともかくサッカーに集中することだ。
無様を晒しまくって出した俺の強くなるための結論は結局そんなことだった。何をどうこねくり回そうと自分が思いつくこと、いや、いつでも俺が考え付くことはそれくらいしかなかった。こんなに自分とサッカーの距離が離れてしまったのは初めてのことだったけれど、それでも俺はひたすら練習に打ち込む決心をした。
そして練習の時間以外は毎日王子の自宅で過ごし中で彼を待って過ごす。それも相変わらずのことだった。音信不通になって1週間。この家に帰宅してからまずやるのが繋がらない携帯電話へのコール。そして、その日に行ったチーム練習と自主トレのメニューの報告メール。しつこいのも王子が読んでもいないのもわかっていたけれど、それでもやめられない俺の日課となった。
家に付いたら、シャワーを浴び、洗濯機を回して、夕食を作る。自炊は苦手で全くやる気が起きない。それでも彼の作っていた様々なレシピを思い出しながら適当にまねて作って食べる。脂質、ビタミン、炭水化物、タンパク質。日本人に不足がちだというミネラル。あまり覚えていない。食材に火を通しただけともいえるそれらを無理矢理水で流し込む。でも冷たすぎる水は内臓を冷やすので程々に。それなりに調味料も使うけれど、いつも味がしなかった。
電気をつけていると彼がいないことが身に染みるので、調理と食事と片付けが終わったら電気を消す。テレビもつけずにカウチに座る。時間が経つのが遅すぎて、何度も何度も時計を見る羽目になる。なにも考えたくない。早く明日になってまた体を動かさないと辛い。チーム失速の中、あまりにもセルフィッシュな事情で練習に埋没する俺を見て、椿は
「自分はなんかあるとすぐ落ち込んじゃって…俺もザキさんのように常に前を向いて頑張りたいです」
と言った。全く、くそくらえだった。
王子の顔も姿も声も、もうすっかりわからなくなってしまった俺は、少しでも王子を感じたくて夜毎彼の寝室へ。俺はまるで乳離れできない子供のように王子の枕を抱き締め彼を思って泣きに泣くのが毎日の日課になった。そうしないともうまともに眠ることすら出来ないような、全く情けない有様だった。
* * *
ある夜、いつものように暗がりの中。寝ているのか起きているのか自分もわからないまま、カウチで王子のブランケットをかぶりながら膝を抱えてぼんやりと過ごしていた時のことだった。
突然玄関のロックが解除されドアが開く音がした。
(え…王子?まさか)
帰りを待っていたはずがなんの心の準備をしていなかった俺は激しく動揺したがどうすることも出来ずただ息を潜ませその場で竦んでいた。意識をそちらに集中させるとごそごそと電気のスイッチを探す音とともに靴を脱ぐ音、足音が聞こえてくる。
(王子じゃない?彼はこんな歩き方は…)
俺の他に王子の家の鍵を持ってる人間。誰だ?女?気配の違いに違和感を覚えた直後、来訪者が呟いた言葉が廊下から聞こえてきた。
「ったく、超めんどくせーし」
聞こえてくる声には聞き覚えがあるようなないような。近づく足音に緊張が高まったが、扉の開く音がしたのでリビングではなく手前の書斎に入っていったようだった。
「…んだよ!こんな中から探せってか!ハッ!ざけんな!」
なんだろう、男?この声、この高飛車で人を食ったようなしゃべり方。やっぱり聞き覚えがあるようなないような。探せ?何を?一生懸命思い出そうとするのだが、自分の心音があまりにうるさくて思考が全然まとまらない。
「もしもし?ったく早く電話出ろよ!あー?うん、お前んち今着いたとこ」
話し声。来訪者はどうやら電話を掛けはじめたようだった。
(お前んち?まさか王子に?この声の主は今王子と一緒にいる人なんだろうか。探せって、何かを王子に頼まれて取りに来たんだろうか?)
沢山の疑問が一度に自分に押し寄せる。混乱してどうにもならないので王子のブランケットをギュッと握りしめて、落ち着け、落ち着け、と心の中で呪文を必死で繰り返していた。
「…は?誰もいねーよ。何言ってんの?…ほんと、お前なー、マジふざけんな。お前のお手付き女が今ここに居たら俺マジでブチ切れ…あ?まあな。そうだけど…つか大体さー、お前は俺を一体なんだと…あ?…うん…まあな。今更…わかってるよ。うん…うん…マジお前なー…うん、超グダグダで…。ってなんだって?バッカじゃねーの?めんどくせぇ奴。…あー、はいはい、わかったって、ホント。うん。…っるせぇ、俺のことはほっとけよ。で、どこだよ。さっぱりわかんねぇし。……あぁ、うん…これか、ここのどこだって?…右から何番目だって?」
乱暴な口調ながら、二人の仲がそれなりにいいことがわかった。男友達なんだろうか、あけすけな物言いのこの侵入者と王子が、なんだか組み合わせ的に不思議な気がした。まあ、考えてみれば自分も王子とこんな関係にあることなど不自然で不釣り合い以外のなにものでもないわけだけれど。
二人の電話の様子からこんな時に王子が咄嗟に駆け込む先があったことにホッとしたのもあったが、駆け込む先が自分ではなかったことと、この男のような存在を自分が今の今まで知らなかったことを感じて抉られるような淋しさが身を刺した。どういう関係?友達?それともこれが王子の本当の恋人?
「超ウゼェー!鍵かかってっし!…あ?どこだって?…うん。ああ、あった、あった。…え?マジ?これ全部?無理だろ!無理無理!鬼かお前!これ一人で運ばせるつもりかよ!俺が今なんで試合でねぇでブラブラしてっと思って……」
「手伝いましょうか」
「なっ!お前、誰だよ!」
電話の先に王子がいる。もうそれだけでいてもたってもいられなくて、なんにも考えないで声をかけた。誰もいないと思っていた相手が驚いたのは当然だったが、俺も驚いた。聞き覚えのある声の主が、A代表の10番、東京Vの持田選手だったからだ。
