お花結び

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絆に結ばれて 1.5それは恋のやり直し2没

ほったらかしになっていた長編の続きのストックの一部なんですが……(2なのはそのせいです)
結構気に入っていたしここ書くためにちょこちょこジーノ宅でサッカー観戦させてた部分もあっただけに没にしきれず、往生際悪くこっそりここに置いておきます。

 ETUが勝った試合の録画を二人でこうして見る時間はとても楽しい。

「ああ、いいッスね、ホント」

 画面はパスミスのシーンで、実況がらしくないなどと語っているところだった。この試合ん時のあんたはキレッキレで、あんたのやってること、ほらこんなにも相手マーカーに気付かれてない、と笑いかけると王子が澄ました顔をして俺の右手をそっと握った。
 今見ているこの試合は、選手をやめるかやめないかレベルの、あんなことがあった直後のホーム戦だった。スタミナ、体調、そしてプレイ感覚。俺達二人はいろんな不安要素がある中で、それでもあの日俺達はやりきったとはっきりと自分で思える程の力を発揮して、所謂大物食いを達成した。まさに、生涯の記憶に残る特別な試合であったと言っていい。あまりに見事な秘密の、再生。いや、新生、と言っていいほどの二人に起きた出来事。その結果としての、人として、選手としての大きな変化の具象化。

 前半。王子の視界はいつにも増して高く広く、落ちたスタミナを補って余りある圧倒的な精度によって監督の知略を実現していく。キーマンの体力を強欲に、そして冷徹なまでに食い潰していったあの秘された獰猛の姿。つまり彼のその自信溢れる絶対的な実行力、実現力の発揮は、あの日のチーム全体における“俺達はやれる”という自信とパワーに繋がっていったことは明らかだった。

 2点ビハインドを背負いながらも、一つも俯くことなく後半早々に俺が1点返すことが出来たのも、紛れもなく彼のおかげ。後半、ゆったりといつもの優雅でピッチに戻る彼が、その途中珍しくピッチ上で自発的に俺に声をかけたのだ。

「ねぇ、キミの今日のマッチアップの相手、五輪代表なんだって?」
「ああ、小室さんッスか?」

 王子はまるでキスするかのように唇を寄せて耳元でこう囁く。

「……でも、そんなの今日のキミなら軽く蹴散らせるよね?」

 その言葉は、いつも彼が発する言葉と同じでありながら、全く違うものだった。つまり、意図的に俺を鼓舞する様なものではなく、寧ろ俺という選手への圧倒的な信頼から極自然に発せられるもののように聞こえたのだ。

「ん?どしたの?真っ赤だよ?フフ、変なの」

 王子は掛け値なしに俺がトイメン(対面)に勝てると踏んでる。そんな実感。未だかつてない、未知なる感覚だった。不慣れなシチュエーションにドキリとして、楽しげに笑う間近に迫る王子の顔を見ると、その目の奥には、圧倒的な強い意志。あんな真剣な目をしていた王子を見るのも初めてのことだった。真摯なサッカー選手が勝負時に見せるとても戦闘的で美しい目の色だった。

「ねぇ、ちょっと、大丈夫?頼むね?」

 ぼんやり顔の俺に向かって、王子がパンッと喝を入れるかのように背中を叩く。あの瞬間、俺自身、彼に俺の中の何かのスイッチを入れられたのがはっきりとわかった。

 身長はさほど変わらない。そんなことに今更気が付く。ほら、だって目の高さが同じだ。今俺は、彼と肩を並べている?彼は俺の肩を組んで、一緒に行こうと背を押した。遅れるなと。今、隣には後ろ姿でない王子の横顔があった。つと流す視線が、自分ではなく前を向けと指示していた。同じものを見ろと、告げていた。まるで俺の歩調に合わせて歩くように、彼はずっと俺の、隣を歩く。背を追っていた記憶ばかりが蘇る俺の視界は、未だかつてない程果てしなく上下左右に広がりを見せていた。その色彩もまた、鮮やかすぎるように美しかった。

 後半、ガンナーズの猛攻に耐えて早速王子の言ったマッチアップが始まる。1対1の勝負に勝ってやると思っていた前半とは全く違う心境。当然競り勝ちこのチャンスはシュートで終わらせる。極当たり前のようにそんな考えになっていた。しかしその直後の俺のクロスはファンブルとなって残念な結果に終わる。何かが少しずつずれていて、うまくいかなかった。けれど、直後に振り向き見合った王子の視線は、それでいい、次行くよ、と言っているかのようだった。だからそのおかげもあって、直後の椿のドリブルでの駆け上がりの時、俺も躊躇なくほぼ同時に椿と一緒になって思いっきり前に向いて走ることが出来たんだと思う。あの時俺のポジションは気持ち自陣寄りだったし、一瞬でも判断が遅ければ間に合わなかった。でも俺はあの瞬間、コシさんから椿、ナツさんに至る、恐ろしく速いカウンター攻撃のスピードにしっかりとついていけたのだ。気が付くと、ボレーシュートのクリアボールはまるで当然のように俺の目の前に転がってきていた。ペナルティエリア前。あそこまできちんと俺が詰めることが出来たのはやっぱり王子のおかげだと思う。

