鎖に繋がれて 11
やっとこジノザキ仲直りして、チュッチュしながらおしまいです。と言いつつ、エピローグ的な話もチラチラUP予定です。よろしければそちらも。ザッキー無双!ってやってたらなんだかどうにも……一応ジノザキですよ?
惜別
「お……じ……」
「ん……」
「目、これ……もう……はず……し……」
「そうだね、忘れてた。外してあげるね?目隠し」
ジーノがそう言って体を近づけ、優しく目を覆うぐしょぬれの細長い布を外していくと同時に、赤崎の視界が久しぶりに開かれた。孤独な暗闇の世界から戻ると、目の前にはポツリ、人でなしの時を一緒に過ごした男、ルイジ吉田がそこにいた。
しかし。
男は先程からの嘲笑気味の発言からは想像出来ない、暗く悲しい、消耗しきった顔をしていた。
――王子、ずっとこんな顔をしながら?
思い知らせるといいながらその実、最初と同様揺れた心のままで?そう考えると赤崎はあまりにも胸が痛くなった。
目隠しは最初から最後まで赤崎の目を塞いでいたが、あの時ジーノはなんといったのか?そう、そんな顔を見ていたくはないと、気弱に逃げ惑うような表情で赤崎にこれを付けたはず。
朧げな記憶の中のジーノが言う。
“こんなことはしたくない”
“どうしていいのかわからない”
ショータイムの全ての演目が終わって店仕舞い。着飾った全ての飾りを脱ぎ捨てたジーノの姿は、貴公子でないのは勿論のこと、傲慢でもなく、獰猛でもなく、そして残酷に蹂躙するそれでもなく。ああ、それもまた全部この人の嘘だったのだと、赤崎のその目が一瞬にして見抜く。
だから今、赤崎の強い矢のような鋭い力を持つその瞳が、ジーノの体を縛り上げた。
目を合わせて不利なのはジーノ。殺したはずの飼い犬の目の生気に、驚愕して息も出来ない程硬直する。
戸惑いのジーノのその姿に確信をおぼえ、赤崎は居ても立っても居られなくなって、思わず目の前にいる悲しい男に掴みかかって抱き締める。避けることすら出来ないジーノは、あっという間に捕まってしまう。
「王子……!」
「ちょっと、こらこら、なに?」
「王子、王子」
「やめてよ、そういうの汚れる!汚い!」
吐き捨てる様な強い言葉でジーノの体が逃げて行こうとするので、赤崎はさせまいと両腕にギュッと力を込めた。押し返す力、抱き締める力。二人の気力も体力ももはや限界。その双方のぶつかり合う力は本当に弱く、必死な分だけその光景が滑稽だった。
再び赤崎の全身に快感と苦悶の波が押し寄せる。自在に動くなど到底無理な程ジーノに体を攻められたので当然のことだった。
「うぅんッ、ぁああ……」
「ああ、ほら。やっぱり抜いても感覚残っちゃったね?」
咄嗟のその一言はやはりオロオロと。そうだ、やっぱりと赤崎は思う。
「調子に乗って長く遊ばせ過ぎてしまったよ。まあわざとなんだけど。あんまり炎症ひどいと寝てる時もキちゃうから、今晩は上手に眠れないくらいキツいよ、多分」
気丈の中にジーノの本音が見え隠れ。ああ、もういいんだそういうのは、と声にならない思いを込め、て必死になってぶら下がる。逃がすまいと抱き締める。無駄だ王子、と心の中で叫び続け。けれど遊びの後遺症が。
「……ん!はぁ、はぁッ」
「世の中にはね?キミの知らない怖い事が沢山あるから。これに懲りて今度からは生意気言うのもちゃんと相手みて言うんだよ?わかった?」
「ぁ、ぅう……」
「その体に残る快楽の苦しみの中で理解するんだよ?自分の勘違いを。キミのひとりよがりを。キミがボクの中に見たと思った紛い物の愛は、最初から最後までボクの仕掛けた罠だったんだよ」
疲労困憊の果ての果て。少しずつ押し合いへし合いするその行為が惰性的になっていくので、次第に、ぽつり、ぽつり、ジーノは赤崎に語り始めていた。間が持たない、沈黙に耐えられないとでも言うように。
「家に帰ってから暇だからって、早速あげたおもちゃで遊んでちゃ元も子もないからね?暫くは駄目だよ?」
「う……」
「これからはこんな簡単に悪い人に騙されちゃ駄目だ。この世には確実に悪意というものがあるんだからね?」
「……ん、ん、はぁ」
「それでもボクに悪い遊びを仕込まれた体でキミはこの先……多少苦労はするかも、……ね?……かな?」
