鎖に繋がれて 2.5カモンベイビー、チョコとベイビー
「鎖に繋がれて」のスピンアウト。ザッキーが付き合う前のバレンタインの思い出を回想しつつ、別れた後の今年のバレンタインを迎えるお話。時期が1か月ほどフライングですね。随分前に書いたものだったせいか本編に組み入れるとどうにも作風が浮いた感じになってしまったのでわけました…。鎖に繋がれて2と鎖に繋がれて3の間に挟まる感じです。もう少し本体がコンパクトならこっち系だとどうなるかとかマルチエンディング方式挑戦してみたかったな。(捨ててもいい部分ですが本筋に絡むネタがちょっとだけ混ざっているので一応公開しました。変則気味になって申し訳ありません)
カモン!チョコ
2月だ。
去年のバレンタインの時期を思い出す。
マジでこんなに届くのかよとビックリするくらい届くチョコの数々に、事務所はあの頃仕訳の業務に大わらわになっていた。王子はモテモテでチョコもプレゼントもそりゃもうダントツの量で、けれど彼は例年気持ちだけを受け取って物品はひとつも受け取らない。だから一列に並んだ各選手の仕分け用段ボール箱のうち、王子の分の箱には申し訳け程度に小さく“ジーノ”と、そしてわざわざそれを消して盛大に“ご自由にお取りください”という文字が書かれてあった。余白には下手くそながらも茶目っ気たっぷりのイラストと、早い者勝ちだー!の吹き出しメッセージ。多分字といい絵といい、あの追記は世良さんの仕業だったんだと思う。
14日に集中すると持って帰る王子が気の毒というファンの配慮かキャンプ明けから五月雨式に届くプレゼント。高価なものも沢山あるせいか、朝来てこの箱を覗くというのがこの時期のみんなの風習になっているようだった。それでも毎日一番大きいその箱には中身が積み上がっていくばかりだったりした。
代表選手でもない、残留争い常連チームの司令塔。状況からして普通なら考えられない王子の人気。彼の天才性ゆえか、それともあのビジュアルゆえか。彼のファンは本当に熱狂的で、そしてみんな非常に行儀がよかった。以前雑誌でちょっとしゃべった一言。
“なによりも嬉しいプレゼント?スタジアムまでボクを見に来てくれることかな?”
おそらく広報の指示で無理矢理言わされたであろうこんな歯の浮く一言のおかげで、それ以後、想定通りホームもアウェイも動員が増えたらしい。おそるべき王子の力。
13日。試合に出ていない俺の箱にあったのはほんの気持ちだけの情けない代物がポツンポツン。みんなユースから見てくれてたなじみのファンとか昔の知り合いとか、どれもこれも顔見知りの、誰からももらえないだろうから可哀想って気持ちからくる典型的な義理チョコだった。別にもてるためにやってるサッカーでもないしユース時代から女子サポが少なかったなんてことは一度も気にしたことがない。女だろうとおっさんだろうと義理だろうと、ともかく応援してくれる気持ちはありがたいし、値段で比べるのも数で比べるのも無意味だ。そう、全く今まで一度も考えたこともなくて。それでもなんとなく段ボール箱なんてスペースの無駄以外の何物でもないという状態を目の当たりにしてしまうと、もはやこれは暗黙のイジメといってもいいレベルなのではないのかと。よりにもよって王子の箱の隣だなんて、と腹を立てたら、新人が犠牲になるのは宿命なのだ!と世良さんは嬉しそうに笑った。有里さんに至ってはユース出身だからこれくらいの大きさがいると思ったのよ、と謝る始末。小さいのに変えようか、という余計な気遣いが益々俺を惨めにさせたので、当然こんなこと全く気にもならないという風情でお断りした。あの人にはもう少しスルーする力や見て見ぬふりをしてくれる優しさを身に着けていただきたいところ。あふれんばかりの隣の箱を睨みながら、いつか俺だって一杯に、と情けなくも歯ぎしりをする。
「へぇ…キミ、もう応援してくれてる人がいるんだね」
ここにもまた不愉快なことほど見て見ぬふりを絶対にしないタイプの人間が一人。くそ、王子だ。どんな嫌味や嘲笑がくるかと思わず身構えたが、ワイワイ喧騒の中で呟いた彼の顔は奇妙なものだった。少し眩しそうに目を細める笑顔。これはどういう意味の顔?彼の表情はあやふやで、考えていることがよくわからない。笑っているのに、少し不快にも不満げにも見える。持って帰れないほどのチョコを受け取る彼がなぜこんなちっぽけなものを悔しがる?え?悔しがる?いやまさか。そうではなくて、俺はチョコのひとつももらえる価値すらないとでも?こんな風にモヤモヤすると思わず曲がったことを言う癖が出てしまう。
「ま、俺ここのはえぬきですしそりゃファンくらいいますよ。真面目にやってりゃ見てる人はちゃんと見ててくれてますからね」
強がる俺などスルーするかあざ笑ってればいいものを、彼はさらに意味不明に目を細めて小さく、そう?と呟いた。そして、これみよがしに?カバンからチョコを取り出して、俺の箱にポスッと入れたっけ。あの王子まで誰にももらえないのが可哀そうだと俺の為に用意した?よっぽど可哀そうな男に見えたんだろうか?それともやっぱり嘲笑の意味を含ませていた?
でも黙ってそのまま帰って行った王子の後姿を帰り道何度も思い出しながらこう考えた。義理だろうとなんだろうとあれはともかくバレンタインのチョコだよな?と。わざわざ王子が持参して、わざわざ自分からだとわかる形で俺の目の前で箱に。それには当然なにがしかの意味ある。なにがしかって、やっぱり、ほらよくわかんないときはシンプルに考えるのが一番だ。だから。ねぇ?そうとしか。
なんとなく余計なことを考えてしまったせいで意識しすぎてぎこちなくなった俺に、次の日、王子は俺にこう言った。
「どうしたの?練習にちゃんと集中しなくちゃ」
「してますよ。それにあんたにだけはそんなこと言われたくないし」
目ざとい男相手に俺の動揺など隠しきれるわけもなく。彼はやれやれといった風情で苦笑しながら
「…そういうキミはらしくないよ?」
と言い、
「何がッスか」
とそっぽを向きかける俺に
「ゴメンね?あれは知り合いのお店の余り物で。持ってけ持ってけって言われてさ。断りきれなくて貰ったはいいんだけどボク、チョコあんまり食べないからね」
と笑った。
そりゃそうだ、とガックリと肩を落としたのが自分でも恥ずかしいくらいわかるほどで。そんな俺の顔を見て、
「なに?愛情あふれる告白チョコだとでも思った?」
と今度はからかうように笑う彼に、それ以上俺をいじめないでくれよと何も言えずに仏頂面を返すしかなかった。ああ、恥ずかしい、いたたまれない。穴があったら入りたい。そんな俺をみて彼は更に愉快そうに笑っていた。
ともあれ、見たこともないデラックスな箱に入ったシンプルな四角い粒状のチョコは、食べたことのないような上品な味のものだったりした。美味しかった。
