絆に結ばれて 2
ガンナーズ戦(ホーム)から最初の五輪予選が終わる頃までのジノザキ。一応回想のものも含めて出来るだけ時系列に並べてみました。そのため展開2系統がグチャグチャ混ざった形となりなんとも読みにくく申し訳ないです。章タイトルが2文字のものが裏でそれ以外が表ですのでそれを目安にしていただければ幸いです。因みに作中ジーノが使用している包丁はハーブチョッパーです。
仲良く遊ぼう~エレベーター
ここはエレベーターの中。
選手としての大きなターニングポイントになったガンナーズ戦の後、二人はジャパン杯5節横浜戦、リーグ11節大分戦の連戦をこなして、今、ようやく東京のジーノのマンションにたどり着いたところだった。
「あー、もうクッタクタ」
クサクサとした物言いながらもジーノはにこやかに微笑んでいた。理由は説明するまでもないが、久しぶりに次の試合まで1週間空く為だ。しかもホーム戦で移動もないとあって、これから少しは落ち着いて二人の時間が楽しめる。空っぽな冷蔵庫に食材を詰め込み、たまった録画をのんびり二人で流し見する時間も確保できる。日常、安寧。そんなものを楽しみにしている空気がジーノのみならず二人の間に極当たり前の様に漂っていた。
「やってらんないよー」
「くじ運悪いンスかねぇ?札幌・名古屋とか、横浜・大分とか。中二日三日の連戦だけでも大変なのにその2戦がどっちもアウェイで距離がふざけんなって言うくらい離れてて。達海さんターンオーバーも考えてくれる監督だけどそれでも試合以前に移動だけで疲れちゃいますよ、これじゃ。なんとかなんねぇのかな?」
「もうさー、横浜で試合したんだったら札幌の時みたいにそのままあそこで泊まって直接大分飛べば楽だったのにね」
「その手の話はうちのチームにとっちゃ今更のことッスよ、王子。貧乏性なんだからしょうがない。宿泊もそうだけど移動してあっちで練習会場借りるとかコストかかりすぎるし関東近辺だったら節約しないと」
「だってさ、大分っていったら温泉でしょ?行きは百歩譲っても帰りは現地解散でいいじゃない?あっちでのんびりしたかった。温泉でリフレッシュ」
今男が口にした事は別にたらればの話ではなく、実はいつものジーノなら普通にそうしていたことばかりだった。
さぼり、遅刻、当たり前。個人行動、消息不明、このジーノの理不尽なまでの傍若無人な行動パターンは最初こそETUの中で大きな火種になっていたが、何をどう言われても悪びれず、しかも自重することもなくジーノは淡々とそれを続けていくばかり。そのうち根負けしたのは周りの方で、おざなりにコーチ陣が挨拶のように苦言を述べる現在の形に少しずつ変化していったのだった。
どれだけ我儘だろうとチーム内で傑出した能力を持つ選手との決裂はチームにとって致命的。居てやってる。居てください。そんなパワーバランスでは男を矯正することなど絶望的な話であり、結局は特異な個性を持つ人間として許容せざるを得なかったのは当然の話。ジーノの実力行使による、非常識の常識化はお見事としか言い様がない。
けれどこの前代未聞の問題児、達海監督が来て以来誰にも何も言われないままにその我儘が治まった。このことに関してはいつまで続くやらと悲観的な感想を持つ者もいたが、それでもほぼ全員がジーノの選手としての能力を愛しており、この男の厄介な瑕疵が消えることはジーノの、ひいてはETUそのものの明るい未来に繋がると大いに喜んでもいるのが現状であった。
実はこのジーノの出鱈目な行動の裏には自分本位なだけではない、致命的な事情に対するブラフが隠されていたことを赤崎は知った。チームの中にありながら唯一それを認知している赤崎は、今隣で笑う男がある程度その問題解決に前向きな状態になって、必要以上にチームから距離を置かずに暮らせるようになったことを歓迎していた。
また、アウェイのジーノの独り寝はあまりにも有名で、自分達の関係性も変わった今、彼がそんな独りの夜を説明出来ないままに厭うようになった事も赤崎は知っている。少しでも二人の時を過ごしたいのは互いに同じで、ならば当然、この男が自宅滞在時間が増える事を歓迎しないわけがない。遠征時のチームによる拘束時間の増加はデメリット以外の何ものでもないのだ。それくらい人目を忍んで時間を工面するのは大変なことだったりする。
「そんなに行きたかったんなら温泉、行ったらよかったんじゃないですか?あんたなら平気な顔していくらでも残れたでしょうに」
俺と一緒に居たいあんただから絶対行くわけねぇくせに、そんな風にニヤニヤとからかうように赤崎がジーノに意地悪を言えば、男はキラリと悪戯な目をして当たり前の様に意趣返し。
「えー?やだなぁ、なら先に言ってよザッキー」
思わぬ反応が返ってきて、赤崎はドキリと心臓が跳ねた。するとジーノがこう続ける。
「知ってたら速攻で予約入れたのに。あそこには棟が別になってる露天付のいい宿があってさぁ?ボク、お肌ツルツルになったザッキーとそこでしっぽりと……」
「ばっ!冗談!そんな事出来るわけねぇだろ!」
「ハハハ」
ことサッカーに関しては恐ろしく真面目な赤崎が無断でチーム離脱など当然不可能。それを重々知るジーノが、笑いながら、でも半分本気なんだけど、という顔をして軽く頬にキスをする。
「ちょっと王子、もう着きますから待ってくださいよ」
「んー」
頬だけで足りず、肩に手を置きもう少しと引き寄せるようにおねだりするジーノを強引にひっぺがそうとするのだが、駄々を捏ねる子供のように嫌々をしながら絡みついてくる。そんな中でも、今乗っている高層階専用エレベータは通常のものよりもスピードが速く、光るランプはみるみる目的の階に近づいていく。焦り始めた赤崎は、荷物を放り出してジャレついているジーノになんとか離れてもらおうと悪戦苦闘し始める。しかし手慣れたジーノに対して力づくな対応など到底無理で、結局なんとか口で説得する他なかった。
「王子、ねぇ、そろそろマジで……見られたら変に思われ、る」
「……んー」
生返事なジーノは当然赤崎のいう事など聞いている様子がない。では、なんとかニンジンをぶら下げて説得する他ないと思った赤崎は一つの提案を思いつく。
「な、ならほら、あれだ王子、そんな入りたいなら今日一緒に……だから今はちょっと我慢して……あ、耳やめ……」
「……ん?耳、好きでしょ?」
「もう駄目だッて、勘弁してくれ」
「フフ、ザッキーこういうの、興奮するんだ?」
「ちが……、なぁ、温泉じゃねぇけどいいだろ?家風呂も好きジャンあんた、だからホント、離して、王子、ねぇ」
「ボクお風呂も好きだけど、キスも好きなんだもん」
「いい加減にッ、ここあんたのマンション、こんな、こと、こんな、とこで、してるの……ねぇ……ヤバいって」
そんな押し問答を続けていたのだが、ジーノは突然さっと身を引いて、床に落とされた荷物を拾いながらこう呟いた。
「ザッキーったらしょうがない子だなぁ」
「え?な……」
突然スイッチが切り替わったかのように冷静な態度になったジーノに、赤崎は何が起こったのかよくわからなかった。まるで今までのキスが嘘のよう。
エレベーターはそんな赤崎にお構いなし、リン、とすぐさま軽やかな音を立てて到着を告げる。荷物を手にして顔を上げる男はその耳心地のいい通る声で、飼い犬の我儘に付き合わされてさも困ったと言わんばかりに、
「家着いたら、キミが沸すんだよ?」
と笑った。
その笑顔の背後で通路に通じるドアがすっかり開き切る頃、完全にしれっとした表情に戻ったジーノは小さく、すぐにね、と付け足してスタスタと歩き去っていった。赤崎は焦る自分をジーノが楽しんでいただけだったのだとわかって、後姿を見送りながら思わずこんな風に叫ぶしかない。
「王子ズルいぞ!い、今のナシ!」
オタオタと小走りに追いつくと、そこには何事もなかったかのようなツンとお澄まし、素知らぬ横顔。憎たらしくて、王子!と赤崎がもう一言声をかけたら、ジーノはつと立ち止まって、自身の唇にそっとその長い指をあてた。先程まであれほど子供のようにじゃれついていた男の、この窘めるような大人顔。躾の悪い飼い犬にむかって、静かにしなよ、と言いたげなキザ極まりないそぶりが赤崎は何とも気にいらない。なので文句を言ってやろうと口を開きかけたのだが、その物騒なオーラにジーノはクスリと肩で笑って、口に当てていた長い指をひらりと赤崎の唇に押し当てた。その思いがけない投げキッスもどきの仕草はあまりに美しい伊達っぷりさで、結局赤崎は呆気にとられてその場に硬直し、口元に手を当てたまま棒立ちになってしまう。その姿に満足したのか、ジーノは、
「何言ってんの?ナシ、は、ナシだよ。言いだしっぺは、キ、ミ」
と肩頬だけで笑いながらこう呟いて、再び赤崎を置いてサッサと歩いて行く。その何食わぬ姿一つとってみても恐ろしく絵になっている。馬鹿なやり取りにもかかわらず有無を言わさない説得力をもつ完璧な美しさがそこにはあった。つまり、あの澄まし顔から嬉しくって仕方がないという子供のような空気がもう隠しきれない程漏れ出てしまっていたのだ。完璧な男の、いつものパフォーマンスに小さな綻び。そのアンバランスを含めた、まさに完璧な美しさ。本人自覚があるのかないのか、そんな事など赤崎には全然わかりはしないけれど。どちらにせよ、あんな態度をされて絆されない人間などいやしない事は確かだ。
「んだよそれ、イケメンってホント何やっても卑怯だ……」
拗ねるように小さく呟いた赤崎はジーノの魅力にあてられ、とぼとぼとした足取りで男の後ろをついていく。本日のお風呂の素をどれにしようかなぁ、などとジーノが満面の笑みで嬉しそうに喜ぶ姿を想像しながら。
