鎖に繋がれて 9
ガチンコ対決前半戦。少々度を超えた行為をジーノがやらかし、ザッキーがやらかされます。R18G。ようやくこのシリーズも終盤です。長々としたお話ですが、もう少しお付き合いいただければと思います。
逼迫
何もない無のような暗闇、そして沈黙。赤崎は何度となくジーノを呼んでいたが、いよいよ力尽きてただ茫然と一人の世界に埋没するばかりになっていた。
* * *
「……んはぁッ!?」
突然自分でも驚くような声が出た。何が起きたのか理解するのに時間がかかる。清水のようにサラサラと俊敏に反応を示す肉体と、まるで汚泥のように濁った油の鈍重な思考。二つの距離がかけ離れていて、赤崎はそのバラバラさについていけない。
「あ、大丈夫?」
ただ、ジーノが優しく赤崎の髪を梳いただけだった。その瞬間、赤崎の体には電流のような痺れが襲って不自然な程大きな嬌声が。
欲しかったもの。押しつぶされるような孤独の世界が今、一瞬にして変化する。一人が二人になる激しい歓喜。ゆっくりと何度も何度も自分の髪がかき上げられて、赤崎はその度に跳ね返る髪がサラサラと自身の耳に触れて、その度声が漏れて、眩暈に包まれる。自由がきかない。体、そして心の全てが今ジーノの手の中に。
「気持ち、いいでしょう?きっとドンドンよくなっていくよ」
「ふっ……んぅああッ」
自身の声と動悸、ジーノの催眠術のような重い声とスルスルと淡く髪だけに触れる指先が赤崎を嬲る。そんな数々の沈黙を破る刺激は今、赤崎にとってまるでいつもの10倍にも20倍にも強烈に感じられた。毛根が開き、体がいきり立っているのがはっきりとわかる。何かがおかしい。でも何が?さっぱりわからなかった。
「そう、もっと皮膚の感覚を研ぎ澄ませて……次にどこに触れられるかって体だけになって全身で集中するんだ。キミならそのうち待ってるその怖さの中で……そう、なんにもない一人の世界の中でも勝手に体の感覚だけで気持ち良くなっていけるかもしれない」
「なに言って……ん……」
「最初の計画ではね?タブーを否定する理性と肉体の快楽でバラバラになっておかしくなっていくキミを存分に弄んで放り投げる予定だった。途中まではうまくいっていたんだよ?半年もあればキミは……キミはボクに支配され、快楽に震え、放置されて……そうしてメェメェとただ泣くだけの、そんな憐れなおもちゃになってるはずだった」
痺れる快感の後、再びジーノの手が赤崎の体から離れていく。
「っ……!いやだ、王子、何処に?」
最早赤崎は今、一時的に沈黙恐怖症のようなものになっていた。でも、今日のジーノはいつもと違って、赤崎のいうことを何一つ聞こうとしない。触れろと言えば触れず、触れるなと言えば触れるかのような、そういった反応を繰り返していくばかり。
「一度でも寝てしまえば、キミは簡単にボクの憐れなおもちゃになっちゃった。なのにキミは安穏と幸せそうに笑って、無神経な程愚かで」
「うぅ……王子、怖い……嫌だ……何処いるんですか?なんで?傍に……もっと俺に……触れてて……王子!」
やっと感じられた存在を無理矢理引きはがされて、その痛みに赤崎が悲鳴を上げる。耐え切れずベッドから身を起し、手を差し出して失われたそれを、ジーノを探す。けれどもうジーノはそんなことで届く距離にはいなかった。
「傍に居るだけで気が滅入る。存在そのものが不快なんだよね、キミって子は……」
従順を仕込まれた赤崎は、懇願しながらもベッドからは下りず、外せるはずの目隠しも外さない。ただオロオロと戸惑いながらベッドの上を徘徊する。暗がりが更に暗く沈み込み、過敏を実感した肌が孤立の恐怖をより一層強くしていく。
そんな風に赤崎が不安の世界で震えている。王子、王子と助けを乞うている。
その、日頃とは天地の差を持つ赤崎のひ弱さが今、ジーノの残虐性を刺激する。惨めで脆くて、痛々しい。その懇願がこの上もなく心地よい。繰り返し、繰り返し、自分を呼ぶ。平伏して発する絶望的な赤崎のその声が、しっとりとジーノの深い部分を潤し満たしていく。この芸術を存分に楽しみ平らげる権利を持つのは自分だけ。手塩にかけて育てたこの綺麗な獲物を、口に出来るのはそれを作り上げた自分だけ。
満ち満ちて、ジーノから甘い溜息が一つ漏れた。と、それを合図にやっとジーノの手が赤崎に伸びる。場所は足先、ほんのつま先の先。触れた瞬間、再び電流が走ったような強烈が襲い、赤崎は思わずビクッと勝手に足を引っ込めてしまった。そして自ら引き剥がされる恐怖を生んだことに震え、慌てて男の手を追うように再び元の通り足を差し出してみれば、今度は男の手が優しくそれを待っていた。冷たい手の感触。包み込まれる赤崎の指先。ゾクゾクとした官能が触れた突端からあっという間に駆け上って、頭の天辺から抜けていく。孤独からの強引なまでの反転に振り回されて、赤崎は浮き立つ体の軽さに自分の全身の血液が逆流でもし始めたのではないのだろうかと感じていた。
「あ……王子、王子」
そしてジーノの冷たい指先は、するすると音も立てずに靴下を剥ぐ。くすぐったいはずの。でも、今ではすっかりこんな先の先まで赤崎の弱点となって、甘い声が漏れ響く。ジーノと寝て以来、何度も何度も体中、記憶が飛んでしまうほどに舐められ続けた身悶えの過去が甦る。今日はそのほんの一部、髪と、足の先と。体の先端のみをやわやわと断片的に愛撫される、継続性を持たない不安と快感。微細なその這う感触は、まるで何本もの指先で全身を弄繰り回されているかのように錯覚させる。
