お花結び

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鎖に繋がれて 2.5カモンベイビー、チョコとベイビー

「鎖に繋がれて」のスピンアウト。ザッキーが付き合う前のバレンタインの思い出を回想しつつ、別れた後の今年のバレンタインを迎えるお話。時期が1か月ほどフライングですね。随分前に書いたものだったせいか本編に組み入れるとどうにも作風が浮いた感じになってしまったのでわけました…。鎖に繋がれて2鎖に繋がれて3の間に挟まる感じです。もう少し本体がコンパクトならこっち系だとどうなるかとかマルチエンディング方式挑戦してみたかったな。(捨ててもいい部分ですが本筋に絡むネタがちょっとだけ混ざっているので一応公開しました。変則気味になって申し訳ありません)

マグとベイビー

 もらうばっかりでは悪いからとなんかお返しをと考えたその年のホワイトデーは苦心した覚えがある。彼は贈り物を受け取らない。高価なものは贈れないし、彼に不釣り合いなものも選びにくい。何が好きなのかもわからなかったし、何をすれば喜ぶのかもさっぱり見当がつかなかった。食事をおごることすらままならないのに、こんな面倒ならあんなチョコ、勘違いして馬鹿みたいに喜んで受け取らなければよかったなんて後悔なんかもしたりして。

 そうしてホワイトデーに遅れること数日、俺がやっとこ彼に渡した時の言葉はこんなものだった。

「いらないなんて我儘なしッスよ?飼い犬にプレゼントを貰えばお返しするのが礼儀だと学ばせるのは大切だ。あんた飼い主ならこれくらい、しつけの一環として我慢しなきゃ駄目」

お気に入りのカウチに座りながら、キミはいきなり何を言い出すんだ、とちょっと間抜けな顔をした彼が面白かった。

「そんなのわかっているよ?なんだい?キミはボクがそんなこともわからない愚かな飼い主だとでも思っていたの?かわいい愛犬からの返礼だ、勿論喜んで受け取るさ」

そういって彼は笑って、しれっとした顔で差し出す俺の紙袋に手を伸ばした。

「まあ、貰いモンです。そういえば先月王子にあまりもののチョコを横流しされたなって思い出して。まあ、そういうことです。」

 そんなの嘘だった。手渡したのは、何件も店を回ってヘトヘトになった頃に偶然目にしたかわいいペアのマグ&ディッシュセット。これだ。と思った。彼の家の食器がどれもこれもひとつずつしか置かれていないのが実はかなり気になっていた。本当にこの家には必要最低限のものしか、いや最低限すら満たしてもいないくらいに、本当に物がない。サボテンやミニカーなんかは飾ってあるのに浮世離れしていると言ってもいいほど実用品が極端に少ないのだ。

    *  *  *

 彼女を自宅に呼んだ話を頻繁にする彼に一度聞いたことがあった。

「王子って彼女に料理作ってもらったりすることあるんでしょ?」
「…ん?まあね?なに?」
「いつも俺が来た時みたいに適当に皿出させて食べてるんですか?不便でしょ?味噌汁飲むのにカフェボール使うとか」
「あ…えーっと…、なんていうんだろ?そういうとこ…あんまりこだわりがないタイプなんだよね、ボク」

 俺は知ってる。彼は実際そういうことにとても強いこだわりを持っているタイプだ。色彩とデザイン、調和をとても大切にしている人で、一緒に居ると時々そのこだわりが顔を出す。こだわりそうなことにあえてこだわらないこだわり?ともかくこの家には不自然なほどすべての食器がひとつずつしかない。
 