言葉も途絶え、思案に沈んだジーノが、首に回る力なき赤崎の腕にそっと優しく手を添えた。肌の熱さ、力強い鼓動の響きが体に染み透る。遊びのツケがもうこんなに出てきている。だから。
「そうだね、取敢えず明日は無理だろうから練習お休みすればいい。朝になったらちゃんと自分で連絡を入れるんだよ?」
「……ナカナカ痛みが引かなかったり熱が下がらなかったり、あんまり調子が悪い時には恥ずかしがらずにちゃんと病院に行って」
「男のレイプは実は意外とある話だから。正直に話せばちゃんと秘密を守ってくれるはず」
「何日くらいで治まるかな、次は対戦相手どこだっけ?こんなことでキミがお休みとかタッツミーも大変だ」
その言葉の数々は赤崎と切り捨てたはずのチームへの自然な配慮。こんな行為の後でも何度も次の試合のことを口にし、そのことが頭から離れない姿は、ジーノの心がまだサッカーに残っていることを如実に赤崎に伝えていた。
* * *
「ん、王子……」
「……」
しがみ付くこの、熱さ、吐息、鼓動、そして心地よいこの匂い。その全てがジーノにとってはとても懐かしい甘い記憶の数々だった。
これを生身でこうして感じるのは本当にこれが最後なんだと、その事実が心の奥深くにしみじみと行き渡る。あれ程強く感じてたはずのジーノを覆う充足感に、ほんのり僅かな陰りを生む。
そっか、最後……もう、本当の最後……
ザッキーとは本当に……これっきりなんだなぁ……
湧き上がる感情、何かが零れだしてきそう。自分が見えないジーノには、それが何かはわからなかった。世間一般でいうところの未練という感情を、男は咄嗟に認知することが出来なかった。
だから無意識、知らず口が開いて小さく耳に密やかに、どうか聞こえませんようにとジーノが言った。
「ザッキー……今まで、ありがとう。ゴメンね」
自分でも咀嚼できない、言うも無意味な奇妙な思い。目的から逆行するそれらを何故今、何故自分は。
それは、思いっきり傷つけた後にも悲しい体を引き摺りながら縋りついてくる、その圧倒的な赤崎の親愛に突き動かされて、もはやジーノの死んだその心がままならない状態になっていたせいだった。話している言葉も今はまるで他人の発するもののよう。ジーノのもう一つの心が、こんな事思ってなんかないと否定し、馬鹿なことを言っていると否定し、喧々諤々。
そうして男は縋りつく赤崎の首筋に一つ、優しい触れるようなキスを落とした。何度となく知らずに心で繰り返したそれを、実際に最愛の箇所に行って。耳の下、いつものようにトクトクと、やわい肌から伝わってくる、その懐かしい鼓動の感触にたまらなくなってしまう。
何度も何度も数えきれないほどに繰り返してきた、でもこれが最後、もう二度とキス出来ない。
心と体がバラバラに。思いと感情もメチャクチャに。今、自分は何をしている?ぼんやりとしたその頭でジーノは2、3、キョトンとした風情で瞬きをする。泣いている?誰が?
「王子……、王子!」
泣いていたのは赤崎だった。ジーノは、この子は本当に一緒に居るといつも泣いてばかりいるなぁ、と穏やかに返事をする。
「泣き虫だね、キミはいつも」
「王子……!」
「なんだい?ザッキー」
「お……じ!」
「わかるよザッキー、悲しいんだね」
「~~!!」
「いいよ、暫くだけ付き合うから。キミが泣きやむまで、少しだけ……」
別れを惜しむこの一時。ジーノはあのホテルの寒い階段の、あの日の出来事を思い出す。泣いていいと言ってくれた子は、その後、何度もこうして自分に泣かされ続け。なるほどキミはボクの身代わりで、と己の罪に気付いた後に、もう十分だと言わんばかりに赤崎の髪をそっと梳いた。
「ボクにこんなにも引き寄せられてしまって……可哀想に、随分と怖かったろう?でもキミは最後まで頑張ってそれを知りたがってさ。勇気あるよ」
「きっと……この手痛い経験もキミならいい成長の糧に。どんなものであれ、未知なるものを理解することはいいことさ。ハマり過ぎなきゃね」
嫌悪に後ろ足で砂を掛けられるような終わりになると思っていた。ジーノはもう、本当にこれで満足だった。