「んっ……!」
「よくわからなくなっていったんだよ。ザッキー。ボクはキミを壊したいのか?壊したくないのか?支配したいのか?支配したくないのか?今でもわからない。苦しいのか、楽しいのか。寝るたびに、この凌辱の道具を思い出し、繰り返し迷う。キミをどうするか。壊してみればどっちだったのかがわかる。欲望を抑えるジレンマは快楽だ。けれど自分の欲望がどこにあるのかわからない場合、それから得る快楽というのは……」
「……はぁ、んぅ、王子……王子……」
言われた通り指先のジーノに全身の神経を集中させて、その接触の接点の堪能に赤崎はもう麻薬のように憑りつかれている。ジーノの声は音楽。意味をなさない、耳を犯す愛撫。
「自分の願望がどこにあるのかわからないこの感覚。これはもともとボクの中にあるもので、キミは、ボクにそれを常に思い出させる」
次に、ジーノは極力赤崎の体に触れないままに、ゆっくりとシャツを脱がしていく。下もまた同じように。ジーノの声と接触を求めて求めて。それが故に陰に膨らむ不信と不安。
(何処にも行かないで、好きにしていいから、傍にいて)
でもそれを口にすることなく、赤崎は大人しく脱がされる。ジーノに施されて、卑猥に、艶めかしくその体を浮かしてみせる。
だからもう、スルスルと体を去る、その身に付けていた布の感触ですら今は。全身の肌の神経が冴えてほんの僅かな触れ合いだけでも、赤崎の体中の毛穴が総毛立つ。皮膚まで届かず産毛の先を滑るようなジーノの指先が、未知なる快楽を生み出していく。低音の、重く響くジーノの声もまた、断続的に赤崎の耳を、研ぎ澄まされた性感を直撃している。強烈に感じるその官能に再び、声が、息が上がっていく。もはやこれは空気の、そよ風の、そんな繊細過ぎるピアニッシモのような愛撫だった。
「気持ちがいいかい?たったこれだけのことでも、キミはもうなにも考えることも出来ないみたいだね。自分でも素晴らしい仕上がりになったって、とても満足しているよ。でも、こんな体にされてしまって……なんてキミは可哀そうな子なんだろう。高潔なくせに卑猥で淫らで。周りに気付かれてしまえばきっと、まともに生きていけない。飢えた獣に狙われて、あっという間に食い散らかされてしまうよ?」
目隠しの倒錯の世界。赤崎は初めて放り込まれたジーノのテリトリーの中、紛れもなくジーノの従順なおもちゃとなっていた。
「王子……ん……くぅ!」
「ボクは一体、キミに何を望んでいたんだろうね?キミをこんなに……ボクから愛を欲しがる憐れな子に仕向けておきながら」
「や……ぁあ」
「本当に残念だね、キミの体のその仕組み。ボクの目的のない行為で、無意味にこんなにされてしまって。今日はまた新しいことを覚えてもらうことになるけれど、本当にキミは壊れてしまうかもしれない。その高潔が穢れに穢れて、ただの淫靡でちっぽけな……ああ、そんな素晴らしい瞬間を一度しか楽しめない。なんだか勿体ないね?ボクが望んでキミに強いたわけじゃない。キミが自分で、自分の意志で足を折るんだからしょうがない」
「おう……じ……」
「ボクはチームメイトのよしみとして、誠意を持って何度も思い留まってきたんだ。でもキミは馬鹿だから、何にも知らずにもっと、もっとと。そうやってキミ自身でこれを望んだ。ボクに近付くことは壊されたいと願うことだよ。ボクは望んでもいないはずなのに、なんだか今、とても楽しくてしょうがない。キミが無理にボクを起しちゃったせいで……悪い子だね?本当に淫乱で、貪欲で」
「あぁあ!」
そっと体を倒され、寝かし付けられるだけでその期待に全身を走る快楽。そして、ジーノの体は離れてもはや接触すらない状態でさえ、今はそれに失望するどころか体中が快感に震え始めている。
「王子……変だ……俺、なんか、おか……しいッ……」
「うん……そうだね。ボクの言葉なんてもうなんにも聞こえないくらいなんじゃないかな?」
「はぁ……ああ!なん?これ……うぅ……」
「今からもっともっと快楽に変えていってあげるからね、その恐怖と苦痛を。ボクは理由がないのに、こんなことをする。すっごく楽しいんだ、お別れの挨拶代わりの単なるこんな戯れが。面白くって、おかしくって、ああ、本当にごめんね?多分キミ暫くサッカーどころかまともに日常生活も出来ないくらい、いやらしい体になっちゃうかもね」
ほんのちょっとした接触。それだけでも赤崎の口から吃驚するくらいの大きな嬌声が発せられる。一点の仄かな接触が波紋のようにみるみる全身に広がる。ジーノの言った通り、もはや接触の有無にかかわらず襲い来る快楽が止まらなかった。
ふと気が付くと、シュルシュルと不思議な音がする。ジーノの手と経験のない感触が体を這う。その冷たい柔らかさと固さの感触がたまらない。抱き起され、寝かしつかされ、仰向けに、うつ伏せに、足は開かれ、腕は後ろ手に。澱みなく滑らかに、あまりにも器用に、ジーノの腕が赤崎を玩ぶ。赤崎はその行為があまりにも心地よく、完全に勃起していた。
意識が半分消失しながらも止めどなく甘い歓びを口にし、もはやジーノの成すがままの従順な快楽人形のような状態になっていった。
