お花結び

GIANTKILLING二次創作小説同人サイト

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鎖を解いて 1

翌朝のジノザキの1シーンです。11の最後に入れればよかったんですが、ちょっと流れ的に毛色が変わってるので別にしました。なお、次で当シリーズ完結。もう少しです!

大団円

 それは翌朝のことだった。

「あのさ、ちょっと聞いていいかな」
「なんスか王子」

 ジーノが優しい微笑みを浮かべながらこっちこっちと手招きをしている。

「キミを疑うわけじゃないんだけど、ここのこれ、なんか心当たりない?」
(うっわ!やっべぇ、忘れてた)

 指示した先には、赤崎がバールでぶち壊した書棚があった。鍵が掛かっていたので中を見るには仕方がなかったのだ。しかし、こうして目の前の以前にも増して柔和に見えるその微笑みが、今更ながら恐ろしく不気味に見える。昨日のあの勇気はなんだったのかと言わんばかりに、赤崎は今困惑の中に突き落とされていた。いや、困惑はむしろジーノの方だったのだが。

 美しいその、昨日のあの状態が嘘のように凛としたジーノのその姿。眩しくて。ドキドキしながら、赤崎はここは早々に素直に謝っておいたほうがいいと判断した。

「すんません。俺ッス」
「……なんか、とんでもないことするよね」
「あぁ、まあ……」
「ちょっと驚いちゃったよ」

 ゆっくりとした歩調で書棚に近づき、開けっ放しになっている大きく破損した扉をそっと指で触りながら語る。やったときは後先考えずにやってしまったけれど、こうして二人がいいムードに戻れた直後にいきなりバレるとかあまりに気まずくて、赤崎は思わずまた余計なことを言ってしまう。

「じゃあ、よかった。稀代のファンタジスタの度肝を抜くプレイなんて、滅多なことじゃやれませんしね」

 赤崎は心の中で自分に馬鹿馬鹿と言いまくっていた。俺は馬鹿だ。やっぱり弁償かな、でも高そうだな。それに鍵までかけて隠していたものを留守中に勝手にみられるとか、王子は今どう思ってるんだろう。本当はそっちのことが心配なのに、寧ろそれに一言も触れないことが気持ち悪い。
 そんな、こんな、思考がグルグル。気が付くとジーノの肩が震えてる?まさか、震えるほどに怒っているのでは?

「フフフッ」

 後ろを向いているのでどんな顔をしているのかわからなかったけれど、ジーノが笑っているのがわかって赤崎は少しホッとした。

「中を見てどう思った?吃驚した?ボクもキミを驚かせるプレイが出来たって思っていいのかな?」

 ゆっくり振り向いて笑った顔は、優しそうで、悲しそうで。ああ、この人は今、傷ついている自分をまた必死で隠そうとしているのだなと感じた。なんの為に?俺の為に。勝手に見てしまった俺に罪悪感を抱かせないように。本当にこの人はどこまでも優しくて。どうしてこの人はこんな人なんだろう、と赤崎は思った。すぐに一回りも二回りも先を読んで動いてしまう。それも極自然に、多分無意識に。どうでもいいことには難癖つけてでも簡単に噛みついてくるくせに、この人は本当にややこしい。

「あー、ETUのコアサポだったったことッスか?ま、うちも似たようなもんだから別に?鍵まで掛けてよっぽど大事だったンスね?」
「……」

 努めて表情を消そうとしているのがわかるので、寧ろそのことでジーノがグッズの話ではないと言いたかったことが赤崎にとてもよく伝わった。でも言わなかった。
 そのかわり赤崎はジーノに歩み寄り、そっと腰に手をまわして抱きついた。すると、ふわりとジーノもその体を包み、ごめんね?と話の筋の通らない台詞を言うので、赤崎は小さく首を横に振った。

「この書棚、何年も開けてなくてさ。寧ろ不要っていう感じなものもあって、でもどうしても捨てられなくてね?……この家は本当は、これの隠れ家だったんだ。自然に扉が開いてしまうのが怖くて、自分の為に鍵を付けた。もう二度と見なくて済むように。だから鍵っていっても物理的って言うよりも心理的な意味合いが強くて。大事とかそういうのじゃ……ただただ、ボクはこれが怖かっただけなんだ」
「なんかさっぱりよくわかんねぇけど、取敢えずスイマセン。……俺、そんな扉ぶっ壊しちゃったンスね」

 フフ、と笑ってジーノが抱き返してきた。冷静を装ってはいたが、その動悸はとても激しいものだった。赤崎はだから、この鍵付の書棚の存在が彼の中の最も根深いタブーなんだということを把握した。

