鎖に繋がれて 7
ジノザキ、やっとおうちに帰ってきます。登場人物は王子、赤崎、持田の3人。一部ジノモチ的描写ございます。けど、じゃれてるだけでお話した通り単なる仲良しなお友達です。
モッチーがザッキーの事気に入って、親切半分、意地悪半分という感じであれこれと。ザッキーのヤキモチはそんなモッチーのあやふやなミスリード?にひっかかった形……のつもりです。
見える執着、見えない執着
嫉妬と、疑い。確証はない。赤崎は頭ではこれが自分勝手な妄想なのは理解していた。でも許せないというこの憤り、その感情が抑えきれない。怒りのあまり体まで震える。
「あれ?なんか怒ってる?」
強い視線で持田を睨みつける赤崎を見て、シレッと男はそう言った。相変わらずのその態度に赤崎は神経を逆撫でされる。嫉妬が八つ当たりを生む。もしや逃げ込む男を更に貶めるようにこの人は無茶を?などと。
「お前は俺に怒ってる暇なんてねぇんだよ?わかる?こいつホントヤベぇんだから。ほっとくと死ぬぜ?多分だけど、こいつまたあん時の……」
持田の言いかけた何かを聞きもしないうちに、我慢の利かない赤崎はとうとう爆発した。
「……死ぬ?殺されるの間違いだろ!?こんな、こんな状態普通じゃねぇよ!」
「怒鳴らなくても聞こえるよ」
「こんな!こんなわけわかんなくなるまで酒飲ませて!どう見ても、あんたが駄目にしたんじゃねぇか!」
「……あぁ?」
出鱈目な言いがかり。赤崎は全部自覚した上で、この憤りと悪感情を何かに叩きつけてしまいたかった。自分を頼って欲しかったのにそれをしなかったジーノへの怒り。頼られた持田への嫉妬。そして何よりも強い、自身の不甲斐なさに対する耐え切れない失望と絶望。今すぐ吐き出さないと頭がおかしくなりそうだった。
「王子は辛くて……きっとあんたに助けて欲しくてここに……なのに反対にズタズタに切り刻んだんだ。王子はアスリートなんだぞ?日頃からすっごく体調管理にも気を付けてる人で、こんな……前後不覚に、普通ありえないだろ?あんたが飲ませたんだ、こんな駄目になるくらいに!」
イラッとした持田が黙れとでも言わんばかりに言葉を叩きつける。
「うっせぇなぁ!黙ってろ!」
突然の恫喝に赤崎がビクリと竦んだ。その拍子に、持田は我に返る。威嚇のそれから感情の読めない飄々とした表情に変わる。
ジーノが人に助けを求めることが出来るタマならそもそもこんなことにはなりはしない。持田は人知れず歯ぎしりをした。ジーノは助けて欲しくて自ら来たわけではなく、そもそも自分が街中で拾ってここに連れてきたのだ。そして、あの日ジーノは持田に連れてこられた意味をすぐに察してしまった。
連れてきたのは面倒を見るためではない。
そんなお綺麗な話ではないことを持田は自分で知っていた。病院帰り。先の見えない恐怖に包まれた自分は、手近な何かを必要としたのだ、あの寒い日に。そして、鏡は鏡のままに。同じ状態の二人は身食いしながら虚像を癒す。縋ることすらまともにやれない、これは互いに弱わりあう、不器用で稚拙な衰弱の世界だった。
だが、持田はそんなことを目の前の男にぶつけても仕方がないことも知っていた。説明しようにもどうにもこうにもプライドが許さない、そんな自分の小ささもわかっていた。
「……ロクデナシばっかだな、こいつの周りは」
溜息交じりで呟いたその一言は自戒を含んだものであったが、当然赤崎は自分に向けられたものとして深く突き刺さる言葉となった。この男にだけは自分の無理解を口にしてもらいたくはなかった。自分よりもずっとジーノを理解しているであろうこの男には。
「俺は俺なりのやり方でこいつのこと救ってんだぜ?今、まだこうして話せる状態なだけマシなくらいなんだから」
「でもこんな……急性アルコール中毒にでもなったら」
憤りを抱えたままで言い澱む。ジーノが只事ではない状態にあるのははっきりとわかる。なのに自分が何をすればいいのかさっぱりわからず、今は暴走の果てに目の前の気に入らない男に噛みつくことしか出来ないでいた。
「王子だってどうかしてしまうって今」
「酔っ払いの戯言真に受けて偉そうな口叩くなよ」
「偉そうな口叩いてんのは王子に碌な事やらねぇあんただろ!?」
煽り文句に抑えきれない憤りが爆発して、赤崎は思わず壁を蹴りとばした。ダン、と大きな音が室内に響きジーノはビクリと身を震わせる。持田はハッとジーノを見やり、すぐに赤崎に向き直る。
「あー、あー、こいつのことは愚か商売道具の大切さまで、何一つわかってねぇんだなぁ?お前。本気でむかつくわ、そういう態度」
