鎖を解いて 1
翌朝のジノザキの1シーンです。11の最後に入れればよかったんですが、ちょっと流れ的に毛色が変わってるので別にしました。なお、次で当シリーズ完結。もう少しです!
幻とのつきあい方12
実は昨晩、ジーノは不思議な夢を見ていた。
* * *
粉々のジグソーパズルのような、自分の内面。考えあぐねて溜息の自分。その時、赤崎がふっと現れ、ほんのちっぽけな1ピースを手に、
「こんなの、どっから始めたって大した違いはないでしょう?」
とポツリとそれをテーブルに置いた。すると、それ自身が周り4辺のピースを呼び込んで、1秒1秒、経過する毎にみるみる組み上がっていくのだ。真っ白で、大きな、大きな。
「ややこしく考え過ぎなんですよ。あんたシンプルが好きとか言ってませんでしたっけ?」
「こういうのはねー?困ったなーとかそういう難しい顔して取り組むもんじゃなくてですね?」
「これかなー?違ったよ、くっそー!とかね?」
「ゴチャゴチャ、あーでもない、こーでもない、試行錯誤を繰り返して、そんな時間を二人で一緒に楽しむためにあるもんなんですよ。王子」
「完成なんておまけみたいなもんで」
「まあ、おんなじようなことで料理とかだったら完成して食べるのも楽しいですけどね?」
「そうそう、料理と言えば、また暑い季節がやってくるし」
「王子のあのあれ、食べたいなー」
「なんだっけか、トマトの冷たいやつ」
――カペッリーニ?
「そうそう、それー」
「あー、思いついちゃったら今すぐ喰いたい。これ、やりながらでいいから」
――フフ、なんか行儀悪くない?
「いいンスよ!そういうのも楽しいんだから!堅苦しい事言わない!」
「雨の日には、またあれを飲んで」
「えーっと、マロッキーノ!でしたよね?うんと甘いやつ!」
「そんで、来年の冬のオフには今度こそウナギ!約束忘れてないッスよね?」
「なんか喰いモンの話ばっかりしてるか?俺」
「えーっと、違う事、違う事……」
「ああ、そう、また雪が降ったら、カマクラ作って自慢して」
「海に行ったら、ボンヤリ二人波を眺めて」
「あと、当然だけど沢山沢山、練習もして!だから王子、少しは遅刻減らしてくださいよ?」
「あー、忙しいなぁー?」
「あんたとやりたいことがありすぎて」
「ねぇ、王子」
「沢山、パズルだけじゃなくていろんなことを二人で一緒に……ね?そんな感じで」
「楽しいですよね、そういうの」
「俺、ずっとそんな風に王子」
「王子?」
「聞いてます?」
――聞いてるよ
「あてになんねぇなぁ」
――もう、失礼な
「ま、もうコツ掴んだからあんたが逃げ出してもすぐとっ捕まえる自信あっけど」
「でも、もうそんな心配……」
「……いらない……です、よ……ね?」
――ザッキー……
「……刺激的だけど……そういう追いかけっこ、なんか……疲れた」
――……
「スタミナには自信あるけど、やっぱちょっと二人でゆっくりしたい」
「王子にこうして抱き合って……」
「そんで、髪を……俺の、髪を……」
――こんな感じで?