「ホント、いいよねぇ、こういう時のキミのプレイ」

 今、録画のゴールの瞬間のリプレイを見ながら目を細めている王子の姿はピッチにいる時の鋭く冴えわたった彼とはまるで別人のようだった。カウチに並んで二人、こういう時間を何度となく俺達は過ごしてきたけれど、彼の観戦スタイルは常にどの試合も同じもの。自分のホームチームであろうと他チームのそれであろうと、いつも全く変わらない。その目線はまるでプロの解説者かそれ以上の客観性を持つ分析のそれで、ミスに対する冷徹も煌めくプレイへの称賛も常に冷静でまるで他人事のような物言いであり、動揺したり興奮して声を上げることなどただの一度もありはしなかった。
 なのにあれ以来。時折、ほんの一瞬こうやってのぞくようになったのだ。彼の素の姿、彼の素の言葉が。観察者としての観戦。彼のその考察の結果として、良い動き出しだとか、軸足の踏み込みがよかっただとか、俺のプレイに関してそういう言葉が彼から出たことはあった。噛み合わなければ、どうすればよかったか、そのためには何が必要なのか、そんな話題が上ることもあった。彼は上質な家庭教師で、褒められることがとても嬉しかった。まるでテストで難易度の高い問題を解いて褒められる時のように。同じ過ちを繰り返さないように丹念に復習を指示する補習のように。
 でも彼の今発するこの奇妙な一言が俺の心を熱くさせる。何がよかったのかという解析の装飾がない、本当に感覚のままにヒョイと出てくるその一言が。画面を見つめるその目が。この画面の中にいる素晴らしいプレイをする人間が今ここにいる俺なのだと、そんな風に、その存在を確かめるようにキュッと俺の手を握り込む、王子の少し汗ばむその手が。温かいというよりも寧ろ発熱にすら思える熱帯びた興奮のその指先が。
 そんな、隣に座り、のめり込む様に画面を凝視している王子の全てが、本当の意味で今俺達は一緒にサッカーを見ているんだという、そんなことを実感させる。今いるこの王子は、生々しいまでに当たり前のように“人間”なんだと、そんな変なことを俺に再認識させる。近い。王子が。こんなにも、あまりにも近く感じる。
 
 大画面の中に閉じ込められたピッチ上の俺達を見ながら、俺はその瞬間の自分の感覚を思い出す。

 俺がゴールを決めて王子を見ると、彼はさも俺が決めるのは当然のことだという顔をして、やはり、さあ次だ、行こう、と告げていた。
 飛ばし過ぎのガンナーズ。走らされ、翻弄され、あちこちに綻びが見え始める頃に椿が倒されFKのチャンスがやってきた。でもあれを椿が蹴るのは論外だと、俺がボールをセットする。すると、いつの間にか王子が黙って傍に立っていた。肩を並べて、ゆったりとしたあの余裕の姿で寄り添うように立っていた。そしてリラックスしきった王子の澄んだ視線は、目の前にあるゴールとは全く別の遠い遠い世界をじっと凝視しているように見えた。ああ、この人は今、このワンプレイの未来、ゴールがどんな形で決まるかまでを全部見ているんだ。そう感じた。

 そして本当にそうだった。試合後、ハーフタイム明けからそうしようと決めていたんだと王子は笑った。聞いてもいないのに、極自然に俺に向かって彼は言った。勝利に興奮し、自分のプレイが楽しくて嬉しくて、そして思わず口に出してしまった。そんな風情だった。聞いてザッキー、そんな風に溢れる言葉をポロポロと零す、あれがその行為の最初の瞬間だったんだと思う。

 そして今、隣に座る王子が言う。

「ねぇザッキー、ボク達この時」

 何にも相談しなかったよね、と。そこには言葉にならない思いの伝達。

 確かに王子の言う通り、並ぶ俺達は極普通にどちらが蹴るかなど打ち合わせ一つしなかった。けれどあの時、俺は“当たり前に”囮になってボールをスルーし、王子は“当たり前に”美しい軌跡でアシストを決めた。

 俺にはこれが全部最初から確定している現象のように思えた。まるでこの録画映像のように。何度再生しても変わらないシーンのように。彼もまた同じであったに違いない。

「不思議」

 彼の言いたいことが繋ぎ合う互いの手から伝わってくる。無理に戦略を説明しなくても自然にわかりあえたという事実に、この時の彼はすっかり浸っていたのだと思う。見えにくい王子の感情の揺れ。微細な微細な、ひた隠しにされ続けている内なる喜びの感情。ほろ酔う緩和のような恍惚。体を合わせた時のように、あの時俺達は寸分の狂いなく心を重ねていた。