眼力だけで人を殺せるのではないかという威圧的な表情。煽られたのは赤崎だけでなく持田も同じ。生々しい感情の表出する、持田にしてはかなり珍しい姿だった。持田に弄ばれていると感じている赤崎は、その赤裸々なほどの正直さ故自覚なく人の本質に触れる力を持っていて、ともすると持田もジーノもその力に引き摺られがちになる時すらあったのだ。
赤崎の舌禍がそうとは知らず急所を抉るので、持田はカッと来て赤崎に掴みかかろうとする。
一方ジーノは大きな物音と空気に恐怖し、自分の元を去ろうとする持田に必死にしがみついていた。持田がそれに気付き再び冷静さを取り戻したが、ジーノは持田の反応も赤崎の存在も全く意識から飛んでいるかのように、振り払われても更に絡みつき舐めるように執着を続けた。
「おーいー、ジーノ待てって」
「嫌、だ……」
「離せって」
肌を感じていないと今にも死んでしまうとでも言いたげな抑えきれないジーノの衝動。動物的なまでにそれを誘う淫靡が赤崎の目を眩らませる。
ジーノの様子から、ここにいる間如何に彼が自らの意思で持田を欲し、事ある毎に現実から飛んでいたかが赤崎にはよくわかった。その強引は非常に強迫的であり、持田の拒絶もまた相当のものだった。普通の人間なら臆して震えあがってしまう程の、意地と意地のぶつかり合う小競り合いだった。
力が入らないながらもジーノの強引は止まず、持田の体を求めてその手は延々としつこく彷徨い続ける。この押し問答の果てに、何度かは胸元にのぞくあんな痕を付け合う行為にまで発展していったのだろうことが容易に想像出来る。
ジーノ自身がこれほど直接的に人を欲している姿を赤崎はこれまで見たことがなかった。恋人を赤崎に会わせたことはなかったし、会わせたとしてもスマートな男はこんな姿を絶対に見せはしなかったに違いない。赤崎を夜に誘う時ですら、まるで目で殺すだけで十分とでも言わんばかりに本当の意味で力を酷使した形で赤崎を組み敷くことなどただの一度もありはしなかった。
そのうち力尽きてズルリとベッドから転がり落ちそうになったジーノを見て、結局やれやれといいながら持田はぐったりとしたその体を支えそっと寝かしつけるように男をベッドに縫い付けた。
赤崎はただただ自分がないがしろにされるがままに、続くその情景を拳を握りしめて睨んでいることしか出来ないでいた。
「なんつー顔してんだよ。馬鹿かよお前。なんか変な想像してねぇか?」
縋るジーノの腕をスルスルとすり抜け、持田は起き上がりながら赤崎に言った。でも赤崎の目には明らかにジーノがそれを求めているモノに見えた。ジーノの性指向が非常に無頓着であることを赤崎は既に知っている。長い付き合いの持田がそれを知らないはずもない。
「やだモッチー、なんか冷たいよ。どうして?」
「わかれよ」
聞いたこともないような甘える声。寝かしつけられた直後、胎児のように丸まりながら子供がお菓子をねだるようにジーノの指先が持田の膝に触れる。ベッドサイドに腰掛けている持田は男の手をやんわりと右手で包みながら、左手で優しく頭や体をヨシヨシと撫でている。その馴れ合いの光景は赤崎にとってはセックスそのものを目撃するよりも衝撃的なものだった。2対1。あの人達と自分という図式。まさに二人の唯一無二の関係性を見せつけられたような気がして、なぜ自分がここにいるのかすらわからなくなってしまう程だった。
完全に場違いな所在なさ。特別だと思っていた自分と王子との関係など、この二人の間柄に比べればまるで子供の遊び。そんな風に思えた。執拗に絡みつくジーノのその白い腕が、精神的、肉体的繋がりの深さを隠そうともしない二人の有り方を感じさせ、敵わない、敵うわけがないとそんな心境を深くさせていた。
己の中に生じた激しい憤りを一体どこにぶつければいいのか、いつしか握りしめた拳は血の気を失い真っ白になっていた。
同じ高みにいるのだこの二人は。自分がいる世界とは全く違う次元に。
「ねぇ、お願い来てよモッチー、髪、触らせて」
「やめろって」
「Perche No?(どうしても?)」
「たりめぇだ。脳みそ死んでんのか?ほら、てめぇの番犬が見てんぞ?醜態晒して恥ずかしくないのかよ」
「……番犬?なんのこと?」
「またそれかよ」
「何?わからない」
「……ジーノ、お前なぁ」
「ボクが言ってたのは猟犬。猟犬のバッキーだよ?」
「……ったくいい加減に」
「番犬、そんなの、知らない……」
持田の服の裾を小さく摘みながら呟く抑揚のないその言葉の数々は、自身の存在の無価値を痛感している赤崎の心を深く鋭く抉り続ける。
「……そんなもの、いらない」
ジーノの意固地。その意味の深さを知る持田はジーノの抱える苦しみを感じながら、この苦痛が少しでも和らぐようにと黙ってその髪を撫でていた。