 女性をしょっちゅう寝泊まりさせていると言う割には、この家にはいつも髪の毛一本女の痕跡がない。見たこともない、王子を取り巻く女性達。彼女らはどれだけこの家に自分独自の印を残しておきたがっていることだろう。でも、それがひとつもない。だから俺はこう考え始めていた。おそらく王子が一切それを許してないのではないだろうかと。なんというか、掟にも近い暗黙の了解というやつだ。だからコップひとつ持ち込めない。女性の気配があまりにも感じられないこの家の状況に、俺はそういう流れを簡単に想像することができた。俺だって王子に特に駄目だと言われたわけでもないけれど、あの家に寝泊まりするほど関係が親密にはり始めても歯ブラシ一つ残して帰るような真似はしなかったし、出来なかった。置いとけば?と素知らぬ顔で嘯くくらいの彼だったけれど、やっぱり俺はそんなこと出来なかった。だからこそ、後にベランダの二人掛けのあのベンチを彼が用意してくれたのが嬉しかった。あれは彼女達の知らない俺の痕跡。あの家に王子自身が用意した、俺の存在の印だったから。

 ともかく、あんなに配慮の行き届いている男が、朝目が覚めたときに使うコーヒーカップでさえ彼女のためのものを用意していないだなんて考えられなかった。俺は大きなお世話だけどあんまりにも冷たすぎると思ったんだ。

「言いたかないですけど。箸が割り箸だとかも百歩譲っていいと思いますよ。でもね?カップとプレート。これくらいはあってもいいと思うんですよ?いいじゃないですか、朝食くらい“これはキミだけに用意したんだ”なんて適当にいつものようにおべんちゃら言ってこういうもの使えば。きっと喜びますよ?だってあんまりにもひどいでしょ?ちぐはぐな器を使って折角の料理が台無しだよ。あんたの作るもんはうまいし、彼女達だってきっとすごく美味しいの作ってくれてるはず。そういうものには、ちゃんとそれなりに敬意を払った扱いしなきゃ」
「…キミは、会ったこともない彼女達に対していつもそんなことを?そういう考え方するんだ…フフ、案外優しいとこあるんだねぇ、べーべのくせにそれらしいこと言うじゃない?」
「なんスか、なんか悪いッスか?飼い主が非常識だと飼い犬の格も下がって困るって話ですよ」
「そっか…フフフ、相手に対する敬意、ねぇ…。これから気を付けるよ」
「言ってるそばから敬意の欠片もない態度ですよ?それ」
「え~?そうかな?フフ」
「まあ別に俺にはいいんだけど」

 馬鹿話をした数日後、王子は既存の食器の一切を破棄して、湯呑から箸置きに至るまですべてペアで揃えなおしてしまった。極端な人だ。驚いたし、そこまでやるか?と思ったけれど。でも極力興味なさげな顔をしながら、まあまあじゃないッスか?なんて言ってやった。すると王子は満面の笑みで返事をした。

「ボクの敬意、気に入ってくれた?」
「別に俺が気に入ろうが気に入るまいがどうでもいいっしょ。敬意払う相手間違ってるし」

 ひねくれた物言いをする俺に対して、彼は、あ、そっか、とクスクスと笑っていた。でもボクはキミも気に入ってくれたら嬉しいなって思ったんだよ、と。本当か嘘かなんて全然わからない。でもこういう、相手をくすぐるような言葉を極自然にさらりと言えてしまうところが王子の王子たる所以なんだろうと思った。ちくしょう、実に嬉しかった。彼がこれらを選ぶ際に、俺のことも思い出してくれていたというその事実が。まるで俺のためだと言わんばかりに即効で行動を起こしてくれたその態度が。後日、彼は何度も俺にこう呟いた。キミは特別なんだよと。あの日の彼なりのわかりやすい敬意は、ある兆しの意味を持っていた。圧倒的な支配と隷属を強いる王子が取り出す、俺のしつけの為に用意した麻薬のような魅惑的なアメの一つ。俺はそれが美味しくてやめられなくて、浅ましく彼のポケットの中にまで首を突っ込むような真似をし続けたんだと思う。後日ナンパ術なる下世話なバラエティを見ている時に、王子は特別扱いをすると簡単に女の子って転がり込んでくるもんねぇ、わかるよ、と笑っていた。ああ、そうだ、と自分には思い当たる節があった。そういうことだった。のか。と。案の定その後俺を手に入れた王子は二度と特別を口にすることがなかった。

