鎖を解いて 2 【2部完】
ジーノと達海 まだ人気のないクラブハウス。 ジーノは一路、達海の部屋に向かっ …
ジーノと達海
まだ人気のないクラブハウス。
ジーノは一路、達海の部屋に向かって歩き出す。コツコツとしたジーノの革靴の音がリズミカルに鳴り響いていた。
* * *
ドアの前、到着早々ノックもそこそこ、ジーノはいきなりドアを開ける。
「ただいま!タッツミー!ボクがいなくて寂しかったかい!?」
ジーノは努めて元気に、努めて明るく挨拶をした。部屋の主はベッドの中で寝ぼけ眼。
「……あら、あなた。随分おそかったのね。もう朝よ?」
「ごめんね?これでも必死になって空を飛んで帰ってきたんだよ。キミのために」
両手広げて大袈裟に。そして、ドアを閉めた途端にふっと真面目な顔になった。達海はそんなジーノに向かって、皮肉な笑顔で重ねて言う。
「ホント寂しかったよー?もう、お前来ねぇのかと思って」
「おや?意外とボクのこと信じてないんだねハニー」
すると、達海は急にジーノと同じに真面目な顔で、こう続けた。
「まあね。軽い気持ちで盛大にお前の地雷踏んだらしかったからさ」
「フフ、軽い気持ちでもないだろうし、やったのもわざとの癖に」
「……よく御存じで」
ジーノには少し強く感じるその口調を受けて、溜息交じりに仄かに笑う。やっぱりわざとか喰えない男、これは観念するしかないね、とさりげなくベッドに腰掛け、こう言った。
「フフフ、タッツミーったらホント意地悪だ?だからだよ、ボク、なーんも説明も出来ずに逃げ出しちゃって。いきなりだったんだもん。そういうの、ズルくない?」
「いきなりじゃねぇだろ?お前何回も俺から逃げ」
「シッ、それは言わない約束でしょう?ホント意地悪だなぁタッツミーは」
「ハ、調子こくお前みたいなタイプには丁度いいんだよ、これくらいで」
「弱ったな、全く、フフフ」
* * *
「さ、話すとするか、カミングアウトだ」
「……」
「どうせバレてるし、この際ちゃんと説明しといたほうがいいよね。監督としては是が非にも手に入れておきたいネタだろうし?」
「大丈夫なのかよ。やって、ぶっ壊れて、また何処ぞにすっ飛んで行かれてもなぁ。なんかお前いっつもグニャグニャ不安定なとこあるから」
「失礼な、大丈夫だよ」
「……そうかぁ?」
「あー、でもさーやっぱやめたほうが賢明かな?年棒下げる理由にされちゃったらたまったもんじゃないし。タッツミーどう思う?」
「そっちの話かよ」
「フフ、嘘、冗談」
ジーノは胸に手を当て盛大に深呼吸をした後に、じゃ、話すね、と言った。
「ボクはまともに守備が出来ない。やらないんじゃない。出来ない。チームとしての急所にあたる。この情報は監督と共有し、あらゆる対策を施すべき事項だ」
「攻撃はいいんだ。切り込むのはかわす行為。問題は向かっていくほうの守備。カットしに行こうとするとそれを意識するだけで動きが不自然になってタイミングがずれる時がある。ボクは人が負傷するシーンに過敏に反応するんだ。時々、それを見てイップスが出てしまう。そしてイップスが一度出てしまうと、意識し過ぎてイップスが繰り返されるサイクルに。ボクはとってもデリケートだから、一時期からそうして……あっという間に駄目になった」
「個人的には色々試みているけれどナカナカね。今のところはまわりに性格上の問題で守備を放棄している、そうやって誤魔化す程度くらいしか。ま、要するに全然駄目」
「練習中に意識してチャレンジ試みてるってのは時々見えるよ。でもやっぱ駄目なんだな」
「うん駄目だね。いけるかな?って思っても、全然うまくいかない。自分だけで秘密裏に調整していくにはもう限界だ。そろそろやり方を変えていかないと」
「そうだな……お前みたいなタイプがボール奪取率低いのはおかしいと思ってたんだ。見えればコース切るだけじゃなくて普通は行きたくなるものだからね」
「不思議にやれてしまう時もあるんだけどね。そこに至るプロセスが把握できなくてムラがあるから。実はもう随分チャレンジすること自体やめていたんだ。バレなきゃそんでいいやって。中途半端なまんまでピッチで」
手持無沙汰なのか、その辺に散らかっているDVDのケースを手に弄ぶ。