「いつまでも蓋して逃げていられるものでもないしね。いつかまたもう一度向き合わなきゃとは思ってきたんだよ。でも自分ではナカナカ。だから、キミが開けてくれて良かったと思っているよ」

 その語尾が少し震えている。

「キミがただこれを見たからって、きっと殆どわからないと思う」
「まー、そりゃそうでしょ。小難しい内容に加えて大体が何処の国のかわかんねぇ本ばっかしですし」
「いや、そういう意味では……。まぁ、だから……キミには色々話さなきゃいけないことが沢山あるんだけど……言いたくないわけじゃないんだ、でも今はなんていうか、難しいっていうか上手く言えないっていうか」

「説明が欲しいことはよく理解してる。ボクは十分解った上でキミに対してとても不親切であり続けてきたわけだからね」

「変われるかどうかも、今ははっきりとは。それでもボクの傍にいてくれる?」

 訥々と話すその言葉が、赤崎の心の奥の方にスッと染み込むように入って来る。近づきたい、触れ合いたい、変わりたい。そんな風に愛したいと、その言葉の行間にひしひしと。それだけでもう十分変化が出てきているという事実を、そうか、この人はまだ気付いていないのか、と赤崎は笑った。

「勿論ッス」
「ありがとう、ザッキー。いつかキミには聞いてもらいたい。そんな話が、ボクの中には沢山沢山あるんだよ」

 声が小さくて。彼が必死で言えない気持ちを言葉に変える努力をしているのが伝わって。赤崎はジーノがいつも自分にしてくれるように、どうにか彼を優しく包み込むように癒せないものかと回した二つの腕に精一杯の気持ちを込めていた。

 二人はそのまま黙って、極当たり前のように自然な形で、互いに包みあうような抱擁を続けた。

「ねぇ」
「……はい?」
「ボクは泣くのがとても下手だから、こんなに上手に泣けるなんて思ってもみなかった。本当にありがとう」

と、ジーノは一つも濡れていない目を細めて赤崎に言った。

「あんたの涙なんか、ひとつも見たことないッス」
「目が腫れて開かなくなるくらいに出てるのがわからない?」
「あのね、出てませんって」
「キミはボクに泣いていいと言ったよね。初めてだったよそんなこと言われたのは。ボクが泣きたい人間だなんて、気付く人なんてほとんどいなかった。自分自身ですらね」

 ジーノはその時、泣きたい自分が身代わりを欲してキミを泣かせ続けてきたんだと言いそうになって、でも、そんな説明今更ね、とかわりに大きく赤崎の匂いを吸いこんだ。昨晩教えてもらった自分の思い。赤崎は、自身の恥ずる邪まも全て、紛れもなくそれも愛だ、と言い放った。受け止めてくれた。全部。もう自戒や言い訳なんてしなくていい。

「すごいよ。本当にキミには数えきれないいろんなものをもらって、ボクは……いつも、弱っちろいボクは、キミのように強くありたいと願う」
「俺は強くもなんともないし、王子は弱くなんかないッスよ?」
「……」
「あんたは弱いんじゃなくて優しいだけッス。そんだけ人に優しくなれるのも強いのの一種でしょ」
「フフフ……ボクが優しいなんて馬鹿げてる」
「そうッスか?」
「だってボクは我儘王子だよ?サインひとつもしてやらないね?」
「サインはしたほうがいいと思う」
「えー、やだよそんな」
「あのね、いつも思うけど、それ、なんでなんですか?」
「なんでだろうね?」
「なんだよそれ!」
「フフフ、……いつか話すよ」
「いいッスけどね?……まあ、ともかく、俺、いつでも胸貸しますんで」
「うん、ありがとう。ザッキー」

ジーノはもう今日何度目かのありがとうを言って、赤崎の首元にチュッと音をたてる軽いキスをした。そのまま肩に顔を埋める様にしながら抱きついて、やんわりと左手で赤崎の髪の感触を味わうように撫でていたので、赤崎はこれが王子の泣き方なんだなと思った。しばらくそうしていると、気持ちが落ち着いてきたのかジーノがぽつりぽつりと話をしだした。

「誰かが傍にいるってだけで……自分がこんな風になるだなんて。まるで夢のよう」
「え?」
「ボクはキミとの出会いの中で起きた、この速過ぎる変化に耐えられなかった。それですっかり心も体もバランスを崩してしまって。ちぐはぐなプレイを誤魔化すことは、普通の時は簡単だったけれど、今回だけは全然駄目だった」
「……王子」
「深刻なプレイ上のトラブルを抱えている選手だってこと。誰にも絶対に知られたくなくてね?だって弱みを握られるだなんてさ、プライドが。ハハ、ホントわけわかんないプライドだよね」
「そんなこと」
「必死にオタオタ、メチャクチャやりながら今まで一生懸命煙に巻いてきたんだよ。フフフ、嘘ついて誤魔化して騙くらかして入団して、ホント最初っからボクは出鱈目ばっかり」