「うん、そんな感じで……あぁ、いいなぁ……」
「王子、あったかくて……眠い、起きてられない」
――ゆっくり、お休み
「……目が覚めても」
「今みたいに」
「傍に……いてくれますか?」
「そういうのが、王子」
「俺、ずっと夢だったんです」
「ずっと、そうやって迎える朝を俺は……」
「子供みたいなんだけど……」
「笑わないで、くれますか?」
「王子……」
「いて?……傍に、ずっと」
「一緒に、いたいんです。王子」
「ずっと」
* * *
「スゲー……マジだ……いる……」
夢の続きのような、そんな赤崎の一言が聞こえた気がして、ジーノは朦朧としながらもようやく遅い朝を迎えていた。
「ん……」
腕の中にあるもの。包んでいるのか、包まれているのか、あやふやなままに目を開けると、じっと目を凝らしながらジーノを見つめている赤崎がほんのすぐ数センチの先の距離にいた。
ジーノの目覚めに驚いたのか、ピクリと体を震わせて小さく、あ、と声を上げる。
「ザッ、キー……?」
「いや、あ、あの……」
「……おはよ?」
「ッ!」
「……どしたの?」
しかめっ面。睨むようなキツい目から、再びポロポロ大粒の。寝ぼけたジーノは笑いながら、こう言った。
「泣き虫だね、キミはいつも」
「~~!!あんたのせいだろ!」
「何それ?ボクおはようって言っただけじゃない」
ぎゅっと胸にしがみつく男の、その涙がジーノの胸をつと濡らす。この感情はなんだろう?濡れた胸が痛くてくすぐったくて。自身の持つこの、愛おしい、という感覚の理解に乏しい相変わらずなジーノはそれでも、それを意識しないままに全身でそれを指し示すようキュッと赤崎を抱き締めた。心を挫いたジーノにとって、自然な形で人を愛するということは、かねてからのとてもとても困難な課題であった。
ジーノにとっての様々な会話や行為というものには、必ずそこに意図が存在してきた。豊かなその愛情表現の数々については所謂教科書から学んだような礼儀作法、サービス精神のそれでしかなかったとも言えた。適切な場面での適切な行動。求められるニーズのままに投影を返す風習。この方式が染み付いてしまったきっかけは、嘗て自分が自分としてあったことについての初恋の女性からの全面否定を感じてしまったこと。のめり込むように悪癖化したのは、大学進学後周りのニーズに合わせてハーフの美形として振る舞った際に、必要以上の称賛という報酬を得たことにあった。
だが、今、赤崎とのかかわりの中で、ジーノはようやくわからないながらも湧き立つ気持ちのままに行動するという勇気を覚え、それを上手に受け入れる赤崎がジーノの傍らに存在することで、悪癖を重ね腐敗始まる深いその傷がようやく癒しを得ることとなり、治癒方向に歯車が反転し始めていたのだった。
「……」
「……」
体に染み透るこの感覚。ジーノも赤崎もその体感の中、再び意識がフワフワと漂い始め、その心地よさに誘われて吸い込まれるように眠りに落ちていく。
* * *
「……え?あれ?王子?」
「……」
「あれから俺ら、また寝た?」
「ん……」
「ちょっ、王子!」
「……」
「王子!」
「なぁに?ザッキー……」
「さすがにもう起きましょう!今何時だ?うわー……」
「……ん~……なんだい、ホントキミは朝からそうやたら賑やかで……」
「あんたさっきおはよう!って言ってたじゃないですか。シャキッとする!おはようございます、起きますよー!おーい」
「……」
「な……なんですか?その目」
「いや、元気だね、キミ」
「……?」
「今日はボクよりキミの方が起きれないかと思ってたよ。若いんだねー、なんかこう、思いがけない場面で自分に衰えを感じさせられちゃうっていうか、年齢差が……あー……」
「なッ!あんた何おっさんくせぇこと言ってんだよ!起きるぞ!」
ガバリと起き上がりにかかって、赤崎は、うっと小さく呻いた。ようやくこの段になって自分の体にいまだ残る、例のあの余韻を痛感したのだ。当然ジーノはその事実についてちゃんと覚えていたが故に先程のような発言があったわけだが。
赤崎の、まるで子供のような仕草の影に仄かに湧き上がる妖艶のアンバランス。ジーノはそれがなんだかとても面白くて、思わずクスリと声を立てて笑う。
「んだよ!……うぅ!……くっそぉ!笑うな王子!……ッん……」
身に生じてるその印を隠すかのように赤崎が噛みつくように返事をする。
「もう、その口ったら、せっかくの色気が台無し。塞いじゃおうかな?」
「わ、やめ……」
「フフ、冗談だよ」
やんわりと腕を伸ばしてキスを乞うジーノだったが、眩いほどに明るい、世界の朝の中に走り出した今の赤崎を、上手に夜の世界に誘惑することは出来なかった。と言うよりも本当にそれはジーノの冗談の話で、実はその瞳には明快に罪悪のそれが浮かんでいたというのが事実だった。すぐに薬を飲ませはしたものの、いくらなんでも昨晩はさすがにやり過ぎだったなぁ。明らかにそんな風に自身の過失を悔いる姿がそこにあった。
「王子、そんな顔すんなよ。……大丈夫だし」
「なんのこと?」
「……」
暗さ残るジーノの姿に、赤崎が何かうまいことを言いたかったのだが、ジーノはまるで白を切るように素知らぬ風情で返事をした。
だから、赤崎はジーノの鼻先に触れる様なキスをする。大丈夫。安心してください。平気です。とそんな気持ちで。つまり言葉だけでは埋まらない、気付かぬままにジーノに生じるクラックの予兆を、あっという間に赤崎は唇で塞いだのだ。
「えー、なに?鼻?」
キスされる?そんなワクワクに一瞬にやついたジーノの顔が、急にふくれっ面にかわる。
「口なんかにして藪から蛇出てきたらたまったもんじゃねぇからな!あんたが無茶苦茶出来るタイプだって、昨日もう十分俺思い知ったし」
「キミが言ったんじゃない。して、して、もっと~って!」
「うっせぇ!」
「うるさいのはキミだろ?」
そして、二人。ああ、こんな風に会話をするのも本当に久しぶりで、と。思った瞬間、二人同時に互いを求めあうようなディープなキスをその唇に。長い時間それを堪能しては、名残惜しい小さいリップ音を立てて二人同時に終わらせた。
「……熱、下がったみたいだね。良かった」
「薬と……すぐ風呂行って流したのも良かったんだと思います」
キスをおかわり。先程よりも少し短めで、少し浅めの甘くて、甘くて、やみつきなそれを。少しセーブ。だってまたすぐ得られる安心感があるからそんなに慌てなくても大丈夫。唇を離し見つめ合う。いいなぁ、こういうの。シミジミと。
結局、やっぱり、やみつきの二人。見つめ合ってはキスをして、目を閉じてはキスをして。何度も、何度も、言葉のない交流をその甘いキスで繰り返し繰り返し。
そんな折、急に赤崎の、グーッとお腹の音が鳴る。ハッとそれに気付いた二人、込み上げる笑いを抑えきれずにようやく触れ合い続けるその身を離した。
「すっごい音」
「だっ!だって俺、まああんたもだろうけど昨日の昼からなんも喰ってねぇし!しょうがないだろ?」
「フフフ、大した健康優良児だね?」
「……これでも、あんたのこと心配してちょっとは食細くなってたンスよ?」
「えー?それは自慢にならないよ。管理不行き届きだ全くキミって子は」
「あんたもだろ!」
「ボクはリタイア予定だったからいいんだよ。キミは違うだろ?無責任だね」
「んだよ!人がせっかく」
「ハハハ、確かカルナローリ(イタリア米)があったはずだからリゾットでも作ろうか」
「あー、そういうこと言われたらなんか急に腹減った実感が……」
「味どうしようか、トマト風にする?缶詰残ってたかなー」
「え?いや別にどっちでも……」
「じゃ、朝はとりあえずコンソメにして……」
「いいッスね、俺アレも好きッス」
「そんで今日は後でフレッシュなトマト買ってきて夜は」
「あ!冷たいあのパスタ?なんだっけか」
「トマトの冷製カペッリーニ」
「やったー!なんか喰いたいなーって思ってたんで」
「じゃ、リゾットなら今から20分くらいで出来るからザッキーはもう少しここで」
「いや、俺も起きますよ?」
「そ?」
「はい、王子のこと手伝います」
「フフフ、おやおや、大丈夫?」
「体なら大丈夫だッつってんでショ?」
「別に体の話じゃなくて、お点前の話なんだけども」
「!」
「ハハッありがとう?暫く離れてた間に随分親切な事言うようになったじゃない?頼もしいねぇ?じゃあ、ピクルスでも切ってもらおうかな?よろしく」
二人そうして起き上がり、ワイワイ、ガヤガヤ、リビングに向かう。楽しくて楽しくて、とても幸せだった。