「でも……キミが来ることになったから、ね。どのみちあれこれ言われるのわかってたし。しょうがない、心機一転今季からもう一度やってみようって、ハハ。頑張り屋さんだと思わない?健気でしょう?」
「……」
「これに付き合い始めてもう10年だ。ボクの選手としてのピークは多分今。もう遅すぎる感もあるけれど、タッツミーが協力してくれるなら心強いよ」
「10年?」
「そう。10年。言いたくないけど言っておかなきゃね?これもきっとどの道バレる。ボクのこの症状はあなたのあの瞬間を見てから始まってる。交錯シーン、負傷シーンへの過敏反応」
「厄介なのがその反応が何かってこと。怖いのか?嬉しいのか?そこが困惑の種でね。プレイ中体が動かなくなると、勝手に思考が介在する。今動きが止まった原因は、負傷を避けたくてなのか、負傷をさせたくてなのか。そのことでドンドン集中力が削がれていく」
「止まること自体が問題なのではないと?」
「そう、ただ拒絶反応が出ているくらいならまだマシなんだ。この症状を対策していく過程では、また不必要に他人を削りにいく可能性がある。タッツミーの負傷後の、初期の初期。イップスが始まる前にまずフラッシュバックがあったんだ。その頃、何度か悪質なバックチャージをやってる。わざと関節を狙ってスライディングに行ったり、交錯後意図的に踏みつけたりする。ボクはおそらくとてもダーティな選手だ。そんな自分に向き合えずイップスが始まったのかもしれない。まあ、医学的にも発症プロセスや回復プロセスは色々あるから、なにが正解かなんていうのもわからないことだけどね。とりあえずそうやってあれこれ考え過ぎて囚われすぎることが一番最悪だってことは身を持って知ったよ。だからその頃自分に限界を感じて、一度ボールを蹴ることを諦めたんだ」
ジーノが流し目で達海を見る。努めて平静を装おう顔。DVDを弄んでいた指先は白くなるほど力が入っていて、達海にはその姿によってこの話をするハードルがジーノにとってどれだけ高かったのかを知る。
「なんか俺の負傷シーン見て何かを変にこじらせちゃったってことか。お前、最初から態度おかしかったもんな。合流も遅いし初日は来ても休んで。明らかに俺を避けてた。知らん顔して自己紹介してたけど、やっぱりなんかあると思ったよ」
「ごめんねタッツミー?こんなことになってしまってて。根本的な原因は他にあって、タッツミーの負傷は単にキッカケにすぎない出来事なんだけど。あなたは優しい人だから。誰かが痛んだことについて自分が関与していることを知れば、きっと傷つくと思ったんだよ」
「フ、知り合いでもなんでもねぇくせに適当に俺のことわかったような気になんじゃねぇよ。お節介な話だ」
「フフフ、そりゃだって、タッツミーはボクの少年時代の憧れのヒーローなんだもの。この思いは、その愛と尊敬と情熱の賜物だよ」
「なんだよそれ、ハハハ」
苦笑いを浮かべて達海が目を逸らす。眉毛が不快そうに歪んでいる。ジーノは知っていた。この人は誰かが痛むことも、勿論、選手時代の自分に対するリスペクトを他人から直に感じても傷がつく。10年経っても彼の叫び声は未だとどまるところを知らず。形は違っても傷を抱えた者同士だからわかること。その傷は蓋をしても決して癒えない。達海には、自分とは違う形の傷がある。深くて、人に見せられないくらい致命的な、体の負傷と共に負った心の傷。
ジーノはその癒えない傷を見て、自分が喜んでしまう事に恐怖していた。人の不幸を、仲間だと認識して笑って、ホッとしてしまうんじゃないかなんて。だから達海を避けたがった。
でも、今、まざまざと男の痛みを感じた瞬間、普通に胸が痛んだことにホッとした。人の痛みに涙する。当たり前のことを当たり前のように出来る、今の自分にホッとした。
「ボクは体だけでなく心が負傷することにも過敏なんだ。あなたがそんな顔をしたら、耐えられないと思っていた。でも大丈夫。ボクすっかり忘れてたけど、その傷によく効く傷薬がほら、事務所にあるの思い出したし」
「事務所?」
「あそこに10年あなたを待っていた忠犬が一匹いるだろう?彼に舐めてもらえばそんな傷、一発でしょう?」
真面目な顔をして話していたのが、途端にニヤついたいつものジーノの顔に戻る。わざとらしい意味深な言い回し。
「……お前、何言って」
「あなたのは忠犬だけど、ある意味馬鹿犬でもあるね?ボクの忠犬は1週間で迎えに来てくれたよ?フフフ、タッツミーも色々大変だ」
「……赤崎が連れ戻したのか?お前を?」
「飼い主に似てあの子は随分お利口だよ。ちゃんとボクのピンチには助けに来てくれる。しつけが行き届いている証拠だね?あなたもボクを見習って頑張るといい。フフフ」
「なんだよそれ……ハハハ、つかお前の傷はあいつが舐めて治したのか」
「さあ?どうだろうね?取りあえず飼い主の散歩にはついてきてくれたみたいだけど」
「そりゃよかったな」
核心には触れず、意味深な会話。二人の間ではこれで十分だった。達海が笑うのでジーノも笑い返した。
「……それにしても意外っつか、あいつ結構動揺してたし。随分頑張ったんだな」
「あの子、メンタル強いよ。脆そうに見えるけれどそれだけじゃないとこあるから。ちょっと波があるところもあるけれど、成長と共に少しずつ落ち着いてきてる」
「ん~……」
「本人殆ど自覚ないけどね。過小評価しがちで単なる強がりだって錯覚してる。自信がないっていうか、そういうとこがちょっと問題。今後の試合の組み立てに参考にしてね」
「ハッ、そうだな」
「ま、今回はボクの犬をけしかけてくれたのがあなたの馬鹿犬らしいから。一応感謝してる。ウザいし本人には絶対言わないけどね?しかし、寄ってたかって連れ戻しにかかるなんて、いい連係プレイだったよ。ボクは意外と人気者なのかな?フフフ」
「何言ってんだよ、飼い犬御得意の過小評価がうつったってわけか?それともそもそもが類友なのか?お前ウチの10番様だろ?馬鹿な事言ってんじゃねぇよ」
「あれぇ?いいとこ見せないと取り上げるんじゃなかった?」
コツンと達海が頭を小突き、ジーノは楽しそうに、痛ッ、と笑った。
「取敢えずお前、今俺多少さぼり気味でもいける戦術考えてッから、次出てよ」
「え?」
「やれるだろ?そしたら勘弁してやる」
「……フフ、どうだろ?」
「お前今あんまり間隔あけない方がいいと思う。出来ればハーフだけでも一旦実戦こなしといたほうが。じゃないとこの後、感覚鈍ったまま調子戻りにくくなるかもしんねぇ」
「そうだね。でもまぁ、取りあえず今日ちょっと動いてからかなぁ?使いものになるかどうかはちゃんと状態見てから判断してよ。リーグ本番の試合を選手の調整に使うとか、今ウチにそんな余裕ないでしょう?」
「まあな、うん、わかった」
* * *
「しかしまあ、あん時お前随分なっさけねぇ面しやがって。まるで俺虐めたみたいじゃん」
「あれ?なに?キッチリ虐めたじゃない今更」
「なぁ」
「何?」
「自分でわかってるだろうけど、お前のそれ」
「……」
「臆病が原因だな。臆病者の逆切れ。なんだよ、椿以上のチキンじゃねーか」
「ハハハ、その通りだよ、タッツミー。臆病者には臆病者がわかるからね。でもボクの飼い犬達が素晴らしいのは自分でそれを跳ね返す力があるところさ。だから気に入ったんだ」
「……」
「全く、一緒に居るだけでいい勉強になるよ」
「謙虚な物言いだな珍しく」
「……でも、飼い主の威厳に関わる問題だから。タッツミー、念のため言っとくけど、ボクが極度の臆病者だなんてことは内緒にしておいてよ?」
「ちょっとは素直になったと見直すとこだったわ今」
「……悪かったね。ちっぽけなプライドまだ振りかざさなきゃいけなくってさ」
「ま、お前も人に見せることが出来る程度には臆病じゃなくなってきたんだから、いんじゃね?何事も一足飛びにはねー」
「その辺についてはボクのほうが上だね。あなたは弱さをさらけ出す強さはまだ持ちえていない。そうだろう?」
「フッ……」
「大丈夫。あなたも時期が来たら勝手にそうなってしまうさ。あなたの馬鹿犬はそれを当たり前のように受け止めるだろうし、願わくばボクがここにいる間にその光景を目にすることが出来れば嬉しいけどね?」
「ケッ、余計なお世話だよ。自分がちょっとやれたからって偉そうに」
「ハハハ、じゃ、またあとで」