「でもホント、タッツミーっておっかない。嘘付きにはちょっとは自信あったんだけどなぁ?」

 この一言。やっぱり飛び出していったのはこれが原因だったのか、持田さんのアドバイスがなければ状況についていけなかったな、と感じて、あらためて赤崎は彼に感謝をした。それと同時に監督には脱帽した。あっという間にテコ入れに走ったんだ、という事を知って。もう2年も一緒にプレイしてきているのに、普通の人間にとって王子の嘘は上手すぎる。

「ホント、あの人が恐ろしかった。化けの皮剥がされて、どうしていいのかわからなくなって……気が付いたら途方に暮れて……薄暗いベッドの中で布団かぶって一人でブルブル震えてた。もう、ああなっちゃうとボクは本当に駄目で。じっと隠れてるしかなくて。本当は逃げ出したところで何処にも行き場なんてないのにね?モッチーにはすごく悪いことしたと思ってる。ま、ボク達は利用し合う悪仲間だから、それもお互い様だけど」
「……」
「だから、ありがとうザッキー。行く宛のない迷子のボクをキミがこうして。ボク、本当はすごく怖かったよ?キミがいなくて。誰もいなくて独りっぽっちで」
「……」
「ボクの人生はいつも逃げ出すばっかりで、でも。キミのおかげでやっと本当に向き合う力を手に入れた。だって今度は一人じゃない。そうでしょう?」
「あ……」

 そうですと、はっきりと言葉で伝えたかったのに、その一言への感動が赤崎の言葉を詰まらせる。今、自分は一緒に居る資格を得たのだろうか。そんなことが嬉しくて。

「努力する。勿論努力するけれど、でもこれからも何度もこういうことがあるよきっと。ボクはいつも追い詰められると自分がわからなくなってしまうんだよ。それで結構碌でもないことをしでかすんだ。でも、ザッキー、キミは覚えていて?ボクのかわりに。ボクはサッカーが大好きだってこと。そしてまた、ボクに思い出させてほしい。迷子にならないように」

 こんな風にジーノが自分の気持ちを話すのは珍しい。赤崎は、今二人ここにいることの幸せを実感して。思わず何も言わずにジーノの唇にキスをした。ジーノもそれに応えるようにいつものような深くて甘いキスを長い長いキスを返した。夢の続き。今すぐ二人溶けてしまいそう。

   *  *  *

 唇を離しても名残惜しげに、小さくチュ、チュ、とジーノが啄む。

「だけど、これ……どうしようね?割れてるしこのままじゃ危ないし……中身も処分を」

 赤崎を片手で抱き締め、扉に指を添え、ジーノはしばし考えた。それを見て、赤崎も同じように、どうにかならないか考えた。部屋の成り立ちから誰も入れたくないのも当然の話だと思ったので。修繕のために人を入れるとなっても、半日はそれにかかるかも。治すにしても今はそんな喧騒、無理なのではないだろうか。この男のこの繊細からして。

「もう鍵いらないンスよね?」
「ん?」
「じゃ、取敢えずこの割れた扉、全部取っちゃいましょう」
「え?」
「危ないってだけだけなら、今はそんだけでいいっしょ」
「……」
「これ、ほらここ。ドライバー一本で多分外せるから。粗大ゴミの前の晩にでもやっちゃいましょうか。次いつでしたっけ」
「えっと、なんかすっごいアバンギャルドだね……」

 ジーノが呆気にとられている。

「なんか問題が?」
「フフフ、キミには本当に驚かされる。ナイスアイディアだ、そうしよう」

 二人が思い浮かべたのは、本にまみれたおしゃれな部屋に、一か所だけ違和感のある中途半端で無骨な本棚。上半分はたくさんのETUグッズの飾り棚。下半分はジーノの秘密の書籍たち。完璧な調和の中の不思議で滑稽な存在感。なんだか変で、でもなんだかとっても愉快だった。空間に穴が開いて、風通しが随分よくなって。

 笑いながらジーノは考えた。カーサの一番奥の鍵が一つ必要なくなったので。残りの鍵は玄関だけ。ボクの心の壁を示すこの家は、いつかなくなるのが望ましい。それでも今この場所は以前にも増して特別な家。もう少しこうして二人でここにいたい。ボクの家はもう、ボク達の家。

 ジーノはそう思いながら赤崎にあらためて抱きついた。