「だってあの場合、常識的に考えてあんた確定デショ。そんな顔してましたしね」
「え?ボクそんな空気読めって顔してた?」

 ちょっとした俺の意地悪発言に、頓狂な顔をする王子。ちょっと悪いことをしてしまった。俺は時々こんなことまで彼に出来るようになってしまったことに自分でも驚いてしまう。出来るのは大いなる裏付けのせい。安心感。揺るぎの無さ。今俺達はあまりにも二人が当たり前になったから。

「いや別にそうじゃないけど」
「もう」

 彼の苦笑もまた楽し気で、こういう瞬間ひとつとってみても今じゃ彼の喜びであることを俺は知る。

「でもさ。あんたはあん時……もし走り込んだ俺が蹴ってても、そんで挙句に外してても、きっとそれが当たり前だって顔をしたンでしょうね?」

 ふいに訪れる彼の無言の返事。素知らぬ顔。でもわかる。王子は今、その姿によって俺の問いを有耶無耶にしようと。だから、これは事実。彼は無言の返事をすることで結局それを肯定してしまったのだ。これが今の彼のやり方。
 ナツさんには素直にボールを上げる上げないで小競り合いを気軽に行う王子。一方で俺には一切そういうことを行いはしなかった。つまり保護者として、飼い主として、何をされることが俺にとってダメージになるかを全て掌握している彼は、俺が彼の心を読み違えたとて目くじら立てて怒る真似などしたことがなかった。それをやれば俺が傷つきおそらく耐えられないことを知っているからだ。彼は俺が間違えることに馴れ過ぎていて、受け入れ過ぎていて、正解不正解などどうでもいい話だと平気な顔してサラリと流してしまう。でも、そんな王子のやり方に俺が気付くことだけでもこんな風に俺が暗くなることも知っている。嘘で誤魔化すのは簡単な話。昔はそうだった。でも今はもう彼はそうしない。それが最も俺にダメージを与えることになることを理解したからだ。だから、ただ今は無言で。これが今の彼のやり方。この仕草は王子の困惑。ただ立ち止まり、近づくことも離れることもしないままに、ジッとこちらを見つめるばかり。

 対等ではないことを感じさせられる。身の内に生じたこの手前勝手で惨めな卑屈を、俺が俺に突きつけてくる。その姿の全てを王子が今、見つめている。見られている。見透かされている。

「……そんで、やっぱり、それでいい、さあ、次行こう、って。俺に言うんだよな」

 この時俺は一体どんな顔でそれを言っていたのだろう。王子は捉えどころのない表情のままに、肘を曲げて繋いだ手を繋がれたままの状態で持ち上げた。そして指と指が絡んだ俺のその右手の手の甲を、ふんわりと覆うように王子の左手が包み込む。まるで火照っているかのように彼の両手は熱いものだった。
 俺の発した今の一言は彼に対する意地悪でもなければ率直な不満でもない。単なる自責の苛立ち。彼のこの懐深い大らかな俺への思いは、こうして時に俺の不安を呼ぶ。かけ離れていても俺は気が付くことが出来ないのだ。王子がそれを言わないから。これは確かに彼の愛情表現の一つの形であるかもしれないけれど、二人に残酷を呼び込んでしまうキッカケの一つでもあった。

 簡単で難しくて、難しくて簡単な王子と俺との詰将棋。俺の言葉が的外れなのか的中なのか。俺の思い浮かべる不安がどれだけ信憑性を持つものであるのか。肝心なところで無口になってしまう王子の、その熱い吐息だけをはらませた彼の唇が今祈る様に俺の右手に寄せられる。それがあまりにも雄弁に彼の今のその気持ちを俺に伝えていた。

“苦しい、ザッキー、苦しい”
 俺は答えを間違えるけれど、それに気が付けないことが苦しい。一方彼は苦しみに落ちる俺に気が付けるのに対処しかねて苦しんでいる。
 王子はナツさんへの自分の仕打ちについて、どうでもいい相手だから何でも言えるんだよ、と説明するけれど、そんな詭弁は俺には通じるわけがなかった。彼らは彼らで、俺とはまた違う形で繋がりあっているからこそそうなれるのだ。形が違えど持田さんと王子の関係性も同じこと。俺は王子を、彼の全ての愛の形が欲しくて、こうしていつも我儘になる。なんでも叶えることが出来る力を持っていそうな王子が、こうして俺の欲を叶えられないことに苦しむ。俺を思うが故に。憐れな王子の困惑と苦悩の姿を見ることに倒錯的な愛情の歓びすら感じてしまう俺は、なんてどす黒い人間なんだろうか。

“でもね?何故そうなのかと言われればキミが蹴っても同じことだからだよ”
 あの時王子がそんな世界も見ていたことを、見えていたことを、あまりにも情熱的に俺に語っていた。そして、

“でもキミはボクに蹴れと。キミのそのボクへの絶対的な信頼がボクにアシストを決めさせたんだよ”
 そう、言っていた。そしてその目とは別のことを口が囁く。

「ねぇ、言ってよザッキー。ボクのこと、好き?」

 彼はいつも、その答えを欲しがる。全部知っていても、それでも、欲しがる。欲しくて欲しくて、だから今日も我慢が効かない子供のように、まるで呼吸をするように俺にキスをする。