 ともあれ、それ以来あの家の食卓にちぐはぐな器の料理が並ぶことはなくなった。そして彼がコーヒーを飲むときはいつも、あのキュートなマグカップが使われるようになったのだった。デザインを大層気に入ってくれたらしく手に取る度にニコニコしていたのが今とても懐かしく思える。

    *  *  *

 プレゼントを渡した直後、王子は赤と黒のペアを眺めて

「ザッキーは赤だよね」

と言った。そして、名前に赤がつくからかな?キミのイメージは赤なんだよね、と笑った。俺はその流れで自分が赤色を使うことになるのかな?と思っていたら、

「じゃあ、これをボクが使うね」

と王子はひょいと赤いマグを手に取って掲げた。なにが、じゃあ、なのかさっぱりわからなかった。なんで?と質問したらキョトンとした顔をして、

「え?どうしたの?」

と答えていた。わからないのはこっちのほう。本当によくわからない性格の人だった。

 その後、あんたが単に赤色が好きだからそれを使いたいだけって話でしょ、と絡むと、そんなことないよ、と王子は急にへそを曲げてふくれっ面になってしまって。ボクがわざわざキミの赤を選んであげたんだからありがたく思いなよ!なんて偉そうなことを言い出すもんだから、そっからはいつものしょうもない二人の口喧嘩。その結果俺が勝って?なぜか王子が黒で俺が赤を使うことになってしまった。本当は王子の黒い艶やかな髪と赤いマグのコントラストがとても似合うと思って購入したにもかかわらず。俺達は時々こういうことがあった。

 あとからわかったこと。王子は贈り物を受け取りたがらなかった人だったけれど、それでも大層贈られることに慣れている人だった。あの時の王子の行動は、贈り主の気持ちを受けとめる、という意味合いで赤、つまりは俺の気持ちを大切に扱います、という思いを表したものだったのだ。後日、彼の行動の理由がわかった俺が恥ずかしいのを我慢して、黒使いますから、なんて言ったら今度は少し頬を染めながらも口を尖らせ、今更もういいよッ!なんて怒っていた。彼は本当になんというか、如何にもイタリア人らしい厚かましいほどの気障さがあるくせに、妙なところで意外とシャイで不器用なところがあって。実はロマンチストで且つ、とても照れ屋な人だったんだと思う。

 本当は俺だってあの時少し柄にもなく少々ロマンチックな気持ちになっていた。俺が赤だと王子に思われているなんて、なんだか急に恥ずかしくなって、でも嬉しくて。だって俺は王子に黒の印象を持っていたから。サラサラの黒髪、長い睫、吸い込まれそうな瞳。俺は王子を黒だと思い、王子は俺を赤だと言った。二人で丁度赤黒だなんて驚いた。ETUのチームカラーは昔から俺の大好きな色の組み合わせだ。あの頃の俺はあのマグ&ディッシュの器を使う度に、まるで自分達があの食器のように二人ペアになってしまったかのような気持ちでいられた。1年前のことがもう遠い遠い過去の、まるで夢か幻か、そんな感じがした。

 簡単に物を処分する彼はきっとあの贈り物も簡単に俺と同じように捨ててしまったことだろう。そう、いつ捨てたのかもわからないくらいに。そして使っていた記憶から何から全部なかったことにしてしまったことだろう。執着のない王子があの日家にあった食器を全部処分してしまったおかげで、あの家にはあの時期、コーヒー用のカップがあのマグしかなかった。これ飲まないとちゃんと目が覚めないのが厄介なんだよねぇ、とかなんとか子供みたいにぶすったれつつコーヒーを淹れていたあの頃の王子の姿を思い浮かべながら、今はどんなカップでコーヒーを飲んでいるのか、そんなことを俺はなんとなく考えていたのだった。