鎖に繋がれて 7
ジノザキ、やっとおうちに帰ってきます。登場人物は王子、赤崎、持田の3人。一部ジノモチ的描写ございます。けど、じゃれてるだけでお話した通り単なる仲良しなお友達です。
モッチーがザッキーの事気に入って、親切半分、意地悪半分という感じであれこれと。ザッキーのヤキモチはそんなモッチーのあやふやなミスリード?にひっかかった形……のつもりです。
タクシー
「Freddo cane(とても寒い)……」
ジーノはうわ言のように何かを呟き、よく見ると唇が真っ白で体も小さく震え始めていた。
「おい、特別君」
ジーノにブランケットをふわりと掛け頬に手を当てつつ、持田は赤崎に声をかけた。
「ほら、しっかりしろワンコロ。行くぞ?」
「え?行くって?」
「何言ってんだよ、こいつんちに決まってんだろ?てめぇ何しにここに来たんだよ」
「そりゃ…でも王子こんな状態で今はちょっと無理じゃないッスか?」
「馬鹿か?こんな状態だからいいんだろ?何のために泥酔させたと思ってんだよ。正気じゃない今ならこいつ少しは動かせる。タクシー呼んでよ。二人で運ぶぞ」
「運ぶ?」
「ん、強制連行」
「そんなこと……見ればわかるでしょう?王子は全然あんたの元を離れるつもりなんて一つも……物じゃないんだから無理に動かしてもまたすぐ自分でここに戻ってき」
「もうこいつにそんな馬力もねぇの。どっちにせよ近日中に救急車だ」
救急車。持田のその一言には大げさなものは感じられず寧ろ圧倒的なリアリティがあった。事態は自分の思っている以上に深刻なのだということを赤崎は今更ながらに知る。
「でもこっから呼ぶわけにもいかねぇからな。なんにせ一旦はこいつの自宅に連れ帰るしかねぇんだよ。酒はともかく飯はほとんど駄目で吐いちまうし。こいつこのままほっといたら衰弱してマジで死んじゃうかもよ」
まさかそれほどまで。いや確かにこの状態は。そんな気持ちで白い顔のジーノを見つめる。
「せめて少量でもカロリー高そうなもんをって思ってチーズとかこいつの好きそうなもん買って来たりもしてたんだけどなぁ……もうそれも今じゃ全然」
散らかったサラミやチーズの残りを眺めながら持田は小さく溜息をついた。そしてテーブルの上に置かれた小皿の中の小さなザラメを一粒ジーノの口元になんとなく近付けるも、男は見るなり小さく首を動かして嫌々をするばかりだった。
「喰えないの、こいつもずっと苦労してたんだ。体重落ちて……でも試合あるからって、苦手な栄養補助剤とかも頑張って飲もうとしてみたり」
確かに赤崎には思い当たる節があった。でもあれはもう何か月前のことだったろうか?あの日それを目撃した時、ジーノは監督の指示だと苦笑していて、自分は本人からの説明を受けていながら同じように笑って軽く聞き流していた。ジーノの乱調がもうあんな時期から既に始まってしまっていたことに、そして着任早々直ぐに監督は対策を立て始めていたことに驚愕する。そして異変を目撃しながら、結局切って捨てられる痛みに夢中になって本質的なものが一切見えていなかった自身の愚かに顔を歪めた。
「最近はもう固形物は一切……。溶けるし飲み込まなくていいから大丈夫だっつってた飴も、今はこんな小っちゃい砂糖の欠片ですら……もう……こいつ多分諦めちゃったんじゃないかな、色んなこと」
これまでの持田の苦心と苦悩の日々が垣間見えた瞬間だった。
「だからお前を呼んだ。これ以上のんびりしてられないから」
* * *
赤崎は戸惑いながらも携帯を取り出しタクシーの番号を検索し始めた。握りしめ過ぎていたため手が震えてうまく動かない。持田はジーノの頭を優しくなでながら、そんな赤崎を黙って見つめつつ待っていた。
やっと調べた番号をダイヤルしてタクシーを呼ぶ。自発的な行動とはいえ、心は全くそれについていけていなかった。勿論一刻も早くジーノを連れ戻したかったわけだが、こんな状態で無理矢理連れ帰ってその後自分がどう対応すればいいのかと考えると途方に暮れる他なかった。
「お前の言うとおりだよ。俺にはなんもしてやれねぇ。だからさ、こいつのことなんとかしてやってよ、忠犬」
電話をしている最中、持田がポツリと呟いた言葉は赤崎の耳には届かなかった。
「すぐ来てくれるそうです」
「そっか」
「あの……」
「ん?」
「……あんたら、昔、その……付き合ってたンスか?」
「ハァ?なにいってんの?頭おかしいのか?」
「いや、だって……さっきからやたら……その、キスとか」
「こいつ男だぞ?ベタベタすんのはこいつの癖だよ。変な意味に取るなよな、気持ちワリィ」
持田は生粋の同性愛者だったがターゲット以外にそれを匂わすことは一切なかった。リスキーなだけの自己開示など持田にとってもジーノにとっても最もありえないものだったからだ。リスクを背負う無謀な賭けをするとなれば、それは全て己を捧げたサッカーのためだけに。一つのものが二つに割れたかのような二人の中の価値観の相似だった。
きっぱりとしたその言い草に赤崎は、普通はそうだよな、変なことを言ってしまったとしどろもどろになってしまう。それを見て持田は、嘘が下手な赤崎の未来を心密かに案じる。普通ならジーノもそんな嘘の付けないタイプを毒牙にかけるような、そんなリスクの高い選択など絶対にしない。勘のいい人間相手なら簡単にばれてしまう。なのにそれをしたのだ、わざわざ己の価値観を大きく踏み越えてまで。何故?それはつまり。
――なんでこう肝心なとこ不器用なんだよ。お前は昔からいっつもそうだ
持田はジーノと番犬のこれまでやってきた危うい航路を想像しては胸を痛め、この先の暗さをも見やり、それでもどうかこいつを助けてやってくれと心密かに祈りを捧げていた。
* * *
10分もすればタクシーが到着する。二人でジーノをマンションの階下に早急に移動させなければならなかった。話してる間にジーノはすっかりベッドの中で大人しくなっていて、ウトウト半分眠っているかのようだった。
「ジーノ、ジーノ……」
「ん……」
声を掛けるとジーノはすぐに持田の方を見た。手を差し伸べれば重たい体をゆっくりと起し、手を引けば戸惑いながらもヨロヨロとベッドから降り立ち上がる。ブランケットを被ったジーノが誘導されるままに連れて行かれたのは持田の寝室にあるウォークインクローゼットで、赤崎は一緒に入らず少し離れた廊下で二人の様子を窺っていた。服を差出し着替えろと指示すれば大人しく服を脱ぎ始める気配を感じたので、赤崎は知らず目を伏せる。
ジーノは持田の物であろうコミカルなイラスト付きのTシャツに派手な色のパーカーを着て中から出てきた。全く彼らしくない装いだったが着丈も丁度でそれなりに着こなしていた。ただ、幾分若くなったかのように見える姿とは裏腹に若さに付き物の溌剌さは皆無で、その瞳は開いていながらも虚ろなままだった。
持田は二人で運ぼうと言ったがジーノは手を引けば大人しくそれについていくのでそんな必要はなかった。赤崎は傍にいながら自分の居る意義を見出せないまま、二人の後を歩いていく。
そんなこんなで3人でタクシー、ジーノの自宅マンションへ向かったのだった。
* * *
持田は今のジーノにとって一番大事なのは元の環境に戻してやることなんだ、と言った。こいつは元来環境の変化に敏感で且つ非常に弱いからと。
まずは自宅に戻り部屋を暗く保つこと。数日しても食欲が戻らないままなら、チームにも事情を話し家族にも連絡を取った上で然るべき医療機関のお世話になること。赤崎はそう指示を受けた。
「持田さんに連絡は?」
「必要ない。聞いたところで見舞いに行けるわけでもねぇから」
* * *
持田はジーノのマンションの入り口まで送り届けてそのまま帰るつもりだった。だが、後部座席の奥に乗せていたジーノを車から降ろし自分が再び乗り込もうとすると、男は服を掴んで離れない。振り払おうにも今度は腕を掴みにかかり、赤崎が持田に加勢しようとジーノに手を伸ばすも、その手を強く跳ね除けその拍子にぺたんとその場に座り込んでしまう。
赤崎が必死で震えるジーノの手を引いても立ち上がる素振りどころかそのまま一つも動かなくなってしまった。結局、持田はしょうがないから部屋まで付き合う、と赤崎に告げた。
ジーノのユニホームやスパイクなどの入った荷物を抱えながら、ふと赤崎が持田を見ると、男は
「こいつ、朝まで飲んでて珍しく酔っちゃって」
といいながら運賃には多すぎるお金を運転手に握らせているところだった。
「?」
「有名税だよ」
キョトンとした表情をしていた赤崎に向かって、持田は笑ってそう説明した。
(ああ、同じサッカー選手でも、この人らは俺と社会的な存在性があまりにも違うのだ)
震え竦むジーノに世間の人間が何を思うかなど、赤崎はこの瞬間まで気が付かなかった。持田もジーノも有名人。そんな別世界の人間達なのだと改めて感じた